第176話 今朝はお楽しみでしたね。

「寝苦しい……」


 時刻は既に日付が変更している。

 縦に4本の線を描くように並べた布団に横になっていた。



 最初はこしょこしょと小声で話していた女性陣も今では大人しくなってる。

 気付けば綺麗な寝息が聞こえていた。

 本当に意識が夢の世界へ行っているかは誰にも確認は出来ないけれど。


 薄いパジャマ一枚隔てた先には柔肌が眠っている。

 寝る前に茜がボソっと漏らした言葉。


「この薄い布一枚の下には神秘が眠っているんだよ。桃源郷だよ。」


 その言葉を意識したのか、中々眠れなかったはずの女性陣も流石にいつの間にか静かになっていた。

 真秋は茜のボディタッチを警戒していたせいか中々寝付けなかったけれど、何もない事に疑問を抱きながらも睡魔には勝てなかったようだ。

 両側に女子が密着していても、うとうとしてきている事を実感する。

 

 女性陣の寝息が子守唄となり睡魔を助長させていた。



 真秋が眠った後も茜はちょっかいを出すことはしなかった。

 これまでの茜であれば、眠った真秋の股間を弄ったり顔を埋めたりしてしまうイメージが強い。

 その茜が何もしないで大人しく眠っているというのは、何か思惑があるのかもしれない。


 数時間の平穏の後、真秋は唐突に朝方目が覚めてしまう。

 目が覚めて直ぐに異変に気付いた真秋は、その原因へと向かって小声で呟いた。

 対象が起きているか寝ているかは関係ない。独り言の心算で漏れた言葉だからだ。


「なぁ、なんでお前はパジャマの下に何も身に着けてないんだ……」

 

 狭いから仕方ないにしても、身体が密集している。

 隣接する人物の身体に触れてしまう事はある意味では必然と言える。

 だからこそ、身体がくっついたり絡まったりすることは本人の意思に関わらないかもしれない事は承知している。


 真秋はとある理由から茜がノーパン・ノーブラな事を理解していた。


「下着だけで寝るとなると、却下されるのが目に見えてるでしょう?だからその逆を……」

 真秋の右隣から、正確には自分の身体と然程変わらない位置から声が聞こえてくる。


「おま……重なり過ぎだろ。」

 

 足は絡み合い、身体は半分乗っている。少し重……と言えば流石に良くないと思ったのか真秋は言葉にはしない。

 右手は真秋の胸に置かれ、何故かぐるぐると弧を描くように動かしている。


「おま……ナニをしてるんだ。」



「【の】の字を書いてたり?」

 人の胸で【の】の字を書くのは後にも先にも茜以外に存在するか……いや、存在するかもしれない。


「それで最初の質問に戻るが、なぜパジャマの下に何も身に着けてないんだ?」


「ラッキースケベが働いて、起きた時にご主人様の手が突っ込まれてたら良いな……という淡い期待を抱いてました。」

 茜は素直だった。その茜の期待のラッキースケベであるが……既に叶っていたりする。


 真秋の右手は、茜が身体を重ねる事で下になっており、どういう因果か真秋の右手は茜のパジャマの中にインしている。

 これが真秋がパジャマの下に何も身に着けていない事が理解出来た理由であった。


「んっ。」

 動かしたくて動かしたわけではない。腕に力を入れると身体は微反応を起こし、茜の身体に触れている部分も当然動く。

 触れているだけならともかく、手が指が動けばそれは刺激となる。


「そういやお前、ぱいぱ……ってなんか湿ってるんだが……」


「お漏らししちゃ……」


「冗談でもそれは言っちゃいけねぇやつ。というか無意識化とはいえどんな状況だよ。早く抜きたいんだが。」


「んんっ、ヌキたいなら手伝おうか?」


「バカか。お前のパジャマの中から手を抜きたいと言ってるんだ。このクソエロ歩く下ネタ女。」

 今は寝てるけどねとは返ってこなかった。


「状況は寝ていたから不可抗力だけど……やっと触れてくれたね。」

 初めて抱いてくれたね……のような言い方に聞こえてくる。

 真秋が普段布に覆われた部分をまともに触れたのは、実は初めての事だったりする。

 以前、ともえと喜納を糾弾するための証拠集めでプレイをした時でさえ触れていない。


「そのまま奥……」


「いや、抑入ってはいないけどな。」

 触れてはいるけど、其処は声には出さない。 


 どうにか真秋は腕を引き抜いた。 

 茜は下半身をくねくねとさせていたが、真秋は見ないように努めた。


 その後ノパブラの答えを聞く事なく真秋は睡魔に身を任せた。

(ノーパン・ノーブラの略)


