第2話
俺は3年間務めた<レッド・ジェネラル>の事務所を後にした。
未練はこれっぽちもなかった。
自分にできることは全てやってきたし、学ぶべきことは全て学んできたからだ。
――さて。
ギルドは追放されたが、世話になった<レッド・ジェネラル>のリーダであるレッドの見舞いにはいかないとな。
新ギルドマスターのダミアンによって、ギルドを追放されたわけだが、レッドへの恩が消えてなくなった訳ではない。
ダミアンによれば、重体ということだった。
この二週間、Sランクダンジョンの攻略で不在にしていたが、その間に容体が悪化したのだろう。
俺は、事務所を出たその足で病院へと向かった。
レッドの病室へと向かうと、やはりレッドは眠っていた。
「レイさん!」
レッドの脇についていた女性がパッっと明るい笑みを浮かべて出迎えてくれる。
ヘレンはレッドの娘で、24歳とまだ若いが、すでに熟練した剣士になっている。
その戦いぶりはかつてのレッドを彷彿とさせる。
それでいて金髪のショートカットがよく似合う健康的な美人だ。
父親譲りで性格もいいので、ギルド内での人気も高い。
「ヘレン、レッドのおっさんは?」
「……もう最近はほとんど起きないの。本当にもう残されてる時間はないみたい……」
戦場ではいつも凛々しいヘレンだが、さすがに父の死を意識すると表情が暗くなる。
「そうか……」
人はいつか死ぬ。それはわかっているが、それでも寂しさはあるものだ。
特に、レッドとは旧知の仲だ。俺だって悲しい。
「ところで、ダミアンがギルドマスターになったみたいだが……」
俺が言うと、ヘレンはさらに暗い表情を浮かべた。
「ええ。私は見てないんだけど、なんかお父さんがエンブレムを渡したみたいね」
ヘレンはレッドの実の娘だが、レッドはヘレンを次のギルドマスターにする気はないと公言してた。
だから、<勇者>の資格を持っているダミアンを次のギルドマスターに指名したと言うのは、それなりに信ぴょう性のある話ではあった。
「……でも、ダミアンがギルドマスターになるってのは、正直心配なんだよね」
ヘレンはギルドの未来を憂う。
「まぁ、大丈夫だろう。周りには優秀な人間がたくさんいるんだ」
「……まぁ、そうよね。レイがいるうちは、絶対安泰だし」
と、ヘレンは俺の名前を名指しで言う。
「いや、俺はもう<レッド・ジェネラル>のメンバーじゃないんだ」
俺が事実を告げると、レイは驚いて飛び跳ねて驚く。
「え?? どう言うこと?」
「ダミアンにハケン切りだと言われた」
「ええええ!?」
ヘレンはそこが病室であると言うことも忘れて絶叫した。
身体を鍛え上げているだけあって、その絶叫はなかなかに響く。
「どういうことよ!? レイを追い出すって、あいつ正気!?」
「まぁ、ハケン冒険者の扱いなんてそんなもんさ」
「レイがいないダミアンパーティなんて、Sランクどころか、Bランクがせいぜいじゃない!」
その言葉に対して、レイはあえて何も言わなかった。
「……まぁ、ちょうどよかったさ。ダミアンも<勇者>になったし、そろそろ自分のギルドを作ろうと思ってたんだ」
「……それは、前から聞いてたから……止められないけど……」
俺は、ダミアンが<勇者>として認められたらギルドをやめると、前から伝えていた。
だから、実はいつ追い出されてもいいと思っていたのだ。
「でも、今のギルドからレッドとレイが抜けたら本当にまずいと思うの……」
「なに、大丈夫。ヘレンがいるし、ダミアンだってバカなことはしないさ」
俺は優しくヘレンの肩を叩いた。
†
病室を出て、<クエスト紹介所>へと向かう。
さて、将来ギルドマスターになるため、十年間ハケンとしてギルドの雑用係(バック)を務めてきたわけだが、もうそろそろ自分で冒険者ギルドを作る頃だと思っていた。
今まで学んできたことを全て生かすのだ。
まずやるべきことは、<クエスト紹介所>でギルド立ち上げの手続きをすることだ。
冒険者ギルドは、基本的にはクエスト紹介所でクエストを受注する。もちろん自分で依頼主との直接のやり取りで仕事を得ることもあるが、少なくともネームバリューのない中小ギルドは、まずはクエスト紹介所で仕事を紹介してもらうことになる。
「あ、こんにちは、レイさん!」
クエスト紹介所に行くと、受付のお姉さんが笑顔で出迎えてくれる。
「あ、どうも」
「聞きましたよ〜またSランクダンジョンを攻略されたそうですね! おめでとうございます」
お姉さんが言っているのは、昨日までのダンジョン攻略のことだろう。<レッド・ジェネラル>での最後の仕事だった。
「ああ、ありがとう」
「さすがレイさんです! レイさんなら、きっとSSランクダンジョンも攻略しちゃうんでしょうね」
「いや、さすがにSSランクとなると簡単ではないと思うが……」
「ところでレイさん、今日は新しいクエストを? 残念ながらSランクのクエストは今なくて、Aランクになってしまうのですが……」
俺がギルドを追放されたの知らないお姉さんは、レイが<レッド・ジェネラル>の仕事できたのだと勘違いしていた。
なので俺は少し言いづらさを感じたが、隠しては置けないと正直に話す。
「それが、<レッド・ジェネラル>は辞めさせられたんだ」
もちろん嘘をついてカッコよく「辞めた」と言うこともできたが、事実は「辞めさせられた」なので、正直に話す。
すると、お姉さんはすっとんきょうな声を出す。
「え!? 辞めさせられた!?」
「ああ。いわゆる<ハケン切り>だな」
「ええええぇぇッ!? <ハケン切り>!? <レッド・ジェネラル>はなんでそんなバカなことを!? レイさんがいなかったら、Sランクどころか、Aランクにもなれてなかったはずなのに!?」
「いや、それは誤解だよ。俺はあくまで雑用をしてただけて、彼ら自身がが頑張ったからSランクギルドになれたんだ」
「そりゃレッドさんは頑張ってましたけど……。本当にレッドさんはなに考えてるんですかね……」
「いや、俺の<派遣切り>にレッドは関係ないんだ。新しくギルドマスターになったダミアンの決定だよ」
「あのへっぽこがギルドマスター!?」
……いや、お姉さん口悪いな……
「ダミアンは<勇者>だからね。次のギルドマスターにはふさわしいってことさ」
「でも、それ全部レイさんの実力じゃないですか」
「いや、彼らのポテンシャルと、努力のおかげだよ」
――きっとそうに違いない、と心の中で付け加えた。
それは、長い間一緒にパーティを組んできた俺の、希望でもあった。
「それより、今日はギルド設立の手続きにきたんだ」
俺はダミアンの話題を打ち切って本題を切り出す。
「ギルドの設立!? ではとうとう自分のギルドを作られるんですね!」
「ああ。書類を用意してもらえるか?」
「ええ、もちろんですよ! これはすごいことが起きました! あのレイさんがギルドを作るなんて大ニュースです!!」
……なにやらギルドのお姉さんは大騒ぎだった。
「それで、ギルド名は何にしますか?」
「ギルド名だが――――<レイ・アンブレラ>で頼む」
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