2の17 ルナ君とお散歩




 村の改造は着々と進んでいる。村長さんは税を王国に払ってもなお余りある予算をじゃぶじゃぶつぎ込んでいるようで、まずは建物の改築から始まり、今は道路の引き直しと拡張が進んでいる。馬車が余裕ですれ違えるほどの広さの立派な道で、石畳も少しづつ敷かれているようだ。建物は中央広場のが優先的に建て直され、そこを中心として東西南北に伸びる道とともに住宅もどんどん綺麗になってきた。


 王都からの応援部隊も到着しており進化の速度は早い。なんでも前から建っていた家は、つくりが簡単なので壊すのも楽だったそうだ。なるほど、確かに家を作るのも大変だけど、壊すのはもっと大変そうだったもんね。特に日本は狭かったから、細い路地にトラックを無理やり止めて、重機で壊して廃材を積んでいるのをよく見かけたもん。


「村長さん、行商隊から牛が届いたら今の牧場では手狭になってしまうんです。川の向こう側に私の牧場ごと引っ越してもいいですか?」


「そうじゃのぉ、引っ越すなら川の向こうがええの」


「牧草は私とアルテ様で無理やり育てますから、新しい牛舎を作るために、なんとか建築隊の方を早めに回してもらえませんか?」


「そうじゃの、ミケロに伝えておこうかの」


 神殿の立て直しはもう終わっていて、かなり立派な孤児院が隣接された。以前に比べると横に三倍、そして三階建ての高さになっていて、屋上には以前よりひとまわり大きな鐘が設置された。これならかなり遠くまで鐘の音が聞こえそうだ。


 次に進化してたのは食堂だ。入口が左右に二つあり、まだ稼働こそしていないけど、こちらもかなり立派な宿泊施設が併設されていた。


「どうじゃナナセよ、立派な宿泊施設じゃろう」


「もう食堂じゃなくて、これは立派な旅館ですね。村長さん、私この村に観光地的なスポットを作ろうと思って、シンくんが集めてきた動物に芸を教えて見せ物にしようと思っているんです。こんなに立派な宿泊施設なら、美味しい食べ物でお客さんを呼べるかもしれませんね」


「宿泊施設で旅客を呼べるのかのぉ」


「食堂は今まで通り村人の憩いの場として機能させて、観光客が食事するような高価なレストランとの住み分けをしましょうよ。まあそれは観光客をちゃんと呼べるようになってからの話になっちゃいますけどね・・・ナプレの港町みたいに温泉でも出ればわかりやすんですけど」


「そうじゃのぉ。ちょっと掘ってみるかのぉ」


「えっ?温泉ってそんな簡単に出るんですか?」


「どうじゃろうのぉ、ふぉっふぉっふぉ」


 なにやら当てずっぽうで掘ってみるわけでもないようで、この国はかつて多くの火山があり昔はけっこうどこでも温泉が出たそうだ。ただ、温泉を掘り当てたとしても管理が難しく、田舎の村では積極的に探したりはしないらしい。山のふもとで温泉が出ることが多いので、南の丘あたりを掘ってみようかとのことだ。もし温泉が出たらナプレの港町と連携して温泉めぐりツアーでも組めるかな?観光できるのが動物園だけじゃあまりにもショボいのですごく期待してしまう。



「モレさんとハイネ、さっそくエマちゃんのお手伝いしてくれてるんだね、ありがとう!」


「姐さんおはようございます!エマさんが楽しそうに牛の世話をしているんで、俺たちもなんだかんだで楽しくやらせてもらってますよ」


 狩人なので動物に詳しいだろうという勝手な憶測でエマちゃんのお手伝いに回したけど、うまくやってくれているようなので安心した。私は持参したレザーアンクレットをシンくんとチヨコに付けてあげる。みんなとお揃いっぽく貝殻を加工して作ったアクセサリで、先日の行商隊から入手した綺麗な青緑の貝を削って可愛い四葉のクローバー型のものを完成させた。私の細工スキルはどんどん上がっている。


「がうがうがうがうっ!がうがうっ!」

「きゅぴきゅぴきゅぴきゅぴぃぃ!」


「喜んでくれてるのかなー?よかった!」


 シンくんは腕時計のような感じで前足首に巻きつけてあげて、チヨコにはペリコと同じように細い首に装着してあげた。なんか気に入ってくれたようなので私も嬉しいよ。


「そうだモレさんとハイネ、ここの動物たちに芸を教えてみてくれないかな?」


「芸っすか?どんなことをさせるんっすか?」


 私は思いつく限りの動物芸を言葉で説明したけどうまく伝わらない。しょうがないので餌を投げて飛びつかせる訓練から始めるようにしてみた。白虎やタヌキが人に懐くのかわからないけど、そこはシンくん経由でなんとか教え込めるような気がする。まあこんなのは上手く行かなくてもともとだ。


「そうだエマちゃん、牛が増えてきたからさ、牛乳を使ってキャラメルを作ろうと思うんだよね。チーズはこの村で使う分くらいしか作らなくていいからさ、なんかお土産になるような商品を考えているの」


 私は日本で生キャラメルで一財を築いた人を知っている。この世界は甘味が圧倒的に足りていないので、お土産として日持ちしそうなキャラメルを綺麗な箱に詰めて高級なお菓子として売れるような気がするのだ。


