3の9 手慣れた強盗退治




「なっ、なんだおい!やんのかこらーっ!」


 私は相手が動くよりも先に背中の剣を抜き、視界の先にいる弓矢の弦を切断するべく走り込む。これもまたいつものパターンだが、連れが王子様と王女様だ。確実に安全を確保するためには基本に忠実に行かなければならない。


「うわっ!なんだこの子供っ、速いっ」


 あっという間に距離を詰めた私は弓の弦を剣ひと振りで切断すると、そのまま引き返して槍の男と対峙する。シンくんはサバイバルナイフの男の手首に噛みつき、その武器をあっさりと手放させているのであっちは大丈夫だろう。


「てめえ!なにしやがるっ!」


「なにしやがるは私のセリフですっ!子供だと思って甘く見ないでよっ!」


 いつもとは違い剣に闇をまとわせると、通路にあった一メートル立方くらいの木製コンテナを重力魔法で持ち上げ、そのまま槍の男に駆け寄る。槍はけっこう長く剣で斬りに行くのはちょっと難しそうだったので、そのままコンテナを「えいっ!」と放り投げる。それと同時に弓矢の男のところに戻り、さっき食材屋さんで買ったラー油っぽい辛いオリーブオイルを顔に向かってひっかける。


「ぐああああ!目が!目がああああ!」


 やば、効果絶大すぎた。これ失明しちゃうかな?


「ティナちゃん!ソラ君!弓矢の男をひたすら蹴っ飛ばして!遠慮なんていらないからね!」


「ええええっ?わっ、わかったよっ!」


 子供とはいえ目に辛いものが入ってのたうち回っている大人を蹴飛ばすくらいはできるし、槍の男から遠ざからせるためにもちょうどいいだろう。私はシンくんの様子が気になったので見てみると、手首どころか体中のあらゆるところに噛みついて攻撃しており、すでに男は血だらけになって振り回されていた。あっちの人もヤバいかな?


 私は剣を両手でしっかりと構え、壊れた木のコンテナの下敷きになっていると思われる槍の男にゆっくりと近づくと、えいっ!と気合を入れて剣から重力魔法をはなつ。


「てっめええ!よくもやってくれた・・・ぐあっ!ぐぬぬぬぬ」


 よっし成功した!


 私はコツコツと練習していた地面に抑えつける魔法を放ってみた。遠心力を逆さにするようなイメージだ。破壊された木のコンテナも一緒に覆いかぶさり、ふたをするかのように男を抑えつける。私は剣に力を入れたまま男が槍を握っている手を容赦なく踏みつけ、手放した槍を道端に蹴飛ばす。


「ソラ君!シンくんに乗って西の門に行って護衛の人を呼んできて!シンくん速いから完全に抱き着いて乗るといいよ!それとイオタさんっていう護衛の人ならシンくん知ってるから、すぐ来てくれると思うからっ!」


「うんわかった!」「がうがうっ!」


 シンくんがソラ君を背中に乗せて走り去る。


「ティナちゃんそっちは大丈夫?今こいつを気絶させるから、もうちょっと頑張ってて!えいっ!」


「ぐがああ!びりびり、びくびく・・・」


「う、うん!こっちは大丈夫そうだよ!」


 私は重力魔法を解除し、すぐにに槍の男に電撃を放つ。こちらも成功しすぎたくらいの威力で痙攣しながら気絶した。ロープがないので気絶させるしか方法がないからしょうがない。次はシンくんが瀕死の重傷を負わせた男にも電撃を放ちに向かう。


「なんか傷がヤバいね、先に治癒魔法をかけておこうか」


 私はまだまだ稚拙な治癒魔法をかけて、全身の出血だけでも止めてあげる。


「うわあ、なんて暖かい光だ・・・俺は助かったのか・・・?」


「えいっ!びりびりびり」


「ぐげええ!あぶぶぶ・・・」


 意識を取り戻して傷が塞がったところに間髪入れずに電撃を喰らわせ、泡を吹いて失禁しながら気絶させる。悪党とはいえ顔も服も血だらけで、ちょっと可哀想な感じだ。なんかごめん。


「すごい・・・まさに英雄ナナセだわ・・・素敵・・・」


「ちょっとティナちゃん、やめてよー」


 褒められて悪い気はしない。私はニヤける顔をなんとか制御して、三人の罪人を並べて寝かせる。人くらいの大きさと重さなら重力魔法で軽くすることができるようになったので、わりと楽に作業は完了した。ティナちゃんは私のことをキラキラと輝いた目で見ている。その目はさっきアクセサリ屋さんでしていた目と同じで、いつもの冷静な雰囲気は完全に消え、手を前で組んで目からハートが飛び出してきそうな勢いだ。


