第46話 チョコバットとねるねるねーるねと富士山に謝れ

 新生児室で隣のベッドになってからの付き合い。

 それが俺とともえの幼馴染たる所以であり自負である。

 当然新生児にそんな記憶はないのだけれど、両親が撮影した写真を見ると確かに並んでいるものばかり。

 そこに映るは猿二人……


 今は片方は本当のお猿さんだけど。


 この時、看護師の手違いで違う子をベッドに戻していたらなんて考えてしまう。

 そうだったとしても今この場にいるこのパンダ猿は存在するんだけど。


 悠子ちゃんと似てるし、どことなく両親の面影もあるので、手違いはないだろう。

 あのおじさんとおばさんの子であるのは間違いない。


 馬でも同じ両親から生まれた仔が同じ調教師に同じトレーニングをしたとしても、同じレースを勝てるとは限らない。

 人間もそういう事なのだろう。


 ともえはともえ、悠子ちゃんは悠子ちゃん。

 これで悠子ちゃんまでともえみたいだったら、ダンプカーで安堂家に突撃しちゃうぞ。


 下手な兄弟姉妹よりも長く深く繋がっていた俺達の絆とやらは、あの3ヶ月で真逆の価値となった。

 新生児室の写真を見ると、これはこの二人はこのまま一生一緒なんだろうなというのが、定番の甘い素敵なお話になるように見えたのに。



 その後の成長過程においても二人が一緒に写る写真は何枚もある。

 それこそ、本来の結婚式において、どの写真を使おうか迷うだけで何日も要する程度にはたくさんあった。


 まさか23年と少ししてこんな事になろうなんて、誰も予想していない。

 神の気まぐれと言われても簡単には信じられない。


 昨年の今頃はともえを罵倒しているなんて想像もしていなかった。


 殆どの事の初めてを俺とともえは互いで済ませている。

 家プールも、手繋ぎも、ままごとも、家族以外の人との入浴も。


 ここにきてそれが別の相手となるものが……妊娠・出産。産まれるまではまだあるけれど。

 まさか隠れて別の男の子を妊娠し、もうじき出産するだなんて、ふざけるのも大概にしろ。

 


 このパンダ猿キョンシー女は一体何を考えて23年をあっさり手放したんだろうな。

 何も考えてないからか?


