2の23 新しい移民と王都の学園




 いつもの野営で休憩を終えた私たちはナプレの港町へ向かう途中、ゼル村に向かって歩いてる人たちとすれ違った。


「こんにちは、皆さまはゼル村に徒歩で向かっておられるのですか?」


「あんれま、オルネライオ王子様じゃねえですか、これはこれは失礼しました、俺たち家族は港町からゼル村に移住するつもりで歩いてたところでございやす、ピストゥレッロ様の許可は取ってありやす」


 港町は開発が進み農業を切り捨てる方向なので、すでに農業エリア周りの整備が始まり、冬の収穫を終えた農民がゼル村に移住をしようと向かっていたそうだ。


「ピストゥレッロ様は畑も自宅も、ずいぶんな高値で買い取って下すったんでやす、なんで俺たちは最低限の生活用品だけ持って行くことにしやした」


 確かに、引越しにしては全員がリュック一つづつという軽装備だ。家や畑や、他の足りない物もすべてゼル村で買って揃えるつもりだったらしい。


「農業のご経験がおありでしたら、チェルバリオ様はおそらく無償で畑を与えて下さりますよ、港町と同じでゼル村も今は開発がとても進んでおりますのです」


「そうなんっすか!そりゃあありがてえ。土を育てるのに何年かかかっちまいやすから、しばらくは収入が無くなっちまうんですよ」


 なるほど、普通はいきなり今年植えて秋には収穫というわけには行かないんだね。でも大丈夫だ、私とアルテ様の魔法で土を元気にしてあげれば、トマトだって数か月ですごい量が採れたのだ。


「オルネライオ様、この方たちを私の馬車に乗せてあげてもいいですか?いくら荷物が少ないとはいえ、徒歩では野営をしなければなりませんし、子供もいるので危険がないとは言い切れないと思うのです。私たちも港町で一泊してすぐに戻るので、この方たちがゼル村まで歩いた場合と同じくらいで戻りますし。それに、新しく始めようとしている農業のお話をちょっとしてみたいです」


「ええ、わたくしもナナセさんがこの方たちの面倒を見て下さるのが最良と考えます。こちらからもお願いします」


「ありゃあ、どこかで見たと思ったら居酒屋を手伝ってたナナセちゃんかい。ナナセちゃんの作る料理は本当に美味かったなぁ」


「えへへ、ありがとうございますっ」


 私はシンくんから降りると、うつろな目でオルネライオ様の腰にしがみついているアンジェちゃんを白馬の王子様から引き剥がし、馬車の荷台へ引越し家族を一緒に乗って色々とお話をしてみた。


「…‥・・・というわけで、私とアルテ様で毎日トマトを植えた場所にひたすら治癒魔法をかけていたんです。そしたらどんどん育っちゃって、新しく大きな菜園を作って植え替えて、そこを、このゼル村のアンジェちゃんに見てもらっているんですよ」


「そりゃあたまげた、土を元気にする魔法ですかい、そんなのがありゃあ肥料もいらないんじゃねえですか?」


「いいえ、治癒魔法は土に直接栄養を与えるわけでなはいようで、土の中にいる小さな虫たちが元気になり肥料と土を農作物にとって、とても良い状態にしてくれるようなんです」


「そうなんだよぉ、ナナセちゃんのおかげでぇ、同じ畑に毎年種をまけそうなのぉ。それにねぇ、採れた野菜もとっても甘くて美味しいんだよぉ」


 連作ができるかどうかはまだやったことがないのでわからないけど、たぶん大丈夫だと思う。その後は私ではわからないような詳しい農家話をアンジェちゃんが細かく説明してくれた。移住の家族は竹を育てたことがあると言っていたので、ぜひとも美味しいタケノコを育ててもらうようにお願いしたい。


「竹はどんどん育ちやすからね、それこそ最初の年からたくさん収穫できるんで俺たちには持ってこいですわ」


「あたし、竹を育てたことなんてないからぁ、教えて下さいねぇ!」


 いい人材が仲間になってくれた。ピステロ様から十分な生活費も与えられているようだし、この家族の小さな子供もアンジェちゃんに懐いたようで、アンジェちゃんの話を目を輝かせながら聞いていた。これなら安心だね。



