7の12 護衛侍女・ロベルタ(後編)



 ロベルタさんの褒め殺しはしばらく続いた。


「わたくしはこの一か月、この町での生活でナナセ様のリーダーとしての才能を思い知ることとなりました」


「それは私じゃなくてチェルバリオ村長さんの手柄ですよぉ」


「いいえ、この町の民は皆よく働くのは当然のことであり、ナナセ様が喜ぶから、ナナセ様が悲しむから、ナナセ様に迷惑がかかるから、ナナセ様が引っ張ってくれるから、聞いて回れば回るほどそういった理由で民の意識がまとまっておりました。わたくしは王宮にお勤めすることに誇りを感じ、王国のどんな村や町などよりも自分たちが優れていると勘違いしておりました。この町へ来て、王宮など大海の中の小さな離島のようなものであると思い知らされたのでございます」


「一流の護衛侍女と呼ばれ、次期国王とまで言われている王子様と王女様の教育係をしているのですから、ロベルタさんは王国を代表する立派な方ですよ、自分をそんな過小評価するべきではありません」


「ありがとうございます。しかし、この町の民の練度や、全員で町を守って行こうという意識は、王城には無いものでございます」


「練度って・・・兵隊さんじゃないんですから・・・」


「わたくしは護衛兵出身の侍女ですから」


 確かに、あの王城は王族をはじめ、とてもいびつな構造だ。自分の仕事だけをこなしていればそれで大丈夫といった雰囲気が蔓延しているし、みんなで協力し合って良くしていこうという成長を感じさせるようなものは一切なく、治安が悪かった頃のナプレの港町に少し似ている気がする。古き伝統を守ることも大切だとは思うけど、過剰に保守的になることなく、時には大きな改革も必要だと思う。


「でもまあ、あそこは王国の中枢ですからねぇ、その機能を守ることに注力するのはしょうがないことなんじゃないですか?」


「そうでございますね。わたくしやセバス様やマセッタ様、それにわたくしが申し上げるのもおこがましいですが国王陛下も、おそらくナナセ様がおっしゃった“守ることに注力”する部類だったのではないかと思います。ですからベールチアのような攻撃的な護衛侍女や、レオゴメス様のような前衛的な商人は浮いて見えてしまうのでしょう」


 私はロベルタさんの視点に言葉を失った。


 レオゴメスとは折り合いが悪く、彼を批判的な目でずっと見てきたけど、実は私と同じような思想で、良いものは良いと認め、新しいものを柔軟に取り入れ、改革を恐れず、王都をより良い街にしようと考えていたのではなかろうか?手段が過激すぎるので受け入れられているとは言い難いが、方向性は間違っていないのではなかろうか?


 一方でケンモッカ先生は保守的で、大きな成長など望まず今いる人たちの結束を高め、斬新さよりも古きを愛し、昔ながらの王都の商店の良さを守り続けようとしたのではなかろうか?


 これはどちらも正解で、どちらも物足りない。二人の良さがうまく合わされば、ヘンリー商会はもっと成長していたのではなかろうか。そんなことを言葉足らずで自信なさそうにロベルタさんに説明すると、今度は目から鱗が落ちるようなことを言ってもらえた。


「そのナナセ様が理想と考えている形が、まさしくアデレード商会ですね。そしてナゼルの町も同様でございます」


「・・・ロベルタさんは本当によく見ていますね」


「しっかり護衛対象を観察しなさいと、セバス様やマセッタ様から長年教育を受けてきましたから。その教えを忠実に守っているだけでございます」


「観察ですかぁ、なんかアンドレさんもそんなようなこと言ってました。そういえばさっきロベルタさんは護衛兵出身の侍女って言ってましたけど、ベールチアさんは侍女出身の護衛って感じですよね。さっきの二人の戦闘を見て私もみんなもかなり驚いてましたけど、やっぱ王宮内で受けてきた教育とかは全然違ったんですか?」


