1の35 港町の住人騒動(前編)




 快適な地下牢生活を送っていた私は、親切な護衛の人と雑談をしていると、アンドレおじさんの大きなリュックを背負い、私の剣を片手で軽々と持ったルナ君がドタドタと牢の廊下に飛び込んできた。


「おおねえたまっ!ぶじですかぁつっ!」


 護衛の人がその姿をみて腰を抜かす。ルナ君は言葉が少し変だったけど、姿はもっと変だ。とてつもなく禍々しく、見た目と言葉のギャップに私も驚いてしまう。


「るる、ルナ君!そのピステロ様みたいな怖い姿はどうしたの!上で何があったの!?」


「ああっお姉さまごめんなさい、これは演出です」


 ルナ君がまとっていた闇のオーラみたいなものは消え、逆立った髪はいつもの前髪少年に戻った。どこから持ってきたのかわからない鍵で牢の扉を開けてくれると、半泣きのアルテ様が私に抱きついた。


「ナナセ、怖い思いしなかった?どこか怪我はない?昨日はちゃんと眠れた?おなかすいてない?わたくしすぐには助けに来れなくて・・・」


「アルテ様、大丈夫ですよ、ここの護衛の人はとても親切に私を扱ってくれました。怖い思いはたった今飛び込んできたルナ君の姿に驚いたくらいですよ」


 アルテ様は「よかったわ」と言いながら暖かい光で包み込む。私は何も考えずアルテ様にむぎゅりと抱きついて暖かい光を堪能する。牢の床で寝たせいで少し体が痛かったのがどこかへ飛んでいった。


 ルナ君が私に剣を手渡しリュックを床に置くと、町長とのやり取りを順番に説明してくれた。アルテ様は腰を抜かしてしまった護衛さんに治癒魔法をえいえいとかけている。


「なるほど、町長を成敗しちゃったのね。そんなことして私たち、ますます立場悪くならないかな?ゼル村に帰ると、みんなに迷惑かけちゃうんじゃ・・・」


「それでしたら大丈夫かと思います!」


 護衛さんはいい人だ。私とアルテ様のことを気遣い、自分に力があれば王子を説得するのにと言ってくれていた。護衛さんいわく早馬を飛ばして王都に出向き、第一王子オルネライオ様の審判を仰げば問題ないらしく、町長が先に私に無礼な行為を行ったのは明白で、護衛全員が証人になってくれるだろうとのこと。


「王都への早馬は二日ほどかかります。戻るまでの四日間は、こちらの町に滞在して頂くことになります。もちろん終日監視の護衛はつけさせてもらいますが」


「わたくしたちも急ぐ旅ではありません、そのように取り計らっていただけるのは逆に感謝いたします」


「牢じゃなくていいんだ。私もこのまま逃げ帰るわけにはいかないと思うから、きっちり第一王子様に裁いてもらいましょう。相応の罪は償いますよ」


 私たちは町長と同じ屋敷にいるわけにもいかないので、三日間はピステロ様の屋敷に滞在することを申し出たけど、さすがに断られてしまった。まあしょうがないよね、町の住人にとってはいまだに謎の魔神が住む謎の屋敷なわけだし。


「そうだ護衛さん、牢に捕らえられている強盗三人組も連れ出していいですか?何かあれば私がまたひっ捕らえますから」


「こいつら連れて出るんですか?あまりお勧めはできませんが・・・手縄を付けっぱなしでよければ許可します。もちろん護衛も付きっきりです」


「「「ナナセの姐さん!ありやとやんす!」」」


 牢の中で暇だった私は、この三人に積極的に声をかけて港町の話を聞いていた。強盗行為は許されないけど同情する部分もあった。どんなに漁をしても、どんなに狩りをしても、どんなに船荷の積み下ろしをしても、その日生きる程度にしか手元にお金が残らないほどに税金が高いらしい。むしろ税金が高いのにくわえて元々の賃金が低く、それでいて物価も高い。これではゼル村の子供の方が稼いでいるくらいだ。


「あンたたちも第一王子様に、しっかり自分の罪を認めたうえで、この港町の現状をちゃんと話すンだからね、その準備として現状に不満を持ってる港町の住人を決起させるンだよ!」


「「「へい!姐さん!」」」


 三人衆と話しているとなぜか若干姐さん言葉になってしまうのは気のせいだろう。この港町で数日滞在する暇つぶしだが、ゼル村を知っている私はどうもこの港町のくたびれた感じが気にかかる。早く帰ろうと思っていたけど、こうなってしまったら徹底的にやろう。


