1の38 ゼル村への帰還




「お姉さま、ぼくも刃物の武器が欲しいです」


「そういえばそうだね、魔法使いなんだからアルテ様みたいな杖やピステロ様みたいなステッキにしないの?刃物の武器がいいの?」


「はい、獣狩りもしてみたいし、お姉さまみたいに草刈りに使ったりできる方が便利だと思うんです」


 今日は光曜日でお休みだ。無償奉仕組もお休みを与えられているようで、ルナ君と私は一緒に武器探しをすることにした。それにしても草刈りねぇ・・・偉大な元領主貴族の子とは思えない発想だけど、私もルナ君と一緒に菜園や畑の手入れしたいかも。


 吸血鬼が好む武器とかよくわからないのでピステロ様に相談してみる。休みの日は港町に滞在せず、南の屋敷に戻っているらしい。


「武器であるか、ナナセの剣をルナロッサにくれてやって、ナナセがもう少し大きな剣を使ってみたらどうかの。」


「なるほど、でもルナ君は私と違って重力魔法を上手く使うので、もっと重くて強そうな武器も扱えるんじゃないですか?」


「そうよの・・・しばし待て。」


 ルナ君は主さまの“待て”を忠実に守り、ソファーから微動だにしない。いったいどういう教育を受けてきたんだろうか。


「待たせたの、これを使え。かつて我に逆らった上位の悪魔族から奪ったものだ、これなら畑仕事にも使いやすかろう。」


 ピステロ様がどこからか持ってきたのは草刈りに使えそうな大鎌だ。それも私の知ってる地球知識だと、これは呪われているような死神の鎌であり禍々しいにもほどがある。この武器は絶対にヤバい、しかもかなりデカい。ルナ君の身長より長い。それをこともなさげにぽいっとルナ君に向かって投げつけた。ルナ君が大鎌を受け取ると、かなりの重量のようで一瞬よろめいたけど、すぐに重力魔法で安定させる。ちょっとちょっと、そんなの投げたら危ないってば。


「うわあ、素晴らしい武器です!主さま!ありがとうございます!」


「ふむ、気に入ったようであるな、しっかり修行にはげむのだぞルナロッサ、それとナナセもである。」


「「はいっ!」」


 屋敷を出てすぐの草原で、さっそく武器の試し切りを行う。


「これは・・・なかなか扱いが難しいです、重力魔法をかけていると刃が草木を斬れませんね」


「なるほど、重さと一緒に威力も軽くなっちゃうんだね、当たる瞬間に重力魔法を弱めるしかないんじゃない?」


 言葉でいうのは簡単だけど、実際にやるとなるとけっこう難しいようで、数メートルほど草や木を刈ったところでルナ君の腕が限界を迎えてしまった。


「はーはー根本的な腕力が足りてないので、ひーひー重力魔法を弱めたときに、はーはー振り回されてしまいます、ふーふー」


 こりゃ武器どうこうじゃなくて筋トレが先だね。


「ルナ君、私と一緒に明日から筋肉トレーニングしよっ!私も剣に重力魔法をかけてみたいけど、まだうまく扱えないから」


「はいっ!お姉さまっ!ぜーはー」


 ルナ君が草原で狩った草木の中に、オリーブの実がついた枝を見つけた。これは菜園で育てられそう!あたりを見回すとけっこうオリーブのなった枝がある。私たちは草刈りの練習を終了して、ひたすらオリーブを拾い集め始めた。ルナ君が一緒だから大量に持ち運べそうだね。


・・・・・


「刑期満了おめでとう!そんじゃ、カンパーイ!」


 ナプレの港町での無償奉仕一か月の刑が終わり、居酒屋に集まってお疲れ様会をしている。一か月なんてあっという間だった。


「三人衆の執行猶予を短縮していただいてありがとうございました!」


「「「ありがとうございましたっ!ピステロ様っ!」」」


「なに、我が法律だからの、誰にも文句は言わせぬぞ。それにの、気まぐれで決めたわけでもあるまいぞ。」


 ピステロ様は三人衆の仕事ぶりを各職場で見て回ったり、私が他の住人の手伝いを積極的にさせていたことが評判になっていたりと、「あいつらならもうナナセにしっかり再教育されているから大丈夫ですよ」と言った意見が後押ししたようだ。まさか執行猶予の短縮につながるとは思ってもいなかった。見てる人は見てるんだね。


「姐さんのおかげでやす、でございます、俺・・・私たちはこれからも姐さんについて行きやすですます」


 言葉遣いが少し丁寧になっているのは、それこそ私が再教育した結果だ。これは、これから先の事業展開を見越し、対外的にきちっとした対応をとれるようにするビジネスマナー教育の一環なのだ。姐さんと呼ぶなとも言ったけど、そこだけは絶対に譲れませんと三人に口をそろえて言い返されてしまった。まあそのくらいはいっか。


「ルナ君は船荷の整理法を作ってくれたんだってね、すごいじゃん」


「ぼっ、ぼくは荷運びのみんなが働きやすいようにしただけですっ」


 ルナ君は独自の分類法で船着き場の位置や積み下ろしの場所を決め、早く運ぶもの、量が多いもの、急がないものなど、わかりやすく降ろせるように工夫し、倉庫の整理整頓を重力魔法を使いまくり、誰が見てもすぐわかる配置にし直した。さらに倉庫前には新しく広い道ができ、馬車が合理的に並べるような交通整理が行われており、貿易と漁の効率化が一気に進んでいた。


