7の6 ベルおばあちゃんの告白



 アギオル様へのごあいさつを終えると、ひとまずタクシー事業を手伝ってくれているという人に会いに来た。神都のはずれに倉庫のような大きめの建物があり、そこを事務所兼ハルタク拠点にしているようだった。


 街の中心地からはずいぶん離れているけどハルピープルたちは空を飛べるので、立地が悪くても土地の価格が安く、なるべく広い場所を選んだようだ。今は倉庫の中で集団で雑魚寝をしているらしいけど、何やら数人のハルピープルが木材をたくさん運んできているようで、アパートのような部屋がいくつもある家を隣接して建てる予定らしい。そりゃまあ、繁殖行為のためには仕切りくらい必要だよね・・・


「おおナナセ姫様!無事にお戻りになられたんっすね!」


「あの時にさらわれてた人ですね、タクシー事業のお手伝いをして下さってるって聞きましたよ、どうですか?順調ですか?」


「ベル様がよく教育して下さったおかげで、何の問題もなく順調にやらせてもらってるっす。ナナセ姫様はすごいっすね、最初聞いた時はただ人を運ぶだけなのかと思っていたんですが、荷物や手紙なんかの小物もどんどんハルピープルたちが運んでくれるんで、この広い神都の端から端までの距離が、グッと縮まったような印象っすよ」


 郵便や配達の方はおまけくらいで考えていたけど、どうやらそっちの方が主軸の事業になっているようだった。人は空から落としたらヤバいことになるけど、物を運ぶくらいなら便利そうだから使ってみようという心理が働いたのだろう。


「年寄りなんかにもえらく感謝されちまって、さすが神殿がやることだ!みたいな感じで神都の中での評価もどんどん上がってるっす」


「あー、慈善事業みたいな感じに受け取ってもらえたんですね。でもさ、それって既存の馬車で荷運びの仕事をしてるような人から仕事を奪っちゃったりしてませんか?」


「そこも住み分けが出来てるっす。ハルピープルはいくら脚の力がすげえって言っても、やっぱ持てる数には限界がありますから。多くて大きい荷物なんかは、やっぱり馬車の方が便利っすよ」


「なるほどねぇ、けっこう上手く馴染めちゃったんだねぇ。ところで人はどうやって運んでるの?前みたいに爪で肩を掴む感じ?」


「そうっすね、今ん所はそうやって運んでるっす」


「じゃあさ・・・」


 私は手持ちの羊皮紙を取り出して、スキーのリフトのような絵を書いた。それじゃ重いかな?と思って、次にハンモッグのような絵を書いた。落ちちゃったりすると危険なのでロープの部分には針金ワイヤーを作って中を通して補強するようなメモを書き、座る部分は疲れがないように羊毛や羽毛を使った布製のクッションを装着するような感じで設計図を書き終えた。


「ナナセ姫様、設計図が上手っすね・・・でも字が読めねえっす」


「あそっか、これ王国の文字なんだよね。マリーナさんが翻訳できると思うから、あとでやってもらって下さい」


「まあ、絵を見ただけで十分理解できたっすよ!これならハルピープルたちがしっかり掴めば、人が安定して乗っていられるっすね。素晴らしい座席だと思うっす!でも・・・」


「お金が足りないんでしょっ?お姫様に任せなさぁいっ!」


 私は鼻息荒くお財布からジャラジャラと純金貨を出すと、まずはリフトタイプとハンモッグタイプの両方を職人に試作させてお試しで使ってみてから、良さそうな方を大量生産するように言った。


「王国の金貨で悪いけど、これでタクシー事業はしばらく継続できるよね?なんか自給自足できちゃってるって聞いてるし、事業が安定して貯金ができるようになったら返してくれればいいから。私は王国に戻ったらしばらく忙しくて顔出せないと思うし、あなたに完全に任せるからねっ!ところであなたのお名前は?なんて呼べばいいの?」


 お金を払った瞬間にタメ口になってしまったのは気のせいだろう。生意気な小娘で申し訳ないけど、この人もすでに立派な仲間なのだ。


「ここここ、こんなに純金貨を・・・俺この神都で長く商売をしていましたが、こんな大金は久々に見たっす!俄然やる気が出てきたっす!俺のことはジュピトリウスとお呼び下さいっ!このお借りした金貨は、必ず莫大な利益を上乗せしてお返ししますっ!」


「じゃあ今日からこの倉庫はナナセトラベル・アスィーナ支店って名乗ろう!私は王族っていうより、どっちかっていうと商人なんだよね、だからナナセ姫様って呼ばれるのに違和感あるんだ。ジュピトリウスさん、卵から産まれてくる赤ちゃんのためにも頑張ってねっ!」


「へい!頑張るっす!ナナセの姐さん!」


 こうして、七瀬観光は海外支店を作ることに成功した。まさか海外にまで姐さん衆が生まれてしまうとは思わなかったけど、実は頼んでおきたいことがあったからこの展開は非常に助かるんだよね。


「さっそくなんだけど、お隣のベルシァ帝国まで長距離輸送できるような子を育てておいてほしんだ。絨毯とかコーヒーの輸出入を考えてるんだけど、できれば今すでにベルシァ帝国からコーヒーを輸入してる商人を巻き込んじゃって欲しいかな。じゃないとその人から仕事を奪うことになるからさ、任せたよジュピトリウスさんっ!」


