2の13 二度目の王都の行商人




「ねえエマちゃん、牛も増えちゃったし、こんなに鶏がたくさんいるとお金が足りなくなっちゃうんじゃない?少し金貨を渡しておこうか?」


「大丈夫だよー、前に預かったお金からどんどん増えちゃってー、あたしどうしようか困っちゃってるくらいだよー。でもー、これ以上増えたらお手伝いしてくれる人が足りないかなー」


 人というのは雇うお金が足りないのではなく、手の空いている村人がいないという事らしい。すでにエマちゃんのご両親もたまに手伝いに来てくれているそうだ。私は狩人で動物に詳しいハイネとモレさんを手伝いに回すことを約束してから牧場を後にした。それにしてもチーズと卵だけで貯金まで作っちゃってるってすごいね、食肉を港町に売るようになったら儲かって儲かってしょうがないかも。


「アンジェちゃん、これ私たち仲間全員でお揃いのネックレスだよ」


「うわぁ!可愛いぃ!ナナセちゃんいつもありがとぉ!髪飾りと一緒に大切にするねぇ!」


 菜園に来てアンジェちゃんにもネックレスを渡すと、エマちゃんと全く同じような反応が返ってきたので可愛かった。畑や菜園は冬場はあまりやることがないらしく、早めに育った根菜を一人で黙々と収穫していた。こっちは春まで完全に任せちゃっても問題なさそうだ。


「ねえねえアンジェちゃん、竹なんて育てられるかな?」


「やったことないけどぉ、竹もオリーブと一緒で強いから簡単だと思うよぉ、びっくりするくらい育つからぁ、このへんじゃなくてもっと広い場所で新しく竹林を作ろっかぁ」


「アンジェちゃん何でも作ってくれるから助かるよ。一か月後にまたナプレの港町に行くから、その時に苗を手に入れてくるねっ」


 春になったらみんなで美味しいタケノコを食べたいね。



 今日は王都からの年に二回の行商隊が来ている。夏の連休と冬の連休の後に魔法の二十四時間砂時計と、この村では手に入らないような商品を乗せた馬車十台ほどでやってくる。私は今回で二度目だけど、はっきり言って買うものは少ない。それは他の村人も同じことで、カルスが頻繁にナプレの港町へ行ってみんなの欲しいものを代行して買ってきているからだ。今後も定期的に馬車を出す予定だし、無理して行商隊の持ち込んだ高い品物を買う必要がないんだよね。


「ナナセや、自分たちの買い物が終わったら、わしの家にきなされ、紹介したい者がおるのじゃ」


「わかりました村長さん、じゃあお昼の鐘が鳴った頃に伺いますね」


 行商隊は村の中央広場にござを広げ、背後の馬車から商品を出し入れしている。私はアルテ様と手をつないでキョロキョロと見回しながら何か珍しい物がないか物色する。


「アルテ様は何か欲しいものあるんですか?私は買いたいものあまりないかもしれないなぁ」


「わたくしはリュウとケンに職人の道具を買ってあげようと思っています。あの二人は自分より小さな孤児が急に増えて、お兄ちゃんとして良いとこ見せたいようだわ、早く仕事を覚えたいのですって」


「なんかアルテ様はみんなのお母さんみたいですね」


「ナプレの港町と違って、この村の子供たちは小さな頃からとてもよく働きますから、ナナセとルナさんだってそうよ。うふふ」


「もうアルテ様っ、子供扱いしないで下さいっ!」


 アルテ様は嬉しそうにノコギリやカナヅチ、それと細工道具一式を買っていた。私は「はやく渡してあげて」と言ってアルテ様を神殿に戻し、一人でフリマをプラプラしていると、前回包丁を売ってくれた雑貨屋さんっぽい人が今回は武器や盾を並べて売っていた。この村じゃ武器よりくわの方が売れると思うんだけどな。


「お、刃物の目利きの嬢ちゃんか、どうだい?あの包丁」


「私のこと覚えててくれたんですね。とてもよく切れますよ、この村の食堂のおやっさんも認めるような大変に良い品でした。今回は何で武器や防具なんですか?」


「前回も剣は持ってきていたぜ、でもよ、先に寄ったナプレの港町で他のもんがたくさん売れちまったんだ。住人が一気に増えたからな、皿やコップなんかの生活雑貨や、サバイバルナイフみたいな小物が飛ぶように売れちまったから並べる商品が少なくてな・・・」


 なるほど、ゼル村にも住人が増えたら生活雑貨が不足して売れるようになるかな?村長さんが住人より先に建物を作る計画してるって言ってたけど、これはビジネスチャンスかもしれないね。


「そういう生活雑貨って、王都で作っているんですか?たしかあの包丁は有名な職人さんが作ったって言ってましたよね」


「王都からずっと東にな、いい鉱山があるんだよ。ゼル村から見たら北西あたりかな、そこのふもとの村の職人が作ってんだ。その鉱山で採れた鉱石で金属や陶器の食器、あとガラスなんかも品質のいいもんを作ってるぜ。そういう環境だから自然と腕のいい職人が集まる村になったらしくてな」


