4の12 王城の食事会



「ただいまぁー!忙しいねえ!」


「ナナセ様、まずは急いで風呂へお入りください。後ほどロベルタが着替えの手伝いに参ります」


「ありがとうセバスさん、洋服はどうしても着て行きたいのがあるから、ティナちゃんからもらったフリフリ衣装は勘弁して下さいね!」


「ですがナナセ様、農民の服装で王族の食事会に行かれるのは・・・」


「大丈夫ですっ!ちゃんとした貴族風ドレスですからっ!」


 お風呂から出ると、ティナちゃんの着付けを終えて急いで私の部屋へやってきたロベルタさんが待っていた。こういうとき侍女の掛け持ちは大変だね。だからと言って他の知らない侍女に来られても困っちゃうんだけどさ。


「問題ございません。きっと戦場の方がよほど忙しいですから」


「あはは、さすがロベルタさん。それでね、私がアデレちゃんと学園で決闘したときの洋服あるでしょ?あれを着て行きたいんです。あれはアルテ様に作ってもらった私の勝負服なんです!」


「かしこまりました。では失礼して・・・」


 私はロベルタさんの着せ替え人形になり、髪の毛をきちっと結ってもらい、爪の先までチェックされた。はあー、お姫様って息苦しい。


「一応二十人前の前菜を準備してきたんですけど、何人くらい集まるんですかね?ロベルタさん知ってます?」


「慣例ですと、国王陛下、第一婦人、第三王子、第一王女、第二婦人と長男、あとは隊長や長官くらいでしょうか。急に決まったお食事会でございますから、それほど盛大なものになるとは思えませんが」


「料理は足りそうですね。国王陛下の第一婦人や第二婦人ですかぁ。会ったことないですけど、どのような方なのですか?」


「あまり大きな声では申し上げられませんが、ナナセ様はごあいさつ程度にしておいた方がいいと思います。これは憶測ですが、第一婦人はサッシカイオを可愛がり、なんとか皇太子にしたかったようですし他の王族との関係も良くありません。どちらかを立てれば、どちらかが気を悪くするでしょうし、非常に難しいと思います」


「ありゃー、第一婦人には恨まれてそうですね、わかりました。ロベルタさんの助言通りにしておきます。でも、全く会話しないのも失礼になりますかね?」


「そうは思いません、この王宮は少々いびつです。家族といえど、すべての王族がバラバラに生活しております。国王陛下も最近は第二婦人の元へ稀に行かれる程度のようですし、国王陛下の家族とは違う、全く別の王族だと思った方がいいと思います」


「本当に複雑ですね・・・オルネライオ様もよくそう言ってました」


「はい。ソライオとティナネーラに関してもそうです。おそらく不肖のわたくしごときを母のように感じて育っていると思います。幸か不幸かわかりません・・・」


 侍女として、ときには護衛として完璧な仕事をこなすロベルタさんだが、珍しく自信なさそうな口調になってしまった。こんな姿は今まで見たことがない。あくまでも自分は護衛侍女であると考えているのだろうか?「私は二人の母ではない」と言いたげだ。


「ロベルタさん、私は第一婦人をよく知らずに言いますが、もしロベルタさんがお母さんだったら、とても素敵な生活を送れると思います。ロベルタさんはどんなことをしても手際がよく丁寧ですし、決して理不尽に怒ったり、逆にえこひいきをしたりしませんし、私のようなよくわからない小娘に対しても初めて会った時から、とても親切に接してくれました。ソラ君のあの明るい笑顔はロベルタさんが作ってくれたものだと思うし、ティナちゃんのあの芯の強い優しさもロベルタさんから学んだものだと思います。そんな自信がなさそうな顔しないで、これからも二人を見守ってあげて下さい。それに私のこともたくさん助けて下さいね!私にとって、王都のお母さんはロベルタさんですからっ!」


