5の33 告白



「失礼しまぁす・・・」


 使用人の案内で謁見の間までやってくると、いつもなら文官や護衛兵や侍女が何人もいるはずだが、今日はマセッタ様と二人だけのようだった。これはマセッタ様たった一人で護衛も侍女も文官も兼ねているということだろうか?もしそうなら過酷な任務すぎる。


「ナナセ、お待ちしておりました。急なお呼び立てにもかかわらず、こんなに早くいらしていただけるとは思っていませんでしたよ」


「ナゼルの町は平和ですから、すぐ来れました。みんなすごいよく働くんで、私なんだか仕事がなくて困っちゃってますよ・・・あはは」


「平和で困るとは贅沢ですね、決して悪い事ではありません」


「国王陛下、私を平和なナゼルの町へ早く戻して下さい」


「マセッタ、そんな冗談にお付き合いできませんね」


 マセッタ様と国王陛下は同じくらいの年齢だろうか?二人とも若々しいが、まるで夫婦のようにも見える。若い頃からの長い付き合いであることが会話から感じ取れるし、なんだか微笑ましいね。


「では本題に移りましょう。ナナセにお願いがあります」


「はい、私にできることでしたら何なりとお申し付け下さい」


 そう言うとブルネリオ王様は席を立ち、私の前までやってきて片膝をつき、優しく手を取った。それはとても自然でスマートな動きであり、貴族の優雅な世界を感じさせるが、私には緊張が走っただけだ。


「私の妻となって下さい。ナナセとの婚姻を強く望んでおります」


「・・・はひ?」


「ナナセ様は王族キラーですね、アルメオも王族の血が流れているようですし、王国一のモテモテ女子なのでは?ふふっ」


「コホン・・・それでですね、今回の件でバルバレスカを王族から除籍し、新たにナナセを第一婦人として迎えたいと思っております。どうか私のこの想いが、ナナセに伝わることを願っております・・・」


「でででっ、できませんっ!そんなの無理ですっ!」


「唐突な求婚が無礼なこととは百も承知です。私はサッシカイオと同じことをしているのかもしれません。ですが、どうかこの私の手を握り返して下さい・・・」


 私はナゼルの町の町長業務をないがしろにすることはできないし、王族としての重荷をこれ以上は背負いたくないし、老後はアルテ様とのんびり過ごす予定だということを必死で説明した。


「ふふっ、だから言ったではありませんか国王陛下、ナナセ様が選ぶ相手はアルテ様かアデレード様ですよ、決して貴方ではありませんし、オルネライオでもありませんから」


 その後もしばらくブルネリオ王様の求婚が続いたが、私はごめんなさいをし続けた。なんかマセッタ様がイライラしている様子が伺える。


「そもそも、なぜ私なんですか?バルバレスカの身代わりで結婚を政治的に利用するのであれば、私はそういうの嫌いだから絶対に断るって、国王陛下はご存知ですよね?」


「・・・確かに政治的かもしれません。サッシカイオの不祥事に続き、バルバレスカまで不祥事を起こした私は国王としての信用が失墜していると考えています。そこで卓越した能力もあり、今の王都で最も話題を集めている女性であるナナセを第一婦人として迎えれば民も納得するのではないかと考・・・」


 話の途中でマセッタ様がバン!とテーブルを叩き席を立った。


「そんな言い方をしていたらナナセ様への気持ちは何十年経っても伝わりません!まったく王族の男どもは本当に情けない。いいですか?バルバレスカ様やサッシカイオがおかしくなったのは、このいびつな王族のあり方が責任です、それを国民に人気があるナナセを表舞台に立たせることで責任の所在をうやむやにするなど言語道断です!」


「ぐぬぬ・・・」


「貴方もそうですし、オルネライオもそうです!勝手にナナセ様に好意を抱いておいて、それでいて男性としてナナセ様に好かれるような努力を一切していないじゃありませんか!なのに何ですか?自分の信用が失墜しているから助けてくれですって?そんな言葉を吐くような人ではナナセ様の心を奪うことなど絶対にできません!アデレード様の方がよほどナナセ様に好かれようと努力していますっ!」


「ぐぬぬ・・・もうしわけありません・・・」


「あのあのマセッタ様ぁ、そんなに言わなくてもぉ・・・」


「冗談ですっ!まったくもう、王族のだらしない男どもは・・・」


「冗談なんですね・・・でも国王陛下がピンチなのはなんとなく伝わってきました。何か結婚以外の方法でお助けできませんか?」


「その前に国王陛下っ!ご自分の気持ちをもっと素直な言葉で伝えなさいっ!」


 ブルネリオ王様がモジモジしている。私はどうしたらいいのだろう?しばらく永遠とも感じるような気まずい無言の時間が続き、ブルネリオ王様が意を決して私の目を見て優しい口調で語りかけてきた。


「ナナセ聞いて下さい。一人の女性として貴女に強く惹かれています。私は立場上、自分の望むような婚姻をすることができませんでしたし、女性に対してこのような気持ちを感じたこともありませんでした」


 バルバレスカも、第二婦人も、きっと周りに押し付けられた結婚だったのだろう。それに関しては同情するけど・・・


「マセッタの言う通り、このような気持ちを素直な言葉で伝えようと思います。ナナセを心から愛しています。私と結婚して下さい」


 私にとって生まれて初めて受けた愛の告白は王様だった。


「ごめんなさい。」


 しかもお断りしてしまった。


「オルネライオの初恋も貴方の初恋もナナセ様なのですね、いい歳して親子揃って同じ人を好きになるなんて、まったくよく似ています。これもいい勉強です、きっぱり諦めて新しく第一婦人を探して下さい」


