7の19 大商人・ケンモッカ(中編)



 ケンモッカ先生は好々爺を絵に描いたような雰囲気の優しそうな人だ。何度か受けた授業も、経験を踏まえたわかりやすいお話で、商売にあまり興味がなさそうな剣士志望の子たちも楽しそうに聞いていた。ソラ君とティナちゃんの家庭教師をしていたのは知っているが、どうやらオルネライオ様やサッシカイオにも色々と教えていたらしい。


「ケンモッカ先生はイグラシアン皇国から若者数人で王都にやってきたんですよね?そのメンバーはセバスさんとアルレスカ=ステラって人でいいんですよね」


「そうじゃよ、セバスチャンはアレクシスと言う名でのぉ、わしはケネスと呼ばれておった。子供の頃から三人でいつも一緒に遊んでおったのじゃよ。それでのぉ・・・‥…」


 アルレスカ=ステラは皇国でも有名な商家の娘だったらしく、とても小さな頃から王都で商人の勉強をすると決まっていたそうだ。セバスさんとケンモッカ先生はあまり裕福な家の子ではなかったそうで、離ればなれになってしまうのが嫌で、三人が一緒に王都で商人を目指せるようにアルレスカ=ステラの商店のお手伝いを一生懸命やってお金を貯めたらしい。


 それでも子供のお手伝いなどではたいした貯金もできなかったけど、最終的にはアルレスカ=ステラのお父様がセバスさんとケンモッカ先生の留学のお金を全額出してくれたそうで、それを恩義に感じているケンモッカ先生は、レオゴメスが切り捨ててしまった皇国との商取引に関しても、利益など度外視でずっと手掛けているそうだ。


「なんかいい話ですねぇ・・・ところでセバスさんも最初は商人を目指していたんですか?今では王城で最も信用される使用人長なのに」


「アレクシスは慎重すぎる性格が故、当時のわしらがお世話になっておった下宿先のご主人で、王都の中でも有力な商人じゃったネッビオルド様に商人の道を諦めさせられてのぉ、その代わりとして王宮で一流の使用人としての教育を受けられるよう融通して下すったのじゃよ」


「へえ、ネッビオルド様って人は先見の明があったんですね・・・目指していた商人への道をそんな簡単に諦めることができたんですか?」


「ほっほっほ、ありゃアルレスカの気を引くために『立派な商人になる』と言い出しただけじゃ。さほど商売への思い入れもなかったのじゃろ」


「セバスさんって渋くてかっこいいのに、なんだか女性関係が全く見えてこないから、そんな風な話を聞くと意外です!」


 よし、自然な感じでセバスさんの隠し子がいるかどうかの話に持っていけそうだ。ロベルタさんで練習しといてよかった。


「アレクシスはわしら同年代の中でも一番女性にモテておったのぉ。見た目もそうじゃし、真面目な性格もそうじゃし、何より若くして国王陛下のお世話を言いつけられた出世頭じゃったからのぉ・・・‥…」


 ケンモッカ先生は懐かしそうに当時を振り返り、アルレスカ=ステラとセバスさんの関係を包み隠さず教えてくれた。その後、すぐにネッビオルドって人と結婚して悲しい別れ訪れたことも聞かせてくれた。


 ここは勝負所だ。


「そうなんですね・・・バルバレスカのお母様なんですよね?ブルネリオ王様との婚姻で王宮にやってきたバルバレスカを見たセバスさんは、やっぱ色々と思う所があったんじゃないですか?もし私だったら、歳が離れているとはいえ、好きになっちゃうかもしれないです」


「そうですわね、初恋の幼馴染の可愛い娘が現れたら、いくら冷静なセバス様でも心が動いてしまうと思いますわ。はぁ、なんだか考えていたらあたくし胸が苦しくなってきましたの・・・」


 おっ、アデレちゃん上手い。これでケンモッカ先生の反応を見れば・・・


「それはどうじゃろうのぉ。本人が知っておるかはわからぬがバルバレスカは間違いなくアレクシスの隠し子じゃからのぉ。わしゃその後、ずっとネッビオルド様とともにおって度々聞いておったのじゃが、ネッビオルド様はアルレスカの身体に指一本触れていないのじゃよ」