「どうでしょう、ベールチアは私より一歳か二歳ほど下だったと思いますが、先ほどの戦闘を見て頂ければおわかりのとおり、わたくしは投擲武器をかすらせるだけで精一杯でございました。それも、以前から彼女の戦い方を知っていたからこそあそこまで持ちこたえることができただけで、初見では近寄ることすら難しいと思います。なぜここまで差ができてしまったのかわかりませんが、彼女はおそらくマセッタ様やアンドレッティ様よりも戦闘に長けている、王国随一の剣士でしょう。わたくしも言葉では余裕のあるようなことを言いながら戦っておりましたが、正直なところ死を覚悟しておりました」


「そんな覚悟はしちゃ駄目ですっ!」


「ナゼルの町を悪魔となった彼女の狂気の牙から守る為でした」


「なんかロベルタさんも職務に対して真面目ですねぇ・・・でもベールチアさんの強さは重力魔法を使っているからです。これは私も一緒で、魔法無しで普通に剣をペチペチし合ったら三分も持たずに死んじゃうと思います。ロベルタさんも、相手が魔法を使いながら戦うような危険な相手なら無理ぜずにスキを見つけて逃げて下さいよ?」


「三分とは何でしょう」


「あ、新しい時間の単位です。まだ説明してなかったですね。弱っちくてすぐ死んじゃうってことです。とにかく危険なら逃げて下さいね!」


「かしこまりました。しかしそれはナナセ様にこそ言えるのではありませんか?自ら危険に飛び込んでいくようなことはお控え下さい」


「あはは、肝に銘じます・・・それにしても、ロベルタさん魔法を使わないのに、あそこまで強いとは思ってもみませんでした。あのままずっと戦っていたら、たぶん筋力や体力的にはロベルタさんがベールチアさんを圧倒的に凌駕していますし、二人に差ができてしまったなんてことは無いと思いますよ、まさしく互角な戦いだと思いました」


「ありがとうございます、励みになります・・・それはそうと話を戻しますが、ベールチアは王宮に入ってすぐにバルバレスカ様やサッシカイオのグループに配属されましたので、正直なところどのような教育を誰から受けたのかは存じ上げません」


「なるほど、王宮内の侍女にも派閥みたいなものがあったんですね、ロベルタさんはセバスさんのグループってことですか?」


「わたくしは学園で剣や弓の鍛錬をしながら護衛兵への道を着実に歩んでおりましたが、当時のヴァルガリオ国王陛下に目をかけて頂き、王宮で護衛侍女にならないかとお誘いを受けました。とても光栄なことだったのでお断りする理由もなく、そのまま現在に至ります。セバス様は歴代の国王陛下に仕えておりましたから、ヴァルガリオ国王陛下の見習い護衛侍女であったわたくしも必然的にそうなります。ベールチアは王宮に来たときからすでに侍女としての能力はずば抜けていたと聞いておりますが、いつからあのように剣術を隠そうとしない衛兵を前面に出した侍女になったのかはわかりません」


「へえ、アンドレさんもヴァルガリオ前国王に誘われたって言ってましたけど、けっこう学園から積極的に若い戦力補強するタイプの王様だったんですねぇ。確かヴァルガリオ前国王は、サッシカイオの護衛侍女をベールチアさんにするかロベルタさんにするか迷ってたって聞きましたけど、今考えるとロベルタさんはその時にサッシカイオの護衛侍女にならなくて良かったんじゃないですか?」


「その采配にはレオゴメス様とバルバレスカ様が口添えしたようですね。当時のわたくしでしたら、どのような方に仕えることになろうとも、自分の仕事をするだけであったと思います。ですが今は違います、ナナセ様のお役に立ちたいと、アデレード様のお役に立ちたいと、このような自我を侍女が持ってしまっていいのかとも思いますが・・・そういった意味では、サッシカイオに仕えなくて良かったと思います」


「ありがとうございます、ロベルタさんには本当に色々と助けてもらってます。ところで他にも聞きたいことがあるんですけど・・・」


 私は重要参考人になってしまったセバスさんについて色々と聞かなければならなかった。事情聴取みたいな感じなるのは嫌だったので、あまり突っ込んだ感じにならないように気をつけながら話を聞く。探偵ナナセはブルネリオ王様と隠密行動を固く約束したのだ。