 えぐえぐぐすぐすと泣いているけれど、正直いいからさっさと質問に答えろとしか思えないのだが。


 俺が爆弾を投下してから3分。チキンラーメンが出来上がる時間を要して漸く口を開く。


 「簡単じゃない。悩んだもん。誰かと繋がっていないと満たされない感情と身体で。」

 「おもちゃだけじゃ満たされない私は、誰かと生身で繋がってないと、あふれ出す性欲で頭がおかしくなっちゃうんだもん。」

 「仕事で忙しくて全然相手をしてくれない真秋だって非がないわけじゃない。挙句不能になって、私はどうすれば良かったの。」



 ここで俺も少し反論する事にした。聞いていても説明ではなく、言い訳ばかりなともえの態度にイライラが募ってきたからだ。

 会場の人達もこいつ何勝手な言い訳ばかり連ねてんだ、自分を正当化させ相手を悪者にしてるだけじゃないかと感じているはずだった。


 「一緒の布団で寝るとか、リビングでいちゃいちゃするとか、本番行為しなくても完全じゃなくとも解消は出来たんじゃないのか?俺はともえじゃないからわからないけど。」

 「きちんと話していれば、解決法は探せたんじゃないのか?例えば身体を密着させるだけのいちゃいちゃで解消できるかとか、多少の事は出来たはずだ。」

 「それこそ、病院で相談すればもっと良い道が探せたはずだ。」


 「それを怠り、人のせいにするとか……あたまおかしいんじゃないのか?」

 「俺はお前に報告もしたし、相談もした。忙しい俺に出来てゆとりのあるお前が出来ない理由にはならない。」


 「お前はただ、誰でも良いから疼きを抑えてくれる身体のパートナーが欲しかっただけだ。」


 「俺はお前にとっていつのまにか、性欲を満たすための道具にしか見られていなかったというわけだ。」


 「23年の歴史と感動は、お前にとっては軽いもので、しかし俺にとってのお前との23年間の想い出は重いで……」


 場が静かになる。誰だ、なるほど・ザ・ワールドを使った奴は。時が止まってしまったではないか。

 あ、俺か。想い出は重いで……なるほど、寒い。サクラドロップスも蓋が開かないわけだ。あれはサクマドロップスか。


 「俺にとっては人生そのものだった。そりゃそうだ。新生児室からの付き合いだからな。幼馴染として、恋人として過ごしてきた23年と少し。」

 「重くないわけがないじゃないか。それなのに、お前はあっさりと捨てたんだ。俺もこれまでの歴史も、積み重ねた記憶も、育んだ愛情も。何もかもみんな。」


 「おっとぉ寒いギャグはなかった事にして真秋選手は続ける模様。皆様、時は動き出しましたか?」

 高橋がフォロー実況をして、進行を手伝ってくれる。


 泣き止んで、ただ俺の言葉を聞いているともえは、後悔でもしているのか沈んだ表情になっている。だがもう遅い。


 「捨てたわけじゃない……身近な命綱にかけかえただけだもん。真秋から貴志に架け替えただけ……」

 「貴志に上塗りされただけ。天秤が少しずつ貴志に重みが増しただけ。でも真秋に対する愛情が減ったりなくなったわけじゃない。」


後悔じゃなかった。より酷い自己主張だった。


 驚きの言葉に一同絶句する。この期に及んでまだ俺にも愛情があるとぬかしている。

 ただ俺に対する愛情よりも、喜納に対する愛情が増しただけだと。

 それはもう俺よりも単純に喜納を選んだだけじゃんか。

俺は花粉じゃねえ。積もったものが変わらず残ってるなんて恋愛感情においてはありえないだろう。

 俺なんかどうでも良くなり、喜納が全てになった。なぜそう言わないのか。


 「上塗り?俺への愛情が減ったわけじゃない?」



 「どの口がぬかして、どの口が答えてんだ?てめぇ、これを見てもまだ同じ言葉が言えんのか?俺を、俺達をコケにするのも大概にしろよ。」

 「調子こいてっとタコにすっぞ。」


 そして、スクリーンには〇〇年2月14日と書かれたタイトルが流れ、ホテルの一室が映し出される。

 そこには、裸の喜納とともえの姿が映し出されていた。もちろん顔を除き放送出来ないところにはぼかしが入っている。

この腹の膨れが脂肪だったら笑い飛ばしてるんだけどな。



 「今日はバレンタインだけど、あいつにチョコはやらなくて良いのか?流石にまずいんじゃないのか?」

 少し弱気なセリフに感じるが、喜納の言葉は当然である。

 仮にも婚約をしている相手のいる人とバレンタインに密会の図は、フラ◯デーの臭いしかない。


 あの喜納ですら、流石にこれはどうかと思っているのだ。温泉旅行であんな事をしていた喜納ですら。

 温泉は同じ場所に行っているから出来ただけでもあるけれど。


 だからこそ喜納もクリスマスは密会を遠慮していたのだ。

 自分の家庭もあるとはいえ……


 それでもバレンタインはこうして結果的に密会しているのは、ともえの強引な誘いのものによるものだった。

 「だって、真秋最近また忙しいみたいで相手にしてくれないんだもん。」


 そりゃそうだ、妊婦とHって身体に負担かけるだろ。たとえ托卵で自分の子でなくてもそこは気にするぞ。

 

 「ふ~ん。不満とストレスと性欲が有り余ってるというわけか。」



 「うん。今日は特殊コーティングしてみたよ。」

 