「きゃらめる、ってなあにー?あたしお料理なんてできないよー?」


「大丈夫、私も作ったことないから!」


 ひとまず食材屋さんに行ってバターを買ってくる。バターの作り方も職人さんが代々引き継いできた企業秘密のような感じらしいので、ナナセファームの牛乳を持ち込んで大量に発注した方が良さそうだ。次に向かったのは雑貨屋さんで、火の通りの良さそうな真鍮の鍋を探す。こういったものを作るときはなるべくでっかいのがいいんだよね。


「あらナナセちゃん久しぶりね、銅の鍋ならたくさんあるよ、銅はわりと安く手に入るからね」


 そうは言っても鍋などの金属製品は高い。それでも一番大きくて丈夫そうなボウルっぽい形状のものをいくつか買い、エマちゃんを家に連れてきて一緒にお菓子作りを始めた。なんか女の子のお友達とおうちで遊んでいる感じがして嬉しい。


「まずは牛乳をぶくぶくさせて量を半分くらいまでしちゃうの。それでね、砂糖はすぐ焦げちゃうから、ゆっくりゆっくり温めながらトロっとするまで煮ていくの。ここでずっと混ぜてなきゃいけないから少し大変かもしれないな。砂糖とバターの分量がわかんないから今は適当だけど、何度か試してみるから一番良さそうな量をあとで教えるね」


「なんか甘い良い匂いがしてきたねー、鍋ひとつで作れるならー、あたしでもできるかなぁー?」


「このくらいでいいかな?そしたらこの四角い器に流し込んで、冷めて固まったら切って完成だよ」


「これが固まるのー?ふしぎー」


 結果は、あまりしっかり固まらずに失敗してしまった。ニワカ丸出しでお恥ずかしい。仕方がないのでナッツ類を適当に茹でてひたすら叩いてペーストにして混ぜた。すると私の知ってるピーナッツバターのようななものが完成したので、さっそくパンに塗って朝ご飯で出したらアルテ様とルナ君に大絶賛されてしまった。


「ナナセ!とても美味しいバターだわ!」

「お姉さま!これなら毎日の朝食が楽しみです!」


 違う、違うんだよ、私が作りたかったのはコレジャナイんだよ・・・なんだか不本意ながらも、私も美味しく朝ご飯のパンをかじった。



 今日は魔法の訓練もかねてルナ君と菜園にお散歩に来た。ルナ君はアンジェちゃんと相談すると、すぐにザクザクと土を耕し始めた。私はその辺に落ちている石ころを重力魔法で持ち上げる訓練をしている。天井まですっ飛ばして穴をあけたりしてしまわないように、最近は屋外の人がいないところでやっているので、菜園はもってこいの場所なのだ。


「ねえねえ見て見て!このくらいの小さな石なら浮かせて動かせるようになったんだよ!」


「すごいですお姉さま、ぼくはカップを浮かせて止めるのに何十年もかかりましたから」


「何十年って・・・そういえばルナ君って何歳なの?吸血鬼の歳のとり方はわからないけど、生まれてから何年くらい経ってるの?」


「たぶん三百年くらいだと思います、最初の百年くらい全く記憶がありませんし、はっきり“何歳”と言うのは難しいです。ぼくは屋敷の寝室で一年寝ると身体が三年くらい成長するみたいで、今までに一年間寝るのを三回ほどしたので、身体的外見が九歳くらいになってます」


「そ、そうなんだ、なんかファンタジーだねぇ・・・ってことはピステロ様も同じように、一年間寝ると三歳外見が成長するの?」


「いいえ、主さまとぼくはちょっと違うみたいです、ぼくは成長が早いと言っていましたが、ぼくが生まれてから主さまが寝室で寝ているのを見たことがないのでわからないです。二千年くらいは生きてるんじゃないかと言っていましたね」


 純粋な吸血鬼とルナ君のような吸血鬼ハーフでは生態が違うようだ。精神年齢も外見と一緒に成長するようで、六歳まで育った頃からようやく、しっかりとした物の考え方や、ピステロ様が自分の主であると認識できたことをよく覚えているらしい。


「その睡眠って、たまに疲れてお昼寝しちゃってるのとは違うの?一時間お昼寝すると三時間成長してるの?」


「いいえ、屋敷の寝室で寝るときは動物の冬眠と似ていて、生命活動を最低限にして宝石に囲まれて眠るんです。普段の生命活動の中ではほとんど成長しませんけど、寝室で寝ると宝石を通じて魔子が身体に流れ込んで肉体の成長をさせるって主さまが言ってました」


「へえぇー。吸血鬼とかってみんなそういう風に成長するのかな?」


「たぶんそうだと思います、魔人族や妖精族、それと悪魔族のような、魔子を常に体内に宿している種族は、成長するために宝石とか、それか何かしら魔子が豊富な道具や場所が必要になると思います。お姉さまの剣やお姉さまそのものも、魔子が豊富で宝石に似た感じがするので、抱いて寝たら成長するかもしれません」


「だ・・・抱いて寝るのね・・・今日からお姉ちゃんが一緒に寝てあげよっか?」


「ちっ!違いますっ!そういうのじゃないですっ!」


 なんかルナ君が猛烈に可愛くてムズムズしてしまう。なるほどね、成長するには生命活動を極限まで止めた状態で触媒のようなものが必要なのね。


 わかったようなわからないような。

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