1の36 港町の住人騒動(後編)




「ルナ君、大丈夫よ、王子様が怖いの?」


「違うっますっ!」


 私の手を取るオルネライオ様の逆側の腕につかまり、まるでシンくんのように威嚇しているルナ君に落ち着くように言う。私が罪人として裁かれちゃうのが怖いんだよね?ここはお姉ちゃんらしく、びしっと言うことを聞かせないと。また牢に飛び込んできたときみたいな禍々しい姿になったら困っちゃうもん。


 町長の屋敷についてから応接室に通されると、ほどなくアルテ様がシンくんとペリコを連れてやってきた。護衛の一人が砂浜まで呼びに行ってくれたそうで、二匹とも非常におとなしく、どうやらアルテ様が何かを言いつけたっぽい。ずいぶん賢くなったね。


「ナナセさん、あらためて弟の非礼をお詫び申し上げます。衛兵から簡単に話は聞いておりますが、ナナセさんから直接その時のお話をして頂きたいと思います。お願いできますね?」


 オルネライオ様の横には文官っぽい人がノートを広げて書き込む準備をしている。この世界に来て初めて紙らしい紙を見た。きっと高価なものなのだろう、欲しいな文房具一式。


 私は悪党三人衆を捕えたところから丁寧に話をした。ピステロ様の屋敷からルナ君を仲間にして連れ出した話はとても驚かれ、いくつかの質問をされたけど、その後の町長の屋敷での出来事は何も言わず真剣なまなざしで黙って聞いてくれていた。私はアルテ様に対して「お前でもいいから嫁に」と言った部分を強調して説明し、「むしゃくしゃして暴言を吐いた、今は反省している。」といった感じで説明を終えた。


「わかりました、とても丁寧なご説明に感謝します。次はルナロッサさんとアルテミスさん、あなたが弟を襲撃した経緯をお話し下さい、これも衛兵からあらかた説明は受けておりますが、あなたがたの言葉で聞かせていただけますか?」


「ルナ君、大丈夫?落ち着いてね?」


「はい、オルネライオ様、お姉さま」


 ルナ君はいつものオドオドした感じとは違い、とてもはっきりとした口調で事の次第を説明した。アルテ様はうんうんとうなずくだけで、ほとんど口を挟まず、終始優しい微笑みを浮かべてルナ君が話すのを見つめている。この二人、なんかいつのまにか信頼関係が生まれてるみたいね、私から見ても羨ましく感じる。


「謝罪とともに純金貨百枚ですか・・・ずいぶんとナナセさんを大切に思っておられるのですね」


 えっ?この二人ってば純金貨百枚・・・一千万円相当をあの町長に保釈金代わりに納めようとしたの?アルテ様の金銭感覚がおかしいのは知っていたけど、ルナ君まで一緒になっておかしいのは困っちゃうね、私がしっかりお財布のヒモを握らねば。


「それではわたくしは弟の言い分を聞いてまいります、みなさまはこちらの部屋で今しばらくお待ちいただくことになります」


「オルネライオ様!その前に、この港町の住人の声も聞いていただいてもよろしいでしょうか?事の発端は私が強盗に襲われ、それを捕まえたことではありますけど、私は彼らが強盗になってしまった理由の一端が町長にあると考えております。無関係ではありません、是非とも先にお時間をとっていただけると・・・」


「ナナセさん、あなたは自分を襲った強盗をかばわれると申されますか?不思議な方ですね、いいでしょう。衛兵はその三人を今すぐ連れてきなさい」


 よし、私の任務は終わりだ、あとは三人衆が私の言いつけを守り自分の罪をしっかり認めた上で住人たちの現状を説明してくれれば作戦は成功するはずだ。



「大変お待たせいたしました」


 別室で三人衆と労働者デモ隊リーダーっぽい住人が取り調べを受け終わったようで、オルネライオ様は町長の部屋に行く前に私たちが待たされている部屋に立ち寄った。


「あの三人衆のお話を聞いていただき、ありがとうございます。私はこの港町に活気が出るよう願っているのです。民衆扇動の罪と申されるようでしたら、納得は出来ませんけど、甘んじてお受けいたします」


「子供でありながら難しい言葉を知っておられますね。そのような罪はありませんよ、この王国での罪は殺人を犯したものを処刑するという決まり事だけです、他の小さな罪は町長や村長の権限で行われ、手に余る場合はわたくしども王国裁判官が判断します。」


 この国は平民が大規模な反乱を起こした歴史があるため、王族や貴族が有利になるようなことは完全になくなり、あくまでも平等に罪を裁くそうだ。その基礎となるのは過去の裁きに則ることが多く、法律こそないものの、町長や村長になる王族はみな過去の犯罪を学問として学び、とても精通しているらしい。


