7の3 無人島に寄り道



 私は暇なのでイナリちゃんの尻尾をもみゅもみゅしながらソファーでくつろぎ、のんびりとした時間を過ごす。観光って感じの街でもないし、明日からの忙しい移動に備えて体力を温存しなければならない。


「イナリちゃん、帝国の人が最高級のコーヒーを用意してくれてるって。今日はここに泊まることになったからのんびりしよっか。モミモミ」


「んフぅン・・・最高級の貢ぎ物を準備するのは当然のことなのじゃァン」


「あはは、夜ご飯も持ってきてくれるって言ってたからゴロゴロしながら過ごそう。帝国は寒くないから過ごしやすいよね」


 ベールチアさんとハルコが戻ってくると使用人が食事の準備をしてくれた。今日はロブスターを焼いたやつに、大量の貝が入ったスープ、豆を煮込んだソースにとうもろこしチップが添えてあった。


「すっごーい!ご馳走だぁ!私でっかいエビが食べたかったんだよねぇ。そうだ!これマヨネーズ付けて食べると美味しいんだよ!」


「相変わらずこれは魔法の調味料なのじゃ、美味しいのじゃ」


「ハルコも、これ、すき」


 やっぱ、いつ異世界に飛ばされてもいいように、地球の若者は義務教育でマヨネーズ作りを必須科目にするべきだと再認識した。


「マヨネーズの在庫が寂しくなっちゃったから後で少し作ろっかな。帰りの道でもこれさえあれば何にでも付けて食べられるもんね」


「まよねいずとは、王都で販売して大成功している商品とお話されていたものですよね、とても美味しくて感動しています。ナナセさん、私にもまよねいず作りのお手伝いをさせて下さい」


 ご馳走のロブスターを堪能し終わると、使用人に言って材料を分けてもらい、ベールチアさんと一緒に大量のマヨネーズを作った。絨毯とコーヒーの代金は王国の金貨で支払っても良かったが、なんとなく私のアイデンティティは食料の供給な気がしたのだ。


「なかなか混ざりませんね・・・」


「けっこう大変なんですよねこれ。だからこそ売れるんですけど」


 ベールチアさんと並んでマヨネーズを混ぜ混ぜしていると、なんだかアデレちゃんと一緒に作ってるみたいな感じがして嬉しい。


「アデレードもナナセさんと一緒にこれを作っていたのですか?」


「アデレちゃんはマヨネーズ作りとか、あとキャラメルっていうお菓子作りとか、料理に関してはあんまり上手くないですけどねー。私と知り合ってから生まれて初めて卵を割ったとか言ってましたし。最初の頃はホント大富豪のわがまま娘って感じでしたよ、学園の初日から赤いドレス着てすっごい目立ってましたもん。アルテ様と一緒に『悪役令嬢のご登場だ!』って手紙に書き合ってたんです」


「ふふっ、ナナセさんからアデレードの話を聞くのが、これほどまで嬉しいことだとは思いもよりませんでした。どうか、もっとたくさん聞かせて下さい。私は影から見ていることしかできませんでしたから」


 あまり笑わないタイプのベールチアさんが嬉しそうな顔をすると、私まで嬉しくなってきてしまう。たくさんお話してあげるし、あとで感動の再会をさせてあげるからね。


「アデレちゃんはタル=クリスと戦闘になったときもすごかったんですよ、細身の剣を美しい軌道で投げつけて足止めしたかと思ったら、その剣を刺したままグリグリぐさぐさしてました。さっきのベールチアさん、あの時のアデレちゃんにそっくりでしたよ!」


「おそらく道場の師範の教えですね、そのようなところは私に似なくてもいいのですが・・・」


 十分すぎる量のマヨネーズができたので、みんなでお湯ざぱーしてから眠りにつく。この屋敷の部屋はけっこう立派で、なんでも皇帝がいつ戻ってもいいように常に手入れして準備してあったそうだ。まさに帰還したお姫様が滞在するのにふさわしい綺麗な部屋で、豪華な大きめベッドが三つもある。


「あのーみなさん、なんでこんなに広い部屋なのに、狭っこく敷き詰まって寝てるんですかね・・・」


「姫にくっついて光を浴びておくと明日も朝から体調がいいのじゃ」


「ハルコさんの羽根の寝心地と、ナナセさんの光を覚えてしまったら、もう他の寝具には戻れません」


「ハルコ、ナナセと、イナリと、ベールチアと、ねるの、すき」


 私とベールチアさんが抱き合ってハルコの高級羽毛布団に潜り込み、そのすぐ横にイナリちゃんがへばり付いて座っている。昼は暖かいこの地の夜はとても冷えるけど、ハルコとイナリちゃんのフカフカな毛のおかげでずっと暖かくして眠ることができているのだ。


「なんだかんだで今日も色々あって疲れたねぇ。そんじゃおやすみ」


「「おやすみなさい」」「のじゃ」



 翌日、ガファリさんから、とても丁寧に織り込まれた大きめのお風呂の足ふきマットくらいの絨毯を数枚と、王国にはなさそうな香辛料、それとまだ炒っていないコーヒーの豆を大量に受け取った。それと交換でベールチアさんと一緒に作ったマヨネーズを渡すと、なんとも怪訝な顔をされてしまった。