「なんかほんとにごめんなさい・・・」


「いえナナセ、このように胸が高鳴るなど、まるで少年の頃のような気持ちになり、とても良い経験になりました。そして、私も覚悟ができました。マセッタの言う通り、責任の所在をはっきりとさせましょう」


 ブルネリオ王様はその後数日間、食事もせず寝室にこもってうじうじうじうじしていたと、後になってマセッタ様が面白おかしく話していた。



「おかえりなさいませナナセ様、顔色が優れないようですが」


「ただいまぁ、すごい衝撃的なことがあったけど内緒です」


「なんじゃナナセ、思わせぶりな言い方なのじゃよ」


「たとえベルおばあちゃんであっても内緒ですっ!」


 その後すぐにアデレちゃんのお母様を訪ね、お寿司屋さんに一緒に食べに行こうと誘ってみた。やはり一人ぼっちになってしまったのが寂しかったようで、喜んで一緒に行くことになった。


「へいらっしゃい!あっ、ナナセの姐さんとベル様お待ちしてました」


「アデレちゃんのお母様を連れてきたよ、今日はゆっくりしたいからテーブル席で食べていい?お寿司もゆっくり目でおまかせで」


 お寿司屋さんは行列ができていたので少し並んだが、運よくテーブル席が空いたので三人でのんびりとお話をしながら食事をした。


「あの子はいつもいつもナナセ様のお話ばかりしていましたわ」


「そうなんですね、なんか恥ずかしいです。アデレちゃんはお父様のことは吹っ切れたようなことを言っていましたが、ナゼルの町に来てからもお母様のことをとても心配していたんですよ」


「そうですの・・・あの子が出ていってしまってずっと寂しかったけれど、そうやって思っていてくれたと知って、とても嬉しいですわ」


「それでですね、もし良かったらナゼルの町へ旅行に来ませんか?アデレちゃんが退避している今こそベストなタイミングだと思うんですよね。他にもお寿司屋さんの大将夫妻や、王都の港で豆腐を作ってくれているおばあちゃんも一緒なので、少し賑やかな旅になるかもれませんが、お母様にも新しいお友達ができて楽しいと思いますよ!あ、当然旅費は私がすべて負担しますし、宿やお食事の心配もありません。年明けの連休をナゼルの町で過ごしてみてはいかかですか?」


「素敵ですわ!あたくしアデレードの顔をずっと見ておりませんし、ナナセ様が作られた町を見てみたいと思いますの!そうですわ、あたくしの家のお手伝いさんも連れて行っていいかしら?」


「もちろんです!それではお二人でいらして下さいっ!予定が決まったらお手紙を送りますね!」


 これで旅客は全部で七人かな?旅行代理店のいい練習になるね。



 ベルおばあちゃんは夜でも空を飛べるのでその日の晩に王都を出発して、ブルネリオ王様の求婚をお断りするだけという王都への旅は、深夜にナゼルの町へ無事に帰ってきて終了した。


「おつかれさまなのじゃ、さすがのわしも疲れたわい」


 ベルおばあちゃんは連続飛行の疲れからか、葡萄酒持参で自分の部屋へ行ってしまった。私もすぐに部屋へ戻ると、アデレちゃんとゴブレットが一緒に眠っていて、アルテ様が暖かい光で包んでいた。


「おかえりなさいナナセ、ずいぶん早かったのね」


「うん、すごい衝撃的なことがあったけど内緒・・・じゃなくてアルテ様には話してもいいかな。今から一緒にお風呂入ろっか」


「ええ、わたくしナナセとお風呂でしたら何度入ってもいいわ」


 土鍋風呂にザブンと入ると、長時間空を飛んでいた緊張感から解放され一気に脱力してしまったので、アルテ様にむにゅりともたれかかってお湯に浸かる。これは私専用の超やわらかチェアなのだ。


「あのね、ブルネリオ王様に求婚されたの。でも断ってきたの。なんかね、サッシカイオとバルバレスカが立て続けに問題を起こしたから国王としての立場が危ういんだって。でも私を第一婦人にすれば国民の信用を回復できるとかなんとか・・・それでね、マセッタ様がいきなりブチギレてね、そんな言い方じゃなくてちゃんと言いなさい!って怒ってね、そしたらブルネリオ王様に「愛してます」って言われちゃってね・・・私、生まれて初めて男の人に告白されちゃって少しドキドキしたんだけどね、結局きっぱりとお断りしたの。気まずかったぁー・・・」


「ファーストレディなんて素敵じゃない。なぜお断りしたの?」


「えっとね、アルテ様と六十年後に一緒にどこか遠くへ逃げてのんびり暮らす約束してるから無理ですって言ったよ」


「最後に勝つのはわたくしなのねナナセっ!とても楽しみだわ!」


 女神様にとって私と過ごす時間はほんの一瞬の出来事なのかもしれないが、私はその一瞬を大切に、有意義に過ごそうと心に誓った。


── 第五章 年頃ナナセの女子力強化 完 ──





あとがき

いつもナナセさんの応援ありがとうございます。

マセッタ様はブルネリオ王様のお姉ちゃんみたいな感じでしょうか、立場を超越して頭が上がらない存在のようです。作品内の異世界王国では特異な女性にも感じられますが、本来なら極めて地球的な感覚を持った普通の女性のつもりで書きました。

告白に関しては唐突なようにも見えますが、鈍感ナナセさん視点のお話なのでこんなもんかなと思ってます。これでマセッタ様のターンは終わり、六章のナナセさんはいよいよ海外へ飛び出します。

新たな人族や謎の生命体との出会い、そしてアノ人との再会も?

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