5の6 第一王子の第一婦人(後編)



 マセッタ様はしばらく懐かしそうな顔をしてから口を開いた。


「ゼノア様にはお会いしたことありますよ、私がまだ侍女になったばかりのころでした。とても明るく笑顔の可愛らしい方でしたね。それでいて芯の強さを持ち合わせているような、そうですね・・・今考えるとナナセ様に少し似ていたかもしれません」


「あはは、私それ、ゼノアさんと古くからお知り合いだったネプチュンさんにも言われたことあります。そういえばチェルバリオ村長さんと最期にお話した時にも、私のことを『ゼノア』って呼んでました・・・ぐすっ」


 あの時のことを思い出して少し涙ぐんでしまった。するとマセッタ様が私の手を優しく握ってくれた。ありがとう。


「ナナセ様にとってチェルバリオ様はとても大切な人だったのですね、オルネライオと私の関係がお二人に似ているだなんておこがましいです。けれど、そうやって住民の方々に見ていただけているのでしたらとても光栄ですね・・・そしてお話の続きですが」


 護衛侍女として振る舞うことによってマセッタ様への風当たりは少しは弱まったが、同時にオルネライオ様の第二婦人探しが始まってしまったそうだ。当然のことながら第一婦人が護衛侍女としてへばりついているので、婚姻を持ちかけてくる親の意思よりも本人によほどの覚悟がなければ難しいし、何よりオルネライオ様にその気がないので、まったく話は進まないそうだ。


「その感じですと、やっぱオルネライオ様は第二婦人を迎える気はなさそうですね。私は子供だからかもしれませんが、王都でそういった話をしている人は見かけませんでした。オルネライオ様も王国各地を走り回っているような忙しい方ですもんね」


「オルネライオもまだ若いですし、私が言うのもなんですが才能に恵まれ努力も怠らない、非常に魅力的な男性だと思うのですけれど・・・その優秀な血を絶やすわけにはいかないと思うのです」


「ブルネリオ国王陛下が引退するまでの、えーっと、三十年後くらいでしょうか?オルネライオ様の優秀な血を引く子が国王候補になるのは当然の事だと思います。もともと国王になる予定だったんですから」


「そうですね、ですがそれこそが後継者争いの種となるのです。オルネライオはソライオが王国を率いるべきだと主張しています。ですから私はオルネライオに隠し子でも産んで欲しいと思っています」


「隠し子ですか・・・それこそ後々問題が起こるんじゃないですか?何十年か後に、本人の意思とは無関係に周りの大人が「この方こそが正当なる後継者である!」みたいな展開に・・・」


 ふと宮廷魔導士のアルメオさんを思い出した。ベルおばあちゃんの見立てによるとヴァチカーナ様の子孫で間違いないようだし、才能もありブルネリオ王様からの信頼も厚い。だからと言って本人が今以上の立場を望むわけでもない。いたって真面目な好青年だ。


「・・・と思ったけど、アルメオさんみたいな好青年な感じに育つかもしれませんね。とある信用できる情報筋によると、アルメオさんは間違いなくヴァチカーナ様の血を引いているって聞いたんですよ」


「ナナセ様は思慮深いのですね、常にそのようにいろいろなことを想定して物事をお考えなのですか?」


「いやいや、そんな立派なものではありませんよ。ヴァチカーナ様がどのような事情があって歴史書に“子供はいなかった”みたいな書かれ方をしているのかわかりませんけど、このオルネライオ様の件も案外同じような理由だったんじゃないかなって思ったんです。オルネライオ様の隠し子、賛成ですよ私も。子供を産めなかったマセッタ様に言うのも何だか失礼な感じですけど・・・」


「ふふっ、お優しいですね、気を使わなくていいのですよ。私は短い間ではありましたが、オルネライオから女性としての幸せを十分にいただきましたから。同時に、私は母親のようなものでもあります。次は孫を持つ幸せを感じたいと思うのはいけないことなのでしょうか?」