「・・・もったいないお言葉でございます。ナナセ様は人を褒めるのが大変に長けておりますね、わたくしの自信になります。ナナセ様は多くの人を引きつけ、良きリーダーになるべき方だと確信しました。本当に感謝いたします、ありがとうございます」


 なんか似たようなことをセバスさんにも言われたな・・・そんな大層なもんじゃないと思うけど、これからは町長として頑張って行かなければならないので私にとっても自信になる。


「まあ、気楽に行きましょう。今日はベルおばあちゃんが主役ですし」


「そうでございますね、それでは準備が整いました。ナナセ様、とてもお綺麗ですよ、このドレスはとてもお似合いです。まるでナナセ様のためだけに作られたもののようですね」


「うふっ、綺麗だなんて照れちゃうなぁ。これはアルテ様が私のためだけ作ってくれたドレスなんですよ。私こんな高貴なお食事会は初めてだし、なんか緊張してきちゃいました」


「ナナセ様でしたら、いつも通りでいいと思いますよ」


 私は少々緊張しながら部屋でおしとやかに座って待っていると、ブルネリオ王様の護衛の人が呼びに来てくれた。今日の食事会はアンドレおじさんもベルおばあちゃんの新弟子なので席に座るらしく、いつもと違ったスーツっぽい服装だった。


「アンドレさん、かっこいいじゃないですか。見直しましたよ」


「セバスが髭も剃れって言うからよぉ、けっこう時間がかかっちまったぜ。たまには後ろに立ってるだけじゃなく、座って料理を食えるのも良いよな。ナナセも何か作ってくれたんだろ?」


「料理長が前菜の二皿目に出すって言ってました。王族がいっぱい来るんですから、お酒を飲みすぎないようにして下さいね!あといつもみたいにひじついて食べたりしないで下さいよっ!アンドレさんは私の護衛なんですから、私が恥ずかしい思いするんですからねっ!」


「わあってるよ!まったくナナセはうるせえな。ちょっとセバスに似てきたんじゃねえのか?」


「一緒に住んでるんだから似てきて当然ですっ」


 護衛の人に案内された部屋は、今まで来た王城の中でも飛び抜けて華やかだった。映画で見た舞踊会が行われそうなほどの広さで、中央に長テーブルが置いてあり、とても上品なクロスが敷いてある。イスにはあらかじめクッションが置いてあり、ベルおばあちゃんや私、ソラ君、ティナちゃんの座る位置が低くならないように調整してあり、使用人が一人一人を座席に案内してくれた。上流階級って感じ。


 席順は、お誕生席は使わず長い辺に向かい合うように着席し、中央にブルネリオ王様が座り、その左右はソラ君とメルセス先生、その外側にティナちゃんと第二婦人の長男と思われる学園で見たことがある子、一番外側は第一婦人っぽい人、逆側の一番遠い場所に第二婦人の順になっていた。私の知っている接待とかの席順とは若干違うが、これがまさにいびつな王宮内の序列をあらわしているのだろう。そもそも正妻と側室が同席していいのだろうか?私が王様だったら胃に穴が開きそうだ。


 私側の中央は当然ベルおばあちゃん、左右に私とアルメオさんが座り、その外側にはアンドレおじさんとネプチュンさんで、こちら側は正しい席順な気がする。あまりキョロキョロするのも田舎者っぽいので、隣に座ったネプチュンさんにコソコソ声で話しかけることにした。


「ネプチュンさん久しぶりです、私をナゼルの町の町長にするために陥れて以来ですねっ。メルセス先生はオルネライオ様の代理って感じですかね?あと第一婦人はお歳を召した人の方でいいんですよね?私初めて会う人が多くて」


「ははっ、ナナセ様は手厳しいですな。おっしゃる通り、メルセスはオルネライオ様の代理ですし、あちらの方が第一婦人のバルバレスカ様です。ここだけの話ですが、ナナセ様はあまりお関わり合いにならない方がよろしいかと・・・」


