第95話 ともえの子の名は。

 ※ともえの両親、安堂勝馬サイドの話



 今日はともえの民事裁判の日。


 以前に家に迎えに来た田宮さんの使いの方が迎えに来ている。

 「貴女は……」


 「見た目変わってますか?」

 迎えに来たのは前回運転手も務めた小澤茜というともえの高校時代の同級生。

 以前は少し茶色掛かった色をしていた髪の毛が日本人本来の黒髪になっていた。


 「元々色素の関係で茶色っぽくなっていましたが、訳あって黒く染めました。」

 心の声を読んでいたかのような回答に驚いた。

 目線が髪に向いていたのだから不思議な事でもないのかと思い直した。

 意外にも冷静な自分がいる事にもど驚いた。


 短時間で二度も驚きはしたものの、このともえの子を受け取りに行くのは両親である自分達だけだ。

 悠子は行かないと部屋に残っている。

 やはり色々思う所があるのだろう。

 これが真秋君との子であれば、普通に結婚して生まれた子であれば……

 

 両親である自分達だって苦渋の決断だ。

 あの式での様子のともえに子育てを任せるのは不安だ。

 薬が抜けたとはいっても精神状況がまともではないのに子育ては……


 あの表情を見て揺らいでしまったのも事実だけれど。


 あの笑みが心からのものなのか、邪悪なものを含んだものなのかはわからない。


 もう私達は選択をしたのだ。

 ともえの子をあの子が帰ってくるまで育てると。


 他人から見たら気持ちの悪い選択かもしれない。

 それでも私達は選択をした。


 「さて、着きましたよ。」

 いつのまにかあの扉の前まで来ていた。

 以前はマジックミラー越しに隣の部屋から見ていたあの部屋だ。

 この扉をくぐればともえの生活に触れる事になる。

 


 「倖子……行こうか。」

 「……」

 無言で頷く妻、言葉が出ないのだろう。

 無機質な扉に貼ってあるネームプレートには何も記載がない。

 ここでも特殊な扱いという表れなのか。

 その扉のノブを回し扉を開け……たら髪の長い幽鬼の女が「キシャァッァアッァァァッァ」と襲ってくる事はなかった。

 ゲームのやり過ぎやアニメの見過ぎだろうか。

 

 しかし子がいないと分かった発狂したともえだったらありえなくはない。

 「何も……ない。」


 大人用と赤子用のベッドはあるけれど、頭元に色々な数値を表示させるためのモニターがある程度。

 窓はない。換気のためのフィンと吹き出し口と吸い込み口はあるけれど。

 随分と殺風景な印象だった。それは先日のマジックミラー越しでもわかってはいたけれど、実際部屋に入ると印象が違う。


 赤子用ベッドにはともえの子が寝ている。

 その傍にはともえと赤子の面倒を見ていたであろう職員の姿もあった。


 赤子の頭元にあるプレートには【秋喜恵あきえ】と書かれていた。

 鈍い自分にもわかった。【真秋】+【貴志】+【ともえ】だという事が。

 弁護士立会の元、出生届けは出してあると伺っている。

 

 我が子ながらともえが恐ろしいと思った。今更かよというツッコミはありそうだけど。

 それでも引き取ると決めたのは自分だ。一家の家長として。一課の課長にはなれないけれど。


 「馬鹿娘が……それでも私達は親である以上は見捨てられない。親くらいは最後の防波堤にならなければならない。最後の拠り所にならなければならない。そして、最後の教師にならなければならない。」

 それは甘やかすという意味ではない。優しく厳しく諭すものは諭さなければならないという意味だ。

 だから罪を償ったその時に拠り所となるくらいはしても良いのではないか。

 償ったからといってプラスマイナスゼロになるわけではないけれど……


 

