急襲する獣①

「マーナガルム!? アラカワのレイドボスじゃん!」


 俺の気持ちを代弁するように、TON骨氏が驚きの声を上げる。

 それは彼も、いや、この場にいる全員が同じように驚いたことを知らしめる。だが、急襲してきた狼は、俺たちの動揺が収まるのを待たない。


『ウォォォォンッ!!』


 三度目となる咆哮。

 それと同時に、象サイズの狼が俺たちに向かって突進してきた。


「総員回避ーっ!!」


 声を上げた後、鉈の片翼を口に咥えて近くのビルに張りついた。

 巨体のくせに俊敏な狼の体当たりを、他のみんなも思い思いの方法で回避している。視線をさまよわせて朔の姿を探せば、ちょうど狼を挟んだ反対側のビルの窓に捕まっているのが見えた。音がくぐもった舌打ちをしつつ、ビルから手を離す。


「リョウちゃん! 耐久力かなり減ってるから気をつけて!」


 退魔士殿いつものではややこしいと判断したのか、若干素に戻った四月一日から忠告がかかる。とっさでもHNヨシツネじゃなく偽装用の名前で呼んだのは、さすがロールプレイヤーと言うべきか。


「りょーはい!」


 もごもごと返事をした後、咥えていた鉈を改めて片手に装備しもち直し。


「食らえや犬っころ!」


 真下にいるマーナガルムめがけて、振り下ろすように二振りの鉈を叩きつけた。

 数秒前の忠告を忘れたような所業だが、叩きつけるといっても鈍器ではなく刃物としてだ。手ごたえを感じた瞬間、手首にスナップをきかせて表皮に刃を走らせる。


『ガルゥゥッ!』

「うおっと!」


 しかし、もふもふした見た目を裏切る剛毛のせいでうまくいかず、嫌がるように身をよじらせたマーナガルムに振り落とされた。


 空中で一回転をし、着地。10点、10点、10点。

 我ながら見事な着地だったが、ドヤ顔するより早く反対側にいた朔が動く。


 ――繊月センゲツ、と。

 彼女の唇がそう紡いだ直後、鈍く輝く刀身が狼の首めがけて振り下ろされ。


「【高速詠唱】。AはALLOWアーチャーアウル林檎アップルも百発百中!」


 早口の詠唱とともに、眩く輝く光の矢が狼の額にぶち当たった。

 致命の刃と上位の術式を同時に受けたマーナガルムから、黒い血霧ダメージエフェクトが迸る。特に朔の一撃ではでかいダメージを被弾したようで、それに見合った量が噴出していた。


 しかし相手は、双肩にレイドエネミーという称号を乗せた白狼。

 即死完全耐性、あらゆる武器・術式への高耐性を標準装備デフォルトで兼ね備えている獣は、超高難易度ストラテジーエネミーからの即死攻撃であろうとRTN最高峰の術式使いの攻撃であろうと、等しくただの攻撃に貶める。


「幻日の狼ぃ!!」


 だが、朔もその程度では諦めない。

 聞いたこともないような怒号とともに、朔は続けざまにスキルを放とうとする。

 慣れていなければ対応が難しい二連撃だが、少しだがタイムラグがあった。そしてマーナガルムは、その攻撃は知っているとばかりにタイムラグに合わせて動いた。


『ガァァァッ!』

「っ」


 唸り声を上げながら、マーナガルムは首を大きく振って朔をはねのける。

 朔は体勢を崩すこともなく飛び退いたが、間合いを離脱しきれていない。

 さっきもそうだったが、本来の体に比べてかさ張る長身を、朔は明らかに持て余していた。ステータスも元より劣るのだから、動きにダイレクトに影響するのは自明の理とも言える。


 俺? やんごとなき事情により、違和感がないんだなこれが。下手すると自前のアバターよりも動かしやすい事実からは、目を背けたい。背けさせてくれ。朔は女の子にしては少し上背がある方なんだよ。

