4の2 工業地区と商業地区(前編)
「ごきげんよう、みなさま。ごきげんよう、アデレード」
「ちょっ・・・ナナセお姉さまっ!その恰好はどうなさったんですの?」
「この学園に通う淑女として当然のことですわ。あらアデレード、縦ロール髪が曲がっていてよ?」
女性騎士風お洋服ができるまで、私はティナちゃんのお姫様チックドレスで通わなければならない。学園の背の高い門をくぐり、スカートのプリーツをひるがえさないように、いつもとは違い、しずしずと歩く。アンドレおじさんが少し後ろを護衛して歩くが、今にも吹き出しそうになっている気配を感じる。なんかむかつく。
私は別に曲がっているわけではないアデレちゃんの完璧に決まった金髪縦ロール髪を優しくなでながら天使のような無垢な笑顔を向ける。私たちの背景にはお花がたくさん咲いてるに違いない。アデレちゃんは赤面して固まってしまった。
「ぶはああーっはっはっは!やめろよナナセ!似合わねえ!」
「ぶはああーー!私もむりー!アデレちゃんごめんね!」
「いったいなんなんですのーっ!!」
外見をどんなに着飾っても、中身はそう簡単に変えられないのだ。
・
「よし、今日の実習は終わり。気をつけて帰るようにー」
「整列っ!礼っ!」「「「ありがとうございましたーっ!」」」
午後の実習が終わると私は食堂へ向かった。写本はほとんど終わっているので、放課後の時間は少し余裕を持てている。どこからともなくアンドレおじさんが現れ私の少し後ろに付く。私はいつもの小走りではなく、ゆっくりと歩くのがここでの嗜み・・・と言うより、ヒールのある靴など前世でも履いたことがないので、急ごうとするとアヒルのように不格好なぴょこぴょこ歩きになる上、おそらく派手に転ぶ。
「こんな平和な学園で護衛なんて本当に必要なんですかねえ・・・」
「セバスに怒られちまってよぉ。ナナセを一人にすると何をしでかすかわかんねえから、きちっと見張っとけってよ。ナナセなら強ええから大丈夫だって言ったら余計に怒っちまってな、ナナセが危険な目に合うんじゃなくて、ナナセが誰かを危険な目に合わせちまうんだろ?」
アンドレおじさんもセバスさんにこっぴどく怒られたようだ。
「ごもっともです・・・ところでアンドレさんは私が授業を受けてる間は何やってるんですか?ロベルタさんも暇を持て余してるようなこと言ってましたよ」
「まあ俺も魔法の修行中だからな、魔法を使える手の空いた先生を捕まえてアドバイスを貰ってるんだ。剣を熱するくらいはできるようになったぜ。まあこんなんじゃ戦闘には使えねえけどな」
「すごいじゃないですか、私も火魔法はソラ君に何度も見せてもらってるんですけど、私はほら、詠唱して魔法を使おうとしても何も起こらないから、もしかしたらアンドレさんのやり方を見た方が参考になるかもしれないですね」
「なんかあっという間に抜かされちまいそうだな」
食堂につくと、アデレード商会がすでに集合していた。私は持参した食材を出すと、アデレちゃんだけ連れて厨房の中に入る。
「あのね、キャラメルっていうお菓子の作り方を教えるからさ、頑張って商品にしてみようよ。作り方はちょっと火加減が難しいから、料理の経験ある子がいると助かるなあ」
「新しい商品ですの!?ありがとうございますナナセお姉さまっ!」
学園に通っている子の中に料理人はいない。そういう子たちは若いうちから見習いとして現場で働くことで仕事を覚えるからだ。
「でも、料理の経験がある子なんておりませんわ、あたくしもマヨネーズで初めて卵を割ったくらいですもの・・・」
「やっぱそうだよねー」
キャラメル作りは難しい。私もエマちゃんもさんざん失敗して、パンに塗る用のキャラメル風味バターを大量に作ってしまったのだ。
「それならあたしらに手伝わせておくれよ。ナナセ様の料理はとっても勉強になるんだ」
「おおっ!助かります!もちろん報酬はお支払いします!」
食堂のおばちゃんが手伝ってくれることになったので、学生のお小遣い稼ぎではなく、ちゃんとした商品として売らなきゃね。
「じゃあ、アデレちゃんは私と一緒に専用の木箱を用意しよう。大きさが特殊だから、あつらえないと駄目だね。あとね、このお菓子は苦い薬を飲むときに使う透明な紙で包むの、薬草屋さんで大量に買ってきてくれる?純金貨何枚か貸しておくから、食堂のおばちゃんの報酬も含めて、上手く計算して使ってね。思っているより高く売れると思うからさ、かかった材料費と人件費の倍くらいの値付けでいいと思う」
「あたくし、とてもやる気が出てきましたの!」
ひとまずアデレちゃんも含めてキャラメルの作り方を実演する。砂糖の焼けた甘い匂いが食堂にただよい、マヨネーズ班がちらちらこちらを見ているが、すぐに固まらないから味見はまだできないよ。
「じゃあアデレちゃんとアンドレさんと私で買い物に行きましょうか」
「わかりましたわ!」「おう!」
まずは工業地区へ向かい、木の箱をあつらえてもらえそうな木材屋さんに来た。アデレちゃんは王都のあらゆる店に精通しているので探す手間が省けて非常に助かる。
