5の22 逮捕劇(前編)



── ドタドタドタ! ドンドンドン! ──


「アデレードっ起きろっ!」


「アンドレッティ様、何ごとですか、少々乱暴ですぞ?」


 扉を激しくノックする音で私とアデレちゃんは目を覚まし、部屋の片隅でゴブレットが怯えていた。アルテ様がはいはいと言いながら扉を開けると、セバスさんがアンドレおじさんをたしなめていた。


「アンドレさん、私めっちゃ心当たりがあるんですけど・・・」


「おおっ、ナナセも戻ってたのかよ!急いで謁見の間に集合だっ!」


「わかりました。バルバレスカの密会の件ですよね?」


「密会?違うっ、タル=クリスに逃げられたっ!」


「ええーっ!?」


 嫌な予感がするので、念のためフル装備に着替えてから駆け足で謁見の間に向かうと、すでにブルネリオ王様、メルセス先生、アルメオさんの他に、負傷した護衛兵がいた。


「皆さまお揃いですね、さっそくこの衛兵から直接話してもらいます。」


 その護衛兵の腕には乱雑に包帯が巻かれ、革の鎧は血で汚れ、痛みに顔を歪めている。あんまりな感じだったので私は剣をえいっ!と振って治癒魔法をかけてあげたが、それでもまだ痛そうだったのでけっこう気合を入れた暖かい光で包んであげた。


「ああっ、なんと心地よい光なのでしょう・・・ナナセ様ありがとうございます、痛みがだいぶ引きました」


「アルメオさんに治癒魔法をかけてもらわなかったんですか?」


 アルメオさんがバツの悪そうな顔をして答える。


「いや、オレの治癒魔法じゃ傷をふさぐので精一杯です。というか、そんな治癒魔法は生まれて初めて見ましたよ・・・」


 ついでに国王陛下も感嘆の声を上げる。


「ナナセの魔法を直接目にしたのは初めてですが、これほどまでの光が生み出されるのですか・・・驚きました。」


「でへへ・・・って、それより話を聞かないとっ!」


 全員がいつものテーブルに着席すると、顔色がずいぶん良くなった護衛兵がようやく説明を始めた。


「昨晩の俺は地下牢の夜勤でした。日勤の衛兵と入れ替わり、いつも通り牢の部屋をチェックしてから所定の位置で待機していました。特に問題もなく過ごしていましたが、朝方、まだ日が昇る前くらいに牢の扉が開く音が聞こえました」


 護衛兵の説明をまとめると、わりと大きな音がしたので牢の中で囚人が暴れたのかと思い、そんなに警戒することなく様子を見に行くと、黒ずくめの二人組がすごい速度でこちらに走ってきたそうだ。


 槍と盾を構えて応戦しようとしたが二人組の動きは洗練されており、あっという間に背後を取られて槍を持つ腕を斬られ、さらには落とした槍を奪われて殺されそうになったところを辛うじて盾で防いだらしい。二人組はこの護衛兵に止めを刺すことに固執せず、逃亡することを優先して走り去ったそうだ。


「そのうちの一人がタル=クリスだったってことですね?」


「はい、俺とは別の衛兵が二人を追ったので俺は腕を布で縛り、カギが破壊されていた牢を確認に行きました。そこは囚人服が脱ぎ捨てられたタル=クリスの牢でした」


 きっと潜入してきた黒ずくめがタル=クリス用の着替えを持参したのだろう。あまりにも手慣れた感じだったので対応することが難しく、逃げられても仕方なかったように感じた。護衛兵の説明が終わったようなので、私は昨日のことの報告をしなければならない。


「・・・それきっとマス=クリスですよね。私、間違いなく奪還に来るって、みんなに言ったじゃないですかぁ・・・」


「「「・・・。」」」


 全員黙ってしまったが、しばらくしてブルネリオ王様が口を開く。


「ですがナナセ、気を抜いて警備が手薄だったということはなかったと思いますよ、この衛兵もよくやってくれていました。」


「あ、いや、護衛の人を責めてるわけじゃないんですよ。実は昨晩、怪しい人物が三人で密会していたんです、深夜だったし黒づくめの服装をしていたので顔までは確認できていませんが、ベルおばあちゃんはその人物の感じは覚えているので、本人であったことは証明できます。っていうか、私もそこまで気づいていたのに、その人物が部屋に戻ったのを確認してから寝ちゃったんです。ごめんなさい・・・」


 その人物=バルバレスカってう名前を出せないので護衛兵を退出させ、いつものメンバーになってから私は昨晩の事を詳細に説明した。


「おいナナセ、何で俺に声をかけなかったんだ、これじゃ逃がしたのはナナセにも責任があるぜ」


「はい、ごめんなさいです・・・」


「お姉さまは悪くありませんの、お姉さまが行動していなければ全く手掛かりがなかったわけですし、アンドレッティ様の言い方は少し配慮に欠けていますわ」


「んなこと言ってもよぉ、バルバレスカみてえな服装の人物が二人いたんだろ?二人とも王城に入るために決まってんじゃねえかよ。本物のバルバレスカが部屋に戻ったことしか確認してねえなら、もう一人を徹底的に探すべきだったんじゃねえのか?」


