5の32 ナナセトラベル
私とベルおばあちゃんは一度の休憩で王都の港までやってきた。一気に王都まで行けそうな感じではあったが、サギリも一緒だったので、いったん降りて海辺で休憩しながら治癒魔法をかけてあげたのだ。
「ナナセと飛ぶのはずいぶんと楽なのじゃよ」
「そうなんだ。アデレちゃんとどこが違うの?」
「体中に宝石を付けておるし、剣もそうじゃし、何よりナナセそのものが魔子タンクのようなものだからじゃな」
私がガソリンタンクのような言われ方をしているが、体中に宝石をつけているのは事実だ。アルテ様やティナちゃんソラ君とお揃いのヴァレッタに、眼鏡もたぶんそうだし、翻訳チョーカーにも立派な宝石が埋め込んである。ついでにお財布の中には大量の純金貨とピステロ様がくれた宝石が入っているので、魔子に困ることはないのだろう。
「もっと頑張ればかなり遠くまで行けそうじゃな、今日はサギリに合わせた速度じゃったから、ナナセに負担が無ければ倍くらいの速度で飛べそうじゃよ。ナナセの魔子が枯渇するかもしれぬがのぉ」
「それは危ないのでやめて下さいっ!」
空中でガス欠なんてことになったら非常に危険だ。せっかく異世界で生まれ変わったのに墜落事故死は避けたい。
「うーん。魔子の濃い場所があるってことは、魔子の薄い場所ってのもきっとあるよね。そういうところを飛ぶときは注意しなきゃね」
「水や草木や柔らかい土が少ない場所は要注意なのじゃよ」
「砂漠とか岩場ってことかな?」
「そうじゃな、そういうところを飛ぶときはゆっくりが良さそうじゃな」
これは貴重な情報だ。光魔法の紡ぎ手に会いに行くなら、どのくらいの距離かもわからないし、どんな場所かもわからない。ピステロ様の屋敷やベルおばあちゃんのいたカルデラ湖の事を考えると、きっと光魔法の紡ぎ手がいる場所は魔子で溢れている気がするが、そこまでたどり着くまでは危険そうな場所は避けて飛ぶことにしよう。
「さて、ちょっとリノアおばあちゃんに会いに行きましょう」
「了解なのじゃ」
リノアおばあちゃんの家にくると、ちょうどお豆腐を作っていた。
「こんにちはー!わあ、こんな風に作ってるんですねえ」
「なんだナナセ様かい、これは明日バドワに渡す分だよ」
「私今から王都に行くから持って行きますよ」
リノアおばあちゃんはふた付きの専用の木の箱に豆腐をうまく移し替えると、私は料金を支払ってひとまず横に置いておく。
「ねえリノアおばあちゃん、ゼル村の村長さんのお墓が完成したんですけどね、すごく立派な聖堂みたいな建物の中にね、村長さんとゼノアさんの素敵な石像を作ったんですよ!」
「ほぉーそりゃあ見てみたいね、あたしゃもう何十年もゼル村には行ってないんだ」
「そう思って、リノアおばあちゃんをナゼルの町に招待しようと思っているんです。もちろん旅費なんていりませんよ、食事も宿も全部私が準備しますっ!」
「ぜひ行きたいねぇ、けど旅費なしってわけにゃいかんよ」
「そうおっしゃらずに」
「駄目だよ、そういうのはけじめが大切なんだ」
「うーん、あいかわらずそういうところは真面目ですねえ・・・じゃあナゼルの町の食堂のおやっさんに豆腐の作り方を教えるっていうのはどうですか?あ、もちろんリノアおばあちゃんがおやっさんの料理を気に入ったらってことでいいですけど。バドワの師匠で、作る料理はなんでも美味しいんですよ」
「なるほどねぇ、わかったよ!それで手を打とうじゃないか!あたしが生きてるうちにナゼルの町へ行けるとは思っていなかったしね。こりゃあ冥途の土産にちょうどいい」
「あはは、そう簡単にリノアおばあちゃんを冥途には行かせませんよ。それじゃあ日程が決まったら紙に書いてバドワに渡しておきますね、たぶん年明けの連休を使った感じになると思いますから」
「ナナセ様ありがとねぇ、あたしゃ楽しみにしてるよ」
よし、旅客一名確保。リノアおばあちゃんにバイバイすると、豆腐の箱を抱えて王都へ飛び立った。
「豆腐が崩れちゃうといけないから、ゆっくり飛んで行こうね」
「わしゃ豆腐に醤油をかけて食べるのが大好きなのじゃよ」
「そういえばそうだったね、年明けからはナゼルの町の食堂でも豆腐が食べられるようになるといいなぁ」
木の箱に入った豆腐が崩れてしまわないように慎重に王都のお寿司屋さんまでやってきた。商品を王都に持ち込むことになるので、念のため西の門の護衛に声をかける。
「ナナセ様から税をとるわけには行きませんっ!手続き不要です!」
「ええー、そんなことしてたら他の商人が持ってきた商品を一時的に私が全部抱えて門をくぐっちゃったらどうするの?」
「・・・俺は個人的には見逃しますっ!」
「そんなゆるゆるな税関はありませんっ!ちゃんと税金を計算して下さいっ!これは王族命令ですっ!それに今は厳戒態勢なんですから余計に厳しくしなきゃ駄目じゃないですか!?まったくもう」
結果として王都の港で作った商品だったので税金はかからなかった。でもまあ、こういうところはきちんとしなきゃね。
