2の35 菜の花の季節




 王都の学園に通うことになった私は、急な引越しになってしまったので慌てて食堂に大切なお願い事をしにきた。


「おかみさん、私がいない間にトマトがたくさん採れると思うんですけど、ケチャップとトマトジュースを大量生産してナプレの港町の町長さんに送ってほしいんです。びっくりするくらい高値で売れると思うので、売上の半分は食堂で取っちゃっていいですよ」


「ケチャップだけじゃなくてトマトジュースもなのかい?ナナセちゃんのお願いなら断れないよ」


「実は町長さんは吸血鬼なんですよ、それで血に似た飲み物が大好物でして・・・作り方はおやっさんが知ってるので大丈夫だと思います」


「なんか物騒な話だねえ。わかったよ、あたしたちに任せておきな!世界で一番美味いトマトジュースを送ってやるんだからね」


「心強いです!お願いしますっ!」


 次は工場のヴァイオ君にお願い事をしに行く。


「ヴァイオ新工場長様っ!」


「やっ、やめて下さいナナセさんっ!」


 相変わらず照れながら誇らしそうにするヴァイオ君は、最近は農具や武器なんかを作る勉強をしているらしい。


「そっかー、畑も増えちゃったし、うちの七人衆も村の護衛に回ったりしてるもんね」


「はい、それと今までの木製の弓よりも竹を使った弓の方が高性能なので、もっと強く作れるように頑張っているんです。これは馬車のスプリングを作る練習にもなるので、いい勉強になるんですよ」


 なるほど。この村の男性陣は狩りが大好きだから竹の弓がよく売れるんだ。強い弓かぁ・・・そうだ!いいこと思いついた。


「ねえヴァイオ君、クロスボウ作ってみたら?」


「くろすぼう・・・とはどのようなものでしょうか?」


 私は稚拙な絵を木の板に書き込む。いつものようにヴァイオ君の目が職人さんのものに変わり、細かい部分の説明を求めてくる。が、うまく説明ができない。


「とにかく、これならエマちゃんやアンジェちゃんでも強い矢を打てるでしょ?急がないからさ、ちょっと試しに作ってみてよ。もし上手く作れたら私が王都でぼったくり価格で売りさばいてきてあげるから!」


「わかりました!やってみましょう!」


「それとねヴァイオ君・・・」


 話がそれてしまった。本来のお願いをしなきゃ。


「鶏の卵をさ、大量にナプレの港町へ馬車で運ぶための専用の箱を考えてほしいんだよね。最初はわらで守って運べばいいと思ってたんだけど、鶏ケージが完成したらそんなんじゃ無理なほど膨大な量の卵を運ぶことになっちゃいそうなんだよね。できれば数が数えやすいように縦横綺麗に卵が並ぶようなコンパクトな箱で、なおかつそれを何段も積み上げられるような感じで」


「卵ですか・・・割れちゃいますよね・・・」


「やっぱ難しいよねぇ・・・」


 当然この世界には前世のような卵パックは無いし、そもそも紙製品やプラスチック製品もない。弾力性のある素材は羊毛と植物性のゴムがあるらしいけど、卵を大量に運ぶためだけに使うには高価すぎる。ちょっと難問すぎるかな?でも急いでないから宿題ね、と言って私は工場を後にして帰宅した。


「ただいまー!」


「おかえりなさいナナセ、あまり荷物が多くないようですけど大丈夫なの?王都での生活に困らない?」


 ルナ君はアンドレおじさんの大きなリュックに洋服などを詰め込む荷造りをしていた。ほとんどの物は王都で買い揃えるつもりなので、鍋や食材などは少しづつしか持っていかない。


「何が必要になるかわからないから、王都で買い揃えますよ。ルナ君も洋服だけでいいの?」


「はい、ぼくも何が必要になるかわからないので、王都に着いてからお姉さまに相談します」


「そうよね、わたくし心配で心配で・・・」


「大丈夫ですよアルテ様っ!困ったら王子様に遠慮なく助けてもらいますからっ!金銭的に困ったら何か売りつけますしっ!」


 次はどんなぼったくり商品を売りつけようと考えながら、アルテ様と一緒にお湯ざぱーしに向かう。この屋敷にお風呂は無ので、新しくかまどを設置し、床を改築して水はけを良くし、お湯ざぱー専用部屋を新設した。お湯が沸けたのでアルテ様と一緒に頭からお湯ざぱーをして、お互いの髪の毛をふきふきし合いながらお話を続ける。


「あのねアルテ様、学園の最初の半年間は全員揃って授業を受けるんですって。だから半年間はゼル村に帰ってこれないの。さすがにサッシカイオが王都に襲撃してくるなんてことはないと思うから危険はないけど、でもやっぱり寂しいよね・・・アルテ様は私と半年も離れてたら、前みたいに泣いちゃったりする?」


