2の16 アルテ様とお散歩




 翌朝、行商隊は次の村へと旅立った。行きがけにネプチュンさんから「お約束は最優先で進めさせて頂きます!」と言ってもらえた。アルテ様のお酌とカツ丼かけうどんセットによる官民接待は大成功だったようだ。


「アルテ様ぁ、はぁはぁ、もうこれくらいで良いんじゃないでしょうかぁ?ゼーゼー」


「そうねナナセ、はーはー、今日の治癒魔法はこのくらいで許してあげましょう、ふーふー」


 私は数値が気になるお年頃のアルテ様に連れられて畑マラソンを終えたところだ。昨日、行商隊から買った重い剣で治癒魔法を土に向かってかけようとしたけど、残念ながらうまく魔法は発動しなかった。それ以前に、重くて持っているだけでかなり大変だったので、結果として良い筋肉トレーニングになった。


 アルテ様と一緒にひょうたんの水をくぴくぴ飲んで息を整えると、アンジェちゃんに春からの種まき予定を聞くことにした。


「トマトはナナセちゃんたちの魔法があるからぁ、少しくらい早くから植えてもいいかなぁ?来月までにもう一度土を耕しておくよぉ」


「そっか、じゃあアンドレさんの大豆はその後かな?」


「そうだねぇ、畑の位置を変えないと上手く育たないからぁ、けっこう時間をかけて耕さないとねぇ」


 そういえば土に治癒魔法をかけるのは、どれほどの意味があるのだろうか?私は今年は種を植えないと言っている土と、治癒魔法をかけまくった土を眼鏡でぬぬぬと見比べてみた。


「あんまりわかんないな・・・あ!わかった!これ虫かな?生命反応がある。これが土を良くしてくれる微生物なのかもしれないな。そっかぁ、微生物に治癒魔法をかけて元気にすることで、結果的に肥料と土がトマトの良質な栄養になってたのかなぁ」


「ナナセちゃんすごーい、難しいことはわかんないけどぉ、たぶんそうだよぉ。土を育てるにわぁ、ゆっくり休ませて元気にするためにぃ、一年おきに別々の場所に植えてるんだよぉ」


「ねえねえアンジェちゃん、今年は同じ土に連作してみようよ!私、頑張って治癒魔法かけまくるからさっ」


 土を育てる。ふむ、なんだかとても農家になった気分だ。これが成功すれば単純に植え付けられる畑が倍になるってことだよね。でもトマトと大豆が倍の収穫量になったら菜園の人手が全く足りなくなっちゃう。そのへんは村長さんの村人誘致に期待しよう。


「ナナセ、それならわたくしも菜園の治癒魔法を日課にしますね、孤児院はわたくしだけでなく、最近はご近所のお年寄りも手伝ってくれているから、菜園に魔法をかけにくるくらいなら問題ないわ」


「へえ、孤児院は良い方向に進んでいるんですね、子育ての経験があるお年寄りなら、安心して任せられますし」


「ええ。それにね、わたくしでは教えてあげられない農業の事や狩りの事をお話して下さるの。リュウとケンは王都の建築職人さんの仕事をずっと眺めているようですし、孤児に限らず村の子供たちはみんなそれぞれ興味のあるお勉強を頑張っているわ」


 治癒魔法を使える人が少ないのに、菜園をどんどん広げたら土が栄養不足になってしまうだろう。今までは食べすぎた時だけ不定期でダイエットにやってきたアルテ様に毎日手伝ってもらえば、今年の秋も大収穫間違いなしだ。なんだか農業も楽しくなってきたね。



「がうがうっ!」


「シンくん、またどっかから動物拾ってきたのぉ!?」


 またイノシシの柵の中にちっこい動物が増えている。今度はたぬきっぽいのと猿っぽいのだ。仲良さそうにじゃれ合っているので問題はなさそうだけど、これでは柵が手狭になってきた。牛も劇的に増えるかもしれないし、ちょっと広げてあげないとかわいそうだね。


「エマちゃん、行商隊の隊長さんに牛をたくさん発注したから、牧場を広げなきゃならないし牛舎も増やさなきゃならないかも。それとシンくんのお友達も増えてるみたいだし、牛の牧場は川の向こうに引っ越すのはどうかな?ちょっと遠くなっちゃうけど広い方がいいよね」


