4の10 ベルおばあちゃんの食事



 完璧な半熟温泉卵を完成させた私は、ひとまずお風呂に入ってから明日の授業の準備をする。その後一息入れると王宮の厨房に戻り、ご飯を炊きながら干しておいたアジをじっくりあぶる。


「ほほう、そのように魚を処理して焼くのですか。」


「こうやって一度干すと、魚の美味しい部分がグッと凝縮する感じになるんですよ。それに長持ちするので、こういう光ってる青い魚は、安いときに大量に作っておいても良いと思います」


「ふむふむ、勉強になります。」


 完成した料理は使用人が台車で部屋まで運んでくれるので、私は作りっぱなしで良いみたいだ。使った鍋を洗おうとしたら「ナナセ様にそのようなことをさせるなどとんでもない!」みたいな感じになってしまったので、一番若そうな調理見習いの子にお小遣いをあげて洗い物をお願いし、笑顔で立ち去る。私は洗い物も好きだから別に嫌じゃないんだけど、たぶん王族たるものオブリージュがノブレスなのだろう。


「それじゃあ、いっただっきまぁーす!ベルおばあちゃんようこそ!」


「いただきますじゃ」


 私が作ったものはシンプルな日本の朝ごはんである。アジの開きにヒジキとニンジンの煮物、ネギとショウガを乗せた豆腐。さらには適当な乾燥海藻で出汁をとったお吸い物に温泉卵を投入、そして大切なのが炊き立ての白いご飯である。アジと豆腐には各自が好きに醤油をかけていいように、口の細くなった器に入れて食卓に置いた。


「すげえよナナセ!港町の焼いただけの魚とは全然違うな!」


「えへへ、塩して水分出して干すのがコツなんですよ、今度ミリンで干したやつを米酒のおつまみで作ってあげますね!」


「ナナセ様の多才さには驚かされます。私ども執事や侍女が作るような食事は、もう恥ずかしくて出せませんな・・・」


 みんなの料理はどれもこれも味が薄いんだけど、そうは言えない。私は空気が読める子なのだ。


「セバスさんやロベルタさんが作ってくれていた料理は上品な味付だったので食べやすかったですよ!」


 ふとベルおばあちゃんの方を見ると、ただひたすら無言&無表情で食べていた。しかし、触覚がピックピク動き、幻想的な小さな羽根をパタパタさせている。なんかすっごく可愛いんですけど!


「ベルおばあちゃん・・・どうかな?お口に合いますか?」


「もぐもく・・・。」 ── パタ ピク パタパタ ──


「・・・味が濃すぎました?量も多かったですか?」


「・・・美味しい・・・美味しいのじゃよ。わしゃ何千年もあの湖で無駄に生きて来たのではないかと悩んでしまっておる!ぱくぱく」


 そう言いながら完璧な温泉卵をちゅるりと口にほうりこんだ。


「悩んでる感じには見えませんけど・・・お口に合ったようで良かった。これから先の何千年は有意義に過ごしましょうねっ!」


「そうじゃのぉ、そうじゃのぉ・・・なんだか生まれ変わった気分じゃ」


「ベルおばあちゃん、しばらく王都で過ごして下さいね。ちょっとくらい観光していても創造神は文句言わないんじゃないですか?」


「数百年くらいは大丈夫じゃろう。もぐもぐ」


「なあベル様、俺にも温度魔法を教えてくれよ。俺は風呂の温度くらいまでしか温度を上げることができねえんだ。そうだ!ソライオも俺と一緒に訓練するといいよな!」


 二人とも火魔法・・・温度魔法の回路を開いてもらえば、超一流の魔導士になれるかもしれない。そしたら私ますますアンドレおじさんに勝てなくなっちゃうかな?


「温度が上がりにくいのはのぉ、人族が死んでしまうような温度まで液体を熱することができんように魔子が反発するのじゃよ。血液を沸騰させたら簡単に死んでしまうじゃろう?」


「なるほど!何かリミッターのようなものが働くように調整して伝承されているんですね。でも火をおこすのはどうなんですか?体を燃やしちゃうような魔法の使い方をすれば同じだと思うんだけど・・・」


「ナナセ、火をつけられるのは生命体以外の物だって話だぜ、何でも魔子が反応しねえとか何とか・・・」


「その通りじゃな。例えば生きている植物などは魔子が生命を維持するために反発するから温度操作は難しいが、枯れてしまった植物には可能なのじゃよ。人族が着ている衣服は燃やすこともできるがの、ナナセのように魔子が大量に絡みついている者には無理かのぉ」


「なるほど、温度を調節できるのは物質だけってことですね。なんか攻撃よりも防御に適した魔法って意味が理解できました。あ、でも熱風の壁を作るような魔法があるって聞いたことがありますけど・・・」


「ふむふむ、部屋の温度を調節できるのは説明したじゃろう?あれは空気中に含まれる微量の水を調節しておるのじゃよ」


 温度魔法の講義は非常に有意義だった。枯れ葉に火をおこすような魔法は一極集中すればあとは勝手に燃え上がるので、広い範囲の魔子を操作しなくて良いから扱えるようになる人族もいるらしい。水の温度調整は範囲が広いので沸騰させるほどになるには、よほど回路が安定していないと魔子を操作しきれないのだとか。


「やっぱ水素が基本なんですね。空気を暖めたり冷やしたりするっていうのはイメージしづらいですけど、空気中の湿気を操作するだけなら何となく理解できます。なんか私もできるような気がしてきました!」