西門をくぐると豆腐を抱えたまま、すぐ目の前のお寿司屋さんへやってきた。すでに夕方なのでそろそろ開店の時間だろうか。
「ちわー、豆腐屋っすー」
「なっ!ナナセの姐さんっ!突然どうしたんすか?ナゼルの町へ退避したんじゃなかったんっすか?」
「ちょっと国王陛下に呼ばれちゃってね、通り道でリノアおばあちゃんに会ってきたんだけど、ちょうど豆腐が完成してたからついでに持ってきたんだ。あ、まだショーケースは動いてるんだねえ。ベルおばあちゃん、魔法の補充しといてあげてよ」
「そうじゃな。わしも宝石に魔法をかけるのは、ずいぶん慣れてきたんで二~三週間くらいは持つようになったんじゃよ、ほいっ!」
「助かりやすベル様、これで年末まで問題なく営業ができやす」
「ねえバドワ、年明けの連休は夫婦でナゼルの町に帰ってこない?村長さんのお墓参りも兼ねてリノアおばあちゃんも来るんだよ」
「そうなんっすか、そりゃあ願ったり叶ったりっすね。年末年始は休めってアデレード様にきつく言われちまってんで、何しようか考えてたんっすよ。ぜひリノアさんとご一緒させてもらいやす!」
「だったら見習いの二人も一緒に連れて行こうよ、こういうの社員旅行とか慰安旅行って言って、私のいた国ではみんなやってたんだよ」
「「ナナセ様!俺たちも行きたいです!ぜひお願いします!」」
よし、旅客四名確保。
「それじゃ日程を決めたら紙に書いて渡すねー、国王陛下に会ったあとで食べに来るかもしれないから、そんときはよろしく」
「へい姐さん!お気をつけて!」
お寿司屋さんを出ると、すぐに王宮の自分の部屋へ行った。セバスさんがいつものようにビシッと出迎えてくれる。
「はっ!ナナセ様とベル様でございますか?おかえりなさいませ。」
「ただいまー!」「ただいまなのじゃよ」
「ナナセ様は突然のお帰りが多すぎます。ペリコ様やサギリ様やレイヴ様で一報いただければ、私もそれなりの準備ができるのですよ。」
「ごめんなさいです・・・国王陛下に突然呼び出されちゃって・・・さっそくで申し訳ないのですが、面会の許可をお願いしていいですか?」
「かしこまりました。すぐに伺って参ります。」
セバスさんを待っている間に、サギリに治癒魔法をかけてあげる。またすぐにブルネリオ王様がアンドレおじさんにお手紙を運ばせるかもしれないし。なんだか激務だよね、ごめんねサギリ。
「ナナセ様、マセッタ様がお戻りになられてお話をしているようなので少々お時間がかかるようです。別の使用人が呼びに参ります。」
ああ、昨日の朝に出発したから、ちょうどマセッタ様が王都に着いた頃だったんだね、なんか忙しそうで大変だ。
「ねえセバスさん、前に北の島国からやってきたようなこと言ってましたけど、それってやっぱイグラシアン皇国のことですよね?」
「・・・はい、その通りでございます。かれこれ五十年以上も前に国を出ました。それ以来この王都から出たことはございませんよ。」
「そうなんですね、もしよかったら年明けの連休でナゼルの町に旅行に来ませんか?王都に住んでる人に何人か声かけてるんです。ずっとお休みもないし、ちょっと気分転換に私たちの町を見に来て下さいよ、とてもいいところなんですよ」
「ナナセ様のお優しいお心遣いに感謝いたしますが、私はアデレード商会の子供たちの面倒を見て差し上げなければなりません。遠く離れた村などからやってきた子の親代わり・・・いえ、祖父代わりでしょうか?年始の連休はあの子供たちと過ごそうと考えております。」
「そっかぁ、さすがに全員連れて行くわけには行かないよねぇ、なんかアデレちゃんのこと大切にしてくれてありがとうございます!」
「・・・これは私の責任、いや、使命のようなものですから。どうぞナナセ様はお気になさらないで下さい。」
「私、なんだか嬉しいです、そんな風にアデレード商会の子たちを大切に思ってくれてるのって、まさにおじいちゃんって感じですね」
「・・・もったいないお言葉でございます。」
「ところでイグラシアン皇国のスパイを逮捕して、しかも逃げちゃったのって知ってますよね?イグラシアン皇国ってどんな国なんですか?タル=クリスって人としか話をしたことないんですけど、わりと人情深いと思いきや職務に忠実だったりとか、よくわかんない人でした」
「皇国の民は家族や仲間を大切にする傾向が確かに強いと思います。諜報員のような特殊な職の者は別としても、商人同士や職人同士などは、赤の他人であったとしても仲間意識が強く、他所の文化を嫌う傾向はあるかと思います。ただ、私が見知っている皇国は五十年以上も前でございますし、その間に皇帝も代替わりしております。最近の事情は私にはわかりかねますな。」
「そっか、確かにタル=クリスは特殊な職業ですよねぇ・・・」
そんな話をしていると、使用人が私を呼びにきた。
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