6の30 運命に翻弄され



「サッシカイオが無能に育つにつれて、バルバレスカ様は身の危険を感じたのかもしれません、保身のため何年間も疎遠であったブルネリオ様の元へ戻り、夫婦の生活を取り戻しました。これは憶測ですが、バルバレスカ様が去ってしまい、レオゴメス様はやり場のない怒りと悲しみを、すべて私にぶつけることになったのだと思います」


「・・・つまり、むしゃくしゃして子供を産まされたと?」


「そういった一面もあったと思いますし、奥様との間に子ができないまま夫婦関係が破綻し、ヘンリー商会の跡継ぎの問題が差し迫っていたということもあったと思います。子を授かったことがわかると、私はイグラシアン皇国へ一年間ほど身を隠し、無事に女の子を出産しました。王国にはバルバレスカ様が『皇国に一年間偵察に向かわせたわ』と言って隠蔽したようです」


「いくら逆らえないって言ってもそれは・・・」


「その子は皇国の古い歴史に名を残したヘンリー皇帝のお妃様から名をいただき、アデレードと名付けました。私はアデレードを抱いて王都へ戻り、このまま護衛侍女を引退して母娘で仲良く暮らして行こうと思っておりましたが、レオゴメス様に『ヘンリー商会の跡継ぎの嫁にする』と言って、問答無用で取り上げられてしまいました」


「酷い!酷すぎる!」


「今思えば、失意の私に悪魔化の兆候が見られたのはこの頃だったと思います。怒りや憎しみや悲しみを表に出すことができずに、内側に貯め込んでしまったのでしょう・・・あぁ・・・」


 ベールチアさんの肩が震え、手を握って流し込み続けている私の暖かい光を乗り越えて感情が不安定になってしまった。


「ちょっとおしゃべり休憩しよ、ね?嫌なこと話させちゃってごめんね」


 ベールチアさんの頭を私の胸に抱き寄せ心臓の音を聞かせる。こうやってやると人は落ち着くって何かに書いてあったが、アルテ様と違って私の平たい胸ではあんまり効果がなさそうだ。仕方がないのでサラサラの長い髪をゆっくりと撫でてあげる。無人島で一緒に寝てるとき、なんだかアデレちゃんに似てて可愛いなって思ってたけど似てて当然だったよ。知ってしまうと顔や仕草や声までも、全てが似ているように見えてしまう。この先、美少女アデレちゃんは、トンデモ美女ベールチアさんみたいに育つのかな?楽しみだね。それはそうとこのまま落ち着いてくれるのを待つしかないのかな・・・うーん。


 困っていると、ずっと黙って聞いていたイナリちゃんが声を上げた。


「ベールチアがまた元に戻ってしまったのじゃ。一度眠った方がいいのじゃ。姫、いつもみたいに寝かしつけてやるのじゃ」


「そっか、そうするね。ベールチアさん、お昼寝の時間だよ」


 すかさず横に並んで座っていたベールチアさんをソファーに押し倒す。私の目をジッと見つめながら震えている肩に手を回すと、ベールチアさんが恥ずかしそうに目を閉じた。何かを言おうとして躊躇ったような半開きの柔らかそうな唇に思わず吸い込まれそうになる。私はその華奢な肩を抱きながら細くしなやかな髪を優しく撫で、暖かい光で包み込む。なんだかとてもいけないことをしているような気がするが、神様のご指示なのでしょうがないよね。


「ナナセさんの体、とても暖かいです・・・」


「ほら喋ってないで。私が一緒に寝てあげるから、ねっ」



 お昼寝から目覚めると、ベールチアさんは私より先に起きてコーヒーをもらってきてくれていた。そして驚くことに電気コンロを稼働させて温めていた。


「イナリ様のご指導で宝石に重力魔法をかけてみました」


「わらわも姫の真似をして雷を宝石にかけてみたのじゃ」


「すごい!二人ともすごいじゃん!」


「雷魔法は大成功だったのじゃ!もっと褒めるのじゃ!」


 魔品の扱いに関してはピステロ様しか理解してもらえないかと思っていたがイナリちゃんもさすが紡ぎ手だ、眼鏡の使い方とかも上手いし、新しく魔法を使えるようになるのも早いし、むしろこういうの向いているのかもしれないね。一緒に便利な生活用品を開発してみたい。


