龍焔の機械神10
ヤマギシミキヤ
序章
私は一度だけ空を飛んだことがある。正確には往復で二回乗っているけど、機会としては一回だ。
義務教育期間中の初夏に他県へ修学旅行に行く行事があり、その時に飛行船に乗ったのだ。私の故郷は方舟艦と呼ばれる場所。その周囲を囲む広大な鉄岸を越えて他県へ渡るには空飛ぶ乗り物を使うしかなく、古くから飛行船による空路が整備されている。
これから修学旅行に向かう往路の私たち。殆どの生徒が始めて故郷を離れることと始めて空を飛ぶことが重なって熱狂に包まれている。教師の「静かにしなさい!」という怒号が止まらない。修学旅行生を乗せたらこうなってしまうのは分かっているのか客室乗務員は涼しい顔で自分の仕事だけをこなしている。
自分も興奮で熱くなって窓の外を流れていく光景に見いっていたのだけど、鉄岸と鉄岸の間の幅の広い水路を人の上半身のようなものが進んでいるのを見つけた。
「?」
ここから見ても相当大きいのが分かる。そしてそれは両肩に筒のようなものを一本ずつ背負っていた。
大砲のようにも見えるし、何かを繋ぐための導管のようにも見えるそれを、背負い運ぶものの正体を私は知っていた。
「⋯⋯機械神」
思わず言葉が口をついて出る。台風や津波と同義に扱われる、ただ歩くだけで被害をもたらす人の形をした災害。
「機械神?」
隣にいた幼馴染みが私の言葉を聞いて同じように繰り返す。
「うん、あそこ」
私は鉄岸と鉄岸の間を進む人の上半身を指差した。
「⋯⋯」
それを見た幼馴染みからは言葉が消えた。あれを本物なのかどうなのか考えてるに違いない。
この方舟艦隊に現れる機械神は、あの二本の筒をどこかに運んでいるといわれている。
天国へ登れる螺旋階段か、地獄へ直行の落とし穴か、過去に戻れる
「どうしたの二人とも」
はしゃぐ他の生徒を掻き分けて担任教師がやって来た。これだけ騒いでいる中で妙に静かになってしまった二人を不審に思ったらしい。
「お腹でも痛くした? それとも頭痛?」
これ以上問題を増やすなという感情を剥き出しにして詰めよってくる。
「あそこに機械神が」
私は幼馴染みに指し示したのと同じように教師にも伝えた。
「あれは水保に配備されてる大きな人型機械よ。社会の授業で習ったでしょ」
教師は遠くを進む人型の上半身を一瞬だけ見たあと、うんざりした顔でそう言った。私も社会科の授業で水上保安庁に配備されている機械巨人のことは習った。でも、あれは違う。中身が全く違うのが何故か私には分かったからだ。
「あれが機械神だったら今ごろ災害警報が出されてこの飛行船も首都艦の方に引き返しています」
「で、でも二本の筒を背負って」
「あれはこの前発表された新装備。それの試験中なんでしょ」
教師はそう吐き捨てるようにいうと、客室の反対側で問題を起こしている生徒の方へと向かった。
あからさまな嘘。
「⋯⋯」
改めて鉄岸の間を見ると、人型の上半身は遠くへ行ってしまってもう見えなくなっていた。
修学旅行自体はよく覚えていない。鉄岸の間を進んでいた人型の上半身が気になって早く帰りの飛行船に乗りたくて仕方なかったからだ。
そして復路の飛行船に乗ったとき、私はずっと鉄岸と鉄岸の間を見ていたけど、それらしきものは現れず、特に問題も起こらず学校に着いてそのまま解散、家路へと歩いていた。隣には幼馴染みが歩いてる。家も近いのでしばらくは一緒に歩く。幼馴染みも修学旅行の間は私と同じようにずっと考え込んだ様子だった。私のせいでせっかくの修学旅行を楽しめなかったのなら悪いことをしたな。ごめん。
そうしてお互い家に辿り着き、私は自室のベッドに潜り込んで翌朝まで眠っていた。
その翌日だ、機械使徒操士募集の案内をもらったのは。
幼馴染みとの夢の約束はあるんだけど、それをやる前に、外の世界を見たくなった。
方舟艦の中にずっといても誰も真実を教えてくれない。教えようにも知らないからだ。
ここが方舟艦の甲板上に作られた閉鎖された都市であることに疑問を持ち、外の世界へ飛び出してみたいと願うと、招待状は届く。機械使徒操士となるために外の世界に出ませんかと。
私はそれを受け取り、故郷から飛び出した。
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