「ええっ!そうなんですかぁっ!」

「ええっ!そうなんですのっ!?」


 アデレちゃんと私のわざとらしい驚き演技を見たケンモッカ先生の鋭い眼がギラリと光り、同時に口元だけニヤリと笑った。ああ、小娘二人が老獪な大商人を相手に駆け引きなどするべきではなかった。


 私たちの意図を察したケンモッカ先生の話によると、アルレスカ=ステラは皇国を出る時点で王都でも有力な商人であるネッビオルド様に嫁ぐことが決まっていたようなもので、ネッビオルド様は何度も何度もお断りしたにもかかわらず、最終的には皇国と王国の良好な国交を維持するためという理由で受け入れたそうだ。そういう事情もあって、ネッビオルド様はアルレスカ=ステラに対して全く手を出さなかったにもかかわらず、ほどなく妊娠がわかり無事に女の子を出産した。そのあまりにも事の重大すぎる心労からか、バルバレスカがある程度育ち学園に入る頃に、育児の役割は終わったとでも思ったのだろうか、アルレスカ=ステラは自らの命を断ってしまったそうだ。


「・・・なんだか胸が苦しくなる悲しいお話ですの。セバス様はその事をご存知ですの?」


「表向きには病死ということになっておるのぉ。お二人さんも、ひとまずアレクシスには隠しておいた方がええかもしれんのぉ・・・」


 ケンモッカ先生いわく、セバスさんはアルレスカ=ステラの死因は病死だと思っているだろうとの事だった。この死因が事件に関係しているのであれば隠し通すことは難しいかもしれないが、知らなくていい過去を無理やり掘り返すようなことはできるだけ避けたい。


「おじい様、そんな大切な隠し事をなぜ教えて下さいましたの?」


「今回のバルバレスカ逮捕に関わっておる話かもしれんしのぉ。お二人さんはそれを調べにやってきたのじゃろ?それにのぉ、当のネッビオルド様も『話すべきときが来たら話しなさい』と常々わしに言っておったのじゃよ。今がその話すべきときじゃな」


「なんだかおじい様は何でもお見通しですの・・・」


「ケンモッカ先生は相手がどんなことを考えているのか、常に考えていそうですね。とても勉強になります」


「バルバレスカは不幸な娘じゃった。ネッビオルド様もわしも仕事で忙しくてのぉ、ほとんど構ってやれず大きな屋敷でアルレスカと二人きりで過ごしておったのじゃ。アルレスカは婚姻してから、ふさぎ込んだり、喚き散らしたり、非常に不安定になってしもうてのぉ、その一番近くにおったバルバレスカは、いつもいつも泣いてばかりの娘じゃったよ」


「そうなんですね・・・」


 お母様が自害してからのバルバレスカは、学園に通い始めることで少しは気を紛らわせることができていたようで、少しづつ心を開けるようになったらしい。商家の繋がりの幼馴染で同じ学年だったレオゴメスといつも一緒にいたそうで、ケンモッカ先生はレオゴメスに関しても仕事が忙しくて構ってあげられなかったと嘆いていた。


「なるほど、二人が仲良くなるのは必然だったんですねぇ」


「そうこうしているうちに、一足先にブルネリオ様が成人して行商隊として活躍しだしてのぉ、第一夫人として強烈に推薦されたのがバルバレスカじゃった。その話が来たときはネッビオルド様もわしもたいそう喜んでのぉ、悲しい思いばかりさせてしまった分、性格も良く才能もあり、評判の良い第一王子であった当時のブルネリオ様との婚姻は大歓迎だったのじゃよ。これで学園の卒業とともに不幸な娘であった過去からも卒業じゃなと・・・」


「それが、そうでもなかったってことですよね。なんだかバルバレスカとレオゴメスの関係って、アルレスカ=ステラって人とセバスさんの悲しい別れと同じことが起こってしまった感じがします。周りの大人は良かれと思っておすすめした結婚でも、知らず知らずのうちに負の連鎖を生み出しちゃってたんだ・・・」