「ナナセちゃんに任せるー、鶏小屋はもう出来上がっちゃってきたから動かせないしねー」


 鳥小屋はヴァイオ君が基礎のようなものと柱を完成させていた。これ壊して別のところに引っ越しますなんて言ったら絶対に怒るだろう。


「今の六頭分の牛舎はシンくんにあげちゃおう。もうこの際、このへんに動物園でも作ろっかな?」


「動物を見せ物にするのー?こんな村にお客さん来るかなー?」


 確かに。野生の動物を見慣れたこの世界の住人が、わざわざ動物園のために馬車を使ってこの田舎の村まで来るとは思えない。だからと言ってこのまま餌を消費するのはなんか惜しい。ここにいる動物はなんだかとても大人しくて可愛い。


「そうだ!サーカス団でも作ろう!」


「ナナセ、サーカスって何でしたっけ?」


「動物たちに芸をさせるんですよ、ちょっと見ていて下さい!」


 私はシンくんを呼び寄せるとバスケットから焼き菓子を出し、遠くにポイと投げる。シンくんはいつものように空中で焼き菓子をぱくりとキャッチすると、私に向かって尻尾を振って走って戻ってくる。


「こういうことを他の子たちにも訓練させてお客さんに見せるんです。そうですね、最終的には火をつけた輪っかの間を通り抜けたり、二足歩行でボールを蹴って進んだりさせます。サルなんかはとても頭がいいと思うから、もし訓練したらすっごく可愛いと思いますよ!」


 芸の内容はともかく、なんか人を集められるようになればシンくんのお友達の餌代も心配ない。港町みたいに温泉があるわけじゃないし、これは村おこしの一環として地道にやってみようと思う。たとえ上手く行かなくても、ただ単に動物をたくさん飼ってるだけだしね。


「ねえねえナナセ!見て見て!とても大きな鳥がいるわ!」


 アルテ様が私の肩をゆっさゆさするので鶏の柵の方を見ると、例のダチョウが優雅に歩き回っていた。なぜか数匹のカモがそれを追うように一列になって歩いている。なにこれ可愛い!


「ナナセ、わたくし鳥が大好きなの、あの大きな鳥は近づいても大丈夫かしら?」


「どうでしょう、なんだか連続蹴り攻撃してきそうですけど・・・ペリコ、ちょっとこっち来て」


「ぐわっ」


 ペリコはこの柵の主なので近くにいれば少しは安全だろうから、アルテ様がペリコを盾にしてダチョウに近づく。ダチョウはピタリと足を止め、大きな目でこちらを見ている。いきなり口ばし攻撃や蹴り攻撃をしてくることはなさそうだ。


「アルテ様、ペリコにダチョウを触っていいか聞いてみたらどうですか?謎の言語で」


「そうね、そうしてみましょうか」


 アルテ様がペリコに向かってピーヒャラ音で何かを話しかけている。ペリコは了解しましたとばかりにはぐりとアルテ様の腕をつかむと、一緒にダチョウのもとへ向かっていった。


── キュピー! ──


「まあ可愛い!わたくしはアルテミスと申します。ダチョウさん、お友達になって下さいますか?」


 通じているのかよくわからないけど、ダチョウはその場にぺたりと座り、アルテ様に頬ずりするように首をクネクネとさせ始めた。どうやらテイマー的な何かが成功したようだ。


「あらあら、甘えんぼさんなのね、よしよし」


 アルテ様が愛おしそうにダチョウの頭を撫でると、ふわりと暖かい光が発生した。あっ、これ知ってる、私が寝るときにアルテ様にかけてもらってるやつだ。そんなに好きなんだ鳥・・・


「きゅぴぃ・・・」


「おなかすいたの?わたくしのおにぎりを半分こしましょうか、はいどうぞ、あら食べたわ!よしよし」


 なんかダチョウが羨ましい。というかおにぎりなんて食べさせて大丈夫なのだろうか?そもそもダチョウって何が餌になるんだろう?草食か肉食かも知らないや。ちょっと健康診断してみよっか。ぬぬん・・・


「身長160センチ、体重70キロ、メス、一歳ですね。健康状態は非常に良好なようですよ」


「女の子だったのねダチョウさん。ねえナナセ、この子にも可愛い名前を付けてあげてくれる?魔獣みたいなのは駄目よ」


 チヨコかヨウコで悩んでいたら、アルテ様がチヨコを採用した。ペリコとかチヨコとか、なんかいつも安直な感じで申し訳ない。


 みんなと仲良くしてね、チヨコっ!


「きゅぴいっ!」

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