4の13 第一婦人・バルバレスカ
食事会はとくに問題なく進んでいった。私の前菜の後には、魚介類が山ほど入ったスープ仕立ての料理が出てきて、メインディッシュは骨付きイノシシ肉の香草焼きだった。甘味に乏しいこの世界では、デザートは果実をカットしただけものが出てきて、最後にほうじ茶のような味のお茶が出てきて雑談タイムとなった。私の感覚だと炭水化物が足りていないが、王都ではお腹いっぱい食べないのが常識なのでしょうがない。
私は隣に座っているネプチュンさんとばかり話している。食事中にわざわざ席を立つのもおかしいし、国王陛下をはじめソラ君やアルメオさんはベルおばあちゃんからたくさんお話を聞きたいようだし、あまり魔法に興味なさそうなネプチュンさんとビジネスの話をしていた。
「ナプレ市にガラス職人を送ることができましたよ、今はまだ工場がないので、本格的な稼働は秋ごろになるのではないでしょうか」
「素晴らしい!冬にはガラス張りの部屋が作れますかね?その中で夏に作るような野菜を育てようと思っているんですよ」
「どうでしょう?素人考えですが、ガラスですと強度が足りないように感じますから、試行錯誤が必要ではないでしょうか」
「なるほど。そうですよね、どうやって支柱にガラスを固定するか考えないと。地震や強風にも備えるためには完全に固定するより、ある程度しなったり遊びがないと駄目そうですよね・・・それに割れた時に交換しやすい作りにしておかないといけないし・・・」
「はははっ、相変わらずナナセ様は色々なことをお考えですね、まるでベテランの職人のような物言いに関心してしまいます」
温室は絶対に完成させたいな。ピステロ様喜んでくれるかな?
「そういえばネプチュンさんはベルサイアの町をご存知なんですよね?どういった町か教えて下さいよ。なんでも町の創始者のベルサイア様に、ベルおばあちゃんが魔法を教えてあげたみたいなんですよ。ヴァチカーナ様と一緒に飛竜で飛んできたんですって」
「そういった古い歴史があったのですね。国王陛下が興味深くベル様のお話を聞いているのも、なんだか頷けます。ベルサイアの町は非常に良いところですよ、以前にもお話しましたが、王都とは山で分断されているので行商隊は砂時計と瓦版を持って行く程度です。自然にも大変恵まれているので、ほぼ独立した国のような町です。しかし歴代の町長は、あくまでも王国の中のひとつの町であるという姿勢を崩さずに領地経営をしていますね」
ベルサイアの町は隣国とちょこちょこ領地をめぐった小競り合いをしているくらいで普段はとても裕福で平和な町だそうだ。
「ペリコに乗って飛んで行ったらどのくらいかなあ?行ってみたいな」
「あの町は芸術も素晴らしいものが多いのですよ、絵画や織物、陶器やガラス製品も優れています。生活用品というより装飾品ですね。それと劇場も多く、劇や音楽もたくさん楽しめるのです」
芸術の町かぁ。やっぱ行ってみたいなぁ。可愛い小物とかいっぱい買ってきてアルテ様にプレゼントしたら喜ぶかな?
