5の7 お風呂づくり(前編)



「私はテルマエナゼルしますっ!」


 アルテ様とお湯ざぱーしながら、こぶしを握り締めて宣言した。異世界に来たらお風呂を作らなければならないという使命があったにもかかわらず、温泉掘りに任せで使命をないがしろにしていたのだ。


「ナナセ、それは何でしたっけ?」


「銭湯のようなものです、王都からの長旅だったのに、お風呂で疲れを癒せないなんておかしいと思います!」


 王都での生活は恵まれていた。王宮の部屋にはお風呂場があったし、私が帰宅する頃を見計らってセバスさんがお湯を沸かしておいてくれたのだ。アルテ様のすべすべお肌を保つためにも、ここはひとつ頑張らなければならない。


「ナナセがお風呂を作ってくれるの?素敵ね!わたくしも手伝うわ!」


 お互いの身体をふきふきすると、さっそく設計図を書き始めた。最初は一人用サイズのドラム缶風呂みたいなもので作ってみて、うまく行ったら徐々に巨大化しようと思う。


「まずは浴槽の素材だよね。ドラム缶なんて売ってないし、そもそも金属は高価だし大きなものは加工が大変だし」


「葡萄酒を入れる大きなタルでは駄目かしら?」


「なるほどー。そういうのならスーパー銭湯で見たことあるし、実用にも耐えそうですね。でも直接火をかけられないから、別の場所でお湯を沸かすような装置を考えないとなあ・・・」


「浴槽を直接温めるのですか?やけどしてしまうわ」


「そこは上手く木材の足場みたいなの作れば大丈夫だと思います」


 釜でお湯を沸かして大きな木のタルに移し替えるのであればすぐにでもできるだろう。でも私が作りたいのはお金を取れるくらいのしっかりした銭湯だ。お湯を移し替える作業などは極力省いて、できるだけ自動化したい。


「アウディア先生みたいな液体魔法が使えればなあ・・・」


「お水を操作する魔法ね、それでしたらどこか別の場所で沸かしたお湯を浴槽に注ぐことができるわ。でもそのような魔法を使える人はこの町にいないわね・・・」


 やはり直接的に浴槽を熱するやつの方がいいだろう。そうなるとやっぱり鉄を使って作って、やけどしないように内側を木材で囲ったようなものになってしまうのだろうか。


「直接火にかけるなんて、なんだかお料理みたいね」


「もうこの際巨大な鍋でも作っちゃいましょうか。小学校の給食作ってるようなやつ。それで毎週金曜日はカレーとか作るの。ああ、それじゃカレーの臭いで浴槽として使えなくなっちゃうね、あはは」


「そういえばカレーライスもこの町にはありませんね。創造神様は日本のカレーライスが大好きで、天界で神技を使って再現していたわ。わたくしも大好きなので、ナナセが作ってくれるのを期待するわね」


「そんなもの作れるんですか、何でもありですね神様は・・・カレーはスパイスが複雑すぎて私には作れないですよ。スーパーマーケットで売ってたルーを溶かすようなやり方しか知らないです」


「そう、残念だわ」


 若干残念そうな顔をされてしまった。アルテ様の喜ぶ顔が見たいので、カレー作りも要検討事項に入れておかなければならない。いつか東へ旅するときは、カレーを作っていそうなところを通ろう。


「でも鉄だと熱しやすく冷めやすい感じだから、お風呂の保温には向いていないかなあ、やっぱ木材かなあ、それとも魔法瓶みたいに、なんとか真空を作り出せないかなあ・・・なんか同じようなことを冷蔵庫を作るときにも考えたねこれ」


「熱しにくく冷めにくいお鍋がいいのね・・・わたくしには想像もつかないわ」


「それだっ!ナイスアルテ様っ!」


 私は設計図を完成させてからアルテ様にしがみついて眠った。暖かい光に包まれて眠るのは一か月ぶりなので幸せだね。



 今日は早朝からペリコに乗ってナプレ市へやってきた。向かう先は鶏ケージを作ってくれた工場だ。ここにある窯はかなり巨大なので、きっと私の注文に応えてくれるだろう。


「親方っ!こういう巨大な鍋を作ってほしいんですっ!」


「おうナナセ様、なかなか設計図を書く腕も上がってんじゃねえか」


「えへへ、王都で職人さんとやり取りすることが多かったんで職人さんがどういう設計図を求めているのか、だんだんわかってきたんです」


 親方の顔が職人の真剣なものに変わって私に色々と説明を求めてくる。私が注文したのは巨大な土鍋だ。


「なるほどなあ、直火でも大丈夫な焼物の鍋か。これ作るなら土が特殊だからよ、仕入れるのに時間くれよ。あとよ、こういうのは型を作ったり、クルクル回したりしながら作るんだ。何度か失敗しちまうと思うからよ、いつまでに作るって約束はできねえな」


「ろくろですね!わかります!時間は気にしませんよ」


「ん?ろくろ?まあ遅くとも一か月ってところだな。完成したらカルスに渡すからよ。材料がそんなに高くねえから料金はこんなもんだな」


 思っていたより安かった。前世のお風呂リフォームとかどのくらいの料金がかかっていたかわからないけど、きっとそれよりは安いだろう。私は純金貨を渡し「お釣りはけっこうです」と、かっこいいセリフを口にしてナゼルの町へすぐに戻った。