「はい、ごもっともです・・・」


 確かに私は甘かった。これは完全に私のミスだ。アンドレおじさんがいつになく厳しい口調で私を責めるが、言い返す言葉が見当たらない。私がしょんぼりしていると、アデレちゃんが私の手を握ってくれた。


「まあアンドレッティも少し落ち着きなさい。マス=クリスはナナセの魔法が効かないような相手なのですよね?もしそのまま探して戦闘になっていたら危険だったかもしれません。タル=クリスに逃げられこそしましたが、死者が出ていないことをまずは喜ばなければ。」


「国王陛下ありがとうございます。本当にごめんなさいです。私は先ほどマス=クリスだと言いましたが、同じようなことができると思われる人物がもう一人います。それはベールチアさんです。もしベールチアさんと戦闘になっていたら私は今ここにいないと思いますし、護衛兵も一人残らず殺されていたかもしれません」


 ますますみんな黙ってしまったが、この中で最も冷静そうなメルセス先生が席を立ってから口を開いた。


「ナナセ様、密会をしていた三人のうちの一人がレオゴメスであると証明はできますか?」


「はい、私には無理ですがベルおばあちゃんなら確実に」


「ではすぐに逮捕します。アデレードには申し訳ないが、お父様は脱獄ほう助の被疑者だ。もしこの場にいたくなければ部屋に戻っても構わない。国王陛下、レオゴメス、バルバレスカ様両名逮捕の許可を」


「許可します、逮捕はアルメオが同行しなさい。ナナセはベル様をここへお連れして下さい。アンドレッティは残りなさい、話があります。」


「「「わかりました」」」

「国王陛下、あたくしも当然この場に立ち合いますの」


 ベルおばあちゃんを連れて謁見の間に戻ると、侍女や護衛も部屋の中へ戻っており、奥でブルネリオ王様とアンドレおじさんが言い争いをしていた。


「国王陛下!それでは王都の守りが手薄になります!」


「厳命です!聞き分けなさいアンドレッティ!」


 話を聞いていると、どうやらアンドレおじさんに王都の精鋭を百人付けて、タル=クリスとマス=クリスの追跡を命じたようだ。


「ですが俺が出てしまったら、国王陛下やナナセに何かあったときの連絡手段はどうするんですか!早馬では間に合いませんよ!」


「あのあの・・・それならサギリを連れて行って下さい。毎日アンドレさんと国王陛下で報告のやり取りをすればよろしいかと」


「ナナセまで何言ってんだっ!」


 そんな押し問答をしていると、バルバレスカとレオゴメスを連れたメルセス先生たちが戻ってきた。護衛兵の数もグッと増え、よく見かける文官もやってきた。謁見の間に緊張が走る。


「では先に私から決定事項を申し上げます。まず王都はこれより厳戒態勢とし、脱獄者タル=クリスとその同行者をアンドレッティ率いる精鋭軍により徹底的に捜査してもらいます。時間がありません、アンドレッティはすぐに準備をして出発しなさい。」


「はっ。必ずや成果を上げて戻って参ります」


 アンドレおじさんは腑に落ちない顔をしていたが、貴族風の膝をついたあいさつをすると、結局命令に背くことなく部屋を飛び出した。連れていくべきサギリはどこに遊びに行っているのかわからないので、アルテ様とペリコに探してもらうように言っておいた。


「次にアンドレッティに変わる私の側近護衛としてボルボルトを任命します。学園は厳戒態勢の解除まで休校、そこの衛兵、ただちにボルボルトをここに呼んできなさい。」


「はっ。すぐに連れてまいりますっ!」


「そしてアデレード、あなたには一時的にナゼルの町へ退避してもらいます。ベル様とナナセを含め、しばらく王都から離れて警戒しなさい。そしてロベルタを護衛侍女として連れて行きなさい。」


「かしこまりました」「ご配慮感謝しますの」


 私とアデレちゃんも貴族風のあいさつで指示を受ける。ブルネリオ王様がテキパキと各方面に指示を飛ばす姿は普段の優しい雰囲気とは全く違い、私には新鮮でとてもかっこよく見えた。他にもいくつかの配置転換を命じ終わると、待ってましたとばかりにレオゴメスが声を上げる。バルバレスカは薄笑いを浮かべていて気味が悪い。


「なんなんですか国王陛下!私は逮捕されるような身の覚えはありません!すぐに縄を解いて下さいっ!」


「レオゴメス、それはできません。ベル様、昨晩バルバレスカ及びマス=クリスと思わしき人物と行動を共にしていたのはこの男で間違いはありませんか?」


「ふむ、この者が昨晩おった男であるとわしが証明するのじゃよ。この者はバルバレスカと感じが似ておるのでよく覚えておるのじゃ」


「そんなことわかるわけないだろう!どうやって証明するんだ!」


「そうですわベル様、アタクシ達であると証明して下さるかしら?」


「わかるもんはわかるんじゃよ」


「そんな子供みたいな言葉が信られると本気で思っているのかっ!」


 防犯カメラとか無い世界だし「見た」ってだけじゃ信用できない。まあ二人が言いたいことは理解できるんだけど甘いよね。


「ベルおばあちゃんに証明できることを証明してもらいましょっか」

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