4の3 工業地区と商業地区(後編)



「おう、終わったか。まったく護衛を追い出しやがって・・・」


「アンドレさんのお仕事を邪魔するつもりはないですけど、ああやって相手が王族だと思って構えてしまうと良い商品が作れなくなっちゃうんです。特にああいった職人さんには気をつけないと。次は細工屋さんに行きますけど、くれぐれも商売の邪魔しないで下さいね!」


「お、おう・・・わかったよ。ったくナナセにはかなわんな・・・」


「アンドレッティ様、ナナセお姉さまは職人の気持ちをよくわかっていらっしゃいましたわ。確かに、あの親方さんには先に威厳を見せつけてしまうと良い商談はできませんし、もしあたくし一人でしたら、あのようにスマートな商談はできませんでしたの。それと、ナナセお姉さまはここぞと言うときには大量の羊皮紙弊を見せつけて、交渉を有利に進めるような大人のやり方もできますのよ。あたくしとても勉強になりますわ!」


「わかったわかった!商売してるときは店の外で待ってるぜ!」


「あはは、プルトに関しては特別だから・・・まあ職人さんってのは金持ちとか地位の高い人を嫌うからねえ。商談が成立した後に『実は王族でしたー!ちゃんと作ってね!』って方が威力はあると思いますよ」


「なるほどなあ、俺も勉強になるわ。悪かったなナナセ」


 なんか納得してもらえたようだし、とっとと次へ行こう。


「そうだった。細工屋さんに行く前に金具の設計図を書かないとね。どっか座れるカフェみたいなとこあるかな?」


「それでしたら商業地区にテラス席のある居酒屋がございますの。この時間でしたらすいていると思いますわ」


「じゃあそこでお茶を一杯飲みながらやろっか。アンドレさんはエール飲んでもいいよ」


「ばっか・・・でもまあ町長閣下の命令なら仕方あるまい!」


 アデレちゃんに教えながら金具の設計図を書く練習が終わると、今度こそ細工屋さんにやってきた。この店の交渉はアデレちゃんに任せて、私は付き添いに徹するのだ。いくつかの作戦パターンは説明しておいたが、商人としての交渉デビューを上手く飾れるだろうか?


「ごきげんよう、アデレード商会ですの」


「おやアデレード様いらっしゃい・・・ってアデレード商会?ヘンリー商会じゃないんですか?」


「ええ、あたくしお父様の力を一切使わずに、あたくしと仲間だけで商会を始めましたの。本日は金具の注文に参りましたの」


「ふっふーん、へえー、そうですかぁ、ではこちらへどーぞ」


 細工屋は完全に舐め腐った態度だった。商人の小娘のおままごとだと思ってバカにしているのだろう。アデレちゃんのいい勉強だ。


「・・・それでアデレード様、どのような金具ですかぁ?」


「高価なお菓子を詰める箱ですわ。お菓子を食べ終わった後に、小物入れとして使えるように考えておりますの。今回は箱のヒンジと留め具をお願いに参りましたの」


「お菓子を?小物入れにぃ?あはっ、売れるんすかー?そんなもの」


 軽く煽ってくるかのような態度の細工屋だが、アデレちゃんは冷静だった。私は黙って少し後ろで二人のやりとりを眺めている。


「どうかしら?あたくしたちが作っているお菓子はこの世界にないようなものですわ。世界で初めて売る記念すべき商品ですもの、のちの歴史に残るような綺麗な箱で売りたいと思うのは当然のことですわ」


「そんなに大切な商品でしたらヘンリー商会で取り扱った方が良いんじゃないですかぁ?もちろん注文は受けますけど、時間かかりますよ、今忙しいんですよ」


 後回しかぁ。


「ヘンリー商会はあたくしどもアデレード商会とは関係ありませんの。それと時間がかかってしまっては困りますわ。来週末までには最低でも三個分の金具が必要ですの。先ほど木材屋に来週末までに箱を三個仕上げてもらえるお約束を頂きましたの。なにも百個作ってほしいと言っているわけではございませんわ。お願いできませんかしら?」


「んなこと言ったって先に注文受けてる商品があるんだよ、子供は子供らしくおもちゃでも自分で作って遊んでればいいじゃないですかぁ」


 本心出たね。アデレちゃんどうするかな?


「ではお伺いします。ヘンリー商会からの注文でしたらその期日でお受けいただけるのかしら?お父様に手数料を支払うことになりますが、あたくしの信用がないとおっしゃるのであればそのようにしてもかまいませんよ?」


 細工屋の顔がピクッとなったが、意地になっているようだ。


「あのね、アデレードお嬢ちゃん。物事には順番ってものがあるんだ。先に注文を受けてる仕事があるからその後にやるってえのが何の問題があるんだい?時間がないなら他のお店でやってもらってくれよ」