☆ ☆ ☆



 ベルが鳴る前に真秋は目が覚める。数時間前とは違い、今度は茜の手が真秋の股間の上に覆いかぶさっていた。

 目が覚めて直ぐに真秋は股間の違和感を感じ、視線を下に向けるとそこには茜の手が置かれているのを理解する。

 もちろん触れられているという事は認識出来ているけれど、朝勃ちはしていないし触れられていると分かっても反応する事はなかった。


 まだまだ、そっちの不能は治ってない事を改めて実感する。

 それとは別にこの状況をどうにかしなければと真秋は覚醒する。


「ん……」

 茜の目が開き、無意識に茜は手に力が入る。


「うぎゃっ。」

 真秋は痛みに声を上げる。

 幸いにして他3人の女性陣は目覚めたりはしていない。


「てめ……玉握るな……」


「あ、ふぉめん。」

 ごめんと言っている心算だけれど、寝起きだからか言葉が覚束ない。


 軽くにぎにぎとする茜はそれを楽しんでいる。


「便乗してナニをしてるんだ。強制退場したいのか?」



「そういうご主人様もどこに手を入れてるの。」


 朝方は朝方で茜の股間に手が入り込んでいたけれど、今朝は今朝で尻に手が入り込んでいた。

 

「というか、ブラックホールに触れてるんだけど。」

 茜の言葉に真秋は慌てて手を引っこ抜いた。

 茜の手の行き先を気にしていたせいで自分の状況には無頓着だった。



 くんくんと思わず匂いを嗅いでしまう真秋。

 

「流石にお尻の穴の匂いを嗅がれるのは恥ずかしいんだけど。」


 人間、思わず匂いを嗅いでしまう習性を持っている。

 どういうわけか、それがあまり良い匂いではないものとかであると尚更嗅いでしまう習性にある。

 【何故人は匂いを嗅ぎたくなるのか】という分野で、誰か論文を発表してはくれないだろうかと真秋は考えが過ぎってしまうが。


「人間の摩訶不思議な行動の一つだ。茜だってそういう事はあるだろう?」


「そうだね。くんかくんか。」


 茜は真秋の股間に置かれていた手を顔の前に持ってくると、お返しとばかりに匂いを嗅いでいる。


「あぁ、ご主人様の匂い……イきそ……」


「トイレ行ってこい。じゃないと膀胱押すぞ。」


 其処で何故か恍惚の表情を浮かべる、ある意味で安定の茜。


「良いけど、みんなに迷惑が……あ、でもそれが背徳っぽくて……」



「黙れっ。」


 ピシッと真秋は茜の尻を引っぱたいた。


「ひんっ」


「そ、それは本当に漏れちゃうからだめ……」

 どっちが漏れるんだか、そう思う真秋だったけれどここで漏らされたら部屋の主である悠子が不憫だと思った。

 身体が重なっている真秋自身も大変な事に遭うし、隣接する瑞希も……といったところで真秋は違和感を感じた。


「あれ……」

 真秋の左半身には瑞希の半身が重なっていた。

 茜と違って慎ましく可愛い寝息を立てているので、今の今まで気付かなかったのだ。

 あまりにも茜のインパクト強すぎて……


「両手に華だね。どう?ムラムラしてこない?」


「ノーコメント。」

 そして真秋はお仕置きとばかりに茜の尻のほっぺを摘まんだ。


「あ……」

 茜は突然立ち上がりそそくさと部屋を出て行った。

 トイレに駆け込んだのだろうと真秋は判断した。


 未だに抱き付くように眠っている瑞希をどうしようかそのままにしようかと悩んでいると、右側に再び負荷が掛かるのを感じた。

 何だ?と思い視線をずらすと、一人分の距離を詰めてきた悠子が真秋の右側にがっちりホールドしているところが映った。


 真秋の右手の上には悠子の太腿、左腕は瑞希が蛇が巻き付くように取られている。

 これこそ両手に華なのだけれど、最初の言い出しっぺの茜はここにはいない。


 身動きの取れない真秋は二人の、累積すれば三人の女子の身体に触れて本来羨ましい限りの状態である。

 茜の時と違って不用意な事は出来ない。

 二人だって一歩進んで欲しいと思っているのかもしれないけれど。


「ふわぁぁぁぁ。」

 突然の環希の大あくびによって、悠子と瑞希の瞳がパチっと開く。

 その視線の先に真秋の身体がある事に驚愕して。


 茜であれば「おやすみなさい。」と再び目を閉じていただろうけれど、この二人は素直だった。


 真っ赤になって真秋の身体に顔を埋める。

 その様子を上半身を起こした環希がにやにやしながら見ていた。


 「ハーレムは現代にも存在したのね。にやそ。」

 環希の言葉に、心の中で真秋は世代バレますよと叫んだ。



☆ ☆ ☆


 全員が起床すると、女性陣は集まって何かを話しあっている。

 それが何かなのかは直ぐに明らかになる。


 悠子と瑞希は朝食を作り始めていた。昨晩は悠子と茜だったので、女性陣同士でくじ引きをして二人が選ばれたというわけだ。

 負けた二人が作るのではなく、勝った二人が作っている。

 好きな人に対してご飯を作るのだから、勝者が作るで間違ってはいない。


 茜がもし今朝の朝食を作るとしたら、変なものが混入してしまう可能性は否めない。

 この二人が勝者で、ある意味では最善と言えた。


 環希は真秋の背後に立ち、上半身を下げてくる。


「今朝はお楽しみでしたね。」

 真秋の耳元で環希は他には聞こえない声で囁いた。

 

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