1の26 屋敷の結界(後編)




 私は目印を付けながら前に進む。口数は少ない。なぜならどこまで数えたか忘れるからだ。しばらく進んでいるとアルテ様が反応した。


「ナナセ、あの岩はさっき番号を振った岩と同じような形をしているわ」


 アルテ様がその岩を見てきたけど番号はなかったらしい。おかしいとは思いながらも新しい番号を振ってさらに進む。


「ナナセ、この木はずいぶん前に○×を付けた木に似てねえか?」


「くぅーん」


 シンくんが耳をペタンとして目をつぶったので、マーキングの跡が無かったという意思表示だろう。おかしいな、さっきから同じような所をずっと歩いているはずなのに、同じ木ではないし同じ岩ではないようだ。それとスタート地点の穴もなかった。


 これはわざと似たような景色を作って混乱させるような仕掛けなのかな。それと、真っ直ぐ進んでるつもりでも実は脇道にそれちゃってたりしてるのかな。ちょっと確認してみようと思い、みんなを待たせて焼き菓子ラインを逆走するように剣をなぞらえてみたけど、すべて真っ直ぐに見えてしまう。焼き菓子作戦は意味がなかったかな?


 仕方がないので引き続き直線のつもりでしばらく進むも、景色はずっと似たような感じだった。うーん、もし私が屋敷の主で、屋敷に辿り着いてほしくないと思っていたら・・・・


「そっかぁ、なんとなくわかったかも」


 おそらく人には気づけないような緩やかな傾斜とカーブで円を描くように進ませて、元の場所に戻ってきてしまう方式なんじゃないだろうか。なおかつ、途中途中は意図的に同じような岩や木を配置することで、同じところを歩いているように思わせ引き返させる罠を二重にかけてあるのかもしれない。そう考えると、このまま誘導され続けていればスタート地点に戻っちゃうはずだ。


「たぶんこのまま進んでいくと、スタート地点に戻ると思います!」


「おいナナセ、それじゃ駄目じゃねえかよ!」


「いいえ、まずはそれでいいんです。スタート地点に戻ることを確認してから、あらためて屋敷方向に向かいます」


「ナナセに任せます、わたくしには何もわかりませんから・・・」


 そのまま進み続けると、ほらあった!あのスタート地点の穴だ!


「本当に戻って来ちまったなあ・・・やっぱりなんかの幻術で・・・」


「いいえ、これで屋敷の方向を確信しました!私たちは、きっと上空から見ると大きな円を描いて進んでいたんだと思います。林に入ってからはしばらく無造作に進んでいましたけど、知らず知らずのうちに、人が歩きやすいと感じる方向に無意識的に誘導されてたんじゃないでしょうか」


「なるほど、これはエルフの幻術じゃねえってわけだな?」


「はい。それで私たちが作ったスタート地点は、円を描いている道の途中のどこかだと思います。林のどのあたりかは全くわかりませんけど、必然的に屋敷の方角はわかりますよね?」


「わかったわナナセ!歩かされている円の中心にあるのね!」


「そうですね。アルテ様の左側は岩や大きな木ばかりあって、アンドレさんの右側にはそういう障害物はあまりなかったと思います」


「そうだな、右側はわりと歩きやすそうな景色だったぜ」


「つまり、それが林の外側方面です。この林に入り込んで、あきらめて帰らせるための、人が歩きやすそうな方向です。そうです、私たちはこの林を緩やかに反時計回りしていたのですっ!」


「反時計ってなんだ?砂のやつか?」


「あ、ごめんなさい。」


 この世界には砂時計しかなかったんだ。失敗失敗。


「えっと、左回りしていたのですっ!」


 私は子供名探偵!といった雰囲気を出すため眼鏡をひくひくさせながら人差し指を立てて自信満々で説明した。


「今日はもう暗くなってきたので、いったん林の外に出て野営しましょうか。初めて訪れるのに夜遅くというのも失礼でしょう。右側を適当にまっすぐ進めば出られるはずです」


 私の予想どおり、歩きやすいところを進んでいるとすぐに海辺に出ることができた。アンドレおじさんがたき火を作ってくれたのでリュックから鍋を取り出し、そのへんで適当に貝を拾って海水でリゾットを作ってみたら塩が強すぎた。しょうがないからトマトジュースで薄めてみたらいい感じになった。