 閑話休題さておき


 当然のように狼はその隙を見逃さず、体の向きはそのままにあぎとが届く位置にいる体を噛み砕かんと口を大きく開いた。


「させるかぁ!」


 すかさず【八艘跳び】。ステータスの暴力に任せて跳躍し、無防備なケツに足裏を叩きこむ。


『ガァッ』

「うおっ!?」


 朔を食べようとした狼はてこの原理で体勢を崩したが、速すぎる跳躍を制御しきれなかった俺の体も反動で宙を舞った。

 俺が着地するよりも、マーナガルムが体勢を立て直し、俺に跳びかかる方が早い。


「ちょ、たんまたんまっ!」

「ったく……!」


 逆さのままタイムを申し出る俺の前に、舌打ちとともに白い背中が飛びこんでくる。白い背中は双剣でマーナガルムの突撃を受け止め、そして俺ごと近くのビルに突っこんだ。

 クッションになったが、割りこんでくれなきゃ突進の直撃だったのでそこは問題ない。ただ硬いケツが顔面に当たったので、退かす時は思わず雑に放ってしまった。


「ヘルプサンキュー、入道氏」

「礼の前に体勢を戻せっ!」


 謝礼の言葉を口にすれば、なぜか入道氏に怒鳴られた。解せぬ。

 首を傾げつつ、天地が逆転していた視界を元に戻す。瓦礫を払いのけつつ戦線に戻ろうとしたところで、クソデカ溜息が聞こえてきた。


「イレギュラーにノータイムで戦闘仕掛けるとか、あんた脳みそが筋肉でできてんのか!?」

「いやだって、エンカウントしちゃったし」


 戦隊ものの変身シーンじゃあるまいし、エネミーは律義に待ってくれない。理由を考察するのは戦闘が終わってからいくらでもできるが、戦闘は戦闘中にしかできないのだ。

 何はともあれ攻撃、攻撃、デストロイ。見敵必殺こそ一番の近道である。


 もっとも、理由はわからなくても原因に察しがついているのが、さっさと殴りに行った最大の要因なのだが。


 人型の獣と獣型の獣の交戦を見ながら、俺は苦々しく舌打ちを鳴らした。

 急いであっちに交ざりたいが、巻きこまれる形となった入道氏を放置していくわけにもいかない。俺と似た思考の四月一日が積極的に援護射撃をしている一方で、TON骨氏が指揮棒を持ったまま手持ち無沙汰になっているからなおさらだ。


「俺と店長とさ……源氏さんはバトるけど、そっちはどーしますよ」

「……オレもTON骨も他で戦闘を結構こなした後だ。リソースは心もとない」

「おっ、奇遇~。俺も武器の耐久やばいし、店長もSANに余裕ないよ」

「それで斬りかかったのか!? アマゾネスかよ!」

「うるせえ見た目は超絶美少女だろうが」

「そ……れはそうだがっ」


 反射的に半ギレで返したら、入道氏は露骨に動揺した。なんだどうした、初心か?


「無謀バトルになるんで、チームメイトさんと離脱しても大丈夫っすよ」


 そう言って、俺は戦線に戻るべく一歩踏み出す。

 負け勝負にするつもりはさらさらないし、そのためには頭数は一人でも多い方が良いのが本音だ。だが、フレンドでもない初対面の人たちを問答無用で巻きこむのは違う。

 アーサーが居合わせたなら遠慮なく引きずりこめと言っただろうが、四月一日は強キャラロールが大好きなくせに根が甘ちゃんだ。俺の独断に文句を言ったりはしないだろう。


 俺の予想では、撤退濃厚参戦望み薄だった。

 レアイベントの可能性と天秤に乗せても、ここは離脱した方が賢い。

 しかし、さらに踏み出そうとした俺の隣には、白い学ランが肩を並べた。


「女二人にいけ好かない奴が戦ってる状況で、尻尾巻いて逃げたら男が廃る」

「ヒュウ」


 実に男らしい言葉に、思わず口笛を吹く。

 ちょっとクサい台詞だが、こういうのを素面で吐けるのも没入型フルダイブVRの醍醐味だろう。そのいけ好かない男の中身が隣にいると知ったらやばいくらいの遺恨になりそうなので、墓場まで持っていく決意を固めた。


 つーか、一つの罪で発生したとは思えないくらいのつんけんさなんだけど。俺、知らないうちに入道氏の故郷の村でも焼いたのか?


「余力一番あるのヨシツネ公なんで、ラストアタックは彼に任せるけど」

「適材適所だろ、我慢してやる」

「話が早いっすわ。じゃあ双剣使い同士、デュエットと洒落こみましょう」

「オレは優しいからな。ちゃんとリードしてやるよ」

「ヒュー、かっこいいね入道氏! 惚れちゃいそう」

「んぐっ」


 入道氏がむせた。

 TON骨氏の言動を見る限り、これくらいの軽口はよく言われてそうなもんだが。もしや強面に似合わずマジで初心なのか? そんなことを思いつつ、アスファルトの地面を蹴った。


「四月一日! こっちに合わせてデバフぶちこめ!」

「っ、TON骨! 店長に合わせてその犬を押さえろ!」


 要請ヘルプとともにマーナガルムに飛びかかれば、少し遅れて入道氏が続く。

 白狼は、小バエでも追い払うように尻尾を振るう。それを俺は屈み、入道氏は跳躍することでかわすと、そのまま手に持った二振りの刃で斬りかかった。


 近距離の同時攻撃を嫌がり、狼は大きく飛び退く。その追撃は入道氏に任せ、俺はマーナガルムの方へ向かおうとする朔の前に立った。

 彼女に背を向けたまま、片腕を遮断機のように上げる。


「奴の削りは俺たちがする。朔は上に隠れて、奴が弱った瞬間を狙ってくれ」

「リョウ、それは」

「いいからっ」

「……わかった」


 語気を強めに言えば、短い沈黙の後に了承が返る。

 それに安堵の息をついてから、俺は入道氏とマーナガルムの方へと向かった。


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