第96話 秋喜恵は預かった。返して欲しくば罪を償え。
ともえにインポ野郎と言われて数日、裁判からは2週間。6月もそろそろ終わろうとしている。
昨年の今頃は死にもの狂いで働いていたっけな。
年明けからの数ヶ月が怒涛過ぎていて実感は薄いけど、ようやくあれから1年というとこだ。
まだまともだった頃……か。
色々なモノが始まって色々なモノが終わる。6月には何か住んでるのかね。
あぁ厳密には不貞が始まったのは7月だっけか。
仕事から考えればちょうど1年だけど。
そんな時に連絡が入る。表示された名前を見ると田宮さんからだった。
田宮さんの要件は、ともえとおじさん達の面会を行うので陰から伺うかどうかだった。
興味はなかったけど、直接情報を仕入れる機会も少ないしどうしようか考える。
いや、はっきり言おう、ともえがおじさん達にどんな恨み言を言うのかには興味がある。
怒声を浴びせるのか、泣いて許しを請うのか。
おじさん達にすら内緒という事で参加しようと思う。
どのみちともえに残された時間は少ない。
今回を合わせても2回か3回だろう。
7月に刑事の方でも裁判が行われる。
アレは時期的にその前らしい。という事は裁判はもはややる必要性を感じない。
本人いなくても裁判て行われるんだっけ?
あれから悠子ちゃんとも小澤とも月見里さんとも会っていないし電話もしていない。
普通に仕事が忙しいというのもある。数日休みを取った関係で現場のしわ寄せはどうしても出てくるので仕方がない。
土曜日、田宮さんの案内で例の施設に案内される。
おじさん達には会わないよう時間をずらせて先に到着した。
マジックミラー越しに面会部屋の様子と音声が確認出来るようになっている。
紅茶を飲みながら待っていると、おじさんとおばさんが入って来る。
どうやら子供は置いてきたようだ。そして悠子ちゃんは来なかったようだ。
子供の引き取りの時にも家にいたらしい。
まぁ確かに嫌だよな。自分の事よりも不貞の姉の子を迎えになんて行くのは。
席に着き、何やら説明を受けている間に飲み物が運ばれてくる。
おじさんは緊張から手を出さないけれど、おばさんは遠慮なく口付けていた。
いつの時代も女性は図太い、強かということか。
やがて部屋に車椅子が運ばれてくる。
拘束衣に身を包んだともえが乗っていた。車椅子からも降りれないようにベルトで身体を固定されていた。
発狂して飛び掛かるとでも思われているのだろうか。
ぎりぎりと音でも聞こえてきそうだった。
隣の部屋の音声スイッチを入れる。
「……せ。……返して。子供を返してよぉ。」
身動きの取れない身体を振り絞り定位置に着くや否やおじさん達に向かって叫び出すともえ。
その表情はやはり幽鬼ヴェータラのようだった。
それからも返せだのどこにやっただのわめき散らしてばかりで先に進まないのが目に見えたのか、田宮さんが動いた。
「煩い、黙れ。」
「ぴっ」
田宮さんの一括でともえが大人しくなる。
それどころかがくがくと震えていた。
「あら、後でおむつを取り替えておいてあげて。」
どうやらともえは粗相をしてしまったようだ。
「それではどうぞ。」
「ともえ、最近の調子はどうだ?」
おじさんが問いかけるが、ともえは反応しない。目は虚ろでどこを見ているのかここからではわからない。
「元気……とはいえないかも知れないのかもしれないけど、もうアレの影響はないんだよな?」
「だったら、きちんと罪を償い、賠償を支払いを終えないとな……」
おじさんは何を言ってるんだ?そんな事を言ってもあいつには響かないだろうに。
「ともえ、お前の子供は私達が育てている。安心してくれとまでは言わないけど心配しないで欲しい。」
そこでようやくともえがぴくっと反応した。
「お、お父さん……お、お前が私の子供をぉぉぉ、盗んだのかぁっぁぁぁぁっ。秋喜恵をかえぇぇ……」
DG細胞に侵されたモビルファイターのような赤い目つきでともえはおじさんを睨み絶叫していた。
「煩い。」
「ぴっ」
発狂した狂人を一言で黙らせお漏らしまでさせる田宮さんこそが狂人な気がするのは俺の気のせいだろうか。
「ともえ。人の人生を盗んだ貴女が盗んだとはおかしな事を言うわね。本来もっと早く気付いてあげられなかった私達が言えた義理ではないけれど。」
「もう貴女は償うしかないの。赦されなくても償うしかないの。それでも真秋君は赦してはくれないでしょうけど、貴女は誠心誠意償うしかないのよ。」
「赦されなくとも法的な償いをすれば子供は貴女の元に戻ってくる。これは公的な書類にも記載されてる事なのだから、貴女はこれに従うしかないの。」
「それまではきちんと私達が育てるから、貴女は早く自分の罪と向き合って罰を受けて、償いを済ませる努力をしなさい。」
良い事を言っているようで言っていない気がするのは俺の気のせいだろうかね。
しかし……これだとおじさん達はともえの子供に構ってばかりになるんじゃないだろうか。
あの余計な一言がなければ、恐らく2年か3年の実刑の後残金300万支払えば子育て出来るようになるはずだけれど。
まぁ、ともえが稼いだ金銭でとは銘打っていないので、おじさん達が肩代わりしてはいけないとは言っていないからな。
どうするのかは安堂家に任せるけど……
「私達は待ってるから。たまに写真も見せに来るし。貴女は貴女のすべき事を成し遂げなさい。」
後半、ともえは大人しかった。おじさんの言葉には激動していたけれど、おばさんの言葉には耳を傾けていた。
その前の田宮さんの一括が大きかったのかもしれないけど。
「わかっ……た。秋喜恵をお願い……」
幽鬼の目からも涙は出るもんだなとミラー越しに思ったけれど、こいつの涙の信用性はゼロだ。
多分、おばさんもわかってはいるだろう。それでもこのまま進むしかない事は理解しているのだろう。
というか、さっきから名前に妙なイントネーションを感じるな……
これはあまり首を突っ込まない方が良さそうだ、警鐘が鳴っている気がする。
先にともえが車椅子をスタッフに押され退出し、その後おじさん達が退出する。
他に誰もいなくなったことを確認すると最後に田宮さんが退出する。
コンコンと部屋のノックが響いた。
「どうぞ。」
入ってきたのは田宮さんだった。
「日を改めて黄葉様も面会を?」
「最期に一言二言言おうかなと思いまして。」
「そうですね。アレの前にするとしたら来週ですかね。」
来週の予定も決まった。
俺とともえの恐らく最期の直接の対面。
「胡散臭い涙でしたね。鼻水を共わない涙に信用性はありませんよ。」
最後に田宮さんは漏らしていた。
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