5の20 弾丸アデレード



「ナナセ、ナナセ、お買い物は終わったわよ」


「むにゃ・・・はっ!アルテ様ぁー、おかえりなさいー」


 昨日徹夜してしまった私はアルテ様を待っている間に眠ってしまったようだ。きょろきょろすると、ゴブレットがペリコと遊んでいた。


「ナナセはもう少し眠った方がいいわ。ペリコから落ちちゃいます」


「確かに居眠り運転なんてしてたら危ないですねー、もうちょっと村から離れたところに行ってたき火でもしますか」


 目覚めたら若干肌寒かった。村の近くでたき火をすると目立つと思うので、少し王都の方向に戻ってから林の中に入り、小川の近くにたき火を作る。朝ごはん用にと思って多めに作ったおにぎりは昨日の夜にゴブレットと一緒に食べてしまったので、今から少し遅めの朝ご飯にする。干し肉しか入ってない簡単リゾットを作ってみんなで食べよう。


「アルテ様、その子はゴブレットって名前を付けたんですよ」


「ふふっ、魔物みたいな名前じゃなくて良かったわ。あらあらゴブレットったら、なんだか可愛いわね」


「きぃーきぃー」


 私が料理をしているときは危ないので「あっち行け」ってしたらアルテ様にしがみついた。私たちのことを親だと思っているのだろうか?


「メモにあったガラスの材料はたくさん売っていただけたわ、次の定期馬車でナプレ市に送って下さるそうよ。水銀は破棄してしまったので、ある程度の量が貯まってきたら送って下さるそうだわ。村の人たちは少し変わっていたけれど、皆さまとてもいい人たちだったのよ」


 たぶんそれはアルテ様が相手だからいい人だったのだろう。ゴブレットがアルテ様にしがみついている今なら私も村の観光に行けそうだが、ここにアルテ様を放置して行くとまた襲われたら嫌なので我慢だ。道順もペリコが覚えてくれたはずだし、今度一人で来てみようね。


「ありがとうございました。あとは剣か・・・どうでした?同じようなもの作れそうでした?」


「剣は打ち直すのは難しいと言われてしまったわ。わたくしこの剣を作ったとき、すぐに壊れてしまわないようにと思い、この世界で最も丈夫な素材が入ったものを使うように念じたのよ」


「なるほど、きっとその素材がダイヤモンド的なものだったんでしょうね、それのおかげで魔子が集まりやすいのかと。この剣は一生使える一点ものになるかもしれないので、これからも大事に使いますね。私の身長もなかなか伸びないし、この長さでも全然困らないですし」


 マス=クリスと打ち合ったとき、この剣はびくともしなかったのに相手の剣は簡単に折ることができた。確かアルテ様は「伝説の剣は選ばれないと装備できない」とか言っていた気がするけど、この剣こそが後世で伝説の剣と呼ばれるようになるパターンなんじゃないだろうか?こりゃあ本当に大切に使わないとね。


「じゃあ私は少し仮眠しますね、ゴブレットの食後に抗生物質みたいな薬を飲ませておいて下さい。大人と同じ量をいっぺんにあげると逆に毒になるかもしれないので、ゆっくり少しづつ半分くらいの量で」


「わかったわ、おやすみなさいナナセ」


 ゴブレットにおかゆ気味のリゾットを食べさせてあげているアルテ様に見張りをお願いして、私は鐘一つくらいの仮眠をした。昼過ぎくらいに起きると、暗くならないうちにとすぐに王都へ向かって出発した。ゴブレットはアルテ様にしがみつかせたままにして、私は単独でペリコに乗って飛ぶことになった。


 途中で一度だけ休憩してゴブレット抱っこ係を交代し、王都の東の門の近くまでようやく戻ってこれた。あたりはすでに暗くなっている。


「さて、どうしよっか。さすがにゴブレット連れて王都に入るわけにいかないので、暗闇に紛れて王宮の部屋にペリコで飛び込みますかね?それとも港まで行ってリノアおばあちゃんにかくまってもらいましょうか?」


「あら、ゴブレットは妖精族になったようですしベル様と同じようなものですから、ナナセが連れていれば問題ないと思うわ」


「ええっ!?そういうことは先に言って下さいよぉ!」


「ごめんなさい・・・」


 アルテ様がしょんぼりしてしまったが、襲ってきたときは悪魔族と魔人族のあいの子みたいな感じだったらしい。しかし今はすでに立派な妖精族だそうで、私たちが光を浴びせ続けたことが影響したのか、はたまた創造神のいたずらなのか。


「この世界の“族”はいまだによくわかっていなんですけど、そんな簡単にコロコロ変わったりするものなんですか?」


「ペリコだって鳥族から神族に変わったじゃない。ベールチアさんも人族と魔人族のあいの子のような感じから悪魔族に変わっていたわ」


「確かに・・・でもゴブレットは顔が怖くて見るからにモンスターだから、さすがに門の護衛の人が阻止するんじゃないですかね?」


「そうよね、わたくしたちが大丈夫でも他の人は怖がるわ」


 二人でうーんと唸って考えていると、遠くから聞き覚えのある声がドップラー効果でやってきた。私は身に覚えのある危険を感じて立ち上がり、全身に重力魔法をドスン!とかける。ペリコは頭がいいので何かを察知しスススと距離をとるが、ゴブレットはおばかさんなので私にしがみついたままだ。