「おいおい、俺には難しすぎて何が何だかさっぱりだったぞ」


 ここでアンドレおじさんに理科の授業を始めるわけにもいかないので苦笑いでスルーした。


「ほっほっほ、ナナセは賢い子じゃのぉ」


「それに、ソラ君もベルおばあちゃんに教えてもらうのはとてもいいことですね。じゃあ明日はベルおばあちゃんが数百年ほど住む場所を決めるために、ブルネリオ王様に相談に行きますかぁ」


「ナナセが国王に言うなら許可が出たも同然だぜ」


 私はセバスさんに明日の夕方にでもブルネリオ王様に謁見できるようお願いしておいた。



 翌日、学園に行くとすぐにソラ君を捕まえる。


「ねえソラ君、たぶんこの世界で一番火魔法を上手に扱える人と知り合ったからさ、今日の午後の授業が終わったら私の部屋に来てよ。国王陛下に紹介するから一緒に行こう」


「ええっ?宮廷魔導士のアルメオ先生よりすごいの?」


「うん。たぶんこの世界で敵う人いない。どんな人かは会ってからのお楽しみだよっ!あ、人じゃないな・・・」


「ひっ、人族じゃないのっ?こっ、怖くない?」


 世界一の火魔法使いと聞いたら、そりゃあピステロ様のような異種族ソーサラーみたいな怖いのを想像してしまうだろう。


「あはは、怖くないよ、めちゃめちゃ優しいから安心してっ!」


 この日のソラ君は授業に全く集中できず、ずっとソワソワしていた。



「謁見の間にて国王陛下の準備ができたようです。いってらっしゃいませ、ベル様、ソライオ、ナナセ様、アンドレッティ様」


「「「「行ってきまーす!」」」」


 いつもの待合室ではなく王宮の私の部屋で待機していると、セバスさんが呼びに来てくれた。私はアンドレおじさんの先導のもと、久しぶりに謁見の間へやってきた。ブルネリオ王様に会うのはナゼルの町の町長任命の時以来だ。ベルおばあちゃんは指揮棒を杖にしてよちよち歩く。速度がとても遅いので、途中から私が抱っこして運んだ。羽根をパタパタさせていて相変わらず可愛い。


 アンドレおじさんが護衛らしい動きで大きな扉を開けてくれる。


「失礼しまぁす・・・」


「お久しぶりですねナナセ、それとベル様よくお越しくださいました。私が現国王のブルネリオと申します。どうぞお見知りおきを」


 ブルネリオ王様は相変わらず優しい笑顔で迎えてくれた。何千年も生きる妖精族ということをセバスさんから聞いているのだろう、サッと席を立ち、私たちの前まで歩み寄り、敬意を表すような挨拶をしてくれた。私はベルおばあちゃんを降ろし、一歩下がって待機する。


「ブルネリオや、堅苦しい挨拶はいらんのじゃよ。わしゃ外界に出るのは初めてなので子供みたいなもんじゃ、こちらこそよろしく頼むのぉ」


「ありがとうございます。それではそちらの席にお座り下さい」


 ベルおばあちゃんをブルネリオ王様の正面の席へ案内し、その左右にソラ君と私が座った。アンドレおじさんは私の背後に立っているようで、イスには座らず護衛に徹するようだ。今日くらい魔導士見習いとして座ってもいいのにね。


「ナナセ、こちらが宮廷魔導士隊長のアルメオです。ソライオの家庭教師をしてもらっているのですよ」


 ブルネリオ王様の隣に座っているアルメオさんを紹介してもらった。魔導士というからローブやマントに長い杖なのかと思っていたが、アンドレおじさんたちと同じく動きやすそうな服装の若い男の人だった。歳はサッシカイオと同じくらいだろうか?それなりに身体も鍛えていそうだし、雰囲気は護衛騎士といった感じだ。おでかけのときに三角帽子をかぶっているアルテ様の方がよっぽど魔導士感がある。


「アルメオと申します。妖精族のベル様、王都へよくお越しくださいました。それと、ナナセ様のお噂は色々な者から聞いていますよ、是非とも魔法のお話を聞かせていただきたいと思っていました」


「よろしくじゃ。アルメオとやらに会ってヴァチカーナという娘を思い出したぞえ、数百年前にベルサイアという娘と二人でわしがおった湖に飛竜でやってきたのじゃ。おぬしはその娘に感じがよく似ておるのぉ」


「やはりそうだったのですね!さすが妖精族の長老!我が家はこの王国の初代女王であるヴァチカーナ様の子孫と言い伝えられてきました。数百年も前からの子孫なので、果たして本当に血を引いているのか、誰にもわからなかったのです」


「ほっほっほ、感じが似ておるというだけじゃよ、わしゃ人族など今まで数人にしか会っておらんからのぉ」


「へえー、そうなんですね。じゃあもしかしたらアルメオさんも王族ってことになるのですか?あ、でも写本した歴史書ではヴァチカーナ様は子に恵まれなかったとかって書いてあったような・・・」


「はい、だから誰にもわからないのです。口伝だけで「王族だ!」とは言えませんからね。それにオレは今の立場で満足していますし、ご先祖様かもしれないっていうベル様の言葉だけで、なんだか心が暖まるような気持ちになりました。ありがとうございます」


 アルメオさんは好青年といった感じで非常に印象が良い。それはそうとヴァチカーナ様に隠し子とかいたのかな?これ知っていそうなのはピステロ様だけだね。今度こっそり聞いてみよう。

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