「・・・こちらが昨晩大量に使用された鶏卵なのですか?」


「はい、保存も効くし、肉に付けても野菜に付けても・・・あ、そうだ、昨日の食事で出してもらったロブスターに付けても美味しい魔法の調味料なんですよ。この素敵な絨毯に見合っているとは思えませんが、今王都で大流行の商品なのでお気に召してもらえると思います」


「では後ほど味見をさせて頂きます。ナナセ姫様はコーヒー豆の焙煎の方法はご存知ですか?」


「なんとなくはわかりますけど、たぶんコツがありますよね。私、こういのって何度か失敗しながらやるんですけど、それだと最高級品のコーヒー豆がもったいないので、どなたか上手な方が炒ってるところを見学してから帰りたいと思います」


 こうして価値の釣り合っていない物々交換を終えると、さっそくコーヒー豆の焙煎方法を教わる。もしかしたら神都のマリーナさんあたりは知っているかもしれないけど、本職の人のやり方を見ておいて損はないだろう。焙煎してしまうと香りがどんどん抜けてしまうそうなので、できるだけ生の豆の状態で保存するように教えてもらった。


「それじゃ、アイシャール姫の件が落ち着いたら必ず来ますから、それまでみんなでドゥバエの港町を盛り上げて待っていて下さいね!」


「「アイシャール姫様!ナナセ姫様!どうかお気をつけて!」」


 私はイナリちゃんの背中にしがみつき、ベールチアさんはハルコの背中に乗ってドゥバエの港町を昼過ぎくらいに出発した。その時、シャークラムさんがフラフラびっこを引きながら歩いてお見送りに来てくれていたので、どうやら傷の方はもう大丈夫みたいだ。


 必ず帝国に戻ってくるから待っててね!



「姫、あの無人島で休憩したいのじゃ」


「わかったよー、イナリちゃんが寄り道すればハルコたちも気づいて降りてきてくれるでしょ」


 来た時と同じように海の上を滑るように走るイナリちゃんが例の無人島で休憩すると言い出したので立ち寄ることにした。島に上陸すると、ベールチアさんが住んでた家ではなく一目散に温泉に向かった。


「ざっぱーん!ぷっはー、昼から温泉なんて気持ちいいねぇ。なるほどねぇ、イナリちゃん、これがしたかったんだね」


「ここはわらわの別荘にするのじゃ!せっかく姫が丁度よい湯加減の温泉になるよう工夫してくれたのじゃ、もったいないのじゃ!」


「いいねぇ別荘、なんか心が躍るよ。私もここ使っていいよね?」


「もちろんなのじゃ、わらわたち四人の秘密の隠れ家なのじゃ!」


 イナリちゃんは子供みたいなところがあるので、秘密基地とかそういうのが大好きなのだろう。かくいう私も大好きだ。


「イナリ様、私も仲間に入れて頂けるなんて光栄です。私は次いつ来られるかわかりませんが、また四人で温泉に入りましょう」


「当然ベールチアも仲間なのじゃ、寂しい言い方するななのじゃ。おい姫、わらわが王国の裁判官とやらに話を付けてやるのじゃ。神の意思に逆らう罰当たりな者なら、姫とベールチアでやっつけてしまえばいいのじゃ。そなたら二人より強い人族などそうそうおらぬのじゃ!」


「あはは、神様がそういう不公平なことしちゃ駄目だよぉ。イナリちゃんの力を借りなくても大丈夫、私絶対になんとかするから。これはね、ベールチアさんのためだけじゃなく、私の大切なアデレちゃんのためでもあるの、だから負けられないの」


 温泉から出て一息ついてから、ベールチアさんが作って住んでいた小屋の整備をする。獣用の罠なんかは全部取り外し、小屋の中を荒らされたりしないように出入り口をきちんとふさぐ。立て付けの悪そうな部分は雨や風で壊れてしなわないように簡単に補強して、しばらく来なくても壊れなさそうな感じにしておいた。


「イナリちゃん、たまに別荘に来て掃除しておいてよ、さすがに王国からここに来るのは簡単じゃないからさ」


「わらわは掃除などブラウニーに任せておったから今までしたことがないのじゃ。丁度よい練習になるのじゃ!」


 ついでなので適当な枝を拾ってまとめてホウキっぽいものを作っておいた。獣化した状態じゃ使えないと思うけど、イナリちゃんは別荘の維持のためなら頑張って掃除してくれるだろう。


「そんじゃ、できるだけ神都に近づかないとね、しゅっぱーつ!」


「「いーぐるつー、ていくおふ」」


 ハルコがベールチアさんに離陸の掛け声を教えたようで、いい感じで神都に向けて気合が入った。この無人島の別荘ともしばらくお別れだけど、アルテ様とアデレちゃんを連れて必ず遊びに来ようね。

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