4の22 アルテ様成分の補給(前編)



「ただいまアルテ様、いつも心配してくれてありがとう」


 アルテ様が降り立ち、巨大な暖かい光で包んでくれる。私は重力魔法を解除し、そのままむぎゅりと体を預ける。毎回こんな映画のラストシーンみたいなことが繰り広げられるのが大好きだ。ひとまずはアルテ様の過激なお迎えが落ち着き、二人で向き合いながらお話をする。


「ナナセ、王妃殿下と喧嘩したなんて、わたくしとても心配したのよ?また牢屋に入れられてしまったのではないかと夜も眠れなかったわ」


「あはは、アルテ様もともと寝ないじゃん」


「毎晩毎晩ナナセのことを心配していたのよ!」


 交換日記にあやういことを書くのはやめておこう。こういうのは直接会って話さないとアルテ様の夜がとても長いものになってしまう。


「ごめんね、でも国王陛下もアンドレさんも私の肩を持ってくれてるから大丈夫ですよ、心配させてごめんね。そうだ、この美少女がいつも日記に書いてたアデレちゃんだよ、あと温度魔法の紡ぎ手のベルおばあちゃん。仲良くしてあげてね!」


「アデレードですの!ナナセお姉さまには大変よくしていただいてますの、アルテ様のお話も毎日のように聞いておりましたわ、あたくしの想像通り、とても素敵な方でしたの。お会いできて光栄ですわ」


「うふふ、悪役令嬢のアデレさんね。ナナセと同じ髪型で同じお洋服で同じように剣を背負っているのね、姉妹のようでとても可愛らしいわ。アデレさん、わたくしも早くお会いしたくて待ち遠しかったのよ、よろしくお願いしますね」


「ベルじゃ。おぬしとはここではできない話が多そうじゃの、後ほどゆっくり時間を取れるといいのぉ」


「ベル様、わたくしがアルテミスでございます。そうですわね、ナナセたちが寝静まったら、ゆっくりお話しましょうか」


 二人とも仲良くなってくれそうだ。アルテ様とベル様は創造神つながりなので個別に話すことがあるようだ。そうこうしていると人が集まってきて、まずオルネライオ様が笑顔で近づいてくる。


「ナナセさん、無事にお戻りになられて安心しましたよ。なにやら母と一戦交えたそうですね、国王からの書状を読んでスカッとしましたよ」


「あはは、オルネライオ様のお母様なのに遠慮なくやらかしちゃってごめんなさい・・・なんか私、最近怒りっぽくて・・・それで、町長の代行、本当に助かっています、おかげ様で王都の学園生活を満喫できていますよ。今回はアデレード商会としてまいりました、アデレちゃんのことはきっとご存じですよね?そしてこちらは妖精族のベルおばあちゃんです、火魔法をたぶん世界で一番うまく使うんですよ」


「王国第一王子でナゼルの町の町長代行をつとめておりますオルネライオと申します。ベル様のような高尚な方とお近づきになれたことを神に感謝いたします」


 オルネライオ様は背の低いベルおばあちゃんの視線に合わせるように片膝をつき、敬意を表すような貴族風の姿勢で挨拶をした。すべての動作がとても自然で、やっぱかっこいいね王子様。


「ベルじゃ。ご丁寧にのぉ。わしゃ世間を知らぬ子供のようなもんじゃから、そう堅苦しくしないでおくれ。ナナセに王都とやらでぬくぬくと育ててもらっておるようなもんじゃ。よろしく頼むのぉ」


 王族のリアンナ様とアリアちゃん、次に王国官僚のミケロさん、そしてナナセカンパニーのみんなの順番で近づいてきて、ベルおばあちゃんとアデレちゃんを紹介した。きっとこれがこの町での正しい序列なのだろう、王族をすっ飛ばしてアルテ様がむぎゅりしてきたのは、特別枠なので誰も不敬になんて思っていないようだ。以前はこういう場面では、わっさりと順不同で人だかりが出来ていたので、オルネライオ様がいることによって意識改革が行われているのだろうか?