「ナナセかっこよかったわ!いいえ、ナナセお姉さまと呼ばせて下さいっ!」


「王女様にぃ、お姉さまなんてぇ、呼ばせるわけに行かないよぉ、そんなことしたらぁ、学園で過ごしにくくなるしぃ、今までどおりナナセって呼んでよぉ」


 ナナセお姉さまと呼ばれたのが嬉しくてクネクネしてしまったが、あまり目立つ行動は避けたいので、ここはお姉ちゃん願望は泣く泣く捨てなければならない。


「そうですね、わかりました。でも、ナナセがあんなに素早く動いてあんなに多彩な魔法を使って戦うなんてびっくりしちゃいました、もしかしてベールチア様より強いのではないですか?」


「いやいや、私も仲間も死にかけたんだよ、あの人本当に強かったんだから」


 ほどなくすると馬に乗った護衛数名と一緒にソラ君とシンくんが戻ってきた。イオタさんも駆けつけてくれたようだ。


「なっ、なんすかこれ・・・こんな酷い捕まえ方をする人は、いったい誰でしょう・・・」


「そう、私ですっ・・・って、ちょっとやりすぎちゃいました。あっそうだ、弓の人の目にも治癒魔法かけてあげるの忘れてた。今から起こしますから、すぐに捕縛して下さいね、えいっ!」


 私は三人に向けて暖かい光広範囲タイプの治癒魔法をかける。これは菜園の土を元気にするために開発したもので、一ヶ所の傷をふさぐような治癒魔法とはちょっとイメージが違う。


 罪人は農作物のように治癒魔法を受けて目を覚ますと、護衛の人に縄をかけられ城の方へ連れて行かれてしまった。その場に残ったイオタさんが私とティナちゃんに駆け寄り、跪く。


「ティナネーラ王女様、ナナセの姐さんっ、いえ、英雄ナナセ様っ、ご無事でっ!」


 うわー。また姐さん衆が一人増えちゃったよ。


「イオタさん、姐さんとか英雄とか呼ぶのやめてくださいっ!私はただの村娘ですっ!」


「衛兵、おもてをあげなさい」


 うおっ、なんかティナちゃんが王族然とした感じだ。ソラ君は私にてけてけと駆け寄り私の服を掴んだ。なんか可愛いな。


「衛兵、ナナセは英雄と呼ばれることを望んでおりません。ゼル村からやってきた普通の学園の生徒です。くれぐれも目立ってしまうような言動は控えて下さい。おわかりですね?」


「ははーっ」


 おもてをあげることができないイオタさんだが、この人はルナ君や私の優しい脅しにも屈することなく、再び私を英雄と呼んできたのだ。逆に、いい根性をしているのではなかろうか?


「イオタさん、今のメンバーの前でならいいですけど、私との契約、くれぐれも忘れないで下さいねっ!」


「わかりました!ナナセの姐さんっ!」


 まあ姐さんって呼ばれるくらいはしょうがないか・・・


「僕もナナセのこと姐さんって呼ぶっ!」


「ええー?ソラ君は王子様だから駄目だよぉ」


「ひとまず西の門までお送りします!そちらに住居までお送りする馬車を用意してあります!」


「そうだったね、ルナ君も待ってるかもしれないし、早く戻ろう」


 西の門に戻ると、ちょうどルナ君がペリコと一緒にやってきた。準備してくれている馬車にティナちゃんとソラ君も便乗することになり、私はみんなと一緒に新しい住居へ送ってもらった。


「お待ち申し上げておりました。私はナナセ様とルナロッサ様のお世話をさせていただくこととなりましたセバスチャンと申します、こちらは侍女のロベルタでございます。」


 ティナちゃんとソラ君が顔を真っ青にしてガクブルしている。私も怖い先生と聞いていたので激しく動揺してしまう。


「なっナナセと申しますっ!急なお話にもかかわらずありがとうございますっ!今後ともよろしくお願いしますっ!」


「国王陛下がナナセ様には大変ご期待なさされておりました。私は微力ながらお手伝いさせて頂きます。ところでティナネーラとソライオはなぜナナセ様とご一緒されているのですか?ちょっとこちらへ来なさい。」


 私はなるべくハキハキとした感じで返事をする。そしてティナちゃんとソラ君はセバスさんに連行されてしまった・・・


「ナナセ様、ルナロッサ様、本日は大変にお疲れの事でしょう。お風呂の準備ができてございますので、どうぞお入りになって下さいまし、わたくしもセバス様と共に少々席を外させて頂きます」


 ロベルタさんはとても真面目そうな眼鏡の女性で、まさしく怖い先生といった雰囲気だった。姿勢もよく言葉遣いがとても丁寧だが、逆らってはいけないオーラがあふれ出している。


「あのあのっ!ティナネーラ様とソライオ様は私が連れまわしてしまったんですっ、王宮を抜け出したのを聞いていたのに、私が引き止めて一緒に遊ぼうって言ったからこんなに遅くなっちゃったんですっ、お説教なら私も一緒に行きますっ!」


 私は覚悟を決めてロベルタさんの後をついて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る