散る花の如く
紫 李鳥
第1話
日本橋のデパートでマネキンをしていた
秀子の嫁ぎ先は呉服店で、
それは、
「……いらっしゃいませ」
柊子が珍しいものでも見るかのような顔をしていると、
「あ、すいません。おふくろに誕生日のプレゼントをしたいのだが……」
男は、場違いの理由を簡潔に伝えると、困ったような顔を向けた。
「あ、はい。どうぞ、お掛けください」
小上がり畳に手を示した。
「
正座すると、男を見た。
「その、あわせというのがどんなものか……」
「お母様、お誕生日は何月ですか?」
「来月です」
「それでしたら、まだ袷ですね」
男の年格好から母親の年齢を推測した柊子は腰を上げると、訪問着や小紋など五反ほどを手にした。
「加賀友禅や牛首紬などがございます」
それらを少し広げながら、男を
「うむ……、どれもいいですけど、着物のことはよく分からなくて。すいませんが、あなたが選んでくれませんか」
柊子に助け舟を求めた。
「えっ? 私が選んでいいんですか」
予期せぬ事態に困惑した。
「ぜひ、お願いします」
少年のように照れる目を向けた。
「では……。お母様は普段からお着物は召されますか」
「ええ。ほとんど着物です」
「それじゃ、お目が肥えていらっしゃると思うので、これなんかいかがですか」
薄紫地に草花文様の反物を広げた。
「うむ……、いいなぁ」
男はその色柄に見とれていた。
「お仕立てはいかがいたしましょう」
「あ、お願いします」
「お誕生日は何日ですか」
「来月の
「十分に間に合います。おサイズですが、お母様の体型を教えていただけますか」
メモ用紙とボールペンを手にした。
「あなたより少しふっくらしてるかな」
男は柊子の帯辺りに目をやった。
「身長は?」
「このくらいかな」
男は自分の肩ほどに手を上げた。
「ぷっ」
その仕草が
「あ、ちょっと降りてきてくれますか」
そう言って、男は腰を上げた。柊子は、奥でお得意様の社長夫人の接客をしている秀子と目を合わせると、小さく笑った。
「あ、同じぐらいですね、おふくろと」
男は、わざわざご足労を願うこともなかった、そんなニュアンスの言い回しだった。仕立て上がったら電話をくれるようにと、名刺を置いていった。
〈株式会社 小山内不動産
代表取締役
小山内卓也
Takuya Osanai
〒920-0981
石川県金沢市―
TEL
076―〉
柊子は、先刻の接客の時に無意識に卓也をチェックしていた。整髪料を付けていない手櫛の髪に、少し深爪気味の指先。そして、ネイビーの背広に、薄紅色のストライプのネクタイ……。柊子の好みのタイプだった。
――仕立て上がると、早速、卓也に電話をした。事務員らしき若い女に用件を伝えると、卓也に代わった。
「はい、小山内です」
卓也の低い声が耳に心地好かった。
「お忙しいところ、申し訳ございません」
「あ、いいえ」
「〈すゞ華〉呉服店です」
「あ、どうも」
「お着物、仕立て上がりました」
「そうですか。それじゃ、どうしようかな……。直接受け取りたいので、申し訳ありませんが、今日、会っていただけませんか」
「はい。どちらで」
「仕事は何時までですか」
「六時ですが」
「それじゃ、六時半に
「はい」
「そこで待ってますので」
「はい、承知しました。それでは失礼します」
柊子の顔は知らず知らずに
「……何、にやけてんの?」
奥から出てきた秀子が、受話器を置いた柊子を茶化した。
「別に……」
柊子の頬は緩んでいた。
「……気持ち悪い子ね」
「じゃ、行ってきまーす」
秀子から借りているラベンダー色の絞りを着ていた柊子は、薄紅色のショールを片手に掛けると、店の紙袋を提げた。
「行くって、どこへ」
「お客様にお届け物」
「……ははーん。この間のお客様ね」
「じゃあね。少し早いけど、このまま帰っていいでしょ?」
「いいけど、ちゃんと相手を見極めなさいよ。あんたは
「大きなお世話よ、子供じゃあるまいし。じゃあね」
口を
「あんたのことを思って――」
柊子は聞く耳持たずで出ていった。
「ったく、もう。人の言うことを聞かないんだから……」
秀子は反物を巻き取りながら
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