第120話 カルガモの親子のようにてくてく進むの。

  「奥さん……」

 小澤が珍しくトリップしている。

 これまで見た事のない表情で不覚にも可愛いだなんて思ってしまった。



 「ていっ」

 ぺしっと軽くデコピンをお見舞いしてやる。

 「ひゃふっ」

 ビクッと震えて我に返る小澤。もしかすると軽く感じてやがるのか?

 流石にこれは放っておこう。


 

 「悠子ちゃん、階段で何を?」

 こんな言い方はないだろうと自分でも思うのだけれど、月並みな言葉しか出て来ない。


 明るくもなく暗くもなく、それでも少し下を向いて虚ろいながらも立ち上がり俺の胸に頭を重ねた。


 「部屋の鍵、忘れてきちゃった。」


 そっちかよっ


 「それと……」

 「……やっぱり学校行くもんじゃないね。」


 「あざといと思われちゃうかも知れないけど、少しこうさせて。」

 そのまま俺の胸に頭を押し付け、地面を向いていた。

 悠子ちゃんが見ているのは地面か、閉じた瞼の裏か。

 

 あざといとは思わないけど、恐らく傷ついて帰ってきた悠子ちゃんの頭に右手を置き、そっと撫でた。


 「っ」

 悠子ちゃんから声が漏れた気がするが俺は気にせず撫でる。

 何か言葉をかけるべきなのだろううけど、かける言葉が思いつかない。

 

 「ん。もう大丈夫。」

 そう言って顔を上げた悠子ちゃんは笑顔ではないもの、普段通りに戻っていた。


 「か……」

 部屋に戻るかではなく帰るかと言った。

 無意識に出た言葉だったけど、言った後に気付いたけど、俺の家が悠子ちゃんの家でもあるかのような言い方。

 認めてしまえ、もう彼女はただの居候ではないと。


 以前のような、家族のようなものだと。


 「うん。それで……出来れば聞いて欲しい。お兄ちゃんにも、瑞希さんにも……新しい奥さんにも。」 


 「へぁっ。奥さん……」

 何気に奥さん呼びがツボの嵌ったのか、再度ビクつき硬直している小澤茜をちらりと見つめた。

 茜が茜色に染まるのは何度目かなどと考えてしまう。

 意外にも乙女な部分があるもんなんだなと。

 

 「私は構いませんが……っその男の人の部屋に入るのが初めてと言いますか……」

 月見里さんも茜色に染まってもじもじし始めているようだった。

 

 「私も良いの?何の事かわかってないのに?」

 それは部外者だから、何も知らないのにその何かを聞いてしまっても良いのかという事だろうか。

 

 「じゃぁ、帰る行くか。」

 4人で縦一列となり、カルガモの親子のようにてくてくと階段を昇った。

 

 

 


 

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