「今日はもう時間が遅いので、細かい話は明日しますね」


 私はアルテ様とベルおばあちゃんとアデレちゃんを連れて食堂へ向かった。久しぶりに食べるおやっさんの料理とおかみさんの接客がとても楽しみだ。なんか田舎の実家に帰ってきたって感じ。


「じゃあカンパーイ!」「乾杯じゃ!」「乾杯ですの!」


「乾杯っ!おかえりなさいナナセ、元気そうでよかったわ」


 いつものようにおかみさんにおまかせ料理を人数分頼む。今日はニンニク、唐辛子、アンチョビ、オリーブ、ケッパー、トマトソースのシンプルな感じの小麦麺で、それと別にトマトとチーズのサラダがある。さすがおやっさん、トマトを使った料理が進化している。


「ナナセ様、アンジェちゃんが甘くて美味しいトマトをどんどん持ってきてくれるんだ。うちの旦那もトマトを使った料理をどんどん考え出すからね、たまには何かアドバイスしてやってくれよ」


「おかみさん、おやっさんは私なんかよりよっぽど上手くトマトを使ってくれてますよ。でも、なんか面白いの思いついたらアルテ様にお手紙で送っておきますね。王都の食事は味が薄くて、この食堂の料理が恋しくなっちゃいます」


「なんだい、ナナセ様なら自分で作っちゃえるんじゃないのかい?」


「いやあ、やっぱ学園が忙しいし、あんまり厨房に出入りしてると厳しい執事の人に阻止されちゃうし、なかなか難しいんですよ・・・あはは」


 王宮に住む王族はなかなか立場が難しいのだ。あんまり言うと嫌味な感じになるので、ここらへんで話を切り上げる。


「それで、バドワの手が空いたら大事なお話があるので席に来てもらってもいいですか?お店のお片付けが終わってからでいいですよ」


「わかったよ、片付けならあたしが代わるからちょっと待ってな!」


 全員が食べ終わると同時にバドワがデザートを持ってやってきた。配膳が終わると、そのまま席についた。


「お待たせしやした姐さん、今日のデザートはパンナコッタとスイカのゼリーでございやす、俺が姐さんのために作ったんっすよ」


「すっごい!二層構造になってんじゃん!」


 もはや地球のデザートと違いがない。一番下にスポンジのような生地が敷いてあり、下の段はスイカの入ったゼリー、そして上の段がパンナコッタになっていた。常温でもしっかり固まるようにゼラチン多めなのだろうか、型で抜いたような円形で皿に乗っていて弾力が強い。


「いや、これは動物性じゃなく植物性の固め粉を使いやした」


「なるほどー。すごいねえ、バドワもすでに一流料理人みたい」


 これはきっと寒天やこんにゃくのようなものなのだろう。もう水産の神命など全く関係なく調理技術を高めているようだ。今度これ使ってあんみつを作ってもらおう・・・それはそうと本題に入らなければ。


「バドワ、アデレちゃんからお話してもらうね」


「バドワイゼルでございます、姐さんの大切なお友達と聞いてます」


 姿勢を正し少し丁寧な口調になった。最初の頃、三人衆に行っていたビジネスマナー講座が役に立っているのかと思うと嬉しいね、私はまさにこういう場面で丁寧に対応できるように願っていたのだ。


「アデレード商会のアデレードですわ。あたくし王都でナナセお姉さまと一緒に新しいお店を作りたいと思っておりますの。バドワイゼル様は魚介類に精通し、料理人としてもナゼルの町でご活躍していると聞いておりますわ、ですから、是非ともそのお力を貸していただきたいと思っておりますの」


「活躍なんてとんでもない。俺はおやっさんの手伝いだけで毎日いっぱいいっぱいっすよ。ですが、そんな風に姐さんから言ってもらえてたならすごく光栄です。それで、どのようなお店なんでしょう?」