「おお、そんなら短い距離を速く飛ぶやつと、長い距離を飛ぶのが得意なやつと、ハルピープルにも個体差があるみたいっすから、うまく見繕って鍛えておくっす!任せて下さいナナセの姐さん!」


 倉庫からの帰りはベルおばあちゃんと一緒に上空からハルピープルたちの仕事ぶりを確認することにした。私から見ると全員同じような容姿だけど、ベルおばあちゃんはそういう風には見ていないようで、それぞれの個体がどんな仕事をしているのかわかるようだった。


「ほほう、ハル=イレブンはずいぶん優しくお年寄りを運べるようになったのぉ。これが親心ってもんなのじゃなぁ、わしゃ嬉しいのじゃよ」


「あはは、ベルおばあちゃんには違いがわかるんだね。まさかこんなに早く馴染んでくれるとは思わなかったから私も嬉しいよ」


 そのまま神都上空をウロウロと飛びながらみんなの頑張りっぷりを見てまわり、今回の旅で使い果たしてしまった調味料の在庫を買い揃えてから神殿の屋上へ戻った。のんびりと王都へ戻るための荷物整理をしていると、日が暮れた頃にベールチアさんとハルコがバサバサと戻ってきた。


 屋上にある祭壇のソファーにはイナリちゃんがマリーナさんから貢いてもらったと思われるおやつを片手に居座っていて、ようやく全員集合することができた。


「ナナセ、折り入って話があるのじゃよ。ベールチアとやらも一緒に聞いて欲しいのぉ」


「かしこまりましたベル様」


「ベルおばあちゃんがそういう言い方するの珍しいね、なんだろ」


 そういえばベールチアさんをアデレちゃんと間違ったとき、なんかよそよそしく隠してるっぽかったんだっけね。


「真面目な話そうなのじゃ。わらわは住処のブラウニーが気になるからハルコに乗って様子を見に行ってくるのじゃ」


「わかったよ、気をつけてねー」


 大量の保存食を持ってイナリちゃんとハルコが飛び立ったので、ここにはベルおばあちゃんとベールチアさんと私の三人が残った。


「ベールチアや、わしゃナナセから暗殺事件の話は聞いておるから、ナナセと同じくらいの認識じゃということを先に言っておくのじゃよ」


「お恥ずかしい話ですが、ナナセさんが考えていたことの大半が事実です。私は許されない罪を犯しました・・・」


「ベールチアさんっ、仕方がなかったんですよ!」


「まあ二人とも落ち着くのじゃよ。わしゃベールチアの犯した罪をとやかく言いたくて話を聞いてもらうつもりじゃないのじゃよ」


「うんわかった。黙って聞くね・・・」


「ナナセからバルバレスカやレオゴメスの話を聞いてから、人族の血の繋がりについて色々と考えておったのじゃが・・・‥…」


 ベルおばあちゃんは、私がここまで来る道すがらで色々と相談したことを真剣に考えてくれていたようだった。それにより人族の“親子”という関係を理解したそうで、今までは「感じが似てるのじゃよ」という簡単に済ませていた言葉を、より深く掘り下げて考えたらしい。そこでたどり着いたのが、私とアデレちゃんとアルテ様が似た感じなのと、ブルネリオ王様とその子供たちが似ているのとは、似てるの意味が違うということだった。


「アデレちゃんとベールチアさんが親子ってのはわかったんだよね」


「そうじゃな、それが母娘であると理解したのはブルネリオの家族を見知っておったからなのじゃよ」


「国王陛下とオルネライオ様とか、ソラ君とティナちゃんのことだよね。それは正真正銘の家族だと思うよ」


「それでのぉ、親子の似ている感じと、ナナセとアルテミスとアデレードが似てる感じは全く別物なのじゃよ。わしが人族の違いを感じ取るのに無意識に比べておったのは温度、魔子、音、そして感情の揺らぎのようなものだと思うんじゃが、今までそんな風に分析して考えておらんかったから。そうじゃな、ナナセの眼鏡と一緒で、なんとなく“感じる”といったもんだったんじゃよ。じゃが、一つ一つゆっくり思い出して考え直したら色々と見えてくるものが多くてのぉ、例えばナナセたちのは後から頭の中を無理やり捻じ曲げて、上から感情付きの光子を塗りたくったような感じじゃな」


「あー、先天性と後天性の違いってことだね」


「ナナセさん、私には難しくてよくわかりません」


「難しい言葉だとそう言うんじゃな。それでのぉ、えらく重要なことに気づいたんじゃがのぉ、バルバレスカとレオゴメスは、ありゃたぶん父親が同じなのじゃよ」


「ええっ!?姉弟ってこと!?ケンモッカ先生の隠し子?」


「そっ、そのようなことは長年衣食住を共にした私でも知り得ませんでしたが・・・ベル様がおっしゃるのであれば真実なのでしょう」


「どうじゃろうのぉ・・・その二人に似ておる人物がもう一人おるのじゃが・・・それがたぶん父親じゃと思うのじゃが・・・」


 ベルおばあちゃんの歯切れが悪い。


「どしたの?それ言いにくい感じなの?」


「たぶんセバスじゃな」


「ええええっーーー!?」


 バルバレスカとレオゴメスが姉弟で、しかも父親がセバスさん?


 重要参考人がまた一人増えちゃったよ・・・





あとがき

なにやら話がややこしくなってきました。

次話は視点が変わるのでご注意下さい。

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