2の19 チヨコとアルテミス




「まあナナセ!どこか怪我でもしたの?」


 これは大変です、ナナセがシンくんに背負われて孤児院にやってきました。また無理な狩りをして怪我でもしてしまったのでしょうか?わたくしがナナセにどれだけ危ないことしては駄目よと言っても、いつも想像もつかないことをするのです。じゃじゃ馬のような子ですよね、それが可愛くもあるのですけれど。


 話を聞いてみると、今日からシンくんに乗る練習を始めたようでした。まだ馬にも乗れないのに狼に乗って走ることなんてできるのでしょうか?でもナナセはとても嬉しそうにシンくんに乗っていますし、シンくんもどこか誇らしげで少し羨ましいです。わたくしもこうやって動物に乗ってどこかへお散歩に行ってみたいですね・・・


 そうだわ!わたくしにも新しいお友達ができたのです。あの子なら乗せてくれるかしら?


「ねえシンくん?『チヨコにわたくしが乗ってもいいか聞いてもらえるかしら?あの子なら体も大きいし、わたくし頑張ってダイエットしますから。シンくんに乗ってるナナセが羨ましいわ』」


「くぅーん(れんしゅ、させる)」


「アルテ様、何を言ったんですか?」


 ナナセが不審者を見るような目でわたくしとシンくんを見ていますね、でもナナセが羨ましいからわたくしも動物に乗りたい!だなんて恥ずかしくて言えません。こっそり練習して乗れるようになってからナナセに自慢しに行きましょう。


「うふふ、神同士の内緒話よっ」


「なにそれずるいー!」


 あら、ナナセったらすねちゃって可愛いわ。シンくんには「ナナセを落とさないように気をつけてね」って言ったことにしておきましょう。


「ぼくナナセお姉ちゃんみたいにシンくんにのってみたい!」


「ぼくもぼくも!」「あたしもあたしも!」


 あらあら、子供たちは素直ですね。わたくしも乗りたいなんて恥ずかしくて言えなかったのに。


「わーい!シンくん毛がフカフカしててすきー!またのりたーい!ナナセおねえちゃん、ありがとう!」


 なんということでしょう!わたくしもシンくんに乗りたいのですけれど?子供たちに慕われている立場ですし。ナナセにもビシッと神らしいところを見せなければいけませんし。べつに悔しくなんてないですし。みんなが羨ましくなんてないですし?・・・ここは笑顔で子供たちを見守っている優しい先生に徹しなければならないわ。


「シンくんそろそろ帰ろうかー」


「シンくん、ナナセ、気をつけて歩くのよー危ないのは駄目なのよー」


 ナナセたちが孤児院から出ていったあとも、子供たちはずっとシンくんに乗って遊んだお話をしていました。ナナセは先日、動物園やサーカスを作るようなお話をしていましたけれど、もし実現したら子供たちは大喜びでしょうね、他の村から子供を連れた観光客がたくさん来るようになるかもしれません。



 今日はナナセが馬車のテスト走行だと言って早くから出かけてしまいました。わたくしは菜園の土に治癒魔法をかける日課を終えると、急ぎ足で牧場に向かいました。これはこっそりチヨコに乗る練習をするチャンスなのですから!


「エマさん、ペリコとチヨコは元気かしら?」


「あれー?アルテ様ひとりで来るなんて珍しいですねー、ペリコとチヨコならとっても元気にー、いつも走り回ってるよー」


 わたくしはチヨコに乗りに来たとは言えず、ひとまず牧場の草に治療魔法をかけてまわっていると、ルナさんが一人でやってきました。


「アルテ様おひとりなんて珍しいですねっ、ぼくも今日はお姉さまが馬車の手入れをしているのでペリコと遊びに来たんですよ」


 ルナさんはそう言うとペリコを呼び寄せ、なんとその上にまたがって空高く飛び立ったのです!ああ、なんて素敵なんでしょう、わたくしも鳥に乗って空を自由に飛んでみたいわ!