そんなことをニヤニヤしながら考えていると正面に座っているティナちゃんが、私とネプチュンさんの会話に割り込んできた。
「ナナセお姉さまは音楽もすごいのですよ!劇場にあるパイプオルガンで、とても心に響く音楽を弾いて下さったのですっ!」
「そんなこともあったねぇ。あれからこっそりパイプオルガンを弾かせてもらいに行ってるんだよ、劇場の人にも歓迎してもらえてるんだ。指ってちょこちょこ動かさないとすぐ体が忘れちゃうんだよねー」
「ナナセ様はパイプオルガンまで弾かれるのですか!?剣と魔法と料理と農業と畜産と製造と・・・音楽までも嗜まれているとは驚きです。やはり身分を隠したどこかの国の姫君なのでは・・・」
そんな話をしていると、ブルネリオ王様まで入ってきてしまった。
「ナナセ、どうですか?この部屋にも鍵盤がありますから、何か一曲披露してもらえませんか?私もナナセの演奏を聞いてみたいですね」
「あらブルネリオ、アタクシの演奏ではご不満でして?このような小娘の習い事ではなく、アタクシがいつでも演奏して差し上げますよ?」
ついに第一婦人が首を突っ込んできた。明確に敵対心を抱いているので、是非とも演奏は辞退しよう。関わらない方がいいに決まってる。
「自己紹介が遅れました、ナゼルの町のナナセでございます。私の拙い演奏で皆さまのお耳を汚すのは心苦しいので、本日は遠慮させていただきたいと思います。バルバレスカ様はどのような楽器を演奏なさるのですか?」
「身分をよくわきまえているじゃない。アナタがどういう経緯でチェルバリオ様と婚姻されたかよく存じ上げませんが、アタクシを含め、多くの民はアナタを王族と認めていないことをよくご理解なさってくださる?ここに同席できるだけでも感謝しなさい?王やアタクシの前で演奏など、もってのほかですわ」
なんで楽器の話をしてるのに、いきなり王族と認めない話になるのだろうか?おかしな脳の回路が開いちゃって涼しい風が吹いてるんじゃなかろうか?それはそうと、ここはなんと答えればいいのだろう・・・
むむむと悩みながら、ふと周りを見ると、ほぼ全員が苦虫を噛み潰したような顔をしていて、できる限り私やバルバレスカと目を合わせないようにしている。こりゃ誰からも助けは得られなさそうだね。
「大変失礼しました。バルバレスカ様が私に対して思うところがあることは重々承知しております。もちろん身分をわきまえておりますので、これ以降の発言は控えさせていただきます」
よし、これでいいだろう。もう二度と顔を合わせないように気をつけなければ。バルバレスカがしたり顔になっているところに、ベルおばあちゃんが席からぷかぷか飛翔して近づいていった。
「これバルバレスカとやら、このような席で無粋なことを申すでない。今日のところはわしの顔に免じて我慢してもらえんかのぉ?わしゃ音楽というものも生まれて数千年で初めて楽しんでおるのじゃ。バルバレスカの演奏も、ナナセの演奏も聞いてみたいもんじゃのぉ・・・」
おお!さすがベルおばあちゃん。貫禄が違う。周りから安堵のため息が聞こえてくる。まあ私はどっちでも良いんだけどね。
「・・・っ、わかりましたわ。そこの使用人!アタクシのセロを部屋から持ってきなさい!大至急!」
バルバレスカは机をバン!と叩き命令する。ブルネリオ王様とソラ君、ティナちゃんは完全に他人事のようにそっぽ向いてしまっている。使用人がすっ飛んで部屋を出ていき、チェロを持って帰ってきた。
「ではアタクシの演奏を聞けることをありがたく思いなさい!」
バルバレスカが軽く音合わせをしてから、チェロの弓を構える。見た感じはけっこう決まっている。あれだけの啖呵を切ったのだから、それなりに自信があるのだろうか。部屋の中にいる全員がシーンと静まりかえる中、ゆっくりと弓を弾く。
── ボエ~~~・・・ ボエ~~~・・・ ──
ちょっ、ちょっと!ちょーー下手なんですけど!