「どうじゃろうのぉ・・・確かに当時のバルバレスカの様子は不安定な頃のアルレスカと少し似ておったのじゃよ。後ろめたさを感じておったネッビオルド様は自身の財産の大半をバルバレスカに手渡そうとしたのじゃがのぉ、本人はそれを断り、アルレスカの形見である古ぼけた陶器の皿たった一枚だけを嫁入り道具として持参して、ブルネリオ様に嫁いて行ったそうじゃよ」


「えっ・・・そ、それって辺境の港に飛ばされたガリアリーノさんが割っちゃったって言ってたお皿ですかね・・・確か食器を割っただけでガリアリーノさんを処刑するってバルバレスカが大騒ぎしたとか聞きましたけど、そんな裏事情があったなら納得しちゃいますねぇ」


「そうだったのかのぉ。詳しいことは本人に聞いてみるしかないじゃろうのぉ・・・歳を取ると物忘れが激しくてのぉ・・・」


「レオゴメスとローゼリアさんって人の関係も聞きたいのですが」


「ローゼリアは亡くなってしもうたしのぉ・・・レオゴメスとの関係よのぉ・・・詳しいことは本人に聞いてみるしかないじゃろうのぉ・・・歳を取ると物忘れが激しくてのぉ・・・」


 ケンモッカ先生、絶対に忘れていないよね。


「ケンモッカ先生、お歳の割に頭はものすごくハッキリしてますよね、レオゴメスの話はあまりしたくないって意思表示と受け取りました。王族ナナセとして申し上げます、事件の捜査のご協力に感謝します。私とアデレちゃんはこれからレオゴメスに事情聴取に向かったり、アイシャ・・・ベールチアさんを国王陛下に引き渡したりします。」


「ほほう、ナナセ閣下はベールチアを捕まえよったのか、そりゃ他の誰にもできぬ大層なことじゃな。たいした協力もできず、立派な絨毯だけ貰ってしもうて申し訳ないのぉ」


 ここもまた勝負所かな?


「いいえ、バルバレスカの父親がセバスさんである可能性を確定できたのは大きな収穫です。レオゴメスの後、セバスさんからじっくり話を聞かなければならなくなると思いますが、絶対に悪いようにはしませんから安心して下さい。今の私が知ってる事を全部お話するわけには行きませんが、色々と教えていただいたので一つだけ大切な情報を漏らそうと思います。アデレちゃんの本当のお母様はベールチアさんです。私はこの二人の幸せな未来をたぐり寄せるために、こうやって必死で行動しています。レオゴメスに話を聞いて、それでわからないことがあったら、またケンモッカ先生に話を聞きにくるかもしれません。その時は可愛い孫であるアデレちゃんの為と思って、知ってることは全部教えて下さいね」


「レオゴメスとアデレードとベールチアがそのような関係だったとは・・・わしゃレオゴメスにもローゼリアにも悪いことをしたとしか思っておらぬのじゃよ。次にわしのところへ来るときはアレクシスも連れてきなさい。本人が隠しているようなローゼリアの話を、わしが先にするわけには行かんのじゃよ」


「なるほど・・・そういうことなのですね。ケンモッカ先生が王都のみんなに信用される商人である理由がわかりました」


「まあそうは言うても、わしにしかできんようなことがあれば、少しくらいは力を貸してやれるかもしれんけどのぉ、ほっほっほ」


 さてこれで席を立とうかと思ったら、お手伝いさんが部屋に入ってきて、今度はシナモンティらしきものと焼き菓子を持ってきてくれた。


「ありがとうございます!これ好きなんですよね。堅苦しい話はここまでにして、なんかもっと楽しい話でもしましょうか」


「なんだか結局お姉さまがほとんどお話をしていましたの・・・」


「アデレードや、ナナセ閣下から学ぶことは大変によきことじゃよ。わしゃ皇国では伝説の大商人などともてはやされておるが、今の王都ではアデレード商会のやり方の方が受け入れられておるのじゃ。ネッビオルド様とわしが作ってきたものはすでに時代遅れじゃし、これからは二人で頑張っていきなさい、わしゃ何でも協力するのじゃよ」


「さすがおじい様は頼りになりますの!」


 これでひとまず事情聴取っぽい話は無事に終わったのかな?

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