「・・・さまー えさまぁーー お姉さまぁあああーーー!!」


「アデレちゃんっ!?!?」


 リュックに動力源であるベルおばあちゃんを忍ばせたアデレちゃんが弾丸のように突っ込んできた。私はその速度を確認すると腰をしっかりと落とし両足の指で地面を掴むように踏ん張り、両手を広げて警戒しているのか歓迎しているのかよくわからない姿勢で身構える。


 がばっとしがみついてきたアデレちゃんの勢いを、抱きしめたままその場をぐるぐる回転して慣性力を逃がす。勢いを止めきれずにリュックからぽよーんとベルおばあちゃんが飛び出して行ったのが可愛い。しがみついていたゴブレットが私から振り落とされ、近くにいたペリコに抱き着きながら怯えた目でこちらを見てるのも何だか可愛い。


「お姉さまぁっ!お姉さまぁっ!会いたかったですのーっ!」


「私も会いたかったよぉ!アデレちゃぁーんっ!」


 重力魔法を解除して首に抱き着いたアデレちゃんを地に降ろす。今度は目一杯の暖かい光で包んであげると、二人で頬をぐりぐりこすりつけ合った。


「お姉さま、あたくしお手紙も出さずに、急にナゼルの町に行ってしまってごめんなさいですの。せっかく王都まで来て下さったのに不在だったなんて、あたくしどれほど反省しても許されませんの・・・」


「ええーっ?アデレちゃんそれ逆だよぉ、私がお手紙も出さずに急に王都に来ちゃったのが悪いんだよぉ、ごめんねっごめんねっ」


 互いの頬をむにむにし合いながらごめんねのあいさつを済ませると、ゴブレットを回収して腕にしがみつかせているアルテ様が優しい笑顔で近づいてアデレちゃんをむぎゅりとした。


「アデレさん、わたくしも会いたかったのよ!」


「アルテ様ぁ、あたくしもですのぉ」


「まったくお主らは大げさじゃのぉ、まだ数ヶ月じゃろうに」


 ベルおばあちゃんがほわほわと浮遊しながら戻ってきて、アデレちゃんのリュックにすぽっと収まった。どうやらそこが定位置らしい。


「もしかしてベルおばあちゃんが私たちを察知してくれたの?」


「ナナセの感じは抜群に変わっておるからのぉ、このくらいの距離なら問題なく気づけるのじゃよ。そろそろ王都に来るんじゃないかと思って気を張って探しておったしのぉ」


 異常者みたいな言われ方してるけど実際に私は異常なのだろう。ベルおばあちゃんに見つけてくれてありがとうをしていると、アデレちゃんがゴブレットに気づく。


「ときにアルテ様、この馴れ馴れしい下等生物はなんなんですの?」


「この子はね、ゴブレットって言うのよ。わたくしたちが野営していたら襲ってきたのだけれど、一緒にお食事をしたり寝かせてあげたりしたら逃げてくれなくなってしまったの」


「ねえアデレちゃん、一応モンスターだけど怖くないの?」


「あっアルテ様に懐いているようですし、こっ怖くはありませんわ」


「あら、ゴブレットはナナセにも同じくらい懐いているのよ?」


 怖くはないとは言いつつアデレちゃんは恐る恐ると言った感じでゴブレットの頭を撫でてあげていた。ゴブレットの方も目をぱちくりしながら心地よさそうにそれを受け入れ、アデレちゃんのこわばった表情が安堵のものに変わる。なんか順応性が高いなあ。


「ほっほっほ、わしの同胞かのぉ、ゴブレットとやらもだいぶ変わった感じの子じゃな。ナナセとアルテミスの仕業じゃろ」


「実は一緒にいた仲間のゴブリンを殺しちゃって、なんか申し訳なくてご飯をあげて暖かい光で包んで寝かしつけてあげたんですよ、そしたら妖精族になっちゃったってアルテ様に言われました」


「あまり頭のいい子ではなさそうじゃのぉ」


「まだ赤ちゃんみたいですよ、生まれて一年も経ってないと思います」


「お姉さまはそんなことまでわかりますの?」


「あはは、ちょっと眼鏡でズルしててね・・・おいでゴブレット」


「きぃーっ!」


 アルテ様から私にピョンと飛び移り、私の腕にしがみついた。ああそっか、この子の動きは猿に似てるんだね。


「この子を連れてたら王宮になんて入れないよねえ・・・どうしよ?」


「ナナセの大きなリュックに隠して行けばいいじゃろ」


「それでしたらお姉さまの荷物はあたくしのリュックに移しますの」


「キーキー泣いたりしないかなあ?護衛の人とか、さすがに通してくれないよね・・・って、ペリコで飛んで窓から入ればいいんだった。もし見つかっても一晩くらいは王族権限で見逃してもらおう」


「ではあたくしたちは先に王宮のお部屋に戻って窓を開けておきますわ。しばらくしたらペリコで飛んできて下さいですの」


「うん、じゃあその作戦でお願いね」


 私とゴブレットを置いて、アルテ様とベルおばあちゃんとアデレちゃんが先に王宮へ戻って行った。しばらく待機してから、そろそろついたかな?というタイミングでゴブレットをリュックに押し込んでひもを閉じ、私の部屋に向かって飛び立った。ごめんねゴブレット。


「ただいまぁ!今日も疲れたぁ!」


「おかえりなさいませナナセ様、お風呂はもうしばらくお待ちください」


 この日は大勢でお風呂に入った。気持ちよさそうに湯船に浸かって温まるゴブレットの姿は、山奥の秘湯に浸かる猿そのものだった。

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