 私は黙ってアデレちゃんとバドワのやり取りを見守る。そしてアルテ様は二人を見守っている私のことを見守る。ベルおばあちゃんだけ甘い物を食べてほわほわしている。なんか和むね。


「お寿司屋さんというお店ですわ。横に長いガラス製のショーケースをカウンターに作り、着席したお客様がそれを見ながら注文できるお店ですの。そのショーケースの中には新鮮な魚介類がよく冷えた状態で並んでいて、ナナセお姉さまが考えたお酢とお砂糖で味付けた白いご飯を小さなおにぎりにして、その上にカットした魚介類を乗せてお醤油に付けてお召しいただくのですわ。あたくしや王宮の料理人で試食しましたが、お魚の味がとても引き立ち、白いご飯とお醤油が口の中でとろけるように交わり、それはもう言葉では言い表せないほどの至福なひとときをお客様に提供できますの・・・」


「「「ゴクリ・・・」」」


「バドワイゼル様には新鮮な魚介類の目利きを。できることであれば直接漁に出て、その日の朝に揚がったものをその日の夕食で提供できるような、そんなお店づくりをしたいと思っていますの!」


 アデレちゃんはすべてを言い切ったようで満足した顔をしている。これでこの話をお断りするような人は、まずいないだろう。ちゃんとできてたよ!アデレちゃん!


「アデレード様、それと姐さん、実は俺この村の・・・いや、この町の娘と結婚しようと思っているんです。そんなときに王都なんて・・・」


「ええっ!?そうなの?えっと、おめでとうバドワ・・・そっか、ナゼルの町で所帯を持つんだね・・・じゃあ移住は難しっか・・・」


 ついこの間までナプレの強盗だったバドワがついに結婚という幸せまでたどり着いたのか。これは移住なんて強制できないなあ・・・


「そうですの・・・とても残念ですわ、あたくしお姉さまが信用している方だからお願いしましたの、知らない別の方を探す気にはなれませんわ。お姉さま、あたくしにお寿司の握り方を教えて下さいですの!もうこの際ですから、あたくしがやりますわ!」


「ええっ、アデレちゃんじゃ無理だよぉ。私たち学園もあるし、生のお魚は怖くて触れないんでしょ?それに漁なんてできる?もしできるようになったとしても、それじゃ何年もかかっちゃうよ・・・」


「ですがお姉さま」


「ナナセ、アデレさんがやりたいと言っているのですから、教えてあげればいいじゃないですか」


「うーん・・・困ったなあ・・・」


 アルテ様までそんなこと言って。こないだ初めて卵を割ったような子が寿司職人になるなんて無理だよ。私は困ったわのポーズで悩んでいると、おかみさんがおやっさんを厨房から連れ出してきた。


「ほらあんたたち!この食堂でシケたツラしてんじゃないよ!うちの旦那がバドワに話があるってよ!ほらっあんたっ、言ってやりな!」


 誰がどうみてもおかみさんに言わされてる感がすごい。


「おいバドワイゼル、おめえは今日でクビだ、二度とこの食堂に来るんじゃねえ。これ持って王都でもどこでも行っちめえな」


 いつになく饒舌なおやっさんがそう言うと、立派なマグロ包丁、出刃包丁、短めの柳葉包丁をテーブルに置いた。どれもきっちりと刃が研がれており、惚れぼれするほど美しく輝いている。


 私は料理人の娘だったのでこの意味が痛いほどわかる。自分の包丁を他人にプレゼントすることなんてまずありえない。へたすると料理人によっては触っただけでブチギレられて殴られる。そんな、命の次に大切な商売道具を渡すという行為は、その弟子の成長を認め、そして巣立った先で成功することを心から願っている証だ。


 ふとバドワを見るとボロボロと男泣きしていた。その美しい姿を見てとても素敵な人たちだと思い、気づけば私はもらい泣きをしていた。

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