7の18 大商人・ケンモッカ(前編)
「まったくお姉さまには呆れてしまいますの・・・」
「ナナセさんのやり方には言葉を失います・・・」
アデレちゃんとアイシャ姫がマセッタ様とのやり取りを見て感心しているのか呆れているのかよくわからない反応をしているが、実際のところ、王様と裁判官の首根っこを掴める人物の確保は非常に大きい。西門で有益な情報が手に入らなかったから思いつきでマセッタ様を呼んでみたなんて言えない感じになってしまったね。
よし、黙ってよ。
「あはは、信用できる味方は一人でも多い方がいいからね、最初からマセッタ様は絶対に頼りになるって考えてたんだ」
「ナナセ様にそのように思って頂けていたなんて、私にとってはとても光栄なことだわ、心からお礼申し上げます」
ますます黙っていなければならなくなってしまったよ。
「それでさっそくなんですけど、さっきアデレちゃんも言っていたケンモッカ先生とレオゴメスの親子関係や、バルバレスカとブルネリオ王様の婚姻の経緯や、そのご両親の話とか聞かせてもらいたいんです」
「もう何十年も前になるので、記憶がさだかではありませんが・・・」
マセッタ様の記憶によると、レオゴメスの母親じゃないかと噂されていた女性は、ケンモッカ先生の屋敷で家政婦をやっていたローゼリアという人らしく、当時の王都では最も有力なネッビオルド商会の家政婦出身で、その後、短期間だけ王宮にも勤めたそうだ。ネッビオルド様というのは非常によくできた方で、数代前の王様の血を引いていて、当時のブランカイオ国王陛下からの信頼も厚かったらしい。
ローゼリアという女性はすごく仕事ができた人だったらしいけど、突如王宮を去り、その後は特に目立ったことはしていなかったそうだ。
「そのネッビオルド様って人がケンモッカ先生とともに王都の商店をまとめ上げた人なんですよね」
「その通りですね。ネッビオルド様は皇国のアルレスカ=ステラ様と婚姻されたバルバレスカ様の父親です。その頃の私は駆け出しの護衛侍女であったため詳しくは聞かされておりませんが、当時のブルネリオとの婚姻が決まった際には、誰もが憧れる素敵なカップルが誕生したと王宮内に限らず、王都中が華やいでおりました」
「でも、ブルネリオ王様本人は望んだ婚姻ではなかったと・・・」
「そのあたりの経緯はセバスチャン様がお詳しいかと思うわ、当時は部屋付きの教育係でしたから」
「なるほど、バルバレスカについてはセバスさんに聞くのが一番良さそうですね、王国の歴史の証人って感じですし。それで、ローゼリアって人は、たぶんレオゴメスを妊娠したから王宮を去ったんですよね、そのあたりはケンモッカ先生に聞くのが一番でしょうか?」
「そうね、王宮を去ってしばらくしてからは亡くなるまでケンモッカ様の屋敷で働いていたようですから。ただ、ローゼリア様に関しては、関係している方のすべてが何かを隠しているようなところがありますから、聞き出そうとしても望んだ情報を得ることは難しいと思うわ」
捜査メモに日本語で色々と書き込みながらマセッタ様とのお話を終えた。みんながすっごい勢いで私が書いているメモを覗き見してたけど、これ読めるのアルテ様と私だけだからね!
・
「おじい様、突然の訪問で申し訳ありませんの」
「ケンモッカ先生お久しぶりです!」
「ベルじゃ【みょんみょんみょん・・・】」
「アデレードと光組七番はお寿司屋さん以来かのぉ、歓迎するのじゃ」
王都一と言っていいほどの立派なお屋敷におじゃまして早々、ベルおばあちゃんがケンモッカ先生とレオゴメスが親子でないことを見破り、あらかじめ決めておいた“一瞬だけ周囲が暖かくなる、または寒くなるサイン”で、二人は血が繋がっていないことがあっさりと証明された。それと同時にアデレちゃんとケンモッカ先生も血が繋がっていないことも証明されてしまったわけだが、本人は全く気にしていないようなので安心した。
「わぁ、すごい骨董品の山ですねぇ。あの絵画とか絵の具が細かくひび割れしてる、かなり歴史のあるものなんだろうなぁ・・・このカップとか聖杯っぽくてかっこいい!こういうのって金ピカなやつよりも銅製品の方が実際に偉人が使ってたりしたものなんですよね!」
「ほっほっほ、さすが目のつけ所が一流じゃのぉ」
「お姉さまは、おじい様の骨董品の価値がわかりますの?」
「うーん、どうなんだろ、すごいってことはわかるけど値段とかは全然わかんないよー。ああーーーっ!これ!このヘラジカの角っ!ねえねえケンモッカ先生、これってナプレ市が港町だった時代に仕入れたんじゃないですか?たぶんこれ狩ったの私たちなんですよっ!すっごいなぁ・・・立派な台に固定してあるし、角の表面を磨き込んであるみたいだし、なんかあんときより価値がグッと上がってる感じ・・・」
「なんと!光組七番はこのような大きな獣を仕留めたのかえ!」
「はいっ!私とルナ君・・・っていうのは吸血鬼の子供なんですけど、その二人の初戦利品ですっ!あの時は肉にしか興味なかったんで、私の取り分はゼル村に持って帰ってみんなで宴やって胃袋の中に消えちゃいました」
「実に光組七番らしいのぉ。どれ、王族が仕留めた獣の角とあらば、さらに価値が上がるじゃろ、どこかにサインでもしてもらえんかのぉ」
「ええっ!そんなことしちゃってもいいんですかっ!?では遠慮なく・・・」
再会したあの時のヘラジカの角は、とても立派なインテリアとして完璧に加工されていて、私が余計なことを書くのは少々躊躇われる。けど持ち主が希望してるんだから関係ないよね。
さあ、なんてかこっかなっ!
