7の5 アギオル様の申し出



 いつものようにお腹をすかせたイナリちゃんに叩き起こされた私たちは、さっそくアギオル様に帰還のごあいさつに向かった。神殿の朝は早いので、深夜まで遊んでいて寝坊した気分の私は、なんとも気まずい思いをしながら一階まで降りてきた。


 ベールチアさんはアギオル様に合わせる顔がないと言って、屋上からハルコに乗ってどこかへ逃げてしまった。気が小さいのか肝が座っているのか、なんだかよくわからない人だよね。


「アギオル様、昨日の深夜にようやく戻ってきました。四日くらいで戻るつもりが、二週間くらいかかっちゃいました」


「ナナセさんなら大丈夫かとは思いますが、やはり心配しておりました。イナリ様も、よくお戻りになられました」


「色々あったのじゃ、これでも急いで戻ってきたのじゃ」


「ご心配おかけしてすみません。帝国への道すがらでちょっとした知り合いと再会しまして・・・あ、今はハルコと一緒にお出かけしてるんですけど、落ち着いたら王国へ一緒に連れて戻ろうと思っています」


「ナナセさんはずいぶんと顔がお広いのですね」


「まあ偶然だったんですけどね。その人とは王国にいるご家族とも縁があるので、偶然だったのか必然だったのか・・・もしかしたらイナリちゃんのご利益かもしれませんね」


「わらわにそんな力は無いのじゃ。あるとしたら創造神様なのじゃ」


「あはは、まあとにかく、ご心配をおかけしました。それで、王国の私の町にイナリちゃんとハルコも一緒に連れて行こうと思っているんですけど問題ないですよね?ひとしきりナゼルの町で遊んでもらったら神都に帰ってくる予定です。ハルコはあれからずいぶん賢くなったので、安全な旅だと思うんですけど」


「わたくしどもがイナリ様の行動を制限できるはずもございません。それに、ナナセさんの町へ行かれるのでしたらどこよりも安全でしょうし、わたくしも行ってみたいくらいですね」


 土地の守り神様であるイナリちゃんを神都から連れ出すのは問題なさそうだ。確かに、信仰する神様の行動にケチつけるなんておかしいし許可も何もないだろう。あれ?でも私はイナリちゃんの行動にけっこうケチつけてるよね。罰当たりかな?


「ハルピープルたちもずいぶん賢くなってきたって聞きましたけど、タクシー事業はどうなってますか?まだまだ神殿の人の移動手段くらいにしかなってない感じです?」


「それがですね・・・」


 とても話しにくそうなアギオル様が口ごもっていると、ベルおばあちゃんが現状を教えてくれた。なんでもさらわれていた男三人がさっそくツガイっぽくなっていた相手と一緒に暮らし始めたそうだ。


「そうなんですね。ハルピープルたち美人だし、良かったじゃないですか。でも確か一人だけ妻帯者がいたと思うんですけど・・・」


「大喧嘩の末に家を出てしもうたようじゃな、嬉しそうに顔をボコボコにされた状態で神殿にやってきて、マリーナに治癒魔法で治してもらっておったのじゃよ」


「ありゃりゃ。なんかまあ、あの人は確か怖い奥さんに謎の不機嫌で毎日キレられていたみたいだし、他人のご家庭の事情に口出すのもアレだけど、本人たちが納得してるならいいんじゃない?」


「すでに卵を産んでもうたのじゃよ」


「ええっ!デキ婚!?ハルピュイアって卵生なんですかあぁ!」


「鳥なんじゃから卵じゃろ。そんなことわしゃ知らんのじゃよ」


 おそらく有精卵と思われるハルピープルの卵は、産んだ本人だけでなく他のハルピープルたちも一緒になって、とても大切に暖められているそうだ。妻帯者だった男も、その卵を愛おしそうに撫でながら、毎日より一層やる気を出して仕事に励んでいるらしい。


 そうは言っても家庭崩壊を引き起こしてまで繁殖の手助けをすることはできない。この人は超特例としても、今後はちゃんと節度を守ったお付き合いをしてほしい。あれ?でもこの世界って重婚みたいなのが認められてるっぽいし、べつに構わないのかな?あれは王族だけで市井には適用されないルールなのかな?


「そりゃまあ、何百年も繁殖したかったわけだし、卵第一号をみんなで大切にする気持ちはわかるけど。神都の男たちがあんまりにもハルピープルに夢中になっちゃうようなら、ちゃんと監視と管理をしなきゃ駄目そうだねぇ・・・それで、肝心のタクシー業の方はどうなの?」


「そちらは順調なのじゃよ」


 繁殖行為の話が終わると、アギオル様が詳細を説明してくれた。長年神殿で禁欲生活してたからだろうか?とてもシャイボーイのようだ。


「そうですね、ナナセさんが申していたとおりにタクシー乗り場というのを神都各所に設置しました。そこに並んで待っている住民を、上空から確認したハルピープルが目的地まで問題なく運んでいます。今の所は特に大きなトラブルもなく、お年寄りには好評なようですよ。ハルピープルたちも人族の役に立てることに喜びを感じているようで、早朝から日が落ちるまで頑張って働いてくれています。下手な人族などより純粋な心を持っているところがあるので、手を抜いたり報酬をごまかしたりすることなども無いようですね」


