ときめきブルーハワイ
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ときめきブルーハワイ
***
「てか、ブルーハワイってさ。そもそも美味しいわけ?」
教室中に響き渡る瀬野(せの)くんの声。
その声に思わず反応したことが、全ての始まりだった。
「だってさ。そもそも食欲を激減させてしまう色味がハードル高いというか。好きな人にはたまらない味だということくらいは、ロングヒットしている事実からも分かってはいるけど……」
力説し続ける彼にとって、ブルーハワイの存在は純粋に疑問に感じているのだろう。その瞳から底意地の悪さも見えてこなければ、他人を貶める感情も伝わってこない。
その事実は他者の好みを否定しない発言からも明白なことだ。とは言え……。
「いったい何処を目指している存在なのか、俺にはさっぱり分からない。というわけで、俺にはブルーハワイの良さがまるで分からない」
浅はかで無神経な発言を平気で垂れ流す行為を目の当たりにして、残念な人だと思ってしまうのは極々自然な感情ではないだろうか。しかし、残念な人という認識を覆すことは簡単には出来そうにもないが、憎めない性格の持ち主であると純粋に思えたこともまた事実。
人間、完璧な人なんていない。
だからこそ、ひとつ。何かしら魅力を探し出すことは後々とても重要になってくるだろう。例え、ひとつだとしても魅力を把握していれば、不必要な苛立ちを持たずに、平常心を保ちやすいからだ。
さて、親の仇のごとくブルーハワイを攻撃していた瀬野くんが不意に攻撃を中止する。そして、あからさまに教室の隅でドン引きしつつ見つめていた私に向けて、大きな声で呼びかけてくる。
「斉藤(さいとう)さんってさ。ブルーハワイ、好きでしょ?」
「……へ?」
「てか、好きじゃないわけがないよね?」
確かに瀬野くんの述べる通り、私はブルーハワイが好きだ。
だけど、ぶっちゃけてしまえば……瀬野くんにブルーハワイの蘊蓄を語るほどの思い入れは更々持ち合わせていない。そんな瀬野くんに返す言葉はいったい何が正解なのだろうか。
「……な、なんで?」
教室中に響き渡る声で話を振られ、素直に語れるはずもなく……。ひとまず、時間稼ぎする方向へ舵を切る。
答えをひとつに絞り切れない食べ物に関する好き嫌い論争ほど、返答が難しいものもまたないと知っているからに他ならない。
「えー……。だって、ブルーハワイが嫌いなら、そもそもそんな顔なんてしないだろ?」
そう言って、瀬野くんは自分の眉を怪訝そうに歪めてくる。どうやら無意識に不快な気分を表情に浮かべていたらしく、私の表情を真似る瀬野くんに返す言葉なんて即座に思いつくはずもない。
「……」
「だから、斎藤さんはブルーハワイが好きだと思ったんだけど」
そう言った後、瀬野くんはシレッととんでもないことを提案してくる。
「てなわけで、斉藤さん。放課後、かき氷おごったげる!」
「は? ……いや、なんで? そもそもおごられる理由なんて「俺の発言で気分害させたから、そのお詫び! ブルーハワイ、おごるから! じゃあ、そういうことで!!」
「え、えええ……?」
まるで風のように瀬野くんは言いたい放題で去っていく。
いきなり論争の中心に引きずり込まれた私は、最後まで呆気に取られたままだった。
***
クラスメイトの手前、リップサービスを言わざるを得なくなっただけかとも思っていた。だから、口約束で終わる可能性も考えていた。だけど……。
「はい! ブルーハワイ!」
「ど、どうも……」
有言実行よろしく瀬野くんはブルーハワイを奢ってくれた。
高校生同士、自由に使えるお金がふんだんにないのは互い様。だからこそ、そこまで仰々しいお詫びなんて本心から求めていなかった。
……し、実際に何度も固辞し続けたのだが、瀬野くんの勢いに負け、学校の最寄駅の傍にあるかき氷屋さんのブルーハワイを奢られ、握らされ、今に至る。
「せっかくだから、溶けないうちに食べてよ!」
「……」
未だに自分が奢られている状況が理解できず、素直に口にすることも憚られ、困惑しきりの私に向けて、瀬野くんは優しく声を掛けてくる。
「食べ物に罪はないんだからさっ!」
「…………いただきます」
そんな言われ方されてまで、拒絶する度胸もない。
仕方なく、早々に食べ終え、逃げだす方向に舵を切る。だが、せっかくの決意も虚しく、自然と緩む口元があるわけで……。
「成る程。本当においしそうに食べるなあ、斎藤さん」
「っ!!」
「あ、別にそれを咎めているわけではないよ。何ていうか」
「?」
「斉藤さん、怪訝な顔して俺を見て当たり前だよな、と。斉藤さんの笑顔をこんなに引き出せる食べ物の存在価値を否定しかねない発言を公然と語ってたら、そりゃあ。斉藤さんもあんな顔したくなるよな、と」
「……」
いったいどんな表情を浮かべているのだろう。
恐ろしいほど、食い意地の張った顔?
