2の33 ナナセカンパニー




 親方が神妙な面持ちで私の前に姿勢を正して座った。


「俺ぁこの村で細々と職人をやってきてな、家族と弟子を食わせる程度の仕事はきっちりしてきたつもりなんだ」


「はい、親方の腕は私も信用していますし、ヴァイオ君も色々できる素晴らしい職人だと思います」


「でもよぉ、それはこの平和な小さい村の範囲なんだよ。前回ナナセが俺に支払った料金も、今回のこの大量の純金貨もよ、ナナセがいてくれたから生まれた金なんだ」


「そんなことないです、親方やヴァイオ君が何でも作ってくれるから、私は新しいものを考えてお願いすることができるんです」


「こんな大金、田舎の村で普通に職人をやってたら何年かかっても貯められる金じゃねえんだよ。それにな、俺はただの職人なんだ、言われたものを作るしかできねえ。だからよ、ナナセ」


「はいっ」


「この工場を買ってくれ」


「へっ?」


 私は想定外の親方の言葉に固まってしまった。忙しいんだからあんまり無理言うんじゃねえ!とか怒られるのかと思っていたので、この展開はどうしたらいいのかわからない。


「村もずいぶん開発されてきたしよ、王都から来た応援の職人たちの仕事を見ていてもよ、もう次の世代に引き渡していいんじゃねえかって思うんだよ。俺はただの職人として完成度の高いものつくりに専念するからよ、商売としての工場経営はナナセにお願いしてえんだ」


「・・・それでおいくらお支払いすれば・・・」


 工場買えと言われても相場はわからない。それに私は何か作れるわけでもないし、港町で鉄などの材料を安く仕入れても、運んでくれてるのはカルスとルナ君で私じゃない。


「いや、料金はこの純金貨五十枚で十分だ。これはナナセが考えた品をナナセが良いお客を見つけて売ってきたもんだ、本来は俺がこんなに貰うわけにはいかねえ。でも工場と引き換えなら俺も納得ができるんだ」


「親方、少し考えさせて下さい、そんな大切なこと即答できませんよ。ベアリング付き馬車二台が完成して引き取りにくるときまでにはお返事しますから・・・」


 私は即答を避け、工場の経営をするには何か基幹になる商品を思いつかなければならないと考えながら、こういったことにも精通していそうな建築隊のミケロさんに相談に来た。


「絶対にナナセさんがやるべきです」


「ミケロさんまで・・・そうは言っても工場でどんなものを作ると売れるのか私にはわかりませんよ、それにベアリングだって売れる数には限りがあると思うんです」


「王都で足りていないのは鉄などの加工ができる大きな工場です。そういった加工に関してはナプレの港町とアブル村に完全に頼りきりなんですよ。ナナセさんの鶏小屋の設計図を拝見しましたが、あのような創造力があれば売れるものなどいくらでも生み出せると思います。ベアリングもそうですし、ナナセさんなら次々と新しいものを創造してくれるのではないでしょうか。その際にいちいち工場に発注し、ナプレの港町へ出向いて材料を集め、試行錯誤を繰り返して完成させるよりも、ゼル村の工場を拡大して、直接ナナセさんが指揮をとった方が時間も短縮できますし、何より製品の完成度も上がると思います」


「私そんな立派な指揮なんてとれないですよ・・・」


「でしたら王都の学園で経営や製造を学ばれてみては?ナナセさんなら基礎を少し知っているだけで十分だと思いますよ」


 また学園かあ。牧場も菜園もなんとなく軌道に乗ったとはいえ、確かに基礎ができていないから思いつきと手探りの連続なんだよね。


「ミケロさん、助言ありがとうございます。前向きに考えます」


 今日は色々と回ったのですでに時間が遅くなってしまった。アルテ先生の授業を受けなけばならないので足早に帰宅し、地獄の反復単語書き取りを終えた。


「ルナ君ずいぶん元気になったね、良かったあ」


「お姉さまの血を飲んで寝ていたら、なんか屋敷の寝室で寝ているのと同じような影響があったみたいです。腕や足の筋肉がずいぶんと成長したんですよっ」


 ルナ君が嬉しそうにムキムキマンポーズを決めているけど、私にはあまり違いが感じられない。


「私の血と獣の血で何の違いがあったんだろ?」


「魔子の質と量ですね。お姉さまの血はとても濃厚で多幸感を覚えました、あの味はもう忘れられません・・・」


 なんか私の血がヤバいおクスリみたいな言われ方をしている。吸血鬼の本能を目覚めさせてしまったのだろうか。ルナ君が私の血中毒になっちゃうと困るので、今後は血を流すような怪我しないでねと言って話を変える。


