2の24 魔法の紡ぎ手




 アンドレおじさんと学園の話ばかりしていたら、ピステロ様がつまらなそうな顔をしていた。大変申し訳ございません。


「あの、ピステロ様にも聞きたいことがあったんです。重力魔法って人族では使えないって聞いたんですけど、私はなんとか小さな物なら操作できるようになりました。アンドレさんの修行はどうなんですか?」


 私の場合はピステロ様に回路とやらをこじ開けてもらったし、ルナ君が先生としてすぐ近くにいる。アンドレおじさんも同じようにそろそろ何かを使えるようになっているのか気になっていたのだ。


「ふむ、人族は力魔法を正しく使わねば闇に飲み込まれてしまうかもしれぬのだ。そうであるの、例えばナナセは仲間たちが大切であろう?」


「はい、みんな大切です」


「それがの、大切な仲間だったはずの者を疑いの目で見るようになり、自分の敵ではないかと疑心暗鬼になり、誰も信用できなくなるそうだな。最終的には悪魔族となり、ただひたすらに周囲の者を恨む存在となるそうだ。」


「そんなぁ、私悪魔になんてなりたくないです!」


「いや、ナナセは大丈夫であろう、常に光子がまとわりついておる。むしろ重力魔法を使う際に光が邪魔になるのではないか?」


「本当に大丈夫なんですか?・・・確かに光が邪魔になるので、重力魔法を使う場合は目をつむってから使うんです。だから光魔法と重力魔法を同時に扱うのは無理ですね。そういえばルナ君がこの剣には魔子がとてもたくさんまとわりついているって言ってました」


 私は剣を差し出すと、ピステロ様は面白がって空中で扇風機のようにぐるぐる回転させたり、テーブルに置いてあった果実に突き刺したりして遊び始めた。危ないからやめて下さい・・・


「これは宝石と同じかそれ以上の代物であるな。おそらく素材となった物質が特殊で我の知る金属とは違うものなのであろう、この剣であれば光子や重力子の他にもあらゆるものを操ることができそうであるの。少し見ておれ。」


 ピステロ様は剣に向かってなにかをつぶやき、ふんっと力を込めると、空の紅茶カップに水が少し入った。


「すごい!何もないところから水が出ました!」


「これは液体魔法である。人族は水魔法とも言っておるの。我は他の魔法は人族の魔導士以下しか使えぬので、これが精いっぱいだがな。大気中にある水の素をこの剣に集め結合させた。水魔法とは、あらゆる液体を操作する魔法である。」


「わっ、私でも使えますかっ?」


「今すぐは無理であろうの。」


 どうやらピステロ様は自力でこの魔法を使えるようになるまで数百年の月日を要したらしい。それも人族が使う魔法のように簡単な詠唱が必要な上に効果も低い。でも液体魔法の紡ぎ手とやらを探して回路を開いてもらえば使えるようになるかもしれないとのことだ。


 この世界の曜日は月、火、水、風、土、光となっている。月は夜に出るから闇なのだろうし、月の重力は潮の満ち引きや人の生活にも大きく影響している。きっとこの曜日が魔法の属性だろうな?とは薄々思っていたけど、本来の呼び名は少々違うようだ。


「ということは火魔法や風魔法や土魔法もあるんですか?それぞれの紡ぎ手はどこにいるんですか?」


「わからぬ。どのような存在かもわからぬし、人族の言葉が通じるかもわからぬの。我が見知っておるのは光の紡ぎ手だけである。何百年も前に創造神が連れておるのを見かけただけだ。」


「王都の学園で魔法なんて教わっても、私にはあまり意味ないかもしれませんね・・・」


「ナナセには必要ないかもしれぬな。なに、我も重力魔法しか使えぬ、一つの属性を極める事の方がよほど大切である。そのまま重力魔法の鍛錬を続けよ。アンドレッティは重力魔法ではなく火を扱えるよう鍛錬しておるようであるぞ。」


「そうなの?アンドレさん」


「ああ、重力魔法の回路はうまく開かなかったらしいんだ。それにどうしても物が落下する理由ってのがよくわからねえしなぁ。でも火が燃えるのはイメージできるから火魔法を練習しているんだ。ほんの少しだけ剣の温度を上げることができているような気がするけど、まだまだだな。俺はもともと魔子の動きを少しだけ感じ取れていたから何もわからないやつよりは魔子を操るっていう感覚があるらしいぜ」