「ナナセさんのおかげで、だいぶ落ち着きました、ありがとうございます。さっそく話の続きをしようと思います」


「ベールチアさん、そんなに無理しなくてもいいですよ」


 コーヒーを飲んで一息つくと、またソファーに並んで座って手を繋いで光を送り込む。私とベールチアさんが寝ていたのを見てハルコも眠くなってしまったようで、イナリちゃんと寄り添って床でまったりしている。そしてベールチアさんが話の続きをゆっくりと始める。


「サッシカイオは私が教えること全てに反発しました。それは私だけでなく他の多くの侍女や使用人に対しても同じで、オルネライオとの差は年々広がって行くことになりました」


「ずいぶん前にオルネライオ様が『弟はベールチアによく懐いていた』と言っていた気がするんですけど、そんなことなかったんですか?」


「懐いていたというよりも、八つ当たりの対象だったのではないかと思います。何か気に入らないことがあっても外では黙って気にしない素振りをしていましたが、部屋に戻ると私を怒鳴り散らしたり、逆に甘えて抱きついて来たりと、非常に不安定な子供でした」


「それは懐いてるってこととは違ったんですか?本当はバルバレスカに甘えたかったんですかね?よくわかんないですね」


「私にもわかりません。彼が学園に通っている頃などは周囲の大人や他の学生に嫌味などを言われ毎日のように不機嫌でしたから、私なりに母親代わりとしてその怒りを鎮めるために、いつも抱きしめていました。言葉だけで説明すると、とても好意的なように聞こえてしまいますが、私の心の中にそのような気持ちは全くありませんでした」


 日に日にひねくれていくサッシカイオの育て方に困惑していたベールチアさんは、レオゴメスに取り上げられてしまった自分の娘であるアデレちゃんの代わりだと言い聞かせてサッシカイオに優しく接し続けていたそうだ。そうやってサッシカイオの怒りや憎しみを全て受け止めて過ごしていると、いよいよベールチアさん自身の闇落ちが進行し、あらゆるものを憎むようになってきたらしい。


「つまり、怒りや憎しみは伝染すると?」


「私が受け止めようとしたからだと思います」


「なるほど、怒る側じゃなく、それを受ける側の姿勢の問題だと・・・」


「アデレードを失っていなければ、きっと受け止めようなどとは思いもしなかったでしょうね」


 前世で“鬱は伝染る”と聞いたことがある。この世界の場合は感情が魔子や光子に乗っかってしまうので、それを受け止める姿勢ができている人には地球以上に危険なのかもしれない。私とイナリちゃんのテレパシー通信みたいなやつも、一方通行ではなく受け取る側にもそれなりの準備が必要だと言ってたのは、きっとこのことなんだろう。


「それで着々と悪魔化してしまったってことですね」


「はい、心を落ち着かせようとすればするほど、体の中に力がみなぎるような不思議な感覚になりました。ナナセさんが言っていた“重力子”というもので体内が満たされていたのでしょうか、私はそれを制御するために、ひたすら剣を振りました。そして体の中にみなぎっているような不思議な感覚を、そのまま手に持っている剣や、自らの肉体を操るために利用できることを知りました」


「重力魔法を自分で開発しちゃったってことですか?すごいです」


「いいえ、それにはヒントもあったのです」


 皇国に産休でお世話になっていた家の奥さんが簡単な重力魔法のようなことをしていたらしく、変わった魔法だと思いながら観察していたそうだ。重い荷物などを少し軽くすることができたそうで、当時は肉体強化をするバフのようなものだと思っていたらしい。