 合理的といえば合理的だけど、裁判官次第でずいぶんと治安が変わりそうだねえ。あ、そっか、無能な町長が裁判官だった結果が、この港町に強盗が生まれちゃって治安が低下した理由なのか。なんか目の前で見てしまっただけにすごく納得だ。


「ナナセさんが見立てたとおり、この町の治安が低下したのは不肖の弟の責任が大きいようですね、わたくしどもは王都にいて多額な納税額の数字だけを見て、弟はよくやっていると勘違いし、土地を治める領主として最も大切な民への心配りがまったくなされていなかったことを見落としていたようです。ナナセさんは領主教育や法の教育でも受けておられたのですか?わたくしどもが気づけなかったことに気づき、それを知らせていただいて感謝せねばなりません、ありがとうございます」


 いやいや買いかぶりすぎですよ、ゼル村の村長さんの方が町長より有能だよね?くらいの軽い気持ちで始めたことだし、そんな帝王学みたいなの受けたことなんてないし。


 でも王子様に褒められるのは悪い気がしないね。


「私はチェルバリオ村長のことしか知りませんし、強盗三人衆の話は、この港町の住人の立場になって聞いてあげただけですよ、そんな立派なものではありません。私こそオルネライオ様が柔軟に罪人の言葉に耳を傾けて下さったことに感謝せねばなりません」


「王族というものは、その『住人の立場になって』ということがなかなかできないのです。わたくしもまだまだ勉強が足りないと反省しなければなりませんね」


 そう言うとオルネライオ様が町長の部屋へと向かった。護衛の人も全員ついていってしまった。


「ナナセはすごいわね、領主や裁判官にまでなれるようですよ、わたくしとても誇らしい気持ちだわ!」


「やめてください!アルテ様、ズルして昔の知識をちょっと流用しただけですよ」


「ズルするのも才能ですよ、うふふ」

「お姉さまは天才です!」

「がうがうっ!」「ぐわぐわっ!」


 私はデヘヘのポーズで仲間たちと笑い合った。


・・・・・


 それから数日後。


「それでは判決を言い渡します。」


「まず町長サッシカイオ、自身の評価を上げ王都への帰還を狙い住人への負担を顧みず高額な税を納めさせ、労働報酬を減額し士気を著しく低下させ、同時に港町の治安までも低下させました。これは王族であり領主として非常に恥ずべき行為です。その上未成年であるナナセに婚姻を強要し、断られたとあらばアルテミスに対し無礼な物言いで同じように婚姻を強要し、その後謝罪に訪れたアルテミスとルナロッサが十分な誠意を示しているにも関わらず話を聞くことさえなく、これは町長サッシカイオがアルテミスとルナロッサによる暴力的手段を誘発したと言っても過言ではありません。」

「以上のことを踏まえ、町長としての全権はく奪、王都へ戻り一年間の無償奉仕、その後再度の領主教育を受けることを命じます。異議は受け付けません。」


「・・・。」


「次にアルテミスとルナロッサ、二人は町長を襲撃し、暴力的手段により地下牢の鍵の強奪し、容疑者であったナナセの脱獄ほう助を行いました。すべての原因が町長サッシカイオにあったとはいえ、衛兵を通し王国に訴えるなど平和的な解決方法もあったことを踏まえ、ルナロッサには闇魔法を利用した船荷の積み下ろし無償奉仕を一か月、アルテミスには神殿にて治癒魔法の無償奉仕一か月を命じます。二人とも異議はありませんね?」


「「ありません」」


「次にナナセ、あなたは町長サッシカイオによるアルテミスへの慇懃無礼な求婚に対し怒りの発言を返した行為は人として当然のことであり、剣に手をかけたと申し出もありましたが衛兵の指示に従いその手を止めました。この件に関してあなたが罪に問われることはありません。それどころか衛兵すら手を焼いていた三人組の強盗を捕え、その後は正義感に溢れる行動によりナプレの港町の問題点を抽出し、我々王族にこの町の正しい方向性を示したことは大きな功績となり得るため、王族からの慰謝料を含め純金貨百枚の報酬を与えます。」


「つつしんで・・・って、はいー?」


 祝!勝訴!


「なお、不在となる港町の町長“代行”として、南の屋敷の主、ピストゥレッロ様をお迎えします。かつてはこの地の名領主だった経験を鑑み、また、わたくしとの話し合いの中でナナセを助けたいという強い意思表示を受け、王族より正規の町長を送るまでの期間、この町を立て直す任務を全うしてもらうこととなります。」


 ええっ!ピステロ様、数百年ぶりにあのお屋敷から出るのぉ!?

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