1の32 ルナロッサとアルテミス(前編)
ぼくはルナロッサ、赤い月という意味の名を持つ吸血鬼と神族のハーフだ。ぼくの右目は白い部分がなく、真ん中には赤い月が鈍い光を放っている。自分で見ても禍々しく感じるので、あまり好きじゃない。だから髪の毛でいつも右目を隠してる。
ぼくの住んでいた屋敷の主さまで父上のピストゥレッロ様は、偉大な重力魔法の使い手で、ぼくもたまに重力魔法を教わっていた。
ぼくは屋敷の周りから一度も出たことがない。主さまが外界の事など知る必要がないと言っていたけど、数百年ぶりに訪れた不思議な人たちに出会ったことで、とても嬉しそうにぼくが外界へ旅に出ることを決めた。ぼくもとても楽しみにしているんだ。
「じゃあさ、私まだまだ未熟だからさ、魔法を教えてくれる?」
「はいっ!な、ナナセおねえた、まっ、よろしくお願いしますゅつっ!」
主さまは、ぼくをナナセお姉さまに重力魔法を教える係にした。ぼくもまだまだ未熟だから、ちゃんと教えられるかわからないけど頑張らなきゃね。うまくあいさつできなかったから少し恥ずかしかったけど、ナナセお姉さまはぼくの手を優しく握って微笑んでくれた。人族の女の子を初めて見たぼくは、とてもドキドキしてしまったんだ。
ナナセお姉さまのお話はとても楽しくて、聞いているだけでとてもウキウキしてきた。とても遠くの国からやってきて、主さまでも知らないようなことをたくさん知っていた。ここから少し離れたゼル村っていうところに住んでいて、動物や植物を育てているんだって。
「それじゃあ、お姉ちゃんがルナ君にトマトジュースをご馳走してあげますっ!」
ぼくはあまり獣の血が好きではない。あれは生臭くて飲みにくいし、主さまが飲まなきゃ死ぬって言うから無理して飲んでいた。
このトマトジュースの見た目は獣の血に似ているね、あんまり飲みたくないな・・・
「うふふ、ナナセの育てたトマトは、ジュースだけでなく色々な料理や調味料にもなるのですよ」
アルテ様は神族だ。ぼくは母親のことをよく知らないけど、神族はみんなこんなに綺麗なのかな?ぼくの母親もこんな風に優しく微笑んでくれるのかな?
ぼくは主さまが美味しそうに飲むのを横目で見ながら、トマトジュースに恐る恐る口を付けた。・・・なにこれ!美味しい!ほんのりと甘くて生臭さなんてまったくない!これなら毎日飲める!
この後出てきたオムライスという料理もとても美味しかった。鶏の卵は生のまま飲み込むものだと思っていたし、米をこんな風に赤く味付けして食べるなんて知らなかった。ナナセお姉さまはこれからも美味しいものをたくさん作ってくれそうだ。次はどんな料理を食べさせてくれるのかな。
・
「じゃあこの子の名前はペリコにしますっ!」
屋敷の近くの浅瀬にいたペリカンとお友達になった。不思議とぼくに懐いてくれたので、この旅に一緒に連れて行くことになった。アルテ様はペリコがぼくの眷属だって言ってたけど、大切なお友達であり一緒に旅する仲間だ。ペリコはぼくの足や腰を大きなくちばしではぐはぐと噛んでくる。ちょっとくすぐったいけど、なんだかとても可愛い。
ぼくたちは海辺の道を通って、ナプレの港町に着いた。町は初めてだから、こんなにたくさん人がいることにびっくりした。主さまの本を読んで人族の町のことは少しは知っていたけど、こんなに色々な形の建物があるなんて想像もしていなかったんだ。
「おかみさん、今日のおすすめを三つください」
ナナセお姉さまがお店で料理を注文してくれた。ぼくは注文の仕方とかわからないので静かに座って周りを見渡す。お酒を飲みながらお魚やお肉を食べている人族がたくさんいて、今日の漁や狩りの話をしている。狩りが上手く行かなかったのかな?とても残念そうな顔をしている人ばかりだ。
そうしていると料理が運ばれてきた。お魚が身だけに切り分けられ、野菜も一緒に入ったスープ仕立てだ。主さまは料理ができないので、ぼくは生きたままだったり、丸焼きにしたものしか食べたことがなかった。料理って本当はこんな風に出てくるんだね。初めて食べる野菜も入っていて、とても美味しく食べ終わった。