「いけないなんてとんでもない!私もオルネライオ様の隠し第二婦人探しをお手伝いしますっ!たとえばリアンナ様なんて素敵な女性・・・って言うのは、さすがに倫理的によくないですね。あはは・・・」


 リアンナ様は若いし優しいし美人だし逃亡旦那のこと吹っ切れちゃったみたいだし、ついでに魔法使いだし最高だと思ったが、さすがに弟の妻に手を出すのは問題がありすぎる。そういうのは前世で読んだ物語の悪役貴族がやることだ。他には誰が候補かなあ?アデレちゃんはまだ若しい、取られちゃうのは私がなんか嫌だし。あ、アウディア先生なんてどうかな?美人だし魔法も使えるし、なんか男性に興味なさそうだから彼氏いなさそうだし。


「そういえば学園に素敵な先生がいました。私の始めた新しい事業を魔法で手伝ってくれてるんですよ。無理やり近づけてみましょうか?」


「先ほどから何をおっしゃっているのですか?ナナセ様が産むのですよ、オルネライオとの優秀な子を。ナナセ様よりふさわしい女性など他に誰もおりません。早く孫の顔を見せて下さいね」


「ちょっ、やめて下さいっ!わわ私まだ未成年ですしっ!」


「あらあら赤くなっちゃって、冗談ですよ」


 そりゃ赤くもなりますよ、経験ないどころか男の子と手を繋いで歩いたのだってルナ君が初めてくらいの感じだし。今の私は地球で過ごしていれば中学二年生だ。そう考えると彼氏の一人くらいいてもおかくないのだろうか?この世界で大人ばかりに囲まれて過ごしているから、なんだか感覚がおかしくなっているのかもしれないね。


 マセッタ様は不思議な人だ、どこまでが本気でどこまでが冗談なのかわからない。オルネライオ様取られちゃうの嫌じゃないのかな?


「マセッタ様は自分の旦那さんを私に推奨するなんて、やっぱり不思議です。優秀な血を絶やしたくないっていうのは理解できますが・・・」


「だって、オルネライオは何十年も母親みたいな歳の私にしか興味を示さなかったのが、今度はナナセ様のような若く明るく元気な子に気を引かれているのですもの。もしナナセ様が私と同じようにオルネライオより年上の女性でしたら嫌な気持ちになりますけど、ナナセ様は何もかもが私と真逆ですから。素直に負けを認められるわ」


 つまり完全無欠のスーパーアイドルだと思っていた王子様は実のところ重度のマザコンをこじらせていて、三十歳過ぎにしてようやく他の女性に興味を持ったと思ったらロリコンにクラスチェンジしていたってことかな?はたしてこういうのって勝ちとか負けなのだろうか・・・


「もうちょっとこう・・・適齢期の女性に興味を持たないんですかね・・・」


「それは国王陛下を始め、関係者すべてが思っていることですよ。それと、オルネライオがナナセ様を第二婦人として娶ってほしいと思っているのは私の偽りなき本心です。まさかチェルバリオ様に先を越されているとは夢にも思っていませんでしたけど。ふふっ」


「・・・。」


 ここでオルネライオ様がお茶を持って帰ってきた。こんな話をマセッタ様としていたので、顔を見るのが若干気恥ずかしい。


「二人はずいぶん仲良くなられたようですね。ナナセさん、これからもマセッタと仲良くしてやって下さい。わたくしはナゼルの町を出ますが、マセッタは残ってナナセさんの護衛侍女をしたいそうですよ」


「剣も魔法も精通しているナナセ様に私ごときの力は必要ないかもしれませんが、アンドレッティ様が王都に残ると聞きました。変わって私が微力ながらナナセ様をお守りしようと思います」


「そうなんですか!なんだかとても嬉しいです。でもオルネライオ様に護衛侍女がいなくなるのも、それはそれで危険なのでは・・・先日もイグラシアン皇国のスパイが王都で何か不穏な行動をしていましたし」