「それではわたくしたちは、このまますぐに南の島のシシリ村に船で向かいます。ナナセさんはくれぐれも弟たちにお気をつけ下さい」


「ご心配ありがとうございます、もし遭遇したら一目散で逃げることをお約束します。シンくんたちに追いつける人なんて、そうそういませんから!」


 オルネライオ様の出港を見送ってからカルスとアンジェちゃんの宿をとりに行こうとしたら、移民の家族の家がまだあるのでそこに一緒に泊まることになった。夕食の鐘で居酒屋で待ち合わせをして、まずはピステロ様にごあいさつに向かった。私とアルテ様とルナ君の寝床も確保しなければならないのだ。


「ピステロ様、お久しぶりです。今回の手土産はキャラメルという新製品を持ってまいりました。とても甘く、しっとりとした上品なお菓子なんですよ」


「ナナセ、神族、それとルナロッサもよく来た。どうだ、建築職人たちはゼル村でもよくやっておるか?」


「ええ、すごい速度で開発が進んでいます。建物が大きくなり、道が広がって舗装され、村人たちもますますやる気が出ているんです。こころよく彼らをゼル村に送り出してくださって、ありがとうございました」


 ピステロ様はオブラートに包まれたキャラメルを一粒食べると、とても嬉しそうな顔になったので気に入ってくれたのだろう。ピステロ様の胃袋もきちっと掴んでおかないとね。


「よぉナナセ、久しぶりじゃねえか!おっ、この菓子うめえな。またナナセが作ったのか?」


「アンドレさんーっ!会いたかったですよーっ!」


 アンドレおじさんと会うも三か月ぶりくらいだろうか。刑期を終えてゼル村に戻るときが最後だった。私は思わず抱き着いて再会を喜んでしまった。


「なんだよナナセ、俺と離れてるのがそんなに寂しかったのかぁ?ルナロッサが睨んでるぞおい」


 ルナ君が久々にガルルってなっていたらしい。私は抱き着いていたので見ていないけど、アルテ様もあらあら言っている。


 そんなことより聞きたい事があるのだ。


「ねえアンドレさん、王都の学園に、この港町の子を送り込むって聞いたんですけど、王都の学園って剣術も教えてくれるんですか?あと何歳から通えるんですか?実はオルネライオ様におすすめされて、少し迷っているんです。領主教育を受けてみないか?と・・・」


「あそこは色んな分野の者が集まっていてな、そいつらが先生になって若くて有望な子供たちに実技を教えているんだ。何歳から入ってもいいが成人までに先生から及第点を貰えないと学園から追い出される。あ、領主教育は別だ、あれは難しいから成人過ぎても通っている子もいる。まあ実際にはちょうどナナセくらいの年齢の子供なら一年か二年くらい通うのが普通だな。ちなみに俺は一年間かからず及第点を貰って当時の国王の専属護衛になったんだぜ」


「へえ、優秀だったんですねぇ」


 学園と言っても全員が揃って教室で勉強するのは最初の半年程度らしく、その時はすべての教科を一般常識的に流して教わるらしい。それが終わると各専門分野に分かれて学ぶそうだ。なるほど、大学の研究室みたいな感じかな?


「複数の分野を学ぶこともできるんですか?私の場合はどうせ行くなら剣術と魔法の両方をやりたいんですけど」


「できるんじゃねえか?かなり大変だとは思うが、専門分野の訓練も毎日やってるわけじゃねえんだ。俺は狩りの手伝いが半分で学園の訓練が半分くらいだったな。裕福な家の子が多いのは確かだが、中には才能はあっても家が貧乏な子もいたからな、そういう子は働かなきゃ王都で喰っていけねえ」


 どうせ行くなら農業や畜産の勉強もしてみたい。何も知らないより少しでもかじっておいた方が今後のためになるだろう。何より領主教育とやらも受けないとオルネライオ様が納得してくれないだろうし。


「でも、やっぱりゼル村を何年も離れるのは難しいかなあ・・・私は今十三歳だから、長くても成人までの三年間かぁ。菜園や牧場が心配だしなあ・・・」


「ナナセなら一年もあれば十分だろ、最初の半年だけは王都にずっといなきゃならねえけど、その後はちょこちょこゼル村に帰ってくればいいじゃねえか」


「アンドレさんも私が学園に通うのをおすすめするんですか?アンドレさんが剣術を教えてくれなかったからこんなことになってるんですよっ!」


「あはは・・・俺も魔法の修行中の身だから・・・」


 またアンドレおじさんにごまかされてしまった。


 なんか聞けば聞くほど、王都の学園ってとこに通ってみたくなるね。

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