6の11 神都アスィーナ



「甘くて美味しいのじゃよ。これでも失敗なのかえ?」


「あはは、思っているものとは違っただけで失敗ではないのかな?」


「ぐぁーー」


 残念なとうもろこしパンはさっき摘んできた果実を刻み、乗せたり巻いたりしたら、しっとりお菓子として楽しむことができた。私は食べ終わってから明日のためのいなり寿司を作り始る。


「お寿司屋さんでバドワイゼルが作っとるやつじゃな」


「うん。でも味付け油揚げはね、これは食堂のおやっさんが持たせてくれたんですよ、さっそくバドワに教わったみたいなんだ。明日のお昼ご飯にしようね」


「わしゃ豆腐もそうじゃが、それも大好きなのじゃよ」


 ベルおばあちゃんは大豆食品が大好きなようなので、この旅が終わったらおやっさんから作り方のコツをしっかりと教わっておこう。


 いなり寿司は作りすぎなほどの数になってしまったので、ダッジオーブンにビッチリと三階建てくらいで詰め込んだ。明日はたぶん昼過ぎには目的地まで着くはずだから、お昼ご飯もこれになっちゃうね。


「じゃあ私は寝るね、なんか危険な獣とか近づいてきたら起こして下さいよ」


「獣どころか虫みたいな生命体しかおらんのじゃよ」


「私は獣より虫の方が怖いですっ!絶対に近づかせないでねっ!」



 翌朝目を覚ますと、ペリコが川魚を口の袋の中に捕らえて戻ってきた。ぐえっと吐き出して誇らしげにしているが、美味しそう!と素直に言える光景ではなかった。


「ペリコ、昨日のパンじゃ納得してなかったんだね・・・なんかごめんね。これ焼いたやつを朝ご飯にしよっか」


「ぐわーっ!」


 川魚はニジマスみたいなやつだったので、そこらへんに落ちている木の枝に波々に刺して塩を振って直火焼きにした。こうやると美味しいとかではなくて、こうやる食べ方しか知らないのだ。


「もぐもぐ。川が綺麗で魚が新鮮だと、どんな食べ方しても美味しいですねぇ。私の住んでいた国の川や湖で採れる魚は水があんまり綺麗じゃなかったから、なんとなく生臭い感じのが多かったんだ」


「この魚の味は湖の家で食べていた魚と似ているのじゃよ。何百年も食べておったが、塩を振って焼くと美味しいのぉ。もぐもぐ」


 私たちは魚を食べ終わるとたき火を消し、穴を掘って魚の骨を埋めて綺麗にしてから飛び立った。キャンプ場のマナーだ。


「ベルおばあちゃん、たぶんもう近くだから思い切って内陸を突っ切ろう。太陽が昇った方向に適当に進んでいればいいと思うんだよね」


「了解なのじゃよ」


 二~三時間ほど飛んだだろうか?まだお腹がすいていないのでお昼前だと思うが、ようやく街らしきものが見えてきた。海を渡ってこの大陸にやってきてから初めて見る人工物に心を躍らせる。


「ねえねえ!あっちあっち!あそこたぶん街だよね!」


「うーん・・・まだわからんのぉ」


「大丈夫、この方向で合ってるからね、楽しみー」


 ようやくベルおばあちゃんにも察知できる距離までつくと、街の規模としてはナプレ市より広いくらいだろうか?海の近くから山に向かう感じで二階建て以上の高い建物がたくさんある綺麗なところだった。さっそく地上に降りてみたが、私はなんだかとても違和感を覚える。


「・・・この街、人が全くいなくない?」


「けっこういるのじゃよ。皆家の中じゃな」


「こんな昼からみんな引きこもってるの?おかしくない?」


 私も眼鏡にぬぬんと力を込めて生物探知をしてみる。確かに各家の中に数名づつ人がいるようだが、物音もせず生活感がまったくない。


「これはどういうことですか!調べましょうっ!私、気になりますっ!」


「とりあえずどこかの家を訪ねてみるのじゃよ」


 とりあえず街の全体を見渡すために、低空で飛び上がって見回してみた。どうやら海側の方が街としてにぎやかなようで、山側には立派な神殿っぽ建物がいくつかあった。異世界で情報収集と言えば酒場みたいなところが定番なはずだが、ベルおばあちゃんに「たちの悪いゴロツキ相手じゃとナナセが相手を痛い目に合わせてしまう可能性があるのじゃ」と言われて、神殿に向かうことになった。心外な。


「うわぁー、立派ですねぇ。なんか幻想的・・・」


「中に人が数人おるのぉ。さっそく入るのじゃよ」


 この神殿は大きな石柱が何個も積み上げられているような、とても立派なものだった。その損傷具合から見ても、非常に歴史がある建物であることが想像できる。というか、地球人の私が想像していた通りの、あの石造タイプの神殿だったので安心した。


「入り口はここしかなさそうですね・・・」


 この建物の正面と思われる場所にある、しっかりと閉め切られた大きな扉をコンコンとノックしてみる。全く反応が無いのでドンドンと拳を握って強めに叩いてみる。それでも反応がないので扉を引いてみたが、鍵がかかっていて開かない。


「あのぉー!すいませぇーん!旅の者ですがぁー!」


 私は眼鏡で探知しながら大声で呼んでみると、人が扉の近くにやってきた気配を感じた。しかしそのまま奥まで戻ってしまったので、どうやらあまり歓迎されてはいないようだ。


「困ったなぁ。上の方に窓があるから侵入しちゃう?」


「それはあまり平和的ではないのぉ」


「他の建物に行っても同じような気がするから、ここで様子を見よっか。ちょっと早いけどお昼ご飯にするね」


 私はリュックからいなり寿司の入ったダッジオーブンをおもむろに取り出し、手鍋で紅茶を作り、神殿の前にある大きな階段に腰をかけてもぐもぐ始めた。バチ当たりかな?