「ナナセは襲ってきた人たちにまで手を差し伸べるのですね、とてもわたくしにはできないことだわ」



 三人衆が手に縄をかけられたまま港町の広場で演説を行っている。私とルナ君はともに護衛さんに見張られながら、その演説のサポートをする。アルテ様は海で大量の魚を捕まえてシンくんとじゃれ合っていたペリコとともに、波打ち際でのんびり過ごすそうだ。こちらには護衛がつかないらしいけど、アルテ様が逃げ出すとはとうてい思えないので妥当な判断だろう。


「船荷の積み下ろしで純銀貨一枚は少なすぎる!」

「そうだそうだー!」


「漁で採れた魚の大半が税なのは横暴だ!」

「「そうだそうだー!!」」


 演説というにしては稚拙だけど、多くの町の住人が三人衆の声に耳を傾けている。初日こそ町長に逆らうのをためらっていたようだけど、翌日からは少しづつ賛同者が増え、三日目には私の知っている労働者デモ隊っぽくなってきた。私は集まった人たちに補足するように声を上げる。


「この港町には笑顔が足りません!労働における対価が低いのもありますけれど、みなで協力しあって町を良くしようという意思すら失わされてしまっているのです!その要因は町長です!町長は王国へ自分の評価を上げる為だけに高い税をかけ、短期間で王都への帰還を計画しています!そのようなやり方の犠牲になっているのは他でもない、住人のみなさんなのです!」


「「「そうだそうだー!!!」」」


「私の住むゼル村は、村人全員が協力し合い、村をよくしていこうと頑張って働いています!村長さんは住人から多くの税を取ることなど絶対にせず、村が発展することによって自然に収穫を増やし、納税が楽になることを考えています!村人はみな笑顔で、食事も美味しく、この村に足りないものがすべてそろっている村なのです!このままではそんな小さな村に、港町が追いつかれ、そして追い越されてしまいますよ!みなさん危機感を持って下さい!」


「「「うおぉー!!!」」」


 ちょっとやりすぎかな?政治犯みたいなので罰せられちゃうかな?とも思ったけど、護衛の人も一緒になってそうだそうだコールしているので問題なさそうだ。っていうかこの護衛の人、とても嬉しそうに直属の上司を裏切るようなことしてるけど大丈夫なのかな?



 四日目の朝、私は広場で港町の住人を集めてゼル村のことを面白おかしく話していると、なにやら北の入口の方がざわめきだした。第一王子様が来たのかな?


「道を開けろー、オルネライオ様がご到着されたぞー」


 そこには背筋をピンと伸ばし、美しい白馬にまたがり、清潔に切り揃えられた髭をたくわえ、透き通るような碧い目で町の様子を見ている紳士がいた。アンドレおじさんより少し年下くらいかな?第二王子とは比べものにならないくらい素敵な人だ。まさに白馬の王子様って感じ!私この人なら第二婦人になってもいいかも!・・・っといけないいけない、夢見る少女じゃいられないのだ。なにせ私は罪人なのだ。


 住人が左右に道を開ける。跪くような人はいないけど、明らかに敬意を表すように頭や腰を下げている。隣で護衛の人とルナくんが跪いているようだけど、私はお作法がわからないので他の住人と同じように軽く頭を下げる。


 第一王子の白馬は私の目の前で止まると、屋敷で見たことのある護衛の人が第一王子になにかを耳打ちをした。


「楽にして下さい、あなたが剣士ナナセさんですね?お初にお目にかかります、王国裁判官オルネライオと申します。このたびはわたくしの弟がご迷惑をおかけしたようで、大変にお恥ずかしい限りです」


 あら声も素敵じゃないの。この方は人格者というだけでなく、見た目や声までも完全無欠のスーパーアイドルなのね。だがしかし私の立場な罪人なのだ。


「私がゼル村のナナセでございます。そのようなお言葉を頂けるとは思っておりませんでした、町長さんに対して非礼を働いたのは私のほうです。このような礼儀のない小娘の罪のため、遠く王都からご足労いただくことになってしまい、誠に申し訳ございません」


 私はルナ君たちの真似をして跪き、知りうるかぎりの丁寧そうな言葉であいさつを返す。合っているのかわからないけど、私には便利チョーカーがあるのだ。正しいニュアンスで伝わっているはずだ。


「驚きました、まだお若いのに大変に大人びた言葉遣いをされるのですね。そう卑屈にならないで下さい、あなたのお話は衛兵より聞いております。さ、町長の屋敷に参りましょうか」


 王子様は白馬からシュタッと飛び降りると、私の手を取り立ち上がることを自然に促す。女性の住人から黄色い歓声が上がり、三人衆や労働者デモ隊のみんなに「姐さん頼んます!」と言われる。


 私は素敵な王子様のエスコートのもと、町長の屋敷へ連行された。

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