 「一応母乳でこの1週間は育てております。聞きしに勝る鬼女ランダではありましたが、授乳時の表情だけは穏やかでしたね。」

 このスタッフ……メガテンユーザーか。

 私達の子はそこまで醜くはない……はず。少なくとも見ためは……

 などと考える時点で失格なんだろうな。


 「せめて国津神クシナダヒメと言って欲しかった。」

 妻が変なところでツッコミを入れた。ようやく喋ったかと思ったらこれだ。


 「冗談よ。重苦しい雰囲気をどうにかしたかっただけ。大体ともえをスサノオのクシのようにして、ヤマタノオロチを一連の騒動に見立てて、その騒動から身を隠してなんて事が出来るわけがないでしょう。」


 「態々晒せとは言わないけど、隠そうものなら真秋君からどんな罰が下るか。今出来るのは子供を引き取って育てる事、引き取ったからといって悠子をないがしろにしない事じゃないの。」


 妻は分かっていた。引き取ると悠子の事がどうしてもおざなりになってしまうのではないかという事が。

 今日一緒に来なかった事が既にその前兆というよりは、悠子からの意思なのだろうと。


 「帰ったら最初に声をかけないと……多分。悠子だって傷ついてるんだから、これからは並大抵ではいかないはずよ。」


 その覚悟をも背負う意思があるからこそ、引き取るという選択肢を選んだんだ。

 妻に言われなくてもわかっている。



 「不貞・托卵の事がなければ素直に孫を喜べるんだけどな。」

 「あなたはそれを言ってはだめでしょう。赤の他人が言うのならばともかく。血の繋がった私達がそれを肯定して口に出したらこの子が不憫です。」


 「子供というのは例え小さくても頭の片隅に記憶が残るのです。私達が周囲にキチガイ呼ばわりされても、この子は普通に育てなければならないのではないでしょうかね。」

 「ともえと同じような子に育ててはいけないし、戻ってきたともえを全うに迎えるためにも普通の家庭以上にがんばらないと。」



 「夜中真秋君や田宮さんが迎えにくるんじゃないかしらね。」

 全身黒づくめの人達と一緒に……と付け加える妻。



 乳母とまでは言わないけれど、ともえと一緒にこの1週間秋喜恵の面倒を見てくれていたスタッフが抱きかかえて妻に抱かせる。


 秋喜恵は穏やかに眠っていたけれど、手渡された時の振動と揺れで目が覚めてしまった。


 「う゛……ぁ……うぼぁぁぁああぁ」

 泣き声はおぎゃぁではなかった。


 「ほらほーら、おばぁちゃんでちゅよ~……って誰がお祖母ちゃんだよっ私はまだ40代前半だよ。」

 最後にギリギリ……と言っていたが聞こえない振りをした。同い年だしな。

 

 「ぴっ」


 秋喜恵のお漏らしである。




 その後倖子と職員の二人によって綺麗綺麗された秋喜恵はどうやら妻・倖子にはあっさり懐いたようだ。

 「私はおっぱいでないのよ~ごめんねぇ。誰かが吸いまくったせいだね~。」


 「俺はそこまで吸ってないぞ。それに……」

 

 「誰が吸う程ないですって?」


 「そんな事言ってないし。」


 「冗談はさておき、本当に今日から超大変ですからね。」

 子育ての大変さは分かっているつもりだ。ともえと悠子で既に経験済だ。

 あの時……あ、子供の後に俺もついでに……あぁ放送出来ない。今は下着によって包装されたあの……


 

 「では家まで送ります。」

 小澤茜さんが往路と同じように帰路も運転してくれた。


 道中は全員がほぼ無言で、時間の経過が体感出来なかった。

 



 「それでは私はこれで。近いうちにともえ氏と一度面会する事をお勧めします。」


 勝手に子供を連れ去られたと思ったともえがどういう行動に出るかわからない。

 勘でしかないが、恐らく事前にともえには伝えられてはいないだろう。

 唯一の希望である我が子が急にいなくなるという事は、心にダメージを与える復讐としては最大限だと自分でも思うからだ。


 「その時はお願いします。」


 俺達は我が家へと帰還した。




――――――――――――――――――――――――――――

 後書きです。


 ともえの子が引き渡された日の出来事でした。

 名前……うわーって感じですね。


 こえぇぇぇ

 鬼女だ。ともえはメガテンに鬼女で出てくるぞー。


 鬼女ともえがあらわれた。

 

 にげられない。

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