第50話 人間の本質


 泣き崩れるともえを見下ろしながら俺は言葉を続けた。


 「少し前に人の本質について言ったよな。お前は元々そういう性質を秘めていたんだよ。あのポーションはお酒と同じだ。」

 「酒を飲んだら暴力的になるとか暴言を吐くとか言うけれど、それは違う。」

 「普段は理性というものがそれらを抑えつけているだけで、元々持っている素質なんだよ。」


 「お酒はその理性をゼロにする、もしくは限りなくゼロに近づける。抑えつける理性がなければ本来持っていた素質は……姿を現す。」

 「お酒のせいじゃない。こういう薬も同じだ。本人が持っていた素質があるからこそ開放される。お前は元々こういう奴だったんだ。」

 「だから俺がお前の元に戻る事はない。寄りを戻す気なんて微塵もないし、この先友人としても幼馴染としても接するつもりもない。」


 「ただ、昔接点のあった隣人。いや、ただの他人だよ。」

 「最初にお前が俺を捨てたんだ。だからお前という存在を拒絶する。」


 他人と言われた事に、ともえはさらにショックを感じたのか泣き崩れてただ叫び続けた。

 喜納とは所詮性を起点にするだけの繋がりだった事を実感し、俺からは他人だと言われる。

 おそらく家族からももう以前のようには接して貰えない。少なくとも妹とは以前のような姉妹に戻れない。


 居場所を失い、拠り所を失い、ただ孤独と……

 性だけの男の子供だけが残る。


 通常であれば、薬物が入っている事で今後抜くための処理をしなければならない。

 そして殺人未遂を始め、托卵計画、結婚詐欺計画が露呈しているため、通常であれば何年入るんだろうね。

 賠償や慰謝料……実際いくらになるんだろうね。

 俺は最初いらないと言ったけど、この式宴に掛かった費用と、探偵代と、勃起不全に対する慰謝料分くらいは貰おうかなと考えを改めた。


 このままだと俺完全勝利とは言い辛いし。

 気が付けばともえは気を失っていた。棺に入ってるキョンシーそのものだな。


 「あぁ、まだ終わってないよ。」



 同じく項垂れている喜納貴志に向かって俺は待ったをかけた。



 「実はね。この決別式と暴露宴の参列者の方々なんだけどね。」


 「全員、喜納貴志の被害にあった人、その家族、恋人、夫、の方々なんだよ。」


 「いやぁ、まさか自分の勤める会社の人間の中に、招待客1テーブルに足るだけの被害者がいるとは思ってなかった。」


 「世間が狭いのか、この街が狭いのか。」

 人口5万人もいて狭い事はないか。広くもないけど。


 つまりはそう言う事だ。

 みんなが黙っていたのは、喜納の悪事を一言一句逃さないため。

 決してないがしろにしていたわけではないのだ。


 「同じ捕まるでも薬物の方がマシだろうな。」

 逮捕ではい終わりとはしないけど。



 「流石に全文をこの場で紹介出来ませんので、簡単に纏めたものを述べさせていただきます。原本は筆跡鑑定で本人のものというのは証明されております。」


 「ここに二通の遺書……のようなものがあります。」


 「いずれも20歳以上の女性で、最初は言葉巧みに喜納貴志に誘われ関係を持ったと書かれておりました。最初は1度だけのつもりが、何故か2度3度と関係を持ってしまった。」


 「気が付くと彼氏では満足出来ない自分に気が付き、喜納にどっぷりと浸かっていたけれど、その時は気にも留めていなかった。」


 「ある時、変な包みを取り出し自分に使っている事に気が付く。そして行為の前後で記憶が曖昧でお金がどんどん減っていて。」


 「さらに気付くと性欲の解消とお金の減少は重なっており、喜納との会話でもそれとなくお金の話が出ていた事。」


 「行為中のハイな状況でうろ覚えな感じはあっても、お金を払うと言った記憶も残っている。」


 「ついにはホストに貢いで破産した女性のように、借金塗れになっていて彼氏との関係も悪化。」


 「家族にも相談出来ず、友人にも相談出来ず、もう生きていくのが辛い。」


 「でも死ぬのも怖い。喜納と距離を置き離れているとあの袋がイケナイ薬だったのか、喜納に慰めて貰わないと気が狂いそうになる。」

 