 それ衛生的に大丈夫か?あ、俺も過去にやってたから言えないか。


 「お前、それ溶けてヤバイんじゃないのか?」

 「だから急いでねー。」


 誰か止めろ、こんな音声気持ち悪い。

 それでも映像は流れていく。機械は無慈悲なのである。

抑流すように指示したのは俺だった。

一度確認で内容は把握しているけれど、これはイラつく。


一番イラつく映像がまだ残っているけれど。


 「あー確かにチョコだな……。てかチョコ多過ぎて俺の口がチョコでべちょべちょになるんだが。」


 映像は進んでいきさらに追加チョコをし、その後喜納を迎え入れる。


 「ぉ、何かごつごつと当たるぞ。ってチョコだけど。」

 先端にチョコがごつごつ当たる、体温と内部で溶けていき、やがてどろどろになっている。

 その液は混ざりあい、ねるねるねーるねのように……


 「チョコアイスみたいだな。あ、そろそろ……」


 チョコバットにはチョコと液の混ざったものでコーティングされており、さらには富士山の山頂のように雪化粧が施されていた。



 それを見てともえは……


 「いただきまんもす~。」

 

 ゲテモノチョコバット……

 「お前そんなもんよく口に入れて平気だな。」


 「?そんなにまずくないよ。」



 その後風呂へ行き一度洗い流して第2ラウンドがファイトされていた。



 「なぁ、お前の彼氏は今家でお前のチョコ待ってるんじゃねーのか?」

抽送を繰り返しながら喜納が問いかける。


 待ってません。大丈夫です。


 「んー別に良いよ。今日渡せないなら明日でも良いし、明日でも良いものは明後日でも良いんだ。極論言えばそれは永遠の先送りだよ。」


 「本当にヒデーなお前。梅雨時期ぐらいまではラブラブだったじゃねーの?」


 「そうだけど、最近ではもう貴志がいるし、良いかなーって。計画のため3年我慢すれば良いわけだしね。」


 「それなんだけどよ、妥当なところで美人局だろうな。夫の浮気で離婚、良くて300万くらいか?養育費乗せてもそこまで自由な金にはならないんじゃないのか?」


 「大丈夫だよ。これまでの性交は強◯だって言い張れば跳ね上がるよ。同意の元じゃなかったっていえば、それはほとんどレ◯プになる。この世界では大抵女性様の味方だもん。夫婦間でも合意なき性行為は強姦認定されると何かで読んだ事あるよ。それに、真秋とは後ろでもしてるし結構凄いんじゃないかな。」


 「後は、痣とか作っておいて、DVとかもプラスすれば……ね。」


 アホの子ではあるけど、性欲とお金にだけはがめついようで、悪知恵だけは働くようだ。

  



 この後の映像・音声は同じような、いかにして俺を嵌めて金をせしめるかという内容ばかりだった。

 一同絶句して呼吸するのを忘れてる人もいるのではないだろうか。

 そのくらい場が静まり返っていた。

 

 おばさんは真っ青になってるし、おじさんは下を向いて口元がぷるぷる震えているではないか。一気に老けてしまいそうだよご両親。



 「いい加減にしてっ!!」


 マイクを通していないにも関わらず、会場内に響き渡る声を発したのはクソ女ともえの妹、悠子ちゃんだった。

 キっと姉を睨みつける悠子ちゃんは話しかけ難いオーラを発しているようにも見え、鬼気迫る迫力を維持しつつ、前へと足を進めていく。


 手を着いて壇上に向かってジャンプし、よじ登って俺の前を通り過ぎ、ともえの前に着くと睨んだ目のまま姉を見下ろし……


 バァンッバァンッと思いっきり振りかぶって往復ビンタを見舞った。

「ぶべらっはべらっ」

ともえの顔が右に左にと強制的に跳ねた。


 ちなみに悠子ちゃんは高校ではハンドボール部とバレーボール部を兼任している。ついでに漫研にも所属している。


 ともえの鼻と唇からは血が流れ出していた。

 バレンタインの映像はまだ流れていた。

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