4の23 アルテ様成分の補給(中編)
「バドワイゼル、わかったな」
「おやっさん、一生ものでやす」
職人同士の非常に言葉少ないやり取りが終わったようだ。私のように、何かを伝えたいときベラベラと色々なことを付随させて語るのとは違い、とても簡潔で、それでいてとても強い意思を受け取れるものだった。いつか私も、こういう短くて重たい言葉をかっこよく言えるような大人になりたい。
「ほらっバドワ!王都で店を任されるなんて大出世じゃないか!嫁さんだってきっと喜んでくれるさ!ナナセ様のお願いを断るなんて罰当たりなことするんじゃないよ!ほれっ元気を出してっ!」
おかみさんが泣いているバドワを励ましてくれた。私はアデレちゃんに変わり、改めてお願いをする。
「バドワは漁師だったのに海の遠いゼル村に連れてきちゃって、ずっと悪いなって思っていたんだ。守るべき家族ができるみたいだし、心機一転、王都で頑張ってみない?もちろん私も手伝うからさ、他の街にもどんどんお寿司屋さんを開店してさ、ナゼルの町にも作ってよ」
「姐さん!俺、王都とナプレ市の間の海沿いの街を制覇しやす!」
「バドワイゼル様、引き受けて下さってありがとうございますの!」
「ところでバドワ、明日にでもお嫁さん紹介してね!どんな子なの?」
「もちろんでやす、ただ、うちのカミさんはナナセの姐さんの話をすると、やたらと嫉妬するんすよ。会わせて大丈夫っすかね・・・」
「バドワ!まったくあんたは女ごころをわかってないねえ!あんたがあの子と一緒にいてもナナセ様の話ばかりしてるからだろ!?」
「あはは、バドワ、他の女の話はほどほどにね・・・」
お寿司屋さんの大将の確保はこうして無事に終わった。私たちはおやっさんとおかみさんにペコペコと頭を下げると、久しぶりに自分の屋敷に戻ってきた。
「はー疲れた。しかし、あのバドワが結婚とはねえ、私なんだかびっくりだよ。アルテ様は前から知ってたの?」
「あらナナセ、七人衆の皆さんはバドワさんに限らずモテモテよ?」
「ええっ?そうなのぉ?」
なんでも七人衆、ヴァイオ君、エマちゃん、アンジェちゃんは「ナナセ十勇士」などと呼ばれ、とにかくモテモテらしい。中でもカルスの人気はすさまじく、ナプレ市で未婚の女性や、中には未成年の女の子にまで逆プロポーズされたりして逃げ回っているそうだ。
「まあ困ることではないと思うけど、私のせいだよね・・・」
「そうでもないのよ、皆さまそれぞれの仕事を本当に真剣にやっているもの。わたくしから見ても、頑張って働いている人は素敵だわ」
「そっか。なんだか安心したよ。みんな頑張ってるんだなって・・・」
私はアルテ様とアデレちゃんと三人でお湯ざぱーをして、すぐに三人で同じベッドへ横になった。ベルおばあちゃんがエアコンしてくれる快適な室温の中で、私とアデレちゃんがアルテ様を挟むようにしがみついて眠る。優しい光が私とアデレちゃんの二人を包んでくれて、とても穏やかな気持ちで静かに眠りについた。
・
「おはようございますの!なんだかとても体調が良いですわ!」
「むにゃ?おはよー、アデレちゃん早起きだねえ。私、久しぶりに自分のベッドと自分の枕で寝た感じがして、ぐっすり眠れたよ。体調がいいのはアルテ様が一晩中治癒魔法をかけてくれてたからだと思うよ」
「そうなんですの?アルテ様、お姉さまだけでなくあたくしまで暖かい光で包んで下さってありがとうございますの!」
「うふふ、アデレさんはなんだかナナセと双子のようなのですもの、何にでも前向きなところがナナセにそっくりだわ。お寿司屋さんを始めると言い出したとき、わたくし以前のナナセを見ているようだったわ」
