売れない作家の副業
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第1話
小学校へ行く途中で、おばあさんと出会いました。おばあさんは重そうな荷物を持っていて、今にも倒れそうなほど、足取りはふらついていました。だから僕は代わりに荷物を持ってあげました。小学生の僕にとっても、とても重い荷物だったけど、頑張っておばあさんの家まで運びました。おばあさんはとても喜んでくれて、お礼にお茶とお菓子を勧めてくれました。でも学校があったので、お礼だけ言って断りました。結局、学校には遅刻してしまったけれども、先生は僕を許してくれました。とても優しい先生が担任でいてくれて、僕は幸せ者だと思いました。それから、お昼の給食のデザートは、僕の大好物のプリンでした。でも、クラスの友だちが誤って床にこぼしてしまったので、僕は自分のプリンを友だちにあげました。友だちはお礼を……
「……って、こんなのやってられるか!」
山野は両手をキーボードに叩きつけた。〈……お礼を〉に続いて、意味を成さない文字列がディスプレイに表示され、すぐさま、文字や文法の間違いを指摘する多数の警告メッセージが現れた。
「今日はまた随分と荒れてるねえ」隣の席にいた赤池が手を止めた。「何か面白くないことでもあったのかい?」
「叫びたくもなりますよ。毎日毎日、同じような文章を書かされていたら」
「今、山野くんが担当している案件は?」
「お察しの通り、いつものですよ」
山野はプリントアウトしていた制作指示書を先輩に手渡した。指示書の一番頭に記述されているクライアント情報には、四十代半ばの夫婦とあり、そして制作目的の欄には、子どもアンドロイド用AI提供のため、とあった。
情報技術の発達により、今では工場から介護現場まで、社会に遍くアンドロイドが浸透しているが、近年特に流行しているのが、子どもアンドロイドだった。晩婚化が進み、産みたくとも産めないが、それでも子どもを育てたいという夫婦から、アンドロイドを家族として迎えたいという需要が増えている。テレビやネット上で活躍する評論家たちは、アンドロイドを子どもとして育てることが本当に『子育て』なのか? ただのままごと、あるいはペットではないのか? という議論を長年繰り返している。しかし、とある弱小AIベンチャー企業が、子どもアンドロイドサービスを始めたことで、瞬く間に日本有数の大企業へ飛躍たという事実から、世論の方向性は推測できるというものだ。
山野も赤池も、今をときめく子どもアンドロイドサービスの会社で契約社員として働いている。
指示書から視線を上げた赤池は、肩をすくめた。
「しようがないだろ、俺たちゃこれで飯食ってるんだからな」
「それはそうなんですけど……」山野は不満そうに顔をしかめた。「でも、見てくださいよ。ここ」
山野は指示書の一項目を指差した。そこはAIの性格定義欄だった。クライアントは出荷時における、子どもアンドロイドの思考と行動の特性……つまり『AIの性格』を指定できるのだ。
「どれどれ……、親切で礼儀正しく真っ直ぐで正義感が強い、か。まあ、普通だな」
「そこが問題なんですよ」山野は力説した。「どの依頼も似たり寄ったり。こんなに子どもの性格って画一的で良いんですか?」
「無礼で浅はかで反抗的、なんて性格の子どもを、親が望むと思うか?」独身の赤池は冷笑を浮かべた。「それに、こんなことは会社も織り込み済みだ。だからこそ俺たちがいるんだろ」
一言で親切と言っても、道を尋ねられたら答えてあげるのか、赤の他人の借金保証人になるのかなど、程度が異なる。それをうまく酌量し、具体的な物語……エピソードに落とし込むのが、山野たちの仕事だ。そして、作られたたくさんのエピソードをもとに、アンドロイドAIの性格を『学習』させる。これにより、無機質にパラメータを調整するよりも、アンドロイドに現実性のある性格を与え、かつ多様性を確保している……のだが。
「でも、これだけ似た依頼が続けば、エピソードのネタも尽きますよ。これだって……」山野は、ディスプレイに表示されている、作成途中の文章へ目を向けた。「おばあさんをおじいさんに変えたり、プリンをメロンに変えたりする程度で、何度使い回したことか」
「なるほど……」
赤池は深く頷いた後、だしぬけに言った。
「山野くん、今度の新人賞応募もダメだったみたいだね」
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