「あのー、その奥さんって、たぶんマス=クリスって人ですよね」


「・・・驚きました、ナナセさんは本当に何でもご存知なのですね。ケンモッカ様から話を聞かれているのですか?」


「いいえ、タル=クリスとマス=クリスと王都で戦闘になったことがあるんです。その時にマス=クリスに私の重力魔法が効かなかったんですよね、たぶんベールチアさんと一緒で吸収か相殺かされちゃったんだと思います。それと、深夜に結界みたいなのをまとってバルバレスカの影武者やってたのもたぶん同一人物です。そんなことできる人、他にはベールチアさんくらいしかいないだろうなって思ったんで、その時はベールチアさんが王都に戻ってきたのかと思いましたもん」


「なるほど・・・そのマス=クリス様の話になってしまったのでお話を続けますが、ヴァルガリオ前国王暗殺の実行犯は私でした。ナナセさんはとっくにお気づきなのですよね?」


「まあそうなんですけど・・・続けて下さい、黙って聞きます。」


「サッシカイオの専属護衛・・・名をポルシュ言います、それと私とタル=クリス様の三人です。当初は私ではなくマス=クリス様が向かう予定でしたが、あの方がアンドレッティ様と渡り合えるとは到底思えなかったので交代しました。マス=クリス様はサッシカイオのアリバイ作りで私に変装して王宮内をウロウロと歩き回ることになり・・・‥…」


 黒ずくめの三人組で郊外に狩りに出かけたヴァルガリオ前国王を襲撃する計画は、やはりバルバレスカの私怨だった。細かい話はあとでゆっくり聞くことにして黙って話を聞いていると、どうやら殺してしまうつもりはなく、度を越した嫌がらせ程度のつもりだったらしい。


 その嫌がらせ計画で最も障害になったのがアンドレおじさんの戦闘力と、殺されてしまった高位の宮廷魔道士の魔法だったそうだ。ベールチアさんがアンドレおじさんを引きつけ、タル=クリスが魔道士の行動や詠唱を遮り、そして最も対人戦闘に不慣れだったサッシカイオ専属の護衛兵であったポルシュがヴァルガリオ国王に一太刀でも入れることに成功したら、すぐに逃走する予定だったらしい。


「ポルシュは私と同じ街の道場に通っていました。道場の稽古ではそれなりの腕になっていましたが、対人戦闘に関してはまだまだ不慣れで、その日もポルシュだけが冷静さを失ってしまい・・・‥…」


 アンドレおじさんはベールチアさんが戦闘準備に入ったことで魔子の動きを察知し、予定どおり引きつけることに成功した。タル=クリスもお目当ての宮廷魔道士の背後を容易に取ることができた。しかしポルシュは変な興奮状態で大きな声を上げながらヴァルガリオ国王に特攻し、何度も何度も剣を突き立てたそうだ。それを一番近くで見ていた魔道士が何か謎の言語で魔法を使い始めたので、タル=クリスが背後からやむなく首を斬って二人で逃走したらしい。


「アンドレッティ様は国王と魔道士の異変に気付くと、私を放置し彗星のごとくポルシュの元へ駆け寄り、あっという間に斬り捨ててしまいました。そして、すでに倒れて動かなくなっているヴァルガリオ国王と魔道士・・・名は確かリベルディアと言いましたか・・・ともかく、すでに命を落とした二人を、それはもう鬼のような形相で護衛し続けていました。あの時のアンドレッティ様の顔は忘れることができません・・・」


 ここでベールチアさんがまたプルプルなってしまった。首を斬られた魔道士とアンドレおじさんは恋仲だったという噂らしく、その相手の命を奪ってしまったことが今でも夢に出てきてはうなされ、頭がおかしくなるほど後悔していると言っていた。


「ベールチアさん、また休憩にしましょう」


「ごめんなさい、あれからずっと、どうしていいかわからなくて・・・」


「罪を悔いている証拠ですよ」


 私、聞いてばっかりで何も話していないよね。

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