 「自殺が迷惑になるのもわかってるし、これ以上喜納に依存すると更なるどん底に沈む未来しか見えない。」


 「大学にも、家にも友人にも言えないこんな状況じゃ……人知れず誰の迷惑にも掛からないところで藻屑に消えるしかない。」


 「探さないでください。発見された時に身元がわかるよう、免許だけは持参しておきます。」


 「そして、家族、友人等に別れの挨拶が書いてありました。」


 「偽物の証拠ではないよう、その日の朝刊と、朝のニュース番組とセットで映ってる写真も同封されておりますので、いつ書いたものかもわかります。」


 現在世間ではこの辺りで女子大生が二人行方不明だというニュースが流れている。

 流れ始めたのはほんの1週間前の事だ。大学で仲の良い友人が無断欠席をするので不思議に思ったため連絡するも返信が一向にない。

 休日になって家に行くと生活している様子がない。朝刊を取っているのだが、ポストに数日分溜まっているのを見てこれはおかしいと家族に連絡。

 友人は高校時代からの付き合いなので家族の連絡先(実家)を知っていた。


 家族と一緒に大家さんに鍵を開けてもらい確認するとあの手紙が置いてあったと。

 この時点ですでに大学に来なくなって4日が経過している。


 もう一人も同じような感じだった。

 それからすぐ警察に連絡を入れ、捜索されているが世間ではまだ見つかっていない事になっている。



 「全然簡単に纏めてないように感じたかも知れませんが、重要な所を外さずに纏めたらこうなりました。」 



 まぁ、天城さんが優秀でこの二人は既に確保して、あのお方の元でヤク抜き中なんだけどね。

 それを喜納に今言う必要はないだろう。遺書のようなものと言ったのはそういう理由だ。

 少なくとも本人達は命を絶とうとしていたのだから。


 実はこの暴露宴が始まった後に見つかったという報道は流して貰っている。

 身元不明の女性を発見し薬物摂取の疑いがあるので預かっているという旨を付属して。


 あのお方お抱えの病院に。

 同時に警察にも身元不明人を発見している旨は連絡してある。


 衰弱とヤク切れによる中毒症状で自傷行為の跡もあると聞いている。

 自殺しようと思ってもやはり思いとどまってはいたようだ。

 それでも生への渇望が薄れているようで、現在は治療に集中している。


 この保護したという連絡があったのが一昨日なので、シナリオの一部に変更が出る。


 殺人にまで至らず助かったな喜納。ただ自殺に追い込むところまでは来てるのだから、何もお咎めがないわけがない。

 家族と友人には話をしてあるし、一度病院に行って貰っている。

 情報漏洩防止のため、そのまま直でこの式に参加して貰っているけれど。


 だから何食わぬ顔で俺は言う。


 「この現在行方不明になってる女子大生。お前の被害者であることは間違いない。これで彼女らがもし、遺体で発見されたら……」


 「お前、薬の出所どころの騒ぎではないぞ。」


 「この場には家族もいる。お前は何を答える?」



 「っくぅ。どいつもこいつも顔が良ければ、金品をチラつかせればホイホイついてきやがって、股を開きやがって。」


 「未成年ならまだしも、自分の意思でやってるのだから自己責任だろうが。」


 「それでも薬は別じゃないのか?」


 「あぁそうだな。薬は俺が勝手に盛った事だ。だけど、自分の意思でついてきて股を開いたのは事実だ。そんなアバズレが風俗に堕ちようと薬漬けになろうと俺だけのせいではあるまい。」


 確かに意思がそこにあるかは別にして映像に出ていた女の子は喜納の10万上乗せに対して頷いている。


 性と薬でおかしくはなっているけれど……


 でも、確かに本来持っていた素質なんだろう。環境に抑圧されておしとやかにしていただけかも知れない。

 本当はHな事したくて仕方なかったのかも知れない。


 それでも無理矢理薬を使い金を巻き上げる行為を正当化して良い理由にはならない。


 「それでもな、最初に本人の気付かない所で薬を使っておいて、その答えはお前の勝手だぞ。」


 「もういい加減観念しろ。お前はこの場のほぼ全ての人から恨みを買っている。」


 「刑罰にしろ、罰金にしろ、慰謝料にしろ……もう計算するのも面倒なくらい大きく膨れ上がってるんだよ。」



 「……土下座……する?この壇上で」

 もちろんそんな事で赦される事ではないのだけれど。



 「どーげーざ、どーげーざ。でも赦さないけど。どーげーざ……」


 高橋がマイクを通さずに煽る。


 SPみたいな恰好の二人の従業員が喜納貴志の手と足を持って運んでいく。


 壇上でポイっと投げ捨てられると喜納は壇上を2回転転がった。

 

 「さあここで定番のアレ、いきますか。著作権とか怖いけど。」


 「やれーーーーーーー喜納ーーーーーーーーー!!」

 高橋が大声で叫んだ。そこは俺が言うところじゃないの?


 喜納は拳を膝の上でプルプルと震わせ、唇もぴくぴくと震わせ、大〇田のパクリ絶賛体験中だった。


 「ぐぅっぐぐ……ぬあぁぁあぁああぁ」


 右手で右膝を叩き、左手で左膝を叩き床に膝をつける。


 俺は小声で……

 「頭が高い、控えおろう。」と言った。


 形だけでも土下座の恰好となる。


 「むぉ、もぉ、もうしぃわけぇご、ございましぇんでし、でしたぁ!」

 

 「ぱーどぅん?」


 「申し訳ございませんでした!」

 一体何に対して申し訳ないと言っているのか。全然見えてこないね。


 「じゃぁ、薬の出所を言いましょうか。」


 喜納は顔をバっと上げて首を振る。

 「そ、それだけは……言えない。」


 俺は喜納の耳元でぼそっと呟く。

 「喜納製薬会社……」

 「お前の従兄弟が研究所長を務める、横領やパワハラでクビになった叔父がそこの社長に落ち着くはずだった会社だよ。」

 「親父も無関係とは……言えないのかな?」


 喜納の顔が蒼白となり、髪の毛が何本か抜けた……気がした。

 

 喜納の従兄弟、貴文は反社の人間と繋がりがあると一部で噂されている。

 喜納が恐れるのは恐らく……

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