「侍女のロベルタさんにも全く同じことをいいつけられてます。後ほどごあいさつだけして、今日は静かにしていようかと・・・」


 そんな話をしていると飲み物が配られてきた。それぞれに発泡酒や葡萄ジュースが配られ、メルセス先生がグラスを手にして席を立つ。先生の厳格そうな雰囲気が場を引き締める。


「本日はオルネライオ第一王子に変わり、私メルセスが乾杯の発声をさせていただきます。皆様グラスをお手にお取りください」


 メルセス先生が音頭を取ると、なんだか堅苦しいお葬式の挨拶みたいだね。私は葡萄ジュースのグラスを構える。


「それではベル様の王都へのご来訪を王族一同、歓迎いたします。崇高な存在である妖精族のご長老とのご縁を、この王都に導いて下さった神に感謝し、乾杯。」


「「「乾杯。」」」


 私は危うく、ナゼルの町の食堂で仲間たちとやっていた『カンパイ!ウェーイ!』をしかけたが、みんな静かにグラスを目くらいの高さまで上げるだけだった。危ない、田舎の村娘丸出しになるところだったよ。


 その後はブルネリオ王様がベルおばあちゃんに色々と話しかけているので全員無言だ。運ばれてきた謎の白身魚の刺身のサラダ仕立てと硬くないパンをおしとやかに食べながらその話を聞いている。チラッとアンドレおじさんの様子を見ると、姿勢を正して丁寧にナイフフォークで小さくカットして一口づつ食べていたので安心した。


 前菜が食べ終わる頃から、王都の劇場にいた音楽隊の人たちが室内に入ってきて演奏を始めた。どうやら弦楽四重奏らしく、まるで映画の中のワンシーンのようで胸が高鳴る。ヴァイオリンの高音が心地よく頭の中に響き、コントラバスの低音が体の芯を揺らす。なんだか味の薄い前菜も美味しく感じてきた。私はこの異世界に来てから音楽に飢えているのだ。


 ふわふわした心地よい気持ちで音楽を楽しんでいると、ブルネリオ王様が私に向かって話しかけてきた。


「次はナナセの用意した前菜なのですよね?楽しみです」


「はい、料理長と相談して二皿目に用意させていただくことになりました。お口に合うかわかりませんが、季節の野菜を準備しましたので、お楽しみいただければと思います」


「この魚は美味しかったのじゃ。ナナセの野菜も楽しみじゃのぉ」


「ベルおばあちゃん体ちいさいのに、お酒なんて飲んで大丈夫なの?私心配だよ、あんまり無理しないで残しながら食べてね」


「ナナセは優しいのぉ、酒も初めて飲んだが、これは料理の味を引き立てるのじゃ。わしゃとても幸せな気持ちじゃよ」


 ほどなくして私の料理が運ばれてきた。アーティチョークのフライに、生ハムを添えてある前菜だ。今回は試作も試食もせず、仕上げを料理長にお任せしてしまったので心配だったが、私のイメージしていた通りのものが出て来たので安心した。ナゼルの町の食堂のおやっさんも少し説明しただけで高い完成度の品を出していたし、やっぱり本職には敵わないのだろうか。


「実は私もまだ食べていなくて、準備だけして仕上げは料理長にお願いして来たのですが・・・うわぁ!周りの皮がパリッパリなのに中はホクホクですねえ、この食感がたまりませんね!一緒に生ハムを食べると塩分がほどよく口の中で広がってお互いの味を引き立てるんですよ。これは大成功です、さすが王宮の料理長ですっ!」


 みんなが私の食べ方を真似して、生ハムと合わせて食べている。美味しそうに食べて絶賛してくれているし、塩分の強さがお酒を進めるのだろう、メルセス先生の厳格なごあいさつの雰囲気から、だんだん和気あいあいとした雰囲気に変わっていった。


 しかし、ただ一人だけ面白くなさそうにしている人がいた。まあ予想通りなんですけどね。

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