「それでしたら問題ありません。私はこれからベルサイアの町まで行ってイグラシアン皇国との小競り合いの様子を見に行きますから、どちらにせよマセッタは連れていけません。ベルサイアの町は王都に引けを取らぬほど強固な守りになっているから安心ですよ。積雪で分断される前に到着する予定なので少し忙しい移動になりますね」


「ベルサイアの町に行くんですか!?私も行ってみたいですっ!」


「あら素敵、二人の愛の逃避行ね」


「おいっマセッタっ!」「ちょっとマセッタ様っ!」


 ふふっと笑いながらマセッタ様が私たちを手のひらの上でコロコロと転がして遊ぶ。オルネライオ様の慌てっぷりが何だか可愛く見えてしまう。それ以上に私も何だかオルネライオ様を意識してしまう。


「コホン・・・ときに二人はいったいどんな話をしていたのですか?」


「大人同士の大切な話よ」「女同士の内緒話ですっ」


 結局、マセッタ様は私の護衛というよりも侍女として身の回りの世話をしてくれることになった。すでにアルテ様とも仲良しで、私の屋敷にはマセッタ様の部屋が準備されていて、なにもかもがアルテ様とマセッタ様で勝手に決定してしまったことらしい。私やオルネライオ様の町長権限ってなんなんだろう・・・



 旅館を出ると、すでに移住の馬車が到着したようで、アルテ様がチヨコに乗って私のところに駆け寄ってきた。移住の家族が住む家はすでに決まっているようで、カルスとティオペコさんが手際よく引っ越し作業をしていた。


「ナナセー!わたくしたちもさっきついたのよー!」


「みんなおかえりー!それとナゼルの町へようこそー!王都からの長旅おつかれさまでーす!」


 手伝うと言ってもどうせ追い返されてしまうので、私はサトゥルと移住の旦那さん達を連れてヴァイオ君に会いに来た。


「ナナセさんおかえりなさい!おつかれさまでした!」


「ただいまヴァイオ君、この人が細工職人のサトゥルさんね。王都野中でも有名な細工の腕なんだよ。私が発注したものも、すごく丁寧に仕上げてくれたんだ。ミケロさんが工房を作ってくれるまで、ここの工場でナゼルの町に慣れてもらうようにして欲しいんだ。よろしくね」


「サトゥルっす、ヴァイオ工場長よろしくお願いします。まだお若いのに腕がいい職人だってナナセ様から聞いてるっす」


「俺も細工職人です!よろしくお願いします!」


「俺はナナセ様に羊皮紙づくりを指示されています!」


「腕がいいなんてそんな・・・工場長のヴァイオです。さっそく見習いの二人を紹介しますので、どうぞ奥へいらして下さい」


 サトゥル達は問題なさそうだね。私はアルテ様のところへ戻り、一緒に自分の屋敷へ帰る。自分を軽くする重力魔法をかけてチヨコに二人乗りしてみようとしたが、アルテ様の背中にしがみついていると光子が邪魔してうまく重力魔法が使えず、結局ペリコと並んでぺたぺた歩いて帰ってきた。アルテ様の光、おそるべし。


「ふうーただいまー。あれ?私の荷物はすでに運んでおいてくれたんだね、カルスは仕事が早いなあ」


「移住の皆さまが「ナナセ様の引っ越しが先だ」と言って、全員で運び込んでいたわ。ナナセは荷物が少ないのですぐに終わったのよ」


「そっか、悪いことしちゃったねえ。自分の荷物くらい自分で運べばよかったけど、マセッタ様とお話してたらなんだか盛り上がっちゃって」


「素敵な方よねマセッタ様。わたくしも仲良しになれて嬉しいわ」


 アルテ様は新しくお友達ができたことを喜んでいる感じだった。確かにマセッタ様なら他のみんなと違ってアルテ様を“ああ女神様!”みたいな扱いせずに平等に接してくれそうだもんね。あれ?それってオルネライオ様と同じだ。やっぱり人は育ての親に似るんだ。

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