「セバスさんってけっこう渋くてかっこいいじゃないですか、若い頃はモテたりとかしてたんですかね?王宮の使用人長っていう立場だから結婚とかしてないんですか?実は隠し子とかいたりして・・・」


 ロベルタさんが怪訝な顔で私を見ている。ありゃあ、いきなりダイレクトすぎる質問で、これじゃ隠密行動バレバレだね・・・私の探偵センスの無さが非常に情けない。


「男性を渋いとは面白い表現をなさいますね。セバス様の若い頃は老弱男女問わず、王宮にいる王族や使用人、侍女にも大変可愛がられていたと聞いたことがございますね。見習いの頃からあのような真面目でスキのない仕事をしていたようで、将来“セバスチャンの称号”は間違いないものだと言われていたと聞いております」


 ロベルタさんいわく、コロコロと変わる王様三代すべてに仕えた使用人など過去に例はなく、王子たちの教育に関しても非常に熱心で、見習いで王宮に入ってからおそらく五十年以上、ずっと王族に信用され続けている稀有な人材だそうだ。そういう人だからこそ、恋愛に発展するというよりも尊敬の眼差しで見られることが多く、セバスさん本人の慣例や規則に真面目な性格も相まって、結婚どころか彼女もいなかったんじゃないかと言うことだ。


「そういうわたくしも、尊敬しているのは確かですが、あまりにも立派な師匠なので性別を意識するというより、神のように感じているのかもしれません。過去の侍女たちもきっとそうだったと思います」


「なるほど・・・あまりにも優秀すぎると恋愛対象にはならないんですかねぇ。わかるような、わからないような」


「ただ、セバス様の若かりし頃は特定の女性に気を引かれていたという話は聞いたことがございます。これはあくまでも噂なので本人に確認したりなどしないで下さいまし。たしか・・・‥…」


 ロベルタさんはセバスさんが皇国からやってきた人ということは知っていた。当時、皇国から一緒にやってきた仲間の中に女性がいたようで、その女性が王都の有力な商人と結婚してからも、ちょこちょこ食べ物や飲み物などの些細な贈り物をしていたらしい。噂になっていたのはその女性らしく、まだ見習いの頃には同じ下宿先に住んでいたようだ。その女性が結婚したと同時にセバスさんは正式に王宮の使用人となったけど、その女性との別れからか、勤め始めた直後は気の抜けた仕事をするような状態がしばらく続いたそうだ。


「えっと、その女性ってアルレスカ=ステラって人じゃないですか?」


「よくご存知ですね、その方がバルバレスカ様の母上様だそうです。しかし、先輩方の話をたまたま耳に挟んだだけで、それを根掘り葉掘り聞くような真似は、わたくしにはできませんでした」


「そりゃそうですよね。じゃあ、セバスさんと一緒に皇国からやってきたのがケンモッカ先生っていうのは知ってますか?」


「はい、それも存じ上げております。確か・・・そうです、本名はケネス=モッカ様だったと思います。わたくしが王宮に入った頃には、まだ深い交流がおありだったようで、歴代王子の家庭教師として国王陛下に推薦したのはセバス様であったと聞いております。ケンモッカ様のお屋敷の家政婦がレオゴメス様の母上様ではないかという噂はございましたが、ご婚姻はなさってはいなかったという話ですし、おそらく商家特有の複雑なご家庭事情でもあったのでしょう」


 ベルおばあちゃんの見立てが正しいなら、アルレスカ=ステラが王都の有力な商人の人妻になったにもかかわらず、セバスさんと逢引してバルバレスカを産んだってことか・・・いや、同じ下宿に住んでたなら、もしかして妊娠した状態で王都の商人と結婚したのかな?


 なんにせよ、ロベルタさんが知っている情報は私が考えているような話とだいたい一致していた。バルバレスカの母親は確定としても、レオゴメスの母親探しをしなければならなそうだ。これはもう、ダイレクトにケンモッカ先生に家政婦さんの話を聞きに行く事にしよう。


 私はそろそろ頭の中だけで考えるのが限界になってきたので、まだ憶測の域のことは木の板に書き込み、それとは別に羊皮紙に確定した事実だけをメモすることにした。

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