「このお店は小さな金具を三つ作るのに一週間以上かかるということでよろしいですわね?」


「そうだよ!わかってんなら金を払って待つか他の店に行くかしてくんな!まあ他の店でも同じように言われると思うけどな!ったく子供が大人の仕事に口出すんじゃないよ」


 あーあ。これはパターンBだ。あらかじめ話しておいてよかった。


「わかりましたわ。ではお父様に「あの細工屋は注文しても一週間以上は金具一つ作ってもらえない、とても忙しい店」だと申しておきますの。それでは他の店を探しに行きますわよ?町長閣下」


「えっ?閣下?」


「うん、忙しくて作れないならしょうがないね。国王陛下に「仕事が一つの店に偏らないように通達して下さい」って言っておきますよ。お忙しそうでおかわいそうですもの。これでお仕事が減って楽になると思うので、良かったですね。じゃ行こっかアデレちゃん」


「ちょちょちょっ、ちょっと待ったぁあああ!考え直しますから!」


 示し合わせたようにアンドレおじさんが店内に入ってくる。


「なにか問題がございましたか?おい店主!まさかナナセ様に無礼な態度をとったわけではあるまいな!」


「アンドレッティ、言葉を慎みなさい」


「はっ!ナナセ様っ!」


「もう結構ですわアンドレッティ様、設計図も見ずに、たった三個の金具も作れないようなお店に用はありませんもの」


 細工屋が青い顔で声を上げる。


「ヒンジのっ!ヒンジの金具は在庫がありますっ!小物入れ用の小さなものですっ!留め具はどのようなものかお話を聞いていないので時間はわかりませんがっ!すぐに取り掛かりたいと思いますっ!」


「あら、すぐに取り掛かれるのに、先ほどは来週末までに作れないとおっしゃっていたではありませんの?」


「いえ!最優先でやらせていただきますっ!」


 私は話に割って入る。


「私が王族とわかったから優先して仕事をして下さるのですね?そしてすでに注文を受けているお客さんをお待たせするのですね?」


「はい!そのように融通させてもらいますっ!」


「ではこのお店にお願いするのはやめましょう。アデレちゃん、このお店は信用できないからね。子供だろうと王族だろうと、平等に仕事を受けてくれるお店を探そっか」


「そうですわね。ではヒンジの金具の在庫だけ売って下さるかしら?」


「ううっ大変申し訳ありません・・・そうおっしゃらずに・・・」


「この国ではすべての民が平等です。あなたのような商売をなさっていると貴族時代に逆戻りしてしまいます。二日後また参ります。その時までに、今受けている仕事をある程度整理し、私どもの金具がどれほどの時間がかかるかおっしゃって下さい。もちろん私どもは他にお願いできるお店がないか二日間かけて探します。お名前を伺ってもよろしいですか?私はナゼルの町の町長ナナセと申します」


「サトゥルと申します・・・」


 二日後、特急仕上げで格安料金の金具を注文した。


 それとは別に、宝石箱の中に敷く小さなクッションを裁縫屋に注文し、私はペリコに乗って海岸で適当に綺麗な貝殻を拾ってきた。



 数日後、完成した宝石箱を二人でうっとりと眺めながら・・・


「・・・ナナセお姉さま、あんな強引なやり方で本当に良かったのかしら?もう少し他の方法はなかったのかしら?」


「プルトのときもあんな感じだったんだよ。注文したもの売ってくれなかったの。私が子供だからってバカにされちゃってね、何を言っても話にならなくなっちゃってね。アデレちゃんも必ずそういう場面に出くわすと思ってたから、早めに経験できてよかったと思うよ。それでそんときは村長さんに助けてもらったんだ。アンドレさんもいたよね」


「アルテ様が純金貨を掲げてたよな。駄目なやつには権力を使うのもしゃーねえよ。細工屋のあいつは最初から態度が悪かったしな」


「いい経験になりましたわ・・・でもあたくし、どのようにすれば子供だと舐められないようになりますの?」


「簡単だよ、最初に言ったじゃん。ちゃんとした商品を売り続けて、アデレード商会の実績を作るんだよ。今売ってるマヨネーズと、今回のキャラメルと、とにかく地道にやっていくしかないねー」


「そうですわね。でもこの宝石箱、なんだか売るのもったいないですわ。こんなに素敵なものが完成するなんて思ってもいませんでしたの・・・」


「みんなのおかげだよ!一つの商品が出来上がるまでに、色々な人が関わって完成しているってことに感謝しないとね!」


「そうですわね!とりあえずお菓子の宝石箱第一号は、あたくしのお父様に高額で売りつけてきますわ!」


「あはは、アデレード商会がちゃんと仕事してるってところをわかってもらわないといけないもんね。じゃないとレオゴメスにアデレちゃんの結婚をヘンリー商会の商売の道具にされちゃうからねっ!」


「あっ・・・あたくしはナナセお姉さまとずっと一緒にいま・・・商売いたしますわっ!結婚なんてしませんの!」


「と思うでしょ?私なんて知らないうちに老人と結婚してたからねっ!」


「おいおい、ナナセは特殊すぎるから比べるのはおかしいだろ・・・」


 お菓子の宝石箱の中に入れる薄い木の板に、『新生・ナゼルの町の特産キャラメルは今後もアデレード商会へお買い求め下さい』という宣伝文句を書き込んでおいた。

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