「ねえアルテ様、それとルナ君も。私さ、王都の学園ってとこに通っても大丈夫だと思う?菜園や牧場の経営もさ、今後のことを考えるともっと基礎を理解していないといけないと思うんだよね。私だけでやってるなら失敗してもいいんだけど、ずいぶんと規模が大きくなってきちゃったからさ、移住民や七人衆やエマちゃんやアンジェちゃんの生活を守ってあげなきゃならなくなってきたの。それにね、工場の経営も任せたいって親方にお願いされちゃってね、私どうしたらいいか判断できなくて・・・」


「お姉さまなら今のままでも上手くやって行けるんじゃないですか?心配しすぎだと思います」


「そうかなあ?サッシカイオの襲撃とかもあったし、今までの平和な田舎の村とは違って、戦力的にも守らなきゃならないものがすごく増えてきたと思うんだよね。どうしよう」


「うふふ、ナナセはもうお勉強はしたくないって言ってたではありませんか」


「もうっ!アルテ様のいじわるっ!」


 アルテ様がいたずらっぽく笑いながら頬をうりうりしてきた。私は照れ隠しも含めてアルテ様に抱きついて顔をむにゅりと埋める。


「そうですね・・・わたくしはナナセのやりたいことを、ナナセのやりたいときに、ナナセのやりたいペースで、楽しんでやってくれればいいなって、そう思っています。この考えはこの先もずっと変わりません。今のナナセにとって王都でお勉強をするのが一番大切なら、それを優先するべきだと思うわ」


「・・・ありがとう、アルテ様ぁ」


「ぼっぼくはお姉さまが王都に行くなら絶対に着いて行きますからっ!置いて行かないで下さいねっ!」


「そうだよねー、ルナ君はいつもお姉ちゃんが一緒じゃないと寂しいんだよねーっ。今日は一緒に寝る?お姉ちゃんの血飲む?」


「そそ、そういう意味じゃありませんっ!」



 数日後、覚悟を決めた私は親方からオルネライオ様に引き渡す新しい馬車を受け取るついでに工場を買い取り、今後の方針について話し合った。


「もう成人したことだし、工場長はヴァイオにする。俺はしばらくベアリングを黙々と作ることにする。俺は本来、こういった細工職人に近い仕事が得意なんだ」


「それでいいと思います。向こう数年は必ずベアリングが売れ続けますから、今のうちから竹のスプリングも搭載した乗り心地の良い馬車をひたすら生産して下さい。竹は私の農場で生産を開始していますけど、すぐに使えるようになるかはわからないので品質を見てから判断してもらって駄目そうなら港町から仕入れましょう。鉄はルナ君がいれば大量仕入れで値段を抑えられると思うので任せて下さい。それと、ミケロさんから助言をもらったんですけど、将来的には港町の工場と同じかそれ以上の立派な鉄工所を作ろうと思ってます。親方は、若い職人さんの教育をお願いしますね」


「おう、任せておけ!」


 ここにナナセファクトリーの設立を宣言するである。ナナセカンパニーは三部署に拡大したのである。



「カルスおはよー、今日も朝早くから頑張ってるねぇ」


「姐さん探しました、村長さんが呼んでましたよ」


 村長さんの家に急いで行くと、そこには昨晩到着したらしいオルネライオ様と、コアン、グラン、ベルモの罪人三人が座っていてた。雰囲気は和やかで、とても裁判官と脱獄犯には見えない。


「オルネライオ様、ご報告が山ほどあります」


「ええナナセさん、だいたいのことはチェルバリオ様とこの三人から伺っていますよ、どうそおかけ下さい」


「失礼します。それでオルネライオ様はやはりこの三人を王都に連れ戻されてしまうのですか?本人たちはずいぶん反省していますし、毎日真面目に罪を償っています。それにサッシカイオが無理やり・・・」


「ええ、わかっております。この者たちの刑期はあと半年ほどで終了する予定でしたし、このままゼル村で無償奉仕を続けさせようと思います。理由はどうあれ王都からの脱獄に関する罪は与えなければなりませんので、刑期を一年間に延長し、無償奉仕の内容はゼル村の発展に寄与すること全般に変更します。住居と食事はチェルバリオ様が村の予算で手配して下さるとの事なので、ナナセさんはこれまで通りこの三人と接して頂いて結構ですよ」


「ほんとですかっ!ありがとうございます!嬉しいですっ!よかったな、あンたたちっ!」


「「「ありがとうございやす!オルネライオ様!姐さん!」」」

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