「ただいまー、あれ?マセッタ様も文官みたいなことしてるんですか?もしかして本当はすごい忙しいのに、アデレード商会でミケロさんをお借りしちゃってるからこんなことに・・・」


 オルネライオ様がアルテ様に仕事を引き継いでいる隣に座り、なにやら木の板にたくさん数字を書き込んでいるマセッタ様がいた。


「おかえりなさいナナセ。違うのよ、マセッタ様はわたくしと一緒に新しいお仕事を始めて下さったの」


「ええっ?マセッタ様には侍女みたいなことをしてもらう予定なのに、その上、町役場の仕事までしてくれるんですか?悪いですよ」


「問題ないですよナナセ様、この作業が大変なのは最初だけですから。それにしてもナナセ様のペリコ様はすごいですね、早朝の鐘でナプレ市まで行って、まだお昼前なのに戻ってこられるなんて」


「マセッタ様、無理はしないで下さいね、私もそれ覚えますからあとで教えて下さい。ペリコは私のってわけじゃなくて、どっちかっていうとルナ君っていう吸血鬼の子供の鳥なんですよ、最初は私とアルテ様があげようとした餌すら食べてくれなかったんです」


 アルテ様とマセッタ様が始めた新しいお仕事というのは銀行だった。なんでもナゼルの町の生活で使うお金など微々たるもので、住民の貯金がどんどん増えてしまい、硬貨や羊皮紙幣でのやり取りが面倒になってきたそうだ。


「それはアルテ様が考えたんですか?っていうかまた何かをモデルにして作ったシステムですか?」


「ええ、そうなのよ。わたくしオルネライオ様に勧められて羊皮紙幣の魔法刻印をお勉強したの。最初はこの町になかった両替商のようなことを始めたのですけれど、羊皮紙が高価でもったいないからオルネライオ様の責任で羊皮紙幣を発行せずに、お金をお預かりするようにしたのよ。それがそのまま銀行という形になっていったの」


「すごいですね、この町に近代化の波が押し寄せています」


「あっはっは、アルテさんは「ナナセから教わったようなものだわ」と申しておりましたよ、このような仕組みづくりをナゼルの町で試して、ゆくゆくは王都や王国全土で取り入れられればいいと判断しました」


「羊皮紙幣の作り方は、たとえナナセであっても教えてあげることはできないわ。それと、住民の皆さまの大切なお金をお預かりするのですから、マセッタ様くらいの信用のある方でなければ勤まらないのよ」


「確かに。誰かが勝手に羊皮紙幣を大量生産しちゃったら貨幣価値がおかしなことになっちゃいますもんね。アルテ様とマセッタ様の信用っていうのは非常に納得できますし、なんだか感動しました。私がこの町の大蔵省・・・は昔の言い方か、私が財務省をやらなきゃいけないと思っていましたけど、もう出来上がってるようなものですね!」


 こうしてアルテ様は財務省・総務省・金融庁になってしまった。


「ナナセさん、何度も申し上げているではありませんか。わたくしはこの町でやることなど、ほとんどありませんでしたよ。たまに孤児院へ行ってアリアニカと遊ぶのが唯一の仕事であり楽しみでした」


「あらオルネライオ、ナナセ様の次はアリアニカ様ですか?それは好みが低年齢化しすぎて大人として問題があると思うのですが・・・」


「ちょっとっ!マセッタ様っ!」「おいっ!マセッタっ!」


「ふふっ、冗談ですよ、私もアリアニカ様は大好きです」


 この後、私は屋敷の厨房でみんなにオムライスを作ってあげた。オルネライオ様はベルサイアの町までの長期出張なので、ナゼルの町特産のケチャップと高品質な卵を堪能させてあげるにはベストな料理だったのだ。


「この半熟卵焼きがとても美味しいですね、口の中でケチャップご飯と心地よく混ざる素晴らしい料理です。ナナセさんの料理でしたら毎日でも食べたいと思ってしまいますよ。もぐもぐ」


「あらオルネライオ、毎日ナナセ様の手作りのお料理を食べたいだなんて素敵なプロポーズの言葉ではないですか。私にはそんなこと言ってくれなかったのに。「わたくしを守ってくれ!」でしたっけ?」


「本当に勘弁してくれよ・・・マセッタ・・・」


「ふふっ、しばらく大切な大切なナナセ様をお守りしますよ」


「ナナセ、マセッタ様は本当に素敵な人よね!わたくしもこのような素敵な大人になりたいわ!」


「・・・素敵な人っていうのは同意しますが、アルテ様がそう思う理由がよくわかんないです。私はいつも心臓ドキドキですよ・・・」


「うふふ、ナナセも思春期なのね」


「違いますっ!もうアルテ様まで一緒になってっ!」


 アルテ様とマセッタ様が二人揃ってお上品なうふふ攻撃をしてくるので、私とオルネライオ様は非常に居心地が悪かった。



「それでは皆さま、短い間でしたがありがとうございました」


「「「オルネライオ様!どうもありがとうございました!」」」


 颯爽と白馬にまたがったオルネライオ様が、数人の護衛兵を連れてベルサイアの町へ向かった。途中に山脈があり積雪すると断絶してしまうらしいので、きっと王都に戻るのは雪解けの春になってしまうのだろう。三か月間、町長代行ありがとうございましたっ!

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