それとも、ブルーハワイの怨恨を感じるまなざし?
私自身、想像さえ付かない。とはいえ、ひとつだけ確かなことがある。
一人の少年の主張を……瀬野くんの主張を覆すに値する表情だったということだろうか。
「悪かったな、本当に。かき氷を奢るだけでは気が済まないと思うけど、本当にごめん」
「い、いいよ! 大丈夫だから!!」
「でも……」
「大丈夫だから、本当! 本当に、気にしないで!!」
確かに瀬野くんが無神経な発言をする残念なタイプであることは否めない。
だが、ここまで相手の立場に寄り添い考えることをする瀬野くんを必要以上に断罪する権限もまた私にはないだろう。精一杯の誠意を見せ続ける瀬野くんに対して、蟠りを持つ方が筋違いとさえ思える。
「……斉藤さんって、いいやつだなあ」
持ち上げられてばかりの発言には正直慣れていない。だからこそ、スマートな切り返しひとつ浮かべることが出来ず、ブルーハワイ顔負けの真っ青な表情になってくる。そんな私の表情を見た瀬野くんは何を間違えたのか、心配そうに尋ねてくる。
「まだ真夏じゃないのに、無理にかき氷奢ってごめん」
「え……。瀬野く、ん?」
そして、ブルーハワイを無理やり奪い口にする。
何が起こっているのか分からない。
予想だにしていなかった展開にただただ呆然としてしまう。
驚きとともに言葉を失った私に向けて、瀬野くんは口元を微妙に青く、頬を真っ赤に染めて必死で言葉を紡いでくる。
「斉藤さんの体調を崩させる目的で奢ったわけじゃないんだ、本当に」
ナチュラルにかき氷を手を伸ばした理由は把握した。
とは言え、瀬野くんは家族でも恋人でもない。たかだかクラスメイトと言えば、クラスメイト……なんだけど。なんだろう、そんな一言でまるく収まる関係とも言い難い。そして、そんな曖昧な立ち位置の相手であれば尚のこと、怒りが増幅するケースは多い。
だけど、瀬野くんの場合。口元や頬に生じる色変化を見れば、瀬野くんが慣れない行動を取ったことは一目瞭然。次第に怒りより戸惑いが勝ってくる。
浅はかで無神経な面も否めない。
けれど、素直さと誠実さを持ち合わせている瀬野くんを憎める人なんているのだろうか。
しかめっ面をしつつ、彼の苦手とするブルーハワイを口にするなんて、どう考えてもズレている。……だとしても、その真っ直ぐさは胸を打つ。
瀬野くんと一緒にブルーハワイの美味しさを共有することはないだろう。
だけど、瀬野くんとなら美味しさを共有できないものであっても、隣で楽しく食べられる気がする。
そう思った瞬間、一気に加速し始めた淡い恋心をとめることなんて出来そうになかった。
【Fin.】
ときめきブルーハワイ @r_417
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