「すごいじゃないですか!私も剣の先から火の玉とか出せますかね?ダンジョンの魔獣に剣を突き刺してからこう叫ぶのです、『ファイアボール』とっ!」


「おいおい、可愛い顔してずいぶん残酷なこと考えてるんだな。でもナナセならできるんじゃねえか?」


 アンドレおじさんが闇に飲み込まれて悪魔になってしまうのは困るので火魔法の鍛錬を続けてほしい。万有引力の概念は確かにこの世界の人には難しいかもしれないね、もしかしたら地面が丸いってこともよくわかっていない人が大半かも。


「あとピステロ様、ルナ君も使ってる人を上から地面に抑えつけるような重力魔法ってどういう感覚なのですか?まだまだ私には使えないと思いますけど、もし戦闘になったらあれできるとできないでは大きな違いですよね」


「あれはな、重力とは少し違っての、例えばロープの先に箱を結びつけて振り回すと外に飛び出そうとするであろう?それを・・・」


「遠心力ですね!すべて理解しました!先に付けたその箱の中に相手を閉じ込めて振り回し続けるようなイメージですね!」


「遠心力という言葉はわからぬが、ナナセはすごいの、ルナロッサなど反重力をイメージするのに何十年もかかりおったぞ」


「ぬぬ、主さまっ!お姉さまの前でやめて下さいっ!」


 しかし、わかることと実際にできることは別問題だ。戦闘になったり逃げ出したりするのに非常に便利なので、これもしっかり練習していこう。この後もしばらくピステロ様のありがたい魔法講座を聞き、私は色々とわかった気になった。しかしそれを使えるかどうかは訓練次第なので頑張らないとね。


「そういえば行商隊のネプチュンから羊毛を大量に預かっておるぞ、我にベッドを作ってくれるのであろう?」


「そうでした!次回来るときにフカフカのマットを持ってまいります!」


 港の倉庫へ羊毛を受け取りに行くと、なかりの分量だった。これを馬車に乗せてしまうと人が乗れないし他の積荷も載せられない。帰りは馬車を一台買って、ナナセカンパニー号に連結してみよう。オルネライオ様に改造した馬車を一台送らなきゃならなかったし、ちょうどいい買い物だね。


 倉庫の羊毛の次は鉄工所に行き、約束していた金網用の太めの針金を受け取った。これも思っていたより量が多い。


「親方、ありがとうございます!」


「なるべく錆びにくいように加工したけどよ、完成してからペンキで金網を塗った方がいいぜ」


「なるほど、確かにそうですね、あとでペンキも買って帰ります」


 言われた料金をは思っていたのより安かった。そうか、鉄を持ち込んだからか。鉄を買ったときの料金と合わせて考えれば妥当かな。


── カーン・カーン・カーン ──


 夕方の鐘でアンジェちゃんたちと待ち合わせをしているので、シンくん、ペリコ、チヨコを町長の屋敷に置いてから居酒屋に向かった。するとそこにはアンジェちゃんがぽつんと一人で座ってジュースを飲んでいた。お待たせ。


「ナナセちゃん、この港町に残るって言ってる農家の人がいるらしいねぇ」


「あー、私その人にゼル村に移住してもらえるようにお願いに行ったらさ、ご先祖様からの土地を離れるわけには行かないって怒られちゃったんだよね、あはは・・・」


「その人わぁ、きっとゼル村の畑とナナセちゃんのすごさがわかってないんだよぉ、あたしたちで説得に行ってきてもいーい?」


「怒られるかもよ?怖いかもよ?」


「大丈夫だよぉ、ちょっと行ってくるねぇ」


 アンジェちゃんは例の農家の人のところへ元気に向かってしまった。残された私は先に食事を始めるのも気まずいので、シンくんたち用のご飯を先に頼んだ。


「おかみさん、美味しい魚を三匹焼いて持ち帰りたいです、私たちの食事はその後で」


「わかったよ。しかしナナセちゃんはいつものおみやげを買って帰るねえ、いったい誰に食べさせているんだい?」


「今回は狼とペリカンとダチョウです。」


「そっ、そうかい・・・」


 まあ、理解できなくて当然のメンツだよね。

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