 陶器やガラスかぁ。この村や港町はほとんど木の食器で、陶器はピステロ様のお屋敷で紅茶を飲んだ時に使ったくらいだね。


「なんかとても魅力的な村ですねぇ、行ってみたいかも。その村ってゼル村からだと馬車でどのくらいで着きますか?」


「ここからかい?うーん、そうだな・・・」


 その村はアブル村というらしく、ここから港町の距離を一日としたら一週間くらいで着くらしい。ちなみに王都まではさらにそこから一週間くらいの距離で、ちょうど中間くらいじゃないか?との事だ。


「往復二週間ですか、簡単には行けませんねえ」


「まあな、途中で魔物が出たりするって話もあるから、護衛兵を三人くらい連れてないと危ねえぞ、どうしても行くってなら王都経由だな」


「魔物・・・ですか?獣じゃなくて?」


 港町と王都で船の輸送が発達してしまったため、ゼル村から北の道はあまり安全ではないらしい。魔物というのは動物が魔力を帯びて狂暴化した“獣族”が多いらしく、四足歩行で足が速く皮膚も堅い上に、爪や牙も強靭でとても危険だそうだ。ヘラジカで腰を抜かしてしまう私では絶対に勝てないことは想像にたやすいし、王都経由で向かうなら往復で一か月以上かかってしまうし、そう簡単には行けないね。


「色々教えてくれてありがとう!そんじゃ今回持ってきている剣で一番重いやつを一本下さい、両手でしっかり持つようなのがいいんで・・・ぬぬぬ・・・あっ!これ!この剣がいいです!これ買いますっ!」


「おいおい、お嬢ちゃんが使うのかい?そりゃあ売ってやってもいいけど大丈夫かよ?大人の男でも重くて振れないような剣だぜ」


 情報料というわけではないけど、このまま立ち去るのもあんまりなので訓練用に使う重い剣を売ってもらうことにする。さっそくその重そうな剣を手にとって構えると、しっかりと地面を両足で踏んばり、腰や背中にも意識して力を込めて軽く素振りをして見せる。かなり重いねこれ・・・長時間振り回すのはちょっと難しいかな?


「おおっ!お嬢ちゃんすげえな、構え方が一流の剣士みてえだ。いいぜ、扱えるなら喜んで売ってやるよ」


「毎日・・・ぐぐぐ訓練してますからっ!ぐぬぬ・・・」


 アルテ様に作ってもらった剣だって最初はこんな感じだったことを思い出す。草を刈るだけで腕がプルプルしていたのが、今では治癒魔法をかけながら畑を走り回ることだってできる。重たい剣で素振りしていれば、アルテ様の剣を使うときに軽く感じられるかもしれないし。


 剣と一緒に丈夫なヒモを売ってもらい、背中に背負えるように改造していると神殿の鐘が鳴り響いた。村長さんの屋敷に行かなきゃ。


「待っておったぞナナセ、この者が行商隊長のネプチュンじゃ」


「王都直属行商隊、隊長のネプチュンです。前回の行商ではうちのプルトが大変失礼な対応をしたようで、お詫び申し上げます」


「ご丁寧なごあいさつありがとうございます、ナナセと申します。私も村長さんや神父さんに助けを求めるような真似をして、プルトさんには少し可哀想な思いをさせてしまったかもしれません、ごめんなさい」


 初老で白髪まじりのネプチュンさんは、プルトとは違い言葉使いやしぐさなどがとても丁寧で、これぞ王都の役人と言った感じのきちっとした人だった。私も自然と背筋が伸び、丁寧な言葉で返事をする。


「チェルバリオ様やオルネライオ様に聞いた通り、とてもしっかりした娘さんですね、この村で新しいことをずいぶんと始められているとか」


「仲間や村人の皆さんに助けてもらっているだけで、私自身はほとんど何もしていないんです。そう言っていただけるのは嬉しいですけど、少々恥ずかしい気持ちになってしまいます」


 狩りに行けばルナ君の魔法頼りだし、牧場や菜園はエマちゃんとアンジェちゃんに任せっぱなしだ。牛舎や鶏小屋を作るのもヴァイオ君任せだし、カルスがいなければいまだに馬にも上手く乗れない。


 腕力がついたと言ってもアルテ様の魔法のおかげっぽいし、そもそも眼鏡とチョーカーが無ければコミュニケーションすらとれていなかった。私がみんなより上手くやってることなんて料理くらいかな?それだって前世の知識を再現しているだけで、何か新しいメニューを生み出したわけではない。そう考えると私、何もしてないなあ・・・


「ナナセさん、皆さんに助けてもらえるのも立派な才能なのですよ、普通は大人が挙って村娘のやることに手を貸すことなどありえません。ナプレの港町も、ゼル村も、ナナセさんがいたから住人の活力が溢れているのです、もっと自信を持って下さい」


「そうじゃぞナナセ、思いついたことを本当に実行してしまうのは才能じゃよ、普通は神命に従うだけの人生で、新しいことなど始めん」


 この褒め殺しパターンは何度か遭遇しているけど、いつも大変申し訳ない気持ちになる。


「ところでナナセさん、今回の行商隊の品ぞろえはいかがでしたか?前回は調味料を大量に買って頂いたようですが」


「今回は訓練用の剣を一本買っただけですね。」


 ネプチュンさんに正直に申告したら渋い顔をされてしまった。

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