「ビジネスとしては成り立っているんですね、良かったぁ」


「それと、ハルピープルたちは金銭の価値を理解しておりませんし、数班に別れて山や海へ狩りに向かう個体もいるようで、自給自足が成り立っていて利用報酬のほぼすべてが利益になっており、さらわれていた民の中に商人がおりましたので、金銭の管理はその者に任せております。救出に来たナナセさんのことを痛く褒めておりましたし、それなりに信用できる者かと思いますよ。今後の展開はナナセさんにお任せしますから、直接話を聞きにいってみてはいかかですか?」


「神都の商人が管理してくれてるなら商売としては安心ですねぇ」


「そうですね、これで神都の経済も少し活性化してくれれば良いのですが、なにぶんわたくしは神事しか行ってきませんでしたから、商売事や国営は自信がなく・・・」


 確かに神殿の偉い人が領地の経営に長けているっていうのは違和感を覚える。部下に恵まれれていれば、もしかしたら統率力だけでもうまく国営ができるかもしれないけど、アギオル様の周りにそういった人がいるようには思えない。どちらかというと神への信仰が邪魔をして、商売などしても利益より相手の懐事情を察してしまい逆に損をしそうだ。だからと言って前世の金満宗教団体のようなものになられても、それはそれでなんとなく残念だし。


 いつものように困ったわのポーズで、うーんと悩んでいると、ベルおばあちゃんがなんのことはないといった顔で話し始めた。


「ということで、ナナセがグレイス神国の初代教皇になるのじゃよ」


「はいー?どういうことですかっ!」


「ナナセが土地神のイナリ殿を引っ張り出したのじゃ、責任持ってこの土地を裕福な国にするのじゃよ」


「そんなの無理ですっ!私にはナゼルの町だけで手一杯ですっ!」


「ナナセはナゼルの町でやることがないと嘆いておったのじゃよ」


「ううう・・・言ったけど・・・確かにあの町で私の仕事は無いですけど、それでも七人衆やエマちゃんアンジェちゃんのことが心配だし」


「七人衆じゃったらきっと「さすが姐さんっす!」って言うのじゃよ」


「ううう・・・言いそう・・・」


 そんな話をしていると、アギオル様が私の前で膝をついて手を取った。今度は神国の一番偉い人の跪きだ。デジャブだ。


「ナナセさんをわたくしの養女として迎えたいと考えております、ベル様から「ナナセは若くして両親を失った」と聞いております。今すぐとは申しません、わたくしの後継者として、いえ、この神国をイナリ様と共に立て直すべく現れた天からの使者として、是非ともその力をお貸し願えませんでしょうか?」


「わっ私は王国の田舎の町のことで精一杯ですっ!それに、教皇様ともなると、神の教えを説くような立派な方じゃなきゃ駄目だと思うんですっ!私はどっちかというと信仰がとても浅いというか、むしろそういったものが非常に希薄な国で育ったというか・・・あと、私にはアルテ様っていう立派な保護者がいますからっ!」


「アルテミスじゃったらきっと「あら素敵じゃない!」と言うのじゃよ」


「ううう・・・言いそう・・・」


「教義などわたくしとマリア=レジーナがいれば問題はありません。それに、ナナセさんに信仰がないなどとはおかしな話です。ベル様のお話によれば多くの神族に愛されていると聞いておりますし、何よりイナリ様とのご関係を見ていれば、この神国の誰よりも神に近しい存在であることは明白です。さらには多くの罪人を更生させ、多くの民を裕福な生活に導いた実績もあり、奇跡とも思えるような多種多様の魔法を使われるのですから、ナナセさん以上に相応しい方はおりません」


「買いかぶりすぎですっ!私には無理ですっ!お断りしますっ!」


 すると、つまらなそうにしていたイナリちゃんまでもがこの話に混ざってきた。


「なんじゃ姫、面白そうなのじゃ、わらわも神として命ずるのじゃ、この国の教皇とやらになってわらわに美味しい料理を振る舞うのじゃ!」


「もう、他人事だと思ってイナリちゃんまでそんなこと言わないでよぉー。ベールチアさんのこともあるし、アデレード商会のこともあるし、何よりアデレちゃんが心配だしっ!」


「アデレードじゃったら「ビジネスチャンスですの!」と言うのじゃよ」


「ううう・・・言いそう・・・」


「こんなお話が唐突であることはわたくしも理解しております、一度王国に帰られて数年後でも結構です。是非とも海を渡ったグレイス神国の片隅に、わたくしアギオルギティスが父親のような気持ちでナナセさんのお戻りをお待ちしていることをご理解下さい」


「とにかく、今の私は王国の王族です。そんな国境を超えた問題をこの場で即答することなんてできません。まずはブルネリオ王様に許可を取っていただき、その上でもう一度お話をしましょうっ」


 ナゼルの町のことだけでも手広くしすぎたと思っている私に、グレイス神国のことまで考えるなんて無理だよぉ。





あとがき

ベルおばあちゃんがすっかりツッコミ役に定着してしまいました。

しっかりしたツッコミ役がいると、お話を書くのが劇的に楽になりますね。


さて、お盆休み6日連続更新はここまでで、次話から8月31日までは1日おき更新となります。おかげさまで、のんびり更新していた7月1日~31日に比べ、その三倍以上のPVをたった5日間で頂きました。アクセス数を見るかぎり、途中で脱落せず一気に最新話まで到達して下さったっぽい方もちらほら。


すべての読者様に、ホントのホントに感謝感激です!

この6日間で執筆意欲がグイッグイ上がりました!

ありがとうございます!

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