「重力魔法でうまくぼく自身を軽くして乗っているんです、最初は何度も振り落とされていたんですけど、だんだん魔法の扱い方に慣れてきたのと、ペリコの方もぼくを乗せて飛ぶのに慣れて来たんです」


「ナナセもシンくんに乗っていたのよ、乗る練習をしながら孤児院に遊びに来ていたわ」


「シンくんは体が大きくなって筋力もずいぶんついてきたみたいですからね、お姉さまとの相性も良さそうですし、すぐ走り回れるようになると思います」


「ふ、二人がそうやってお友達に乗っているなら、わ、わたくしもちょっとチヨコに乗ってみようかしら?二人が乗ってるから仕方なく乗るのですよ!」


 わたくしはチヨコを優しく撫でながら「乗せて下さる?」と問いかけると、乗りやすいようにその場に座ってくれました。シンくん、ちゃんと言っておいてくれたのね、なんだかドキドキしてきました。


「アルテ様も乗るのー?すっごーい」


「チヨコはわたくしを乗せてくれるかしら?」


 そこで気づきました、わたくしのロングワンピースではチヨコにまたがれませんね。しかたがありません、思い切って裾をまくってしまいましょうか。


── ずるずるっ! ──


「ああ、アルテ様、なな、何してるんですかっ!」


「アルテ様ぁー、こんなところで脱いじゃ駄目だよぉー!」


 二人の声を聞いて、卵拾いをしていたモレッティオさんとハイネッキンさんがわたくしの脚を見てあんぐりと口を開けたまま卵を落としてしまいました。いけないわ、わたくしとてもはしたない事をしてしまったようですね、村に戻って新しい服を買わなければならなそうです。わたくしこのデザインのワンピースしか持っていませんから。


「ねえねえルナ君ー、あたしも鳥さん乗れるかなぁー?」


「ペリコは難しいと思いますけど、チヨコは乗せてくれるかもしれませんよ?」


「ちょっと乗ってみるねー!チヨコ、いーい?」


 エマさんはそう言うと、小さくて身軽な体でヒョイっとチヨコの背中に飛び乗ってしまいました。


「きゅぴー!だだだっ」


「うわあー!早いよおチヨコー!でもたーのしー!」


 あらまあ!エマさんってばチヨコにとても上手に乗ってるじゃない。キーっ!また先を越されてしまいましたわ!わたくしも飛んだり走ったりしたいのに!わたくしが先に乗ろうとしたのに!わたくしが先にチヨコとお友達になったのに・・・いけないいけない、落ち着きなさいわたくし。ここは大人として余裕のあるところを見せなければなりません。


「まあエマさん素敵だわ、エマさんはどんな動物にも愛されているのね、チヨコはわたくしのことも乗せてくれるかしら?」


「アルテ様の方がー、みんなに愛されてるよぉー」


「そうですよ、村人だって新しい孤児院の子供たちだって、みんなアルテ様のこと大好きですから」


 違うのです。わたくしはチヨコに乗ってお散歩をしたいだけなのです。村人には乗れないのです。


「そうよね、ありがとう二人とも、わたくし村に戻ってチヨコに乗れるお洋服に着替えてきます」


 とぼとぼ歩きながら村のお洋服屋さんに向かい、ナナセの村娘風の服とよく似たものを選び、一度家に帰りました。買ったその場ですぐにでも着替えて牧場へ戻りたかったのですけれど、またはしたないことをするわけにいきません。わたくしだって学習しているのです。


「あれっ?アルテ様、今日はもう孤児院は終わりですか?」


「がうがうっ!」


 帰り道でシンくんに乗ったナナセと会ってしまいました。馬車のテストはもう終わったのでしょうか?


「ナナセの方こそ、馬車はもういいの?」


「はいっ!思い通りの乗り心地が実現したんですよ、次のナプレの港町への旅はとっても快適です!あっそうだ、ヴァイオ君のお母さんに、シンくんの新しい皮ベルト頼んでいるので取りに行くの付き合って下さい!」


 ・・・がっくり。


 今日はチヨコに乗せてもらうのはあきらめましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る