食べ終わるころにナナセお姉さまはペリコとシンくんの餌を買って、そのお店を後にした。
・
「おやすみなさいませ」
ぼくに睡眠は必要ない。たまに眠くなるときがあるけど、少し眠ればすぐに目が覚める。ナナセお姉さまが眠ったことを確認して、ぼくは優しめの重力魔法をかけて寝心地をよくしようとしてみたがうまくいかなかった。アルテ様の光が屋敷の結界に抵抗していたのと同じかな。
朝までたっぷり時間があるし、アルテ様とたくさんお話をした。
「アルテ様はお姉さまのことをとても大切にしていますね、羨ましいです。ぼくは主さまにほとんどほうっておかれて育ちましたから」
「ナナセはね、とても不思議な子なのよ、わたくしがこの世界に来ても何もわからず何もできなかったのに、ナナセはどんどん先に進み、わたくしのことを何度も助けてくれたの。何もわからないのはナナセだって同じはずなのに、いつも前を向いてわたくしの手をしっかりとを引っ張ってくれていたのよ」
アルテ様はナナセお姉さまの手を握り、優しく頭を撫でる。月の光が二人の手にゆっくりと集まり、とても暖かな光を放っている。これは普通の治癒魔法じゃなさそうだね、アルテ様のナナセお姉さまへの愛情が魔法に絡みついているのかな?感情は目に見えないものだから魔子が絡みつきやすいのかもしれないな。羨ましいなあ、この二人。
「ぼくはお姉さまに迷惑かけていないでしょうか?魔法を教えるなんて言っても、教えたこともないし上手くできるのでしょうか?」
「ナナセは仲間と認めた人を、とても大切にしてくれます。ルナさんもすでに立派な仲間です、ナナセが迷惑なんて感じるわけないわ。それにね、わたくしは魔法なんて急いで覚える必要はないと思っているの。ナナセのやりたいことを、ナナセのやりたいときに、ナナセのやりたいペースで、楽しんでやってくれればいいなって、そう思っているのよ」
ぼくに母親がいたら、こんな風に優しく見守ってくれるのかな?やっぱりアルテ様とナナセお姉さまの関係がすごく羨ましい。
「そういえばアルテ様は創造神様から使命を与えられているですよね、お姉さまが魔法をあまり使えないままだと、困っちゃうんじゃないですか?」
「そうね・・・天界で居場所がなくなってしまうかもしれませんね。このままこの星で暮らすことになってしまったらどうしましょう?」
「大変じゃないですか!やっぱりぼくナナセお姉さまが立派な魔導士になれるように、頑張って教えないと!」
「うふふっ、いいのよルナさん、もともと天界では肩身の狭い思いをしていましたし、わたくしは戻れなくても何も困りません。それに、もし創造神様がナナセの嫌がることを要求して来たら、わたくし、神だって敵に回しちゃうんですから!・・・神であるわたくしが言うのもなんだかおかしいわね」
アルテ様は微笑みながらそういうけど、創造神様と喧嘩なんてとんでもない。まずはぼくが立派な紳士にならなきゃね。
「もぉ食べりゃりぇにゃいよぉむにゃむにゃzzz」
ナナセお姉さまの嬉しそうな寝顔から寝言が聞こえる。アルテ様と二人でその顔を見つめていたが、思わず顔を見合わせ笑ってしまう。ナナセお姉さまは食べることが本当に好きなんだね。
「アルテ様、ぼく主さまにも認めてもらえるような立派な紳士になって、お姉さまとアルテ様のお役に立てるように頑張るからね、アンドレさんとも約束したんだ。「あの二人を、俺の代わりに守ってやってくれ」ってねっ!」
「あら、アンドレッティ様ってばルナさんとそんな素敵なお約束をしていたのですね、とても心強いわ。わたくしも頑張らなくてはなりませんねっ!」
その後は、この世界の常識やゼル村でどのように過ごしているか、牧場と菜園の仲間たちのこと、それに少しだけアルテ様の天界時代の苦労話なんかも聞かせてもらった。
窓の外はぼんやりと明るくなり、たくさんの小鳥が鳴き声をあげて朝を知らせてくれる。神殿の鐘が鳴り響き、ナナセお姉さまが目を覚ます。
こうしてぼくの外界一日目が終わり、二日目が始まったのだ。
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