「そうだ、ペリコに突入してもらおっか。ベルおばあちゃんの木の上にあった家のときみたいに」


「そんなこともあったのぉ、すでに懐かしいのじゃよ」


「あんときペリコさっそくベルおばあちゃんに懐いてたよね。食べられちゃうかと思ってドキドキしてたら逆にはぐはぐしてて笑っちゃった」


「ぐわーっ、ぐわーっ、ぐわーっ」


「あはは、ペリコも覚えてそうだね。じゃあこれ食べ終わったら、あの窓から中の様子を見てきてよ。そうだ、なんかお土産でも渡そう」


 私はリュックの中から羊皮紙を出すと、「私たちは怪しい者ではありません。お近づきの印にお菓子をどうぞ。ナナセ」と書いてからキャラメルを何個か包んでペリコに咥えさせる。


「じゃあペリコ、それ食べちゃダメだよ、誰かいたら渡してね」


「ぐわっ!」


 ペリコに了解!と言われたような気がしたのでたぶん大丈夫だろう。私とベルおばあちゃんはお茶を飲みながらしばらく待っていると、大きな扉がギギギと開いた。そういえばここって外国だけど、手紙の字って読めたのかな?


「やった!ペリコが良い仕事したみたいだよ!すみませーーん!中に入ってもいいですかぁー!旅の者でぇーす!」


「入るなら早く入りなさいっ!危険ですからっ!」


「はっ、はいっ!ごめんなさいですっ!」


 なんか怖い巫女っぽい人に怒られながら急いで中に入ると、すぐにバッターン!と勢いよく扉は閉められた。中を見ると年配の優しそうな神父さんにペリコがはぐはぐしていて、他に巫女っぽい人が三人ほど困った顔をして座っていた。


 私は扉を開けてくれた怖い巫女っぽい人に案内され、神父さんの前まで連れてこられた。こういう場面でのお作法がわからないので、アンドレさんやルナ君がやっていた貴族風の、胸に手を当て片ひざをついた姿勢で頭を下げて自己紹介する。眼鏡とチョーカーのおかげで言葉は通じるだろうから、なるべく丁寧な言葉遣いをすれば安心だ。


「何か事情がおありのようで扉を締め切っていたにも関わらず、無理にペリカンを侵入させたことをお詫び申し上げます。私はブルネリオ王国ナゼル町長ナナセと申します。こういった形とはいえ、この神殿内にお招き頂いたことを感謝いたします。大変歴史の深そうな建物に、私は感銘を受けております」


「妖精族のベルじゃ。突然の訪問ですまんのぉ」


「これはこれは、大変ご丁寧なごあいさつを頂きありがとうございます。わたくしはグレイス神国のアギオルギティスと申します。王国の姫君とはつゆ知らず、居留守を使うような真似をしたことをお許し下さい。さ、腰を上げてこちらにお座りになって。マリア=レジーナ、お茶を用意して差し上げて下さい」


「かしこまりました神殿長」


 神殿長のアギオルギティスさんという人はとても優しそうな人で、村長さんやブルネリオ王様と雰囲気が似ている。さっきの怖そうな巫女さんっぽい人がマリア=レジーナさんというらしく、こちらは少し王国の護衛侍女っぽい雰囲気がある真面目そうな人だ。


「ありがとうございます、それでは失礼して・・・ペリコ、こっちおいでっ」


「はぐはぐ、ぐわっ!」


 まずはベルおばあちゃんをイスによいしょと乗せてあげる。こういうちゃんとした場面だとプカプカ浮いてるのは失礼にあたると思っているようで、久しぶりに指揮棒を杖みたいに使ってよちよち歩いていた。自力でイスに登れないので人形みたいに扱うのはしょうがない。ペリコはアギオルギティスさんから離れ、ぺたぺたとテーブルの上を歩いてきて私の膝の上にピョンと飛び乗った。


 よくよく考えてみたら、このパーティ怪しすぎるよね。いきなり訪問されてドアをドンドンされても居留守するのは当然だ。


「あのあの・・・お近づきになれたばかりで失礼かと思いますが、どうして神国の都なのに人がまったく出歩いていないのですか?実は私もベルおばあちゃんも、人の気配を察知する魔法が使えまして、家の中に人が閉じこもっていたのは気付いているのです」


「ほほう、そのような魔法が存在するのですか、これは興味深い。ま、そのお話は後ほど伺うとして・・・かれこれ一か月ほど前からでしょうか、ハルピュイアの集団の襲撃を受けておりまして。神都の住民が何名か連れ去られてしまっているのです」


 ハルピュイア?鳥人間みたいなやつだっけ?

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