「昔は古いものがいつまでも倉庫の奥にあったり、荷物の行方がわからなくなったり、てえへんでしたから。みんな感謝してますですよ!」


「カルスだって、ずいぶん頑張ってたって聞いたよ、ルナ君の考えたことを他の荷物運びの人たちにわかりやすく説明してくれていたって」


 これで港町の流通はずいぶん安定するだろう。月に一度くらい大きな船が来て大量の積荷を降ろさなければならないときは、ピステロ様が応援に来て重力魔法で手伝ってくれるから問題ないらしい。


「ナナセは居酒屋さんのお手伝いをしていたのよね?美味しくなったって評判よ」


「ゼル村と同じことしただけですよ、えへへ」


「ナナセには感謝しているんだよ、接客まで良くなったからねぇ」


 おかみさんにも褒められてしまって恥ずかしい。店が忙しくなってきたので近所の子供も雇うようになると、私は子供たちに丁寧な接客を叩き込んだ。子供たちは変な癖がついていないので吸収が早く、お客さんにお小遣いチップまでもらっている子もいた。税が安くなった上に報酬が増えたので、一品多く、一杯多く頼んでくれる。


 可愛くて元気な子供たちの「おかわりいかがですか?ニッコリ」作戦は想定外の効果があった。私はカラアゲやトンカツなどのゼル村で評判だった実績のある料理を作っていただけだし、もともと新鮮な魚介類が豊富な店だったのだ。お客さんさえ増えてくれれば評判も上がるのは当然のことだ。


「アルテ様は神殿の孤児院でずいぶん人気者だったみたいじゃないですか、優しいもんねアルテ様」


「みんな良い子たちだったわ、わたくしのことをお母さんとかお姉ちゃんとか呼んでくれるのよ、家族ができたみたいでとても楽しかったわ。その分、お別れが辛くなってしまいましたけれど」


 孤児院では文字や計算、それに言葉遣いやマナーなんかを教えていたらしい。子供たちがこの町で立派に育ち、しっかり働けるようになるのは間違いないね。次世代の港町は安泰なんじゃないかな。


「アンドレッティも、ずいぶん魔子の扱いに慣れてきたの。まだまだ時間がかかりそうだが、確実に前進しておるぞ。」


「ありがとうございます、ピステロ様。俺はまだまだ修行中の身です」


 アンドレおじさんは修行のかたわら、町の男の子たちに弓や剣を教えているそうだ。ずるい、私には筋トレの正しいやり方しか教えてくれなかったのに。見てなさい、いつか決闘を申し込んでやるんだから!



 楽しい時間はあっという間に過ぎ、お疲れ様会はお開きとなった。私は久しぶりにアルテ様と手を繋ぎ、寄り道で夜の砂浜に来た。


「ナナセっナナセっ!お星様とお月様が綺麗よ!ほら、海に映って揺れているのも素敵だわ!ほらほら!」


 ほろ酔いアルテ様は可愛い。私の手と肩をゆっさゆさしながら海に映った月を指さして喜んでいる。地球と違い空気が綺麗なのだろう、満天の星空と波の音が私たちを包み込む。


「もうこの砂浜に強盗は出ないですよね」


「そうね、この港町の人たち、とても変わったもの。みなさんナナセのおかげだって言っているわ」


「私だけじゃなにもできないですよ、みんなが協力し合って、同じ目標を持って手を取り合って頑張っているから、自然とこうなったんです」


「でもたった一か月じゃない、ナナセが大きなきっかけを作ったのだから、ナナセは誇っていいのよ」


「それはピステロ様の手腕ですよ、私はせいぜい三人衆の再教育をしていただけですし・・・」


「うふふ、ナナセは本当にいい子ね、大好きよ!」


 むぎゅり。



 翌朝、私は報酬の純金貨に任せて買った高価な馬車に、行きと違ってずいぶんな大荷物を積み込む。大量に採ったオリーブはマリネにしてみたけど、エグくてあまり美味しくなかったので種だけ確保して残りは全部絞ってオリーブオイルにした。


 アルテ様が葡萄酒を気に入ってしまったようなのでたくさん買い込み、これも葡萄の種を持ち帰って栽培してみようと思う。ゼル村は米のお酒と麦のエールしか作ってないので、葡萄酒は新しい事業として時間をかけてやっていけばいいかな。


 他にも貿易の町ならではの品を大量に買い込んだ。その中でも鉄の塊はルナ君が魔法で抱っこして持ってくれているけど、ルナ君二人分くらいあって虐待感がすごい。ごめんね荷物持ちばっかりさせて。


 馬車への積み込みが終わると、ピステロ様とアンドレおじさんをはじめ、町で仲良くなった住人達が見送りに来てくれた。そんなに遠くないんだから大げさだと思ったけど、一人ひとりあいさつしていたらなんだか悲しい別れのような雰囲気になってしまった。いけないいけない、明るく元気に出発しないとね!


「それではナナセカンパニー号、微速前進!」


「ナナセちゃんー!気をつけてねー!」


「みんなまたねー!春になったら来るからねー!」


 この馬車にはペンキを使い、私のヘタクソな漢字で“株式会社七瀬”と書いた。この文字を読めるのは私とアルテ様だけだ。すっかりこの異世界に慣れ、大切な仲間もたくさんできた。それでも私は日本の事を忘れないように、心に刻むように書き込んだ。


 馬車はゼル村に向かい、ゆっくりと走り始めた。



── 第一章 剣士ナナセの新生活 完 ──





あとがき

第一章、最後まで読んでくださってありがとうございます。

二章の前半はシムシティみたいな感じのほのぼの展開が続き、人間関係が少しづつ広がって行きます。中盤からはいよいよ敵らしき人物も登場したりと、ナナセさんはどんどん忙しくなっていくようです。

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