「ごきげんよう、親方さんはいらっしゃるかしら?」
「アデレード様!このような汚いところへどうされやしたか?」
「ナナセお姉さま、こちらが親方さんですわ。小さな木の器などの加工に長けておりますの」
「ナナセです、よろしくお願いします。今日は木の箱を作ってもらおうと思って・・・」
アンドレおじさんが割って入ってくる。
「失礼いたします、こちらはナゼルの町に新たに就任されました、王族のナナセ町長でございます。注文する商品の製作にあたり、くれぐれも粗相のないよう、あらかじめ申し上げておきます。」
「ひええ、まだお若いのに町長閣下でいらっしゃいましたか!こりゃ気合入れて作らねえと!ささ、ナナセ様もアデレード様もこちらへお入り下さいませ!汚いテーブルで申し訳ありませんっ!おーい!お茶を入れてくれぇ!最高級のやつだっ!護衛の方を入れて三人分だ!」
あちゃあー、なんかやりにくいね。こういった職人さんとは同じ目線で話した方が絶対に良い物が出来上がるのに。これじゃ命令に従う感じになってしまって本当の意味の信用を勝ち取ることができない。
「アンドレッティ、貴方は店の入り口の護衛をしていなさい」
威圧していたアンドレおじさんが“はぁ?”って顔をする。私は“空気読め!”オーラを全開にしながら笑顔でアンドレおじさんの目を見る。
「・・・かしこまりました。何かございましたらお呼びください。」
あとで文句言われそう・・・
「親方さん、肩の力を抜いて下さい。私は今日はアデレード商会の一員として来たので、王族だからちゃんとやるとか考えないで下さいね」
「わ、わかりやした・・・それでどういった箱を?」
私は木の板にキャラメルが十二個入るくらいの大きさの箱の絵を描く。立体的なものと、上からと横からも描いて見せると、先ほどまで警戒していた親方さんが職人の顔に変わる。
「これはくり抜きですか?それだと一日でせいぜい五個くらいしか作れねえですけど。当然料金も上がっちまいます」
そうか、用途をきちっと説明しないと駄目なんだね。
「これはお菓子を入れる箱なんです。だからあまりきちっとしていなくてもいいのですが、それなりに高級な売り出し方をしたいとは思っています。なんか安っぽくならない方法ないですかね・・・」
「薄い板を貼り合わせるだけならすぐできますよ。菓子を入れてそれなりの値段で売るなら、蓋も必要じゃないっすか?」
「そうですね、蓋も必要になっちゃいますね・・・」
使い捨てなのに木の蓋までついてる箱をあつらえるのはちょっと贅沢すぎるな。お菓子より箱の方が高くなっちゃう。どうしよっかな・・・どうせ高くなっちゃうなら・・・そうだ!
「思いつきました!板を貼り合わせて蓋のない簡単なものと、きっちり箱として作り込んだものと二種類お願いしましょう。簡単なものはできる限り安く仕上げて下さい。すぐ壊れちゃってもいいです」
「わかりやした。それできっちりと作る箱の方は・・・」
私は再び木の板に絵を描く。蓋が金具で止めてあり、開閉ができるような感じで、丸みを帯びた可愛いデザインだ。
「ナナセお姉さま、こういった絵がお上手ですわ・・・」
「そっかな。展開図とか書くのは確かに好きかなぁ?」
「ナナセ様、非常に見やすくてわかりやすいっすよ!しかしこれでは菓子を売るのにはかなり高価になっちまうんでは?」
「いいえ、これは宝石箱として売ります。宝石箱のおまけでキャラメル・・・えっと、お菓子が入ってるのです。お菓子を食べ終わったら、そのままインテリアとして使ってもらうようにします。そしてその箱にはナゼルの町とアデレード商会の宣伝を入れておきます!」
「なるほど宝石箱っすか、箱自体は俺んとこで作りますが、細工職人に仕上げさせなきゃならねえすね」
「では着色と留め具と、あと綺麗な貝殻でも集めておきますから、それで細工屋さんに仕上げてもらいましょうか。ひとまず板貼りのやつは目標五十個、宝石箱は最低三個を来週末までに作って下さい」
「それくらいの数ならちょうどよくできやす!」
「アデレちゃんは腕のいい細工屋さん知ってる?来週からすぐに作業に移ってもらえるように交渉しておいてくれる?貝殻は私が海まで行って拾ってくるから大丈夫。留め具は今日からでも作れると思うから、あとでアデレちゃんが設計図を書く練習も兼ねて一緒に書こうか」
「わかりましたわ!細工屋なら任せて下さいますの!」
「ナナセ様は大商人のような取り仕切りをしますな、まだ作ってもいない商品の全体の作業工程が見えてるようで、こっちもやりやすいっす。板貼りの方は明日までに五個は用意しておきます。なあに、こんだけわかりやすい設計図がありゃすぐですよ!」
「安い方がたくさん売れたら、途中から高い方の宝石箱しか売らないことにします。ちょっとずるいですけど、これが私の商売ですっ!」
「さすがですわ!ナナセお姉さまっ!」
高い方がどんどん売れるといいね。
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