恋ゆえに貪る⑦

 気づいたら、見慣れたリスポーン地点の光景が目の前に広がっていた。

 ぱちくりと、目を瞬かせること数分。


「…………はあ!?」


 思わず、周囲の目も気にせず大声を上げた。

 声が上ずりすぎて、普段よりも甲高い声が鼓膜に反響する。


 えっ? いや、えっ?

 なんでリスポーンしてるの?


 出血の状態異常は【恋ゆえに貪るビーストハート】が無効化している。他に遅延ダメージを受けそうな心当たりはないし、スキル切った後にカスダメを受けた覚えも…………あっ。


 ルー・ガルーの手が背に回った時、俺は小さな痛みを感じた。

 もしもあれにダメージ判定があったら、どれだけ小さいダメージだったとしてもHP1だった俺は死ぬ。

 なるほどなあ、そういうことなら納得……するわけねえだろ! ふざけんな!


「くっそ!」


 もう一度叫んでから、俺は急いで駆け出した。

 これで朔のルー・ガルーのドロップアイテムがなかったら許さねえからな運営!!


 憤りながら、俺は拠点ターミナルから全速力で元いた場所に向かう。

 リスポーンした後だというのに、体がまだ思うように動かない。なんというか、妙な息苦しさがあった。リスポーン後も引きずるデメリットあるなら書いといてほしい。


 それでも脇目も振らずに走ったおかげで、そう時間もかけずに戻ることができた。

 誰もいなければひとまず安心できたのだが、そんな希望は儚く潰える。戻ってきた俺の視界は、都電の沿線に一つの人影を捉えた。

 誰かが座りこんでいる。それはまるで、その場に落ちている何かを拾おうとしているように見えた。そんな光景を目にした俺は、目の奥がカッと熱くなるのを感じた。


「こらーーーーっ!!」

「っ」


 あらん限りの音量で叫べば、座りこんでいた人影は肩を振るわせて俺の方を見る。


「……ん?」


 そこで、違和感を覚えた。


(なんかさっきから……声高くね?)


 興奮して上ずっているからだと思っていたが、何度も高音になるのはさすがにおかしい。声の出力バグを疑ったが、自分の声がバグったにしてはちゃんとした声のようにも思える。

 なんというか、そう、あれだ。


(女の子っぽい……?)


 思わずそっちに思考が偏りかけるが、違和感は声だけじゃない。

 ちゃんと検証したいのをぐっと堪えて、俺は少し先にいる人影を見た。


 そこにいるのは、長身の男だった。

 RTNでは逆に珍しい部類に入る、至ってスタンダードな白い学ランを着崩している。制服ということはプレイヤーだろうか。

 その手には武器と思しき黒い牛刀が握られ、両腕には黒い手甲、片方の手首に四葉のクローバーを模したチェーン、ベルトの上には帯がもう一つ締められている。

 胸ポケットには何か入っているのか、U字に膨らんでいた。


 見覚えしかなかった。


「……えっ? 俺?」


 思わずそう声をかけると、長身の男――ヨシツネ姿アバターをした誰かは、座りこんだまま、見上げるようにして俺の顔をマジマジと見た。

 黒色デフォルトに設定された目に、人影が映りこむ。

 そこに映っていたのは、ブレザーを着た女の子だった。


「――――」

「……リョウ?」


 放心する俺を案じるように、ヨシツネ姿アバターが声をかけてくる。

 既視感のあるテノールが、どこか舌足らずな呼び声で俺の名を紡ぐ。それに弾かれるようにコンソールを開いた俺は、急いで自分のステータス画面を呼び出した。


《ヨシツネ》

 レベル:99(MAX)

 種族:pdfこだpkふぉ

 スタイル:獣殺しヴィーザル

 HP:10000 SAN:500

 STR:EX(計測不能)+

 AGI:EX(計測不能)

 CON:EX(計測不能)

 DEX:EX(計測不能)

 POW:EX(計測不能)

 LUC:E(100)

 装備品

 防具:人狼の皮膚ルー・ガルー・スキン


 いやいやいやいやいやいや。

 とんでもないステータスが表示され、頭が真っ白になりかけた。

 情報が、情報が多い!


 危うく意識がそちらに持っていかれそうになるが、今確認したいのはバグみたいなステータス画面じゃない。首を振ってから、確認するつもりだったキャラのアバターに目を向けた。

 いつもならそこには、黒髪黒目の男が表示されているはず。

 だが。


「…………嘘だろ、おい」


 呻くように呟きながら、思わず自分の胸元に手を置く。

 ふに、と。硬い布越しに、わずかだが確かな柔らかさを感じた。


「――――」


 もう一度、コンソールを見る。

 プレイヤー・ヨシツネのステータス画面に表示されていたのは、白銀の髪と紅玉の目を持つ女の子。俺がついさっき討伐キルした、世界で一番可愛い女の子の姿だった。


「はああああああああああああああああああああ!?」

「ひゃっ」


 叫んだ俺に驚いたように、ヨシツネ姿アバターはもう一度両肩を振るわせた。

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