VS首無し武者

 このRTNにて戦うエネミーの強さは、六つの階級で管理されている。

 どこにでもいるコモン、その上位種であるアンコモンに、突然変異のレア。

 ここらへんは、レベリング、素材集め、スタイル開放など、多くのプレイヤーが様々な理由をもって戦う強さになる。いわば、ゲームの中で強くなるために戦う敵だ。


 そして、残りの三つ。

 特定の場所を支配し、巨体と強さをもってプレイヤーの探索を阻むボスあるいはレイド。

 特定の場所に留まらず、ゲーム内を徘徊しては不運なプレイヤーを襲うシンボル。

 特定の条件下でのみ出現し、エンドコンテンツとも呼ばれる強さを振るうストラテジー。

 ゲームで得た強さを確かめるために戦うその三種は、推奨レベルで個々の強さが異なるとはいえ、基本的には強敵として立ちはだかる。

 それは、レベルがカンストしていても変わりはない。


「ヨシツネ! ヘイト何秒稼げる!?」


 弾切れの音に舌打ちをしてから、アーサーは荒げた声で質問を投げかける。

 槍の穂先を雷光の角アステリオスで弾きながら、同じくらいの音量で問い返した。


「何秒欲しい!?」

「余裕持って百秒、最低六十秒!」

「なら八十!」

「任せた!」

「おうよ!」


 忙しなく会話を終えた後、俺は目の前のエネミーに向き直った。

 立ちはだかるのは、青白い首無しの馬に乗った鎧武者。戦国時代の甲冑に身を包み、日本の槍を手に持った武者の頭には、本来あるべき頭部がなかった。

 こいつこそが、首無し馬コシュタ・バワーに跨る首無しの魔性エネミーさまよえるフライングデュラハン】である。


 仲良くシブヤ駅にリスポーンすること四回。完全に火がついた俺たちの頭から、これが予行練習だという事実は忘れ去られていた。

 四回の死亡を経て得た情報パターンを土台に、目の前の敵をどう攻略するかだけを考える。

 お互いに体力HP精神力SANも削れている。赤いダメージエフェクトが体のあちこちから立ち上り、出血デバフが体力をじわじわ削っていた。だが、まだ十分にやれる。否、ここからが本番だ。


 レベルに物を言わせた無双ゲーも楽しいが、苦境からの逆転こそがゲームの醍醐味。

 他にも気が合うことは多々あれど、こういうモチベの上げ方プレイスタイルの一致こそが俺とアーサーがつるんで行動する一番の理由である。


「【高速詠唱】! ザミエル、魔弾の鋳造者。今ここに、契約の継続を望まん」


 スキル効果で早口に紡がれる詠唱とともに、アーサーは後ろに大きく飛び退いた。


「我が望むは六つの弾丸、六つの栄光。我が捧げるは七つ目の弾丸、一つの悲劇!」


 見た目にそぐわない涼やかな声が、詠唱を続ける。それに呼応するかのように、奴の両手に握られた二挺の拳銃が禍々しい赤色に染まり始めた。

 それを見て、AIのくせに嫌な予感でも感じたのだろう。首無し武者は近くにいる俺のことを無視し、アーサーの方に突っ込もうと手綱を握った。

 もちろん、黙ってそれを見逃すつもりはない。


「行かせるかよっ!」


 時間ヘイト稼ぎの役割を全うすべく、首無し武者に向かって跳躍。そのまま、雷光の角アステリオスの片翼を武者の右肩めがけて振り下ろした。

 大振りな攻撃は、当たり前のように槍で防がれる。そこまではこっちの予定通り。待機させていたもう一振りで、無防備になった手首を狙った。

 しかしそれは、忠義溢れる馬が身じろぐことで空を切る。


「馬邪魔ァ!」


 こいつと戦い始めてから何度口にしたかわからない感想クレームを叫びながら、槍の的にされる前に首無し武者を蹴りつけ、着地する。待っていましたとばかりに突っこんできた馬を紙一重でかわしてから、雷光の角アステリオスを構え直した。


 直接的な攻撃によって、首無し武者のヘイトはいくらか俺の方に向いている。だが、まだまだ十分な量じゃない。気まぐれ一つで、武者は槍の矛先をアーサーに向けるだろう。

 ちょいちょいと、立てた中指を動かす。


「あと五十秒だ。もうちょい俺と踊ってもらうぜ、首無し野郎!」


 それに合わせて自動的に発動するのは、エネミーのヘイトを集めるスキル【挑発】。プレイヤーの動きに応じて発動する動作発動型モーションスキルの効果を受けた鎧武者くん(と馬)は、アーサーのことを忘れて俺に突貫してきた。


さまよえるフライングデュラハン】、推奨レベル90。

 半年前から出現するようになったこのシンボルエネミーは、主にシブヤエリアを徘徊し、初心者低レベルはもちろんのこと、慢心した上級者や廃人レベルカンストを何度も血祭りにあげてきた。


 本体である首無し武者も難敵だが、それ以上に奴が乗っている馬が厄介極まりない。

 こいつのせいで白兵武器はジャンプを組み合わせないと本体に当てられないし、かといって飛び道具や術式攻撃まほうでちまちま本体を削ろうとすれば突進で轢き殺される。本体を倒すには、まず馬をどうにかする必要があった。

 一度攻略したことがあるアーサー曰く、やっぱり後衛が本体を牽制している間に前衛が馬を倒し、残った本体を全員で叩くのが攻略方法セオリーとのこと。


 ここで問題が二つ。

 その攻略方法セオリーを安定させるには、馬のヘイトを分散させるために頭数がいるということ。

 そして、前衛おれより後衛アーサーの方が出せる火力が高いということだ。


 上位アンコモンスタイル【魔狩人ハンター】の固有能力【狩人の流儀ハンティング・スタイル】で威力補正はかかっているものの、ルー・ガルーとの継戦力を意識した俺のスキル構成は回避寄りで、火力を出すことに向いていない。そのため、火力偏重ビルドのアーサーと一緒に攻撃しているとヘイトを集めきれず、馬がアーサーに突っこんでしまう。それが四度に渡る敗北の原因だ。


 さて、ここで質問です。

 強い敵を倒したいのですが、前衛と後衛が攻略方法セオリー通りの役割を果たせないし、そもそも人数が足りません。どうすればいいでしょうか?

 答えは簡単。役割を交代しつつ、足りない分だけ動けばいい。


「ハッハー! ワンパターンなんだよお前!」


 会敵数、五回。

 死亡回数、四回。

【死に覚え】と【Know-how】の発動条件は十分満たしている。

 加えて、死亡原因のうち二回は馬畜生による轢殺だ。死因となった攻撃を解析する特異レアスキル【走馬灯フラッシュバック】のおかげで、あいつの突撃パターンは十分に把握できている。すぐ目の前まで迫った首無し馬の突撃を、ギリギリまで引きつけてから回避した。

 すれ違いざま、足裏に力を込めて180度回転。【加速・極】を合わせてからの……!


「【八艘跳び】!」


 発声を利用した思考入力。このハンドルネームヨシツネにあつらえたような名前のインプットスキル【八艘跳び】を起動させながら、アスファルトの地面を蹴った。

 スキルによるブーストを受けた跳躍は、手綱を引いた武者を一息で飛び越す。そして今度はすれ違いざまに雷光の角アステリオスで鎧に覆われた両肩を斬りつけた。

 そのまま空中で一回転し、馬の前に着地。


「ヘイヘイ、トロいんじゃないのかデュラハンさんよぉ!」


 さんざん轢かれたことを棚上げしてもう一度挑発すれば、武者は総身をわななかせ、馬もまた嘶いているかのように体を震わせた。

 俺の発言はスキルの効果に関係ないはずなのだが、心なしかさっきよりキレているような気がする。とはいえ、これはこれで好都合。前脚を上げての踏みつけスタンプ攻撃をかわし、突き出された槍の穂先を雷光の角アステリオスで受け流した。

 だが、たった一人に軽くいなされてくれるほど、高レベルエネミーは甘くない。


「っ、が――!?」


 高いSTRに物を言わせた、武器軌道の強制変更。

 受け流したはずの穂先を真横から叩きつけられ、体勢が一気に崩れかけた。

 すかさず馬が右前脚を上げ、硬直した俺の体を蹴り飛ばそうとする。

 硬い蹄鉄に覆われた蹄をお見舞いされれば、HPはかなり目減りするだろう。今まで減ったHPはだったが、後のことを考えるとこれ以上減らされたくない。


(【八艘跳び】のリキャストはまだ。稼いだ時間は……よし! いける!)


 迫る蹄を前に思考を回し、とるべき行動を決める。

 数秒後、馬の前脚が俺の体を蹴り上げ――――

 、蹴り上げられた体は煙のように揺らいだ。


『――――!?』


 同じく真下にいる武者が、いきなり変なことになった俺を見て硬直しているのがわかる。その動揺は馬にも伝わり、さまよえるフライングデュラハンは無防備をな姿を晒した。


不知火の影ウツツノユメ】。

 SANを消費して自分そっくりの身代わりデコイを作り、それにヘイトを押しつけるレアスキル。デコイは攻撃を受ければ霧散するが、置き土産として攻撃してきた相手に硬直の状態異常を付与する。リキャストタイムは一分と長めだが、それに見合った性能だ。

 硬直は数秒。脚力だけで強引に高く跳んだ俺は、ほどなくして補足されるだろう。

 そうなれば、宙に浮いた俺は良い的だが――――。


「ここまでお膳立てされて、馬すら仕留めきれなかったらダサいよなぁ!」


 気づかれるのを承知で声を上げた直後。


「白き薔薇は枯れ、九の絵札は逆位置を指す。ゆえに、契約はここに果たされる。……そっちこそ、本体へのラストアタックは任せるんだからしくじるなよ?」


 ドンッドンッ、と。シブヤの夜に、六発の銃砲が高らかに響き。

 それに一拍遅れる形で、十二発の弾丸が撃ち込まれた。


『――ッ!?』


 馬に八発、武者に四発。同時に体躯を穿った弾丸は、着弾と同時に禍々しい赤色で弾ける。

 エネミーのHP残量はわからない仕様だが、武者のHPが一気にレッドゾーンに突入し、倍の弾を撃ち込まれた馬に至ってはオーバーキルされたのは見ただけで察せられた。それを裏付けるように、エネミーのダメージエフェクトである黒い霧が派手に立ち上っている。


無比の六発ゼウス・クーゲル】。

 アーサーが習得しているレアスタイル【魔弾の射手デア・フライシュッツ】の固有能力スキル


 自身を含めたチームメンバーが戦闘中に失ったHPの総量と、チームメンバーの少なさに比例して威力が上昇する魔弾を合計六発放つ。

 本来は一挺の銃にしか適用されないらしいが、アーサーはこれをレアスキル【手妻使いイカサマ】で二挺同時に撃つ。それでどれだけやばい火力が出るかは、今のでわかるだろう。


 誰が呼んだか、『破壊者ダメージレコーダー』。かっこいい通り名があってずるい。

 閑話休題さておき


 首の無い馬は最後まで鳴き声を発することなく、どぅっとアスファルトに崩れ落ちた。馬に跨っていた武者の体もまた、大きな音を立てて地面に投げ出される。

 空中でそれを見下ろしながら、俺は雷光の角アステリオスを構え直す。

 武者はまだ生きている。ラストアタックは譲ると言われた以上――というより、今のアーサーはトドメを刺せない――、後は俺の仕事だ。


 残りHPはそこまで多くないはずだ。【八艘跳び】で地上に逃げてからヒット&アウェイを繰り返せば、安定して倒せるだろう。

 だが、アーサーがかっこよく決めた以上、そんな安全策チキンプレイはダサい。

 ならどうするか。

 答えは簡単。俺もカッコつけることだ。


(被弾は四か所。ダメージエフェクトが多いのは左胸だから……急所は多分心臓部!)


 思考を走らせ、狙うべき場所を定める。

 しかし、相手も棒立ちのまま待ってはいない。ダメージの衝撃から解放された首無し武者は槍を左手に持ち替えると、上から降ってくる俺を迎撃すべく構えをとった。


 受け流す。さっきの二の舞になる、NG。

 肉を切らせて骨を断つ作戦。減速して宙吊りにされかねない、NG。


「それなら!」


 さっきの叩きつけでダメージを食らったことにより、HPが一定以下になるとステータスに補正がかかるパッシブスキル【逆境】は発動圏内になった。その補正を借りて、槍の穂先が顔に風穴を開ける直前、無理やり首を捻って紙一重で回避する。

 瞬間、刺突武器が打撃武器に切り替わるスイッチ。ごつい槍がハエたたきのように振るわれ、落ちてくるまとを叩き落さんと迫る。


 その、間隙。


「おらぁっ!!」


 雷光の角アステリオスの片翼を、勢いよく槍と柄の境に叩きつけた。


 金属のぶつかりあう音が高らかに響いた後、競り負けた槍が弾き飛ばされる。変に槍が壊れてそのまま殴られる可能性もあったが、勝機は俺の味方をしてくれたらしい。

 今日イチの仕事をこなした雷光の角アステリオスの片翼を労いつつ、所持枠インベントリに収納。そのまま、電子の世界で再現された重力に引っ張られ、無防備な武者の懐に落ちて行く。

 そして。


「――この一撃をもって眠れ【一意専心とどめのいちげき】」


 狙いを定めた心臓ところにもう片方の切っ先を突き立てながら、本命スキル唱えたシングした


 魔狩人ハンター固有能力スキル

 HPが二割以下のエネミーに対して急所攻撃クリティカルを行った際、大量のSANを消費することでそれを高確率の即死攻撃に変更する。まさに(ほぼ)必ず殺す技と書いて必殺技だ。


 ……即死攻撃って、せめてこれくらいのハードルがあって然るべきだよな。

 なんでルーさんはあんなほいほいぶちかましてくるんですかね。

 閑話休題さておき


『――――……』


 今回は無事、当たりの乱数を引けたらしい。心臓に鉈の切っ先を突き立てられた首無し武者は、地面に倒れ伏したままだった馬とともに、黒い霧となって消滅した。


 少し遅れて、ごとん、がたんという音が聞こえてくる。視線を向ければ、ドロップアイテムと思しき槍と蹄鉄が地面に落ちているのがわかった。

 蹄鉄って。あの馬もドロップ対象なのかよ。


「何度見ても曲芸めいてるっていうか……。よくその産廃スキルを扱えるよね、ヨシツネ」


 思わずまじまじと蹄鉄を眺めていると、銃をホルスターにしまいながらアーサーが近寄ってきた。肩をすくめて言われた言葉に、俺は不服そうに眉をひそめる。


「言うほど産廃でもないんだけどな」


 敵のHPが見えないので慎重に切る必要はあるし、確定即死じゃないから不発する確率もある。そういう意味では非常にリスキーなスキルだが、急所攻撃自体はそこまで難しくない。

 何せ、ダメージエフェクトが一番多く出ている場所を狙うだけだ。

 必要以上に悪く言われている気がしてならない。


「うーんこの無自覚器用マン」


 そう言えば、なぜか呆れた顔をされた。なんでだ。


「おー、これレアドロップじゃん。やっぱりヨシツネいるとレア泥しやすいなあ」


 釈然とせずに首を傾げていると、槍を拾い上げたアーサーが嬉しそうな声を上げた。

 ヘイト稼ぎをがんばった俺はわりとへとへとなので、ぴんぴんしているアーサーを見ているとちょっとイラッとしてくる。

 なので、冷や水を浴びせることにした。


「なあ、アーサー」

「ん? なんだヨシツネ」

「同一のシンボルやレイドを倒したら、再戦するまで時間がかかるよな。乱獲防止措置で。あれの間隔って大体何日くらいだったっけ?」

「五日だよ。なに? ストラテジーにかかりきりで度忘れ?」

「俺のRTNライフはルー・ガルーとのイチャイチャが主菜メインだからいいんだよ」

「たまにはイベントに参加してフレンド数増やそう?」

「やめろやめろ」


 コミュ強者がコミュ弱者を刺すな、法律違反だぞ。

 デリケートに取り扱えって六法全書にも書いてあるだろ。


「そんなことより、デュラハン討伐生配信の日程は?」

「さっき言わなかったっけ? 明後日…………あっ」


 前時代の不良が、やべっと言わんばかりの表情を浮かべる。

 馬鹿め、ようやく思い出したようだな。


「さて質問です。さっき俺たち倒したエネミーの名前はなんでしょうか?」

「やっちゃったぁぁぁぁぁ!!」


 シブヤの夜に、アーサーの声が響き渡った。

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