「ガリッ!だいぶ貝が砂を噛んでますね、ごめんなさいガリッ!」


「このくらい大丈夫だよガリッ!美味いぜこれ」


「ええ、ナナセの料理はジャリッ!何でも美味しくいただけますよ」


 地球のレストラン基準で考えたらクレームが出るような料理だったけど、二人とも満足してくれたので良しとしよう。


「それじゃ交代で寝るぞ、ナナセは先に寝てくれ」


「アンドレさんありがとう、おやすみなさーい」


 砂浜で寝るなんて初めてた。綺麗な星空と波の音に包まれ、アルテ様の柔らかな膝枕の上で静かに眠りについた。翌朝起きるとすぐに固いパンだけかじって出発の準備をする。野営する予定はなかったので、これで食材はほぼ使い果たした。昨日の林の仕組みをおさらいし、まずは穴地点まで戻ることをみんなで確認する。


「よし、待ってろよー屋敷の主っ!しゅっぱぁーつ!」


「おー」「いきましょー」「がうー」


 砕いた焼き菓子を目印に、私たちは穴のスタート地点まで簡単に戻ってきた。無駄かと思っていた焼き菓子が役に立ってよかったよ。そこから進行方向とは違い直角に林の中を切り込む。私の予想どおり、大きな岩が邪魔をしていたり意図的に大木が倒してあったりして、とてもじゃないけどまっすぐ歩けないアスレチックのような場所を、登ったり降りたりしながらひたすら進む。


 しばらく苦労しながら登ったり降りたりしていると、急に目の前の景色が開けた。ようやく屋敷についたかと思ったら、そこには身の危険を感じるような闇が広がっていた。


「なんだか暗くて怖いですねえ」


「ここだけ夜みてえだな。見るからに危険そうで近づけねえ」


「これが正真正銘の結界なのかなあ?」


 シンくんまで怖そうにしているので、間違いなくこれは危険なものだろう。結界の解除でアルテ様を近づけるなんてとんでもない雰囲気だ。困っちゃったね・・・


「ナナセ、ちょっと石を投げ込んでみますね、えいっ!」


「ちょっ!アルテ様っ!危ないですよっ!」


── ぼよーん ──


「あら?石が変な方向に跳ね上がりましたね」


 アルテ様の投げた石は闇に吸い込まれるわけではなく、上の方に跳ね上がってどこかへ消え去った。それは目に見えない噴水に下から弾かれたかのような動きだったので、これが地面から何らかの力が湧いている結界であることが想像できる。


「やはりこれは魔法の結界ですね、重力結界だと思います」


「重力?アルテ様の魔法で抵抗できるんですか?」


「何か結界の維持装置のようなものがあると思うのですけれど・・・」


 どれどれとあたりを見回すと、いかにも怪しい羽のある魔物っぽい精細な彫刻の石像があった。目のところに黒い宝石が埋まっていて、光を吸い込むような不思議な輝きを放っていてちょっと怖い。


「これはガーゴイルってやつですかね?このいかにも怪しい目を壊せば結界を解除できそうじゃないですか?」


「おいナナセやめとけよ、いかにも危険そうじゃねえか」


「ですよねぇ・・・」


 私とアンドレおじさんがむむんと戸惑っていると、アルテ様が石像にスタスタと近づいた。なんかさっきから行動力が高いんですけど。


「わたくしが光子を集めて抵抗してみます。もしも闇が晴れたら急いで中に入って下さい、抵抗し続けないとナナセたちが脱出できなくなってしまいますから、わたくしはこのままここに残って抵抗し続けます」


「アルテさん、あんま無理すんなよ、ここで引き返しても良いんだぜ」


「大丈夫です、ナナセのためなら頑張れます!」


「ありがとうアルテ様。私、屋敷の主に会ったらすぐ戻ってくるから頑張って待っててね!」


 アルテ様が杖を握りしめて集中する。すると、この薄暗い林の中に暖かな光が生み出され石像を包み込み、目に埋め込まれた黒い宝石の色が少し白っぽく変わった。その瞬間、目の前の闇がパッ!と晴れ、ゼル村や港町では見たこともないような立派なお屋敷が姿を現した。


「アルテ様すごい!成功です!それじゃ急いで行ってきます!」


「アルテさん、すぐ戻るからな!」


 私は剣を抜くと両手でしっかりと持ち、アンドレおじさんは剣と盾を構えて進む。ついにお屋敷の前へ辿り着くと、ひとまず立派な扉をノックする。何も反応がないので、恐る恐る引いてみると鍵はかかっておらず、そのままお屋敷の中へ侵入することができた。


 入ってすぐの中世的な階段をゆっくり登り、正面にあった立派な扉をノックする。またもや反応がないのでそのまま中に入ると・・・


「おじゃましまぁーす・・・」


「我の屋敷に無断で侵入するとは良い度胸であるの」


 扉を開けて部屋に入るとすぐに凍えるような声が聞こえた。声の主を確認することもできないまま謎の力で上から抑えつけられ、私とアンドレおじさんは強制的に床とお友達になってしまった。

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