アルテ様とアデレちゃんが仲良くお話しているので、私はのそのそ起き出して顔を洗い、朝食を作りに厨房へやってきた。ここで料理するのも久しぶりだね。私はささっと卵と干し肉を使ってベーコンエッグ的なものを作り、適当な野菜をトマトジュースで煮込んでスープを用意する。当然調味料はケチらない。完成した料理をテーブルに並べ、鍋の底をお玉で叩きながらみんなを呼ぶ。これ好きなんだよね。
「カンカンカン!朝ご飯ですよー!冷めないうちに食べますよー!」
「いただきます!」「いただきますの!」「いただきますじゃ!」
今日は忙しいので、素早く食べて屋敷を急ぎ足で出発した。まずは町長の屋敷にやってきた。昨日のあいさつ序列を守っている。
「オルネライオ様、早朝からすみません、色々とお願いがございます」
「おはようございますナナセさん、この町は本当に住みやすいですね、民も非常によく働き、わたくしがすることはほとんどありませんよ。さて、お願いとは何でしょうか?できる範囲でお応えしますよ」
「えっと、アデレちゃんから説明してもらいますね」
「オルネライオ様、すでにご存じかもしれませんが、あたくしどもアデレード商会はヘンリー商会と完全に袂を分かつことになりましたの。すでにあたくしは家を出て、王宮のナナセお姉さまの部屋でお世話になっており、ナナセお姉さまがナゼルの町に戻られている間はケンモッカおじい様に助けていただこうと思っておりますわ」
「アデレードさんはまだお若いのに、ご家族と離れるのは少々お早いのではありませんか?わたくしがレオゴメスさんに何か口添えしましょうか?」
「いいえ、あたくしは自分の力だけでアデレード商会を成長させていくつもりですわ。正確に申し上げますと、借りていい力はナナセお姉さまだけと決めておりますの。そこでですの・・・」
アデレちゃんは王族に対しても物怖じしない。禍々しい姿の私にも決死の覚悟で斬りかかってきたのだ。でも、ピステロ様にだけはやたらビビって固まっていたのはなぜなのだろう?
自分の要求をズバズバとオルネライオ様に伝える。まずはバドワの王都移住の件だ。これは私が町長なので代行に断る必要もないが、やはり筋は通したいらしい。次に要求したのは、建築隊のミケロさんをお借りすることだ。お寿司屋さんビルと、現在のサトゥルの細工屋の大改築をお願いするのだ。
「バドワイゼルの件は当然了承しますよ、ミケロも連れて行ってかまいません、先ほども申し上げたように、ここはわたくしがするべきことが非常に少ない町なので何も問題ありませんね」
「ありがとうございますの!次は食材仕入れの件ですわ」
お寿司屋さんで必要になりそうなナゼルの町の高品質な米と穀物酢、今王都でレオゴメスに買い占められてしまっている卵、私の好きなみりん、お寿司屋さんでは使わないかもしれないが念のためにトマトソース、それぞれ必要な量が木の板に書かれたものを手渡した。オルネライオ様が真剣な顔になってその板を眺める。
「これも問題ないでしょう、しかし大量の卵の輸送は難しいのでは?」
「こっ・・・こんなこともあろうかとっ!」
私はお気に入りの決め台詞を言うと、ヴァイオ君が非常に優れた卵ラックを開発してくれたことを報告する。なんでも布を下に張り、卵を仕切る部分は糸を何本も張って、卵同士が触れて割れてしまわないように工夫したらしい。なおかつ竹のバネをラックにうまく組み合わせることによって、馬車の中で揺れても衝撃を吸収するとか。ヴァイオ君は私のヘンな要求に見事にこたえてくれたのだ。
「・・・ということで、学園に入る前の時点ですでにヴァイオ工場長に発注済みです。一つのラックに五十個も入るので、三段もあればしばらく持ちます。甘い卵焼きはお寿司屋さんに必須なんですっ!」