── ボエ~~~・・・ ボエ~~~・・・ ──
しかもチェロの独奏で、なんだか暗い感じの曲だし。
── ボエっ! ──
演奏が終わったようで、バルバレスカはやり切った顔をしている。しかし、ほぼ全員が渋い顔でパラパラとした拍手だ。私はスタスタと鍵盤に向かって歩いていくことで、拍手することを上手く回避できた。
「ふう、良い演奏でしたわ。ベル様、楽しんでいただけたかしら?」
「ふむ。音楽とはなかなかにして奥深いものじゃな。次はナナセの番じゃ。どのような演奏を聞かせてくれるのかのぉ・・・」
さっきからベルおばあちゃん以外は一切の口を開かない。きっと何か言うと、バルバレスカの次の標的になるからであろう。私は部屋の片隅に設置してあるチェンバロに腰を掛けた。鍵盤が二段になっていて、足鍵盤もある。この世界の鍵盤楽器は全部このパイプオルガンタイプなのだろうか?こっそり練習しておいてよかった。
「それではバルバレスカ様の荘厳なご演奏の後でお恥ずかしいですが、ご清聴お願いします」
先ほどまで四重奏をしていた劇場の音楽隊の顔見知りの人が私の目を見て、「姐さんやっちまってください!」みたいなアイコンタクトをしてきた。この人たちは私がパイプオルガンの練習しているのを知っているので、バルバレスカの気分悪い演奏や罵詈雑言を私の演奏でやっつけてもらいたいのだろう。もちろん私もそのつもりだ。
── ぽろん・・・ぽろんぽろん・・・ぽろん・・・ ──
私が選択したのは戦艦大和が宇宙に向かって発進しちゃいそうな曲だ。チェンバロが奏でる音は弦を弾いたような独特なもので、キータッチはけっこう深い。静かな感じで始まり、じわじわと感情を昂らせていくように・・・
── ジャーンジャジャジャーン!!ジャーン ──
私は勢いに任せてガンガン鍵盤を叩く。どうせ私しか知らない曲だし、ミスタッチしても誰にもわからない。弾いている私もだんだん楽しくなり、頭を揺らしながらノリノリで弾き続ける。なんかテンション上がってきた!二番に入ると四重奏の人が全員即興で和音を重ねてきた!やばい音楽って楽しい!異世界共通言語だ!
── ジャジャンっ! ──
弾き切った私はしばらく恍惚の表情でその場で余韻に浸っていた。ほどなく使用人や侍女を含むほぼ全員から大喝采をもらい、手を振りながら立ち上がると、四重奏の人たちと今度こそウェーイ系ハイタッチをして回り、表情を戻してしずしず歩きながら座席に戻った。
「どうだった?ベルおばあちゃん、自分で弾いてて途中から楽しくて楽しくてしょうがなくなっちゃったよ!」
「最高じゃったぞい!音楽とはこんなにも感情を動かされるものなのじゃな!このような高揚した気分になるのじゃったら毎日でも食事会をした方がいいのじゃ!ナナセは天才じゃな!」
「ナナセすげえなおい!これから戦争に向かうような勇ましい気持ちになったぜ!やるじゃねえか!」
「ナナセお姉さまの弾く曲はどれも心が揺さぶられますね!」
「ナナセの姐さんすごいよ!僕なぜか涙がにじんできたよ!」
「ナナセ、鍵盤の演奏までもこれほどの腕とは・・・恐れ入りました!田舎の町長にしておくのはもったいないですね!」
アルメオさんに至っては、私の前まで来て跪いてしまった。
「いやはや驚かされました、先ほどの料理といい、今の音楽といい、きっと魔法の才覚もそうとうなものなのでしょう。オレはナナセ様に色々と教えてもらいたいことがたくさんありそうです!共にベル様の弟子になれたのは、すごく幸運だったと思います!」
私はみんなから大いにお褒めの言葉をいただいた。まだ自己紹介もしていなかった第二婦人までもが私の手を握り、震える手とうるうるした目で「感動しましたっ!」と好意的に接してくれた。
「でへへへ・・・皆さま、小娘の手習い演奏をご清聴ありがとうございましたっ!バルバレスカ様の演奏には敵いませんけどねっ!」
勢いあまって嫌味を言ってしまった。ちらりとバルバレスカの顔を見ると、サッシカイオとそっくりな目をしてこちらを睨みつけていた。
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