「そうよね、ナナセと半年も離れるなんて考えられないわ、わたくしどうなってしまうのかしら?」


「質問に質問で答えないで下さいよ・・・私もアルテ様も寂しくならないように、ペリコに週に一度はお手紙を届けてもらうからね、アルテ様からの返事も楽しみにしてるんだからね」


「ええ、もちろん書くわ。たくさん書きすぎてペリコには重くて運べなくなっちゃうかもしれないわ」


 こりゃペリコが運びやすい何かを考えなきゃね。


「そうだアルテ様、今からお出かけしませんか?」


「今からですか?暗くて危ないわ」


「大丈夫ですよぉ。ルナ君はお留守番しててね、アルテ様とデートだから邪魔しちゃだめなんだからね!」


「はいお姉さま、気をつけて行ってきて下さい」


 私は行きたいところがあったのでアルテ様をお散歩に誘った。それはこの世界に初めて落下してきた場所だ。あの時は西も東もわからず迷いながら歩いて、村まで二日くらいかかった距離だけど、シンくんとチヨコに乗れば一時間もあれば行けるだろう。


 私がシンくんにしがみつき、アルテ様はチヨコに颯爽と飛び乗る。アルテ様がずいぶんと機敏な動きになっていたので驚いた。


 そのまますごい速度で北の森を駆け抜けると、見覚えのある景色が目の前に広がってきた。あれから怒涛のように色々なことがあったから、すでに懐かしく感じる。


「ねえねえナナセ!ナナセっ!ナナセが草を刈って作ったベッドはあのあたりじゃない?わたくしあの時は本当に何もできなくて、ナナセがとても頼りになる子だって痛感したのよ。今でもわたくし一人では何もできませんけれど・・・」


「私だってアルテ様がいないと一人じゃこの世界で頑張れませんよ。そうだ、あの時みたいに木の実や果実を拾って食べましょうか。シンくんとチヨコも手伝ってね!」


 シンくんが木の実を拾い集めて、チヨコは背が高いので木になっている果実を集めてくれた。私はほいほいと受け取ると、サバイバルナイフで食べやすいように皮をむいてカットして、アルテ様と分け合って食べた。シンくんとチヨコは皮ごとむしゃむしゃ食べている。たまにはいいね、こういう食事も。


 食事を終えた私は剣を使って草をザックザクと刈り集め、あっという間にベッドを作る。次に枯れ枝を大量に集めてたき火も作り、完璧な野営が出来上がった。あれから私もずいぶん成長したものだ。


「ナナセは本当にたくましくなったわね」


「あはは、せっかくアルテ様が作ってくれた剣を草刈りばかりに使っちゃってごめんなさい」


 草ベッドに横になり、アルテ様が私を膝枕していつもの暖かい光で包んでくれると、その心地よさですぐに眠くなってきた。私は明日から半年間も、アルテ様の暖かい光がない生活に耐えられるのだろうか?王都での学園生活を頑張ることができるのだろうか?


「おやすみなさいアルテ様、いつも優しくしてくれてありがとう。王都でも頑張るから、アルテ様は心配しないで私のこと待っててね・・・zzz」



 翌朝、村に戻る道をのんびり進んでいると、全く手入れされていない畑があったことを思い出す。去年も見かけたこの畑には、今年も菜の花が綺麗に咲いていた。


「わあ、今年も同じ花が咲いてますよ、アルテ様」


「わたくしあの時は村を探すのに必死で、お花のことまで覚えていないわ」


「あはは、これは菜の花って言って、地球では春頃に咲く花なんですよ。私たち、この世界に来てから一年も経ったんですねぇ・・・」


「そうよね、あっという間だったわね」


 この惑星テリアにアルテ様と二人でやって来てから一年間、色々なことが起きた記憶が頭をかけめぐり、心にじわりと浸み込んでくる。


 私の異世界二年目も頑張らなくっちゃね!



── 第二章 村娘ナナセの街づくり 完 ──





あとがき

二章までしっかりと読んで頂きありがとうございます、とても感謝しています。

ここまでがやたらと長いプロローグ的なお話のつもりで書きました。

次の章ではナナセさんの世界がグッと広がり、異世界ヒロインらしく地位が向上し、王国にとって重要な人物たちとの人間関係が生まれます。筆者がようやく小説を書くということに慣れてきたので、次の三章からは面白い展開にできているのではないかと少しは自信を持ってお送りします。



ということで三章のナナセさんは王都へ移住、みんな大好き学園編です。

とは言っても、授業を受けている描写はほとんどありません。

放課後の課外活動に精を出してしまうナナセさんの応援を、今後ともよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る