「ナナセさんは先を読む能力が異常ですね・・・恐れ入りました」
いや、まさかお寿司屋さんで卵焼きを出さなければならなくなるとは夢にも思っていなかったけど余計なことは言うまい。私たちはオルネライオ様とミケロさんにペコペコと頭を下げ、足早に次へ向かった。
「ヴァイオ工場長!卵ラックはオルネライオ様も褒めてくれたよ!本当に頼りになるねっ!一家に一台ヴァイオ君!さすがだよっ!」
ご両親からヴァイオ君は褒めて育つ子と教わっているので、これでいいはずだ。顔を赤くしてモジモジしているが、アデレちゃんが設計図を渡すといつもの職人の顔に変わった。
「・・・ということで、王都の腕のよい細工職人に“ゼンマイ時計”というものを開発してもらいますの。かなり高精細なものなので、工場長や親方さんの知識や技術をお借りすることになるかもしれませんわ」
「わかりました。見習いとしてリュウとケンを付けましょう、作業場も準備しておきます。あの二人は細工の才能があるようで、こういった細かい作業に向いています。とても良い修行になるかもしれません」
「わあ、あの二人はもうヴァイオ君のところで働いているんだ?まだ小さいのに偉いねえ。ところでヴァイオ君、クロスボウはどう?さすがに難しいかな?それができれば町の守りがグッと固くなるんだよね」
「クロスボウも試作品まで出来上がっていますよ、ただ矢を撃つだけでよければすでに使えますが、まだまだ命中精度が低いです」
リュウとケンは鶏ケージの細かな仕上げに大活躍したそうで何だかとても嬉しい。あの二人が職人になってくれると、この町の人材不足的には非常にありがたいし、他の小さな子供たちもやる気を出してくれるだろう。クロスボウについては今のところ平和な町なので急ぐこともないので、引き続きお願いねと言って工場を後にした。
次はアンジェちゃんに会いに行く。アデレちゃんもベルおばあちゃんを装着したので飛んで行く。アルテ様はチヨコで先に向かった。
「うわあ、なんか大豆がすごいことになってるねえ。枝豆おいしそ」
「ナナセちゃん、アルテ様の魔法のかけ方がすごいんだよぉ」
どれどれと辺りを見回すと、アルテ様がチヨコに騎乗したまま農作物の間を滑るように走り抜け、広範囲の治癒魔法を土に向かってかけまくっていた。確かに作付け面積がすごく広がってしまったので、この方法じゃなければ間に合わないかもしれない。さらには葡萄の栽培もけっこう進んでいて、来年の秋には葡萄酒作りを始められそうだとのこと。まったくみんなには驚かされっぱなしだ。
「アンジェさん、あたくしたちは竹を使った“湯呑”と“割りばし”を作りたいと思っていますの。高品質な竹を大量に使うことになりますが、伐採しすぎるようなことにはなりませんの?」
「竹なら大丈夫だよぉ、困っちゃうほど育ってるからぁ。それにしてもアデレちゃんはナナセちゃんに服も髪型もそっくりだねぇ。ねぇねぇ、あたしもその髪型にしていーい?」
「大歓迎ですわ!あたくしがポニーテールを結って差し上げますの」
「わーい!三人お揃いだね!あとでエマちゃんにもやってあげよっ」
ひとしきり少女三人でキャッキャウフフしたあと、菜園のトマトをいくつか収穫する。アンジェちゃんの教えを守り、もぎ取った苗に向かって三人で元気にお礼を言う。
「「ありがとうございましたー!」」「ありがとうございますの!」
アルテ様とベルおばあちゃんも一緒に甘いトマトをかじりながら一息入れると、私たちは次の場所へまた忙しく向かうのだった。
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