「えっとぉ、ただナナセって書くんじゃつまんないよね」
「お姉さまがいつも書いている独特の文字はどうですの?」
「それだっ!」
私は漢字を使い、右側の角に“七瀬参上”と書き、左側の角に“夜露死苦”と書いてみた。誰にも読めないこの文字にケンモッカ先生は痛く感銘を受け、細工屋を呼んで私が書いた文字の上から彫刻刀で丁寧に彫り込み、そこにインクを流してニスを塗り、消えないように定着させると顔を紅潮させながら言っていた。なんかごめんなさい。
「生涯大切にすることを約束するのじゃ、ナナセ閣下」
「あはは、数千年後に発掘されて『なんて書いてあるんだ!』みたいな騒ぎになっちゃったら困っちゃいますね」
数千年後、日本人の恥の歴史にならないことを祈ろう。
「お姉さま、この文字を見ていると、なんだかとても気合が入りますの。どういう意味ですの?」
「アデレちゃんの言う通り“気合入れて来たぜ”って感じの意味かな」
しばらく骨董品談義をしてから、応接室の方へ通してもらった。お手伝いさんがお茶を持ってきてくれたけど、うら若き女性だったのでさすがにこの人はローゼリアさんって人じゃないよね。
出してもらったお茶を一口すすると、それはそれはとても甘い香りのする超高級品だった。この果実の感じは神国でマリーナさんに出してもらったやつとちょっと似ている。
「とても美味しいお茶ですねぇ、ベリー系の果実の香りでしょうか?こないだ遊びに行ってきたグレイス神国で飲んだものに似ています」
「ほうほう、ナナセ閣下は神国にプラッと遊びに行けるのじゃな、羨ましい限りじゃよ。この紅茶はのぉ、ベルサイアの町の名産品でのぉ、なんと言ったかのぉ・・・歳を取ると物忘れが激しくてのぉ・・・」
そこでお手伝いさんがこのお茶の説明をしてくれた。
「これはマリアージュ・フラテッリの商品でございます。おっしゃるとおり、気品ある果実の香りが特徴的なものでございます。ナナセ様が神国でお召し上がりになられたのは、おそらく針葉樹の葉を使ったものかと思われます。独特の香りがあるため、意図的に果実を混ぜると聞いたことがございますね」
「ずっ、ずいぶんと紅茶にお詳しいですね」
「ええ、わたくしの実家の商店で販売している紅茶でございますから」
どうやらお手伝いさんはベルサイアの町の紅茶屋の娘さんのようで、将来は王都の立派な商人に嫁ぐのが夢だと言っていた。そっか、商人の娘は望まない結婚ばかりだと勝手に思っていたけど、こうやって逆パターンもあるんだね。思い込みは駄目だと反省しなきゃ。
「それで、これ手土産なんですが・・・」
「おお!これはベルシァ帝国の織物じゃな!素晴らしいものじゃ!」
「さすが、ケンモッカ先生はひと目見ただけでわかるんですねぇ。ちなみに私はすごいものっていうのはわかるんですけど、価値まではわかりません。帝国の執政官の人に『最高級の物を用意します』と言われて受け取っただけなんです・・・あはは」
「わしゃ長年商人をやってきた経験から言うとのぉ、価値のある物は価値のある者に自然と集まるものなのじゃよ。ナナセ閣下だからこそ、このような素晴らしいものに縁があったと思いなされ。そのような自信のなさそうな言い方は商人としてするべきではないのぉ」
「そうですわお姉さま、商人は時にはハッタリも必要ですの!」
「ううう、なんか本物の商人に囲まれて肩身が狭いです・・・」
ケンモッカ先生はベルシァ絨毯を絵画の額縁のようなものに大切に収納してから応接室の壁に掛けて飾るつもりのようで、お手伝いさんに何やら職人を呼ぶように指示を出していた。ベルシァ帝国の人、お風呂の足ふきマットみたいとか思ってた私を許してね。
それはさておき、どうやって話を切り出そうかと悩んでいると、ケンモッカ先生の方から声をかけてくれた。
「厳戒態勢でナゼルの町へ退避した二人が揃ってきたのじゃから、ただ土産を持ってわしの顔を見に来たというわけじゃなかろう?」
「おじい様はするどいですの」
「お土産はご機嫌取りとかって意味はないので誤解しないで下さいね、それこそ価値のわかる人に価値のある物が吸い寄って行ったってことです。それで、今日お話を聞こうと思っていたことは・・・」
ケンモッカ先生、どこまで話を聞かせてくれるだろう?
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