今日の天気、雨のち飴

風月那夜

第1話

 立花美也子たちばなみやこ、29歳。

 この昭和気質な会社に勤めて早7年。


 男性は営業職。女性は事務職として採用される。例外はない。


 それはどうしてかと言えば、女性は20代半ばで結婚、寿退社するから、わざわざ手塩にかけて女性の営業を育てる事はしないのだそうだ。


 考えが古い!


 もう昭和はとっくに終わり、平成も終わった。今は令和だというのに時代錯誤なこの会社の考えは昭和でストップしたままなのだ。


 だから私は部長に嫌味たらしく結婚しないのか、と言われているのだろう。


「聞いてる? 立花さん。もうすぐ30歳でしょ。彼氏いるんだから早く結婚したら? 君の同期はみんな寿退社してくれているというのに、残っているのは立花さんだけだよ」


 余計なお世話だ。私だって27、28歳あたりでは結婚してる予定だったのに……。だけどそんな感情は隠してしおらしく「はい」と返事をしている。


 こんな会社はおかしいと転職だって考えた。だけど、ここはそれを留まるほどに給料が良かった。他の会社ではここまで条件良く雇ってはくれないだろう。


 取り敢えず「結婚しないの?」と聞かれている内はまだ大丈夫だと思おう。これが「まだ辞めないの?」に変わったらいよいよ考えないといけないかもしれない、と思う。




 今日の天気、曇。

 だが、そろそろひと雨きそうな予感がする心模様なのである。





 だけど雨なんて突然降ってくるようなものだ。




 仕事終わり彼の家に行く。彼の家はウチの会社から近かった。合鍵で中に入り、冷蔵庫の中を物色したら手際よく数品のおかずを作って彼の帰りを待つ。


 彼は私より二つ年下。27歳といえば任せて貰える仕事が増えて、自分の意見もバンバン言えて、企画もたくさん通して、仕事が楽しい時期なのだろうか。

 私みたいなただの事務には分からない世界で彼は輝いている。


 だからこそまだ結婚なんて考えてなくて、私がそういう話しをし始めると途端に嫌な顔をするようになった。だから私は20代の内に結婚出来ると思えなくなってしまったのだ。


「ただいま。来てたんだ」

「お疲れ様」


 ドサっと荷物を置いて、少し不機嫌な彼。仕事で何かあったのかもしれないけど、彼が何か言うまでは私は何も聞かない。


「ご飯用意するね」


 温め直してテーブルに配膳し、お茶を淹れる。


「いただきます」


 無言の空間。何か話して欲しいけど、私からは話し掛けれない雰囲気に萎縮してしまう。

 何かあったの?――そう聞いてしまってもいいだろうか。それとも聞いたら怒るだろうか。


 そんな事を考えていたら彼がガチャと音を立てて箸を置き、はあ、と大きな溜息をこぼす。


「なんかさ、美也子のそういう所にイライラするんだよね。きっとさ、この先上手く行くはずないんだから別れよ!」

「は、い?」

「もう無理だから、別れて」

「え、待って、何が悪かった?」

「だからそういう所」

「どういう所? ちゃんと言ってくれなきゃ分からない」


 彼はまた大きく溜息をつく。


「何か言いたそうにしてんのに、様子伺うだけで何も言わない所」

「だってそれは」

「だからもう無理。俺がイライラするんだ。それに美也子の事、好きじゃないから」


 好きじゃないから――彼のその言葉が重くのしかかる。

 私は努めて冷静に、合鍵をテーブルの上に置くと、何も言わず彼の家を出た。


 外に出てそのアパートを見上げる。彼の玄関を見るものの、彼は追い掛けて来てはくれない。


 じわじわと衝撃が私を襲ってくる。鈍器で殴られたように頭が痛くて重い。


 暗い闇空からポタと雫が降ってきた。上空からいくつもの雫が落ち、一粒が私の頬を濡らす。

 それほど強い雨